桜もすっかり散り、気候もじわじわと暖かい、から暑いへと変わり始めている4月の終盤。オークスに向けてのトレーニング前だが、少し気が進まない。
「うぅん……いたい……」
季節の変わり目……と言っていいのかは分からないが、体調があまり良くない。特に顕著なのが頭痛で、不定期に頭に鈍い痛みが走るのであらゆる活動が億劫に思える。何とかトレーナー室まで来たものの、これから偏頭痛に悩まされながら体を動かしたくはない。それでも、扉を開けて部屋に入る。
「トレーナー……」
「ゾンネ、大丈夫か?顔色が良くないみたいだが」
「頭いたい……」
別に頭が痛いのをアピールしたところで症状が軽くなるわけでもないし、結局トレーニングはこなさないといけないのだが、どうにも調子が乗らない。
「……そうだな、頭痛薬を買ってくるから待っててくれ。トレーニングは少し休んでからにしよう」
「うん……なんか、ごめん……」
そうして折り畳み椅子に座って机に突っ伏しながら待ち、戻ってきたトレーナーに薬を飲まされて安静にし、少しマシにはなったのでトレーニングへ移る。
「やっぱり痛い……」
ただ頭痛薬でも和らげるだけに留まり、完治はせずしばらく経って自然に治まるまでオレは痛みに悩まされた。*1
◇ ◇ ◇
4月と5月の境目、テイクがチームメンバーであるキヨミズノマイが出る天皇賞・春を観戦しに行くために朝から開けるという。
休日をほぼ1日中一人で過ごすことになるのか、とどうしようかなと考えていたところにトレーナーからお出かけを入れたいと告げられた。
『どうかな、ゾンネ。もちろん予定があるなら無理にとは言わないが……』
『いや、行くよ。テイクが京都行くから暇だし』
そういうわけで、迎えたお出かけの当日。朝から制服姿でまず向かった先はというと。
「神社か……」
「他の場所が良かったか?」
「いや、別に。静かで落ち着くね」
そう、トレセン学園からそう遠くない場所にある人も疎らな神社にやって来ている。アプリだと体力が小~中程度回復し、やる気も上がり、バッドステータスを解消できる*2ので基本的にはここが出るのが嬉しいところだが。
「……あのさ、ちょっとおみくじ引いてみていい?」
「ああ、構わないが……そんなに気になったのか?」
気になるってどういう意味なのかと聞くと、トレーナーからはオレがあまりおみくじなどに興味がないタイプに見えていたらしい。
「ああでも、前世信じてたり意外とそういうタイプなのか痛っ、脛蹴るのやめてくれ」
「余計なこと言わなくていいんだよ」
……気を取り直して、走運のおみくじを引いてみる。果たして結果はどうだろうか、良いのが出て欲しいなと思いつつ、紙を広げると。
「……中吉か」
「中吉なら大吉の次に良いじゃないか、よかったな」
一般的におみくじは大吉・中吉・小吉・吉・末吉・凶の6種であることが多い*3が、『吉』の位置は神社によっては小吉の次ではなく、大吉と中吉の間だったりもするらしい。ここの神社がどうかは分からないが。
「うんまあ、そうだね。オークスでいい結果……ダブルティアラ達成できるといいな」
ただまあ、おみくじで割とよさげな運勢だったとはいえ、結局のところ最後は自分の足でどうにかしないといけないわけで。心休め程度にはなるかな、と言ったところだ。
「そういえば、神社の次はどこ行くの?」
「ああ、そうだな。ちょっと遠出するつもりだ」
そう言われて一体どんな場所に向かうつもりなんだろうかと思いつつも、トレーナーに付いて近くの駅へ行き、電車を何度か乗り換えて来た先はというと。
「……山?」
「軽くハイキングでもしようかと思って」
これまでトレーナーを見てきて、お出かけ先に登山を選ぶなんて意外だなと思ったりもする。こいつのことだから、本当にただハイキングしに来たわけではないのだろうけど。そんなことを思いながらも登山道へと足を踏み入れた。
◇
そうして1時間ほど、ひたすら道に沿って山を上に上に進んできた。都心からそう遠くなく、利用者も少なくないのか、コースは整備が行き届いていて登山と言っても思ったほどキツくはない。
……のだが。
「ゾンネ……少し、休憩しよう……」
「なんで連れてきたあんたが先にへばるのさ……」
どうやらトレーナーにとってはキツかったらしい。ウマ娘と人間という種族差を抜きにしても、時折すれ違う他の登山者より疲労しているように見えるのだが。
「実は、あまり登山は経験がなくて……」
「はあ、全く……かっこつけちゃって」
しょうがないので、流れている沢のほとりで立ち止まり、しばし休息を入れる。段々と春真っ盛りから夏に近づきつつある時期だが、生い茂る木で日陰になっているのと、水場だからか涼しくて心地良い。
「あ、魚が泳いでる。これなんて魚なんだろ」
薄茶色で細い体の、川魚ってこんな感じ……みたいな、取り立てて特徴のない魚の群れを見てそう呟く。するとトレーナーは携帯を取り出してパシャッと撮影し、しばらく弄ったあとに見せてきた。
「多分このウグイって魚だな」
「ふーん、確かにそれっぽいね」
ネットの情報によると、食用になるらしく主に塩焼きや煮付けで食べられているらしい。今日は釣りに来たわけじゃないので眺めているだけだが。
「さて、と。そろそろ大丈夫だ」
「そう言って、またすぐにバテないでよ?」
しばらく水辺で涼んで、そしてまた山頂に向かって歩き出す。トレーナーは一体何が目的でここに来たのだろう、と考えたりしながらさらに数十分登り続けて。
「そろそろ山頂?」
「丁度ここがそうだ」
やや急傾斜な丸木の階段を登り終えると、開けた岩場に出る。周りを見渡すとここより高い場所はなさそうなので、頂上ということで良いようだ。
「そしてほら、あれを見てくれ」
トレーナーに言われるまま指差した方向を見ると、そこにはもうすぐ直上に至ろうという正午前の太陽があった。
「太陽?」
「ああ、明るくて力強い陽射しだろ?それに、その下」
言葉通り視点を下へ移すと、眼科にはどこまでも広がるように見える広々とした平野に、緑地だったり市街地が太陽のもとで光を反射して輝く雄大な光景があった。
「この風景……ただそこにあるだけなのに、その光は眩しくて、皆を照らす。俺は、インデアゾンネはそんなウマ娘だと思ってる」
「急にどうしたのさ?……うん、でも」
……不思議と悪い気はしないな。出会ってしばらくの頃ならいきなり何言ってんだこいつはと内心毒づいてたかもしれないが、今はトレーナーなりにオレを勇気づけようとしてくれているのかなと穏やかな気持ちでいる。
「……ありがと」
「いい気分転換になったみたいで良かったよ」
そうして、丁度昼時だしと山頂でトレーナーが買ってきていた弁当を、涼しい風の中で軽く食べてから山を降りていく。登りとは別のルートを下っていくが、その途中。
「……何このボロい橋」
「迂回路もあるが、こっちは結構近道だぞ」
別に急いでるわけでもないので迂回路を使っても良かったのだが、トレーナーが吊り橋を渡り出したのでギシギシ鳴る足元に不安を覚えつつも、何とか進んでいく。
「もし次来ることがあるならこの橋は勘弁してほしいかな」
「ああ、すまん。景色が良さそうだったからつい」
下が不安で景色なんか見てられねえよ。そう思いつつも、橋を渡りきったらまた山道を歩き出した。
◇
頂上から1時間半ほどで、麓の駅まで戻ってきた。トレーナーと二人でホームのベンチで並んで座り、府中へ戻る電車を待つ。
「ゾンネ、どうだったかな」
「今日のこと?うーん、悪くなかったと思うけど」
「それなら良かったよ」
本格的な登山ではないとはいえ、高低差のある道を数時間歩いたのでさすがに疲れてはいるが……それ以上に、なんだか清々しい気分だ。そうしてトレーナーと話をしているうちに電車が到着し、しばらく揺られて寮へ戻ってきた頃には少しずつ空も橙色に染まり始めていた。
「じゃ、またね」
「ああ、ゆっくり休んでくれ」
部屋に戻ったら明日の準備をして、入浴時間になったら手短に風呂を済ませる。そうして、次は何をしようかと考えながら扉を開けると。
「ゾンネちゃん、ただいまなのです!」
「うん、おかえりテイク」
同室が京都から帰ってきていたようで、まずは入れ替わりで浴場へ行くのを見送る。テイクは風呂から戻ってくると、あっちでのことを話し始めた。
「キヨミズ先輩、1番人気の期待通りに勝っちゃったのです!後方につけて、4コーナーから進出し始めて余裕のゴールで……わたしもあんな風に勝ちたいのですよ」
「へえ、あの人結構すごいんだね」
菊花賞勝ってるのは聞いたし、強いウマ娘なんだろうなってことは知ってるんだが……何度かは話したものの、実際にレースしているところはあまり見ていないし。
「もちろんなのですよ!レースだけじゃなくて、ウイニングライブの『NEXT FRONTIER』もカッコ良かったのです」
そうひとしきり話して、テイクはついでに京都で買ってきたというお土産を取り出した。中身は案の定というか、お菓子のようだ。オークスも近いのに食べすぎないように、と半分自分に言い聞かせる形で言っておく。ただ、そのお菓子は色々と気になるところがあった。
「なんだろこれ、壺みたいな形してるけど」
「お香の香りがする中国由来のお菓子らしいのです」
お菓子なのにお香……?と思いながらも個包装から取り出して食べてみると、外は揚げ菓子なのかサクサクしていて、ゴマ油の風味と香木の良い香りが鼻を通り抜けていく。中のこし餡も甘すぎず上品な味わいで、高級菓子って感じがした。
「美味しいね、高そうだけどいくらしたの?」
「十個入りで7千円くらいだったのです」
普通に高級品じゃんこれ、もっと味わって食べよ。そんな感じでお土産を摘まみつつ、今度はオレの今日の話をしてほしいと言われた。
「多分お出かけしてましたよね?どこに行ったのか気になるのです」
「えっと……トレーナーと登山だよ。行った場所は……」
オレがそう答えると、テイクは益々気になった様子で身を乗り出す。
「へぇ、トレーナーさんとどんなことしたのですか?」
「と言っても、普通にハイキングコース沿いに登っただけなんだよね。頂上で景色見渡して、お昼食べて、で降りてきたの」
それを聞いて、彼女は何故か楽しそうだと思ったらしく。今度はテイクがオレと登山に行きたいと言うので、近いうちにということで記憶に留めておく。
そして今日の外出のことを思い出しながら話すうちに、思ったこと。
(トレーナー、か)
はじめの印象こそ悪かったが、最近ではトレーナーがいないことなんて考えられないほどに馴染んでいる。そう思うと、自然とあるフレーズが思い浮かんだ。
(離さない、譲れない、渡さない……)
そう、『彩 Phantasia』。桜花賞の時は勝利のことを想って歌って、今一つしっくり来なかったが……もしかすると、オレが思う譲れない存在とは。
(いやいや、オレとトレーナーはそういうのじゃない……)
自分でもどうすればいいのか分からなくなってきたところで、テイクに体を揺すられて現実に戻ってくる。
「ゾンネちゃん、眠いのです?もう寝ましょうか?」
「ああうん、そうだね……ハイキングしてきたし、いつもと違う筋肉使ったからかも」
そうして布団に入り、自分にとってトレーナーがどういう存在かと悶々としつつも何とか眠りに就いた。
片頭痛イベント&連続お出かけイベントがモチーフでオークスに向けて英気を養う回です。あと、段々とインデアゾンネが牝堕ちする予兆が出てくる頃。