3つの光跡、3つのティアラ   作:サンタクララ

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ゆったり勉強

 オークスも無事に終わり、夏合宿も1ヶ月後に控えているからその英気を養うためということで、トレーナーに休息の指示を出された。

 

「と言っても、何しようかな……」

 

 テイクは最近、トレーニングに精を出しているようでちょっと声をかけにくい。と言うのも、オークスの後にダービーでプルーヌスムーメが、安田記念でコレオプシスカラーが相次いで勝利。彼女の所属しているチームであるハチサが快進撃とも言える成果を出す中で、一人だけ無冠でこのままではいけないと思っているらしい。

 あまり焦りすぎるのも良くないとは思うが、まあその辺の調整はチームトレーナーがやるはずなので任せることにする。オレから言うのも、今は逆効果かもしれないし。

 

「さてと、ん……?」

 

 どこか出掛ける先を探すために机上のスマホを手に取ろうとして、ふとドイツ語の本が目に入る。

 

「……たまには、じっくり学習するのも悪くないかも」

 

 最近はクラシックレースのことでいっぱいいっぱいで、あまり余裕もなかったし……久しぶりに図書室でも行って勉強してみるかな、と考える。

 

「それに、外は暑くなってきてるしなぁ」

 

 もう本格的に夏が到来しつつあり、市民プールなどもプール開きを始めている*1。なので暑い屋外よりも冷房の効いた部屋で勉強するのも悪くないだろう。というわけで、勉強本を持って図書室に向かった。

 

 

 

 

 ドアを開けて入ると、その受付カウンターにはゼンノロブロイがちょこんと座っていた。そのまま通りすぎようとしたら、声を掛けられて振り向く。

 

「あっ、インデアゾンネさん……!」

 

「はい、どうしました?」

 

 話を聞くと、以前寄贈したロシア語中級の本が一部のウマ娘に好評を得たらしい。それで需要があるならと初級や上級も買い揃えたところ、よく借りられるようになったのだとか。

 

「そうだったんですか、役に立ったのであれば何よりです」

 

「はい、中でもアグネスタキオンさんは──」

 

『ふむ、ロシア語か。ロシアや旧ソ連の研究論文は私の研究においても非常に興味深いのだが、日本語や英語に翻訳されているものはどうにも少なくてねぇ。翻訳ソフトを使う手もあるが、やはり精度を求めると自分で読めた方がいいだろう』

 

「──と、よく利用されているんです!インデアゾンネさんに寄贈していただいたお陰です、ありがとうございます……!」

 

 元々はただの買い間違えだったんだが、そんなことになっていたのか。あの時捨てないで良かったなと思いつつ、勉強用の広いテーブルに座ってドイツ語の学習を始める。

 

「エス レスト ズィヒ ニヒト ベシュトライテン ダス エア ウンシュルディヒ イスト*2……彼が無罪であることに異論の余地はない……」

 

 そうしてドイツ語の自習を始めてしばらく、図書室にあった独和辞書を引いて発音や意味の確認をしながら勉強書の例文を読み込んでいたら、声を掛けられた。

 

「ドイツ語の勉強ですか?」

 

「えっ……はい、そうです……?」

 

 振り返ると、黒髪ボブヘアに碧眼のウマ娘……前世でも見覚えのある、エイシンフラッシュがオレの顔を覗き込んでいた。

 

「やはりそうだったのですね。英語と違って必須ではないのにここまで熱心に……私はドイツ出身でして、もしよろしければお手伝いさせてもらえませんか?」

 

「ええと……いいんですか?」

 

 それにしても、本当に顔が良いなこの人……実際に間近で見ると本当にそう思う。まさにグッドルッキングウマ娘*3だ。

 

「はい、もちろんです。ただ──ファルコンさん、私の友人の勉強を見るのと平行してということにはなりますが」

 

 そうして彼女が見やった先には、ぐったりと机に突っ伏す薄茶色のツインテール、スマートファルコンの姿があった。

 

「分かりました、よろしくお願いします」

 

 まあ折角の好意だし無碍にするのも、と思い教えてもらうことにした。フラッシュたちがいる席の近くに移ると、倒れていたウマドルが起き上がった。

 

「わぁ、お人形さんみたいに綺麗な子だ~☆フラッシュさん、どうしたの?」

 

「ええ、ドイツ語を勉強していたのでお手伝いしたいと思いまして。ファルコンさんのテスト対策と平行して」

 

「えっと、インデアゾンネ……です」

 

 とりあえず二人に自分の名前を名乗ると、ファルコンは少し驚いた様子だった。

 

「もしかして、トリプルティアラにリーチ掛けてるって今話題の子?こんなところで会えるなんてすごい偶然だねっ!」

 

「それはともかく、勉強を再開しましょう。時間は有限なのですよ、ファルコンさん」

 

 フラッシュは頭がぐるぐるしてると嘆く彼女に有無を言わさず数学の問題集を解くように指示し、それからこちらへ向き直った。

 

「さて、何か聞きたいことはありますか?」

 

「そうですね……やっぱり、本場の発音が聞いてみたいです」

 

「なるほど、そう来ましたか。図書室なのであまり大きな声は出せませんが……ここは『Dieses Buch kann ich gut für meine Arbeit brauchen.*4』ですね」

 

 すごい、全体的に発音が滑らかなのはもちろんなのだが、特にウムラウトの発音が綺麗だ。

 

「ウムラウトの発音とか、コツがあれば教えてもらえいたいです」

 

「そうですね……幼少期から自然と身に付いたものなので、コツと言われても言葉にしづらいですが……例えば、äであれば──」

 

 そうして2人に加わる形で勉強を続けて、しばらく経った頃。

 

「……ふむ、時間ですね」

 

「ふへ……やっと終わったぁ~」

 

 どうやら、フラッシュが計画していた図書室での勉強時間が終わったらしい。彼女がスッと立ち上がった後に疲れた様子で続くファルコン。

 

「……あの、ありがとうございました」

 

「いえ。私が言い出したことですし、お役に立てたのであれば良かったです。次一緒になることがあれば、その時も是非遠慮せずに聞いてください」

 

 行きますよファルコンさん、とフラッシュが同室を連れて退室するのを見送り、また一人で黙々と自習に戻った。

 

「『Was für eine Rasse ist der Hund?』……その犬はどういう品種ですか?」

 

「ゾンネっち、はろはろ~☆」

 

 また背中から声をかけられ、振り返ると今度はコレオプシスカラー、それにプルーヌスムーメがいた。今日はなんか胸がデカい人によく会うな……。

 

「インデアゾンネちゃん、何の勉強してるんですか?」

 

「ドイツ語だよ。そっちはどうしたの?」

 

「テスト勉強じゃんね♪あーしちゃん、これでも赤点だけは免れてきたゆーとーせーじゃんよ☆」

 

 確か去年にトレーナーと一緒に連れ回された時も、友達の中で一人だけ赤点回避して暇だったからとか言ってたな。

 

「アタシもギリギリセーフって感じで……インデアゾンネちゃんは結構成績いいんですよね?迷惑じゃなかったら、教えてもらいたか……もらいたいです」

 

 ……そういえばこの子、前から気になってたんだが割と無理して丁寧語使ってるみたいに見える。一応先輩ではあるものの、コレオプシスカラーやキヨミズノマイには気にしなくていいと言われてからはオレも砕けた口調だし、無理しなくてもいいと思うんだが。

 

「別に敬語じゃなくてもいいよ、確か学年同じでしょ?」

 

「うんうん、ゾンネっちはそういうの気にしないからあーしちゃんも素でいいと思うじゃんよ☆」

 

 そう言われると、彼女は自分のふんわりとウェーブのかかった芦毛のサイドテールを手慰みに撫でながら、はにかんで答える。

 

「そっか、じゃあ……アタシ、素はこういう感じっちゃんね。出身が福岡で、メイクデビューもトレーナーにちょっと無理言って地元に近い小倉で走ったとよ」

 

 いわゆる博多弁って感じだろうか、方言で喋りだすプルーヌスムーメ。結構可愛らしい感じでなんかいいなと思ったりする。

 

「へぇ、そうなんだ」

 

「それで、改めてっちゃけど……インデアゾンネちゃん、勉強教えてもらってもよか?」

 

 まあ、ドイツ語の勉強ばかり続けていてもさすがに飽きてくるし……少しくらいならいいかと、自分の勉強と並行して彼女を手伝うことにした。

 

 

 

 

 時折歴史や公民でプルーヌスムーメが分からないという箇所を教えたりして、2時間くらい経っただろうか。コレオプシスカラーが時計を見てそろそろかな、と立ち上がった。

 

「あ、インデアゾンネちゃん。アタシたちはトレーニングがあるけん、もう行くね!」

 

「そっか、じゃあね」

 

 二人が図書室から出るのを見送り、オレも朝からいるし一旦終わりにするかな、と荷物を片付けて引き上げた。

 

「さてと、今日は中々捗ったかな……っと」

 

 昼食でも食べに行こうかと思っていたはずなのに、オレの足は自然とある場所に向かっていた。

 

「……トレーナー、入るよ」

 

「ん、ゾンネ。どうかしたのか?」

 

 そう、トレーナー室。そこでは丁度昼時だったらしく、油断して締まりのない表情で近くのコンビニで買ったと思わしき海鮮丼に野菜サラダ、ツナ缶を机に並べている男がいた。

 

「うわっ、ファストフード」

 

「俺はアスリートじゃないからこれでいいんだ」

 

 ゾンネはきちんと食べてもらわないと困るが、と言うトレーナーに適当に頷いて、来たはいいけど何しようかなと思っていると、相手から話を切り出してきた。

 

「そういえば、休みはどんな感じだ?ゆっくりできてるか」

 

「……うん、そうだね。さっきまで図書室でじっくり勉強してたところ。結構捗ったよ」

 

「そうか、しっかり休んでくれ」

 

 そう言って昼食を食べ始めるトレーナーから一旦離れ、本棚の資料を手に取って流し読みしたりして、しばらく部屋で過ごす。20分程経って、食べ終わったのかゴミを片付けに出るのを見送り、帰ってきたら自分も昼にしようかとトレーナー室を出る。

 

「一体どうしたんだ、ゾンネ……」

 

 そんな一人言が聞こえた気がしたが、構わずカフェテリアへと向かった。

 

*1
トレセン学園のプールは空調設備・水温調整付きの屋内プールなので通年で利用できる

*2
Es lässt sich nicht bestreiten, dass er unschuldig ist.

*3
安心沢刺々美談

*4
この本は私の仕事に大いに役にたつ、の意




多分原作のウマ娘と初めてまともに会話したシーンです。フラファルはいいですね。
あと、前々からそれっぽい描写はありましたがプルーヌスムーメはもはや恒例になりつつある博多弁巨乳枠です。名前の由来が福岡の県花であるウメの学名Prunus Mumeだったりします。
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