2月も終わりに近づき、春の訪れをわずかに感じる時期。担当ウマ娘の息抜きのために、お出かけを提案した。そして現在、トレセン近くの河川敷を散策している。ランニングコースとしてよく選ばれている場所なので、途中でランニングをしているウマ娘たちと何度もすれ違う。
「うぅ、寒っ……夏は涼しいんだけどね」
「ああ、確かに今の風は冷えたな」
なんとか気持ちを立て直してくれたようだが、共同通信杯でのことは……全て自分に責任がある。
(わざわざ共同通信杯ではなく、クイーンカップにしていれば。きっとゾンネは難なく勝っていただろう)
オークス本番に幾ばくか不安を覚えていたからこその選択だったが、それはつまりゾンネを信じきれていなかったということに他ならない。
(あれだけゾンネを信じていると言っておきながら、俺は)
恥ずかしいの一言に尽きる。今度こそは彼女のことを完全に信じて、選択を間違わないようにしなければ。
「……トレーナー?」
「ああ、どうかしたか?」
そうして自省していると、ゾンネに声を掛けられる。
「いや、なんか上の空みたいだったから」
「すまん……そうだな、寒いし屋内に行こうか」
どうやら、考えに耽っていたせいで不安に思わせたようだ。彼女のトレーナーなんだからしっかりとしなければ。
気分転換のために向かった先は、とあるゲームセンター。阪神JFの前にコレオプシスカラーに連れられた場所とは別のところだが、やはりあそこは両名ともプリクラ撮影の苦い経験があるので自然と避けたというわけだ。
「ん、あれは……」
そう言いかけたインデアゾンネの方の視線の先を見てみると、そこにはウマ娘たちをモチーフにしたぬいぐるみが入った、クレーンゲームがあった。
『ぱかプチ』というシリーズ名のその景品は人気が高く、それだけならよくある光景だが……その内部には自分も目を引かれるものがあった。
「あれは……ゾンネのかな」
「そうだね、トレセン制服のやつと勝負服」
そう……金髪のツインテールに澄んだ緑色の瞳が特徴的な、担当ウマ娘であるインデアゾンネのぬいぐるみも並んでいた。
「うーん、そういえば阪神JFの後に商品化の話があったようななかったような……」
「ちょっと、ちゃんと覚えておいてよ。あったようなじゃなくて確かにあったでしょ」
既にGⅠを1勝しており商品化の実績としては充分だったらしく、めでたく『ぱかプチ』が製作され新入荷したということらしい。
「……へぇ、それにしてもよくできてるね、これ」
「欲しいのか?なら、俺が取るよ」
共同通信杯のこともあるし、元気付けるために彼女が望んでいることは何でもやるつもりだ。その為なら多少のポケットマネーなど喜んで払おう。
「いや、でも……うん、じゃあお願いしようかな」
──このゲーム、負けられない!!
クレジットを入れると、『うまぴょい伝説』のアレンジBGMが流れ出してゲームがスタートする。筐体の中にある景品を観察し、狙うのは当然ゾンネのものだ。移動ボタンを押し、クレーンを動かし始める。
「あそこにある……ここだ……!」
制服姿のゾンネの人形の真上でボタンから手を放し、後はしっかり掴んでくれるのを祈るだけだ。
「よし……!」
「行ける……?」
クレーンが掴んで持ち上げると、ゾンネの足先にはメジロドーベルのものもくっついていた。どうせ取れるのであれば、多い方が良い。そのまま出口までたどり着くのを見届け、そして。
「行った……!」
「おお、やったじゃん!」
見事、クレーンは二つの人形を落とし口へと運び届けた。ゾンネはそれらを取り出して抱える。
「ふふ、いいねこれ」
「ああ、その子はゾンネが滅多に見せないようないい笑顔だしなぐっ」
脛に小さく蹴りが一発入った。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
「余計なこと言わないでいいんだよ」
気を取り直し、更なる戦果を望んでクレジットを投入する。先ほどとは違うBGMが流れ、クレーンの速度も速くなるらしい。
「狙うは……」
エリアの真ん中に陣取っている、勝負服姿で大サイズのゾンネ。それが次のターゲットだ。緊張で少し震える腕でボタンを押し、景品の位置まで……ここか?
「……あっ」
しかし、手を離した瞬間、位置がずれていることを察してしまう。実際クレーンはぬいぐるみを掴むことなく、右腕を脳天に突き刺しただけでそのまま空で戻ってきてしまった。
「ちょ、刺さってたよ今の……っ」
あまりにもな凡ミスに思わずモチーフ元の彼女も笑いを堪えきれずにいたが、このまま引き下がれるはずもない。
「もう一度……もう一度だ……!」
再度クレジットを払い、今度は最初の音楽のテンポアップ版が流れ出す。速度もそれに合わせてさらに速くなっているようだが、それに惑わされないように心を落ち着けてから……ボタンを押下する。
「……『位置』が来るッ!!」
今度こそ狙いの人形を掴む位置へクレーンを持ってきて、そしてここから自分ができるのは成功を願う、ただそれだけだが果たして。
「おお……?あ、落ちた」
クレーンによって持ち上げられたそれには、他に4つも人形が付いていたが、落とし口に行くまで半分が脱落してしまった。しかし、もう半分は残ったということでもある。
「やったぞ、ゾンネ……!」
「うん、そうだね」
取り出したのは目当てのゾンネの巨大ぱかプチの他に、マイクを持った制服姿のウオッカ。そして亜麻色髪をハーフアップにまとめた制服姿のウマ娘の人形。
「あれ、これって……」
「ああ、キヨミズノマイだな」
菊花賞ウマ娘である彼女もまた既に商品化に充分な人気を得ているらしく、こうして『ぱかプチ』が流通しているというわけだ。
「さて、と……」
改めて、今日の戦果である5体のぬいぐるみをゾンネに抱えてもらう。
「えっと、その……トレーナー」
「どうした?」
彼女は人形たちを眺めて、少し驚いたような表情をする。それからこちらに視線を向けて、何かを言いかける。
「こんなにたくさん……頑張ったね。ありがとう」
「感謝されるほどじゃないよ。俺が取ってあげたかっただけだから」
自分の失敗した分を少しでも取り返すための、自己満足なのだから。そう言っても、ゾンネは首を横に振って言葉を続ける。
「ううん、たまにデリカシーとかの無さに呆れることもあるけど……トレーナーはよくやってくれてると思うよ」
「……そうか」
まあ、本人がこう言ってくれているのだし……あまり卑下してもしょうがないのかもしれない。その言葉を素直に受けとることにして、それから。
「あのさ、1つあげる。あげるというか、返す?」
そう言って、ゾンネは最初に取った制服姿の彼女の人形を渡してきた。
「いいのか?」
「あんたが取ったものなんだから、いいに決まってるでしょ!それに、いい笑顔って言ってたしさ」
そうして、笑顔のぬいぐるみを受け取る。手渡してきた彼女もまた、その人形に劣らないほど柔らかで美しい微笑みを湛えていた。
──大満足の結果だった!
◇ ◇ ◇
遡ること1ヶ月程前、2月初めの土曜日。正午過ぎの東京レース場のメイクデビュー。
〈さあ、直線前のラストスパート!坂をものともせず追い込んできた!先頭を交わして、差を開いていきます!2バ身、3バ身と開いて、今ゴールしました!1着で駆け抜けたのは──〉
漆黒のロングヘアを如月の寒風吹く府中に棚引かせて、ゴール板を圧倒的な差を見せつけつつ駆け抜けたウマ娘。
「Oh, fantastico……!! やっぱり日本のレースはすごいわね、メイクデビューでもこんなに歓声が上がるなんて……!」
ウイナーズ・サークルにて、彼女はスタンドに向かって手を振り返し、それからインタビューに答え終えて控室に戻る途中。地下バ道でただ一人、壮大な計画について考えていた。
(メイクデビューでこんなに熱を帯びるのならば……重賞、そしてGⅠでは一体どれだけの熱狂の渦が生じるのかしら?)
デビューが遅れてクラシック級にもつれ込んでしまっても、彼女はめげることなくひた走っていた。ある、1つの使命のために。
(ここから数年、トゥインクル・シリーズで走る間に見つけなくては。日本の人々がここまでレースに夢中になる理由を。そしてそれを──イタリアのレース界に、どう反映できるかを)
そして少女は、勝利の喜びを噛みしめる暇もなく、ただ自分に言い聞かせるかのように呟いた。
「Felicitàをたくさんの人に届けるのよ、ワタクシのこの脚で……!」
春のクラシック戦線、そしてトリプルティアラの開幕するその時は──少しずつ、しかし確実に迫っていた。
トレーナーも新人なのでミスしてしまうこともあるし、それがメンタルに来ることもある……というわけです。それでも一歩ずつ、インデアゾンネと共に進んでいって欲しいところですね。
さて、謎のウマ娘が登場しましたね。メインとなるキャラはこの娘で最後になります。彼女は一体どうインデアゾンネに関わってくるのでしょうか、今後の展開をお楽しみに。