早春の阪神レース場。オレはトレーナーと共に新幹線や在来線を乗り継いで、去年ぶりにこの場へと戻ってきたわけだが、その目的はと言えばもちろん。
「……テイク!」
「あ、ゾンネちゃん!来てくれて嬉しいのです」
同室である彼女が今日のメインレースであるチューリップ賞に出場するので、その応援のためにやって来た。ここで良い結果を残せれば、1ヶ月後に同条件で行われる本番で競い合うことになるわけで。もちろんそれは楽しみなのだが、何故かトレーナーまで付いてきていた。
『いや、一人で行けるからあんたは来なくていいよ』
『ああいや、別に心配だから付いていくわけじゃないぞ。桜花賞で君のライバルになる可能性が高い相手だから是非とも偵察したいんだ』
『……ふうん、そういうね。まあ、わたしはどっちでもいいし勝手にすれば』
というやり取りがあった。理屈は理解できるんだが、テイクを偵察という言葉に何とも言い難い感じを覚える。
「……それじゃ、頑張ってきてね。桜花賞で会えるのを楽しみにしてるから」
「はい、もちろんなのです!ようやくゾンネちゃんとレースで……!ああでも、まずはチューリップ賞で勝たないといけないのです」
着替えなどのレースの準備へ向かうテイクを見送り、発走時刻までグッズショップなどを適当に見て回ってから向かったパドック。
そこには水色の体操服、赤地に白文字で1と書かれたゼッケンのテイクがいた。メイクデビューの時のように相変わらずピョンピョンと小さく跳ねたりしているが、別に緊張したりしているわけではないということはこれまで見ていて分かる。
〈さあ、本日の1番人気の登場です。1番クルーシャルテイク〉
〈今日は1の番号を背負って1番人気、期待に応えてさらにもう一つ、1着の数字を加えたいところです〉
情報収集はあまり得意ではないので、彼女の他の出走相手については詳しく知らない。なので、トレーナーなら既に調べているのではと思って尋ねる。
「で、トレーナー。テイク以外はどんな感じなの?」
「……そうだな、まず阪神JF組でプリュームクローレは注意すべき相手だろう。クルーシャルテイクと脚質も同じだし、前走こそゾンネに敗れたが実力は侮れない」
そう言われてパドックを眺めると、見覚えのある赤いロングヘアのウマ娘がじっと手を前に添えて待機していた。その他、今日はブルマ姿だったので一瞬見逃したが、同じく阪神JFで戦った、金髪にメッシュを入れたギャルっぽいウマ娘……テンダートゥチーフもいるのが分かった。
「テンダートゥチーフは今日は大逃げをするかどうかはお楽しみに、と言っていたな。もし普通の逃げなら12月のようにスタミナ切れせず逃げ切りもあるかもしれない」
「そういえばさ、出走表見てたんだけどオキハナビってなんか聞いたことある気がする」
スマホでチューリップ賞について見ていたら気になった点。どことなく聞き覚えがあるのだが、いつに走ったんだろうか。
「ああ、ゾンネのデビュー前の模擬レースで一緒になったウマ娘だな」
そう言って、トレーナーはタブレットでその模擬レースについて自分でまとめたメモを見せる。こんなことまで記録してたのか……。
「結果は5着だったが、あれから経験を積み重ねて、デビューしてから4戦2勝。ついには重賞まで漕ぎ着けたみたいだな」
そうして、オレが出るわけでもないこのレースについてもトレーナーは随分調べていたらしく、発走までの間解説を続けていたので若干引きつつも、本バ場入場となる。関西重賞ファンファーレが吹奏され、テイクも落ち着いた様子でゲートに入り……全員が収まる。
〈さあ、最後のテンダートゥチーフがゲートに入りまして……今、スタートしました!まずはハナを行きます、6番オキハナビ。しかし、激しい先頭争い、3人が並んでいきます〉
逃げウマ娘たちが一歩も譲らず主導権争いをし、一歩前へ出たのは。
〈──2番テンダートゥチーフ、1人で上がっていきました!これは阪神JFの再現か、大逃げを切るのでしょうか?〉
阪神外回りの長めの向こう正面、逃げウマを見送りながら、同室の彼女は後方集団に属して仕掛けどころまで、静かに息を潜める。
〈さあ本日の1番人気、クルーシャルテイクはここにいます。その横にプリュームクローレ、そして最後方にポツンと1人、プロミネンスライト〉
一足先に3コーナーへと入っていく大逃げウマ娘、そのあとに続々と集団がカーブを曲がる。まだ蕾の状態の桜に見守られて、展開に大きな変化はなく直線へ向かって進んでいく。
〈前半800mのペースはなんと45.7!これは明らかなハイペースです、逃げるウマ娘は脚を残せるのでしょうか?そしてここからは直線前の下り坂、先頭を行くテンダートゥチーフはさらに加速します〉
スタンド前に差し掛かり、いよいよ仕掛けどころだろうか、テイクも上がっていく構えを見せている。
〈テンダートゥチーフ、ここまでのようです。しかし先行勢も逃げに惑わされたか、思うように伸びません。後方集団が追い上げにかかります!〉
差し、追込が先頭目指して加速する中、一人鮮やかなごぼう抜きを見せつつ辿り着いたのは、やはり彼女だった。
〈クルーシャルテイク、先頭!1番人気に応えられるでしょうか、さあ最後の踏ん張りどころは仁川の坂!脚色は衰えない、譲りません!〉
「テイクっ……!」
オレがそう声を上げると同時に、そのウマ娘はゴール板を駆け抜けた。
〈クルーシャルテイク!1着です、見事桜花賞への切符を勝ち取りました!続きまして2番手争いはプリュームクローレ、オキハナビ〉
掲示板にもテイクの背負った番号である1の数字が表示される。見事に差し切り、完勝。桜花賞には彼女も出走してくるというわけだ。
「ん?……全くもう」
見ているとこちらと視線が合い、メイクデビューの時のように手を振ってきた。本当ならテイクを応援してくれるファンの方を見なきゃいけないはずなんだが……それはまあ、後で言うことにして小さく手を振り返す。
「いよいよ、桜花賞か……」
「ああ、そうだな。尤も、俺はゾンネが勝つと思ってるが」
テイクがチューリップ賞を勝ち上がり、桜花賞に出てくることを改めて感じ入って呟くと、トレーナーがいつもの様子で口を挟んできた。
「ふっ、あんたってそればっかだね。別にいいけど」
そうしてオレは、春本番に向けて気持ちを引き締め直す。もう1ヶ月後にはまたここに戻ってきて、今度は出走者としてターフの上に出るわけなのだから。
◇
レースが終わった後、ウイニングライブまでしっかり見届ける。そして帰りの電車に乗ろうとホームヘ向かったところで、本日の注目ウマ娘とばったり出くわす。
「ゾンネちゃん!」
「ああ、テイク。まずはおめでとう。綺麗に差しが決まってたね」
笑顔で喜ぶ彼女を見て、言いにくさを覚えながらも……心を鬼にして、言おうと思ってたことを告げる。
「でもウイナーズサークルでわたしの方見てたの、個人的には嬉しいけど……わたしだけじゃなくて、ちゃんとファンの方を見てあげなきゃダメだよ」
「ひゃ、ひゃい……」
「……そうね、インデアゾンネ。私も同じことを言おうと思っていたの。そちらから言ってもらえて助かるわ」
そう言いながら人混みの中から出てきたのは、赤髪のショートカットでタイトスカートのスーツ姿、トレーナーバッジを襟元に着けた女性。テイクが所属するチームのトレーナーだ。
……それにしてもどっから出てきたんだろうこの人。急に現れたもんだから思わずうわって言いそうになった。
「あ、トレーナーさん」
「あなたはもう重賞ウマ娘なのだから、それにふさわしい振る舞いをしなくては。一月後には、GⅠウマ娘になるかもしれないというのに」
やっぱバリキャリって感じだな、同じトレーナーと言ってもオレの隣の奴とは随分と違う雰囲気だ。ただまあ、テイクやコレオプシスカラーの様子を見る限りだと印象ほど厳しくはないのかもしれないが。
「いいや、共同通信杯こそそっちのチームのウマ娘に勝たれたが桜花賞は絶対にゾンネが獲るさ」
「ほう、面白いことを言うのね?まあいいわ、当日になれば分かることだもの」
そうしてトレーナーは楽しみにしているよ、と決め台詞を吐いて踵を返し、一人で列車ホームに乗り込んでいったので慌てて付いていく。そしてオレは、振り返って。
「わたしも、テイクと桜花賞で走るの楽しみにしてるから」
「……はいっ!」
どうやらお土産でも買うのだろうか、もう少しここに滞在するらしく、オレたちを見送るテイクとチームトレーナー。一足先に電車に乗り込んで府中へと戻っていった。
◇
トレセン学園まで戻ってきたら、もう夜も遅い時間になっていた。トレーナーが少しだけいいか、というのでトレーナー室まで一緒に向かう。
「……で、何するの?」
「そうだな、まずはこれを見てくれ」
そう言ってトレーナーが差し出してきたのは、ウマチューブを開いた状態のタブレット。それをただ見つめていると、トレーナーが指で操作してある動画を開く。
『さあ、阪神ジュベナイルフィリーズ・GⅠ。ジュニア級、初めての大舞台に挑むは18人のうら若きウマ娘たち。どのウマ娘がジュニア女王の座を戴くのでしょうか、紹介していきましょう』
動画のタイトルを見れば、去年の阪神JFであることは分かる。しかし、なぜ今これを見せているのか。その意図が読めず、無言で動画を見続ける。
『大逃げ、大逃げであります!テンダートゥチーフがひとり旅。2番手とは6バ身ほど、先頭から最後方まで20バ身以上の差があります』
テンダートゥチーフが映し出された後、実況カメラは引いて後ろの集団へと向かい、中団で控えているオレも表示される。俯瞰してみるとこんな感じなのか、あの時のオレ。
『インデアゾンネ、1着でゴールイン!続いてグアバサラダ!師走の寒空に太陽は高らかに昇る!インデアゾンネが1着!』
そして王道の先行策で抜け出し、1着。なるほど、これは確かに強い勝ち方だ。自分のことなのにどこか他人事のようにそう思っていると、トレーナーが口を開く。
「今日のクルーシャルテイクは、確かに強かった。桜花賞でも上手くやるだろう。だが、君はこれだけの走りができるんだ。同じ舞台の桜花賞だって何も問題はない」
「……ふふ、そうだね。負ける気はしないよ」
オレなら、きっとやれる。トレーナーはそう思わせてくれる、ならオレは相応しい結果を持ち帰るだけだ。