6月も終わりに近づいてきた頃、トレーナーから指示されるトレーニングは海辺で行われる夏合宿に備えてか、プール練習が多めに設定されている。
「はぁっ……!もう、少し……!」
今日もまた、屋内プールでひたすら泳いで体を鍛えている。プールトレーニングを始めた直後は泳ぎ方が汚いなどと言われもしたが、これまで回数をこなしてきて、それなりに上手く泳げるようにはなった……はず。
「よし、一旦休憩にしようか」
その声にしたがい一旦水から出て、それからトレーナーの方へ歩み寄る。
「そういえば、わたしの水泳フォームはどうかな。改善した?」
「そうだな……まだ無駄のある部分は残ってるが、最初に比べたらかなり良くなってるぞ」
無駄のある部分、ねぇ……自分じゃいまいち分からないんだよな。トレーナーが撮ったオレが泳いでる動画と水泳選手の泳ぐ姿を見比べても、初期ほど顕著な差がないのでどこを改善するべきか分からないし、何よりその箇所が見つかったところで今度はどう動かせばよいのかもハッキリとは見えてこない。
「うーん……どうすればいいのか、一緒に教えてくれない?」
初めてのプールの時にやったように、直接動き方を指導して欲しい。そう告げると、トレーナーはためらいがちに言う。
「いいのか?体とか触れることになるが」
「別に……トレーナーならいいよ。あんたなら変なこととかしないでしょ?」
大体、もう長いことこの二人で一緒にやってきてるのにそんな遠慮することなのか?オレとしては遠慮するならデリカシーのない発言とかもっと別方向でやって欲しいのだが。
「……分かった。NGとかがあればすぐに言ってくれ、善処するから」
そうして文字通り、手取り足取り姿勢を教えてもらうことにした。
◇
「もう少しこう、脇を締めて……そう、適度に指先まで力を入れて動かすんだ」
「わか、った……!」
トレーナーもプールに入って、効率のいい動きを間近で指導する。なんとなくだが、どう動けばいいのか分かってきた気がする。
「よし、いい感じだ。小休止を入れよう」
岸辺に寄りかかって、少し深呼吸をする。確かに上達しているし、順調だと思うんだが。オレは水際に座っているトレーナーの方を見上げた。
「……どうかしたか?」
「な、なんでもない」
練習中のことだが、トレーナーがオレに触れる時はずっと平然としているのがモヤモヤする。こちらは手が触れる度に胸が小騒ぎするのに。
(本当に何も思わないのか……?)
自分で言うのもなんだけど、スタイルがいい水着姿の金髪美少女ウマ娘なんだぞ?もっと動じてもよくない?
「そろそろ再開するか……ゾンネ?」
「えっ?う、うん……続きね」
こっちばかりドキドキさせられるのはずるい……いや、なんでそもそもオレはこいつ相手にドキドキなんかしてるんだ。しっかりしろ、精神的には男同士なのに何を臆する必要がある。
そう言い聞かせて、平静を保ちながらトレーニングに戻ろうとしたところで、誰かがプールに来たみたいだった。
「ごきげんよう、うちもプール使わせてもろて……おお、ゾンネはんやん」
「どうも、先輩」
新たに入ってきたのは、亜麻色髪に京都弁が特徴的なキヨミズノマイに、ハチサのチームトレーナーだった。春天に続いて出走したこの前の宝塚記念では、テイクによると惜しくも2着だったらしい。
……それにしても何とは言わないがデカいな。水着姿は初めて見たけど、そのしっかりとした大きさがより際立っている。そんな雑念を抱いていると、彼女の方から声を掛けられて慌てて向き直る。
「あ、うちらは端っこの方で勝手にやりますんで気にせんといてな」
そう言って彼女はストレッチを始めたので、オレもトレーニングを続けることにする。トレーナーの指示に従いクロールで何度か往復したところで、キヨミズノマイがプールに入るようだった。なんとなく器用で何でもそつなくこなせそうなイメージのある彼女が、一体どんな風に泳ぐのか観察してみることにした。
「ん~~……やっぱりあんま慣れへんなぁ」
……のだが、まさかのビート板勢だった。しかも、ビート板勢ということは水泳が苦手だったり、嫌いだったりするはずだが……キヨミズノマイはそんなことを微塵も感じさせないほどゆったりと優雅に泳いでいた。ビート板なのに。
「……トレーナー、すごいねアレ」
「ああ、あんなに上手いビート板泳ぎは初めて見たかもしれない」
休憩中、トレーナーとこそこそ割と失礼な話をしていると、同じく休憩に入った本人が不思議に思ったらしくこちらへやってきた。
「どないしました?」
「あっ、えっと……ビート板なんだって思って……」
要領を得ない回答に首を傾げつつも、キヨミズノマイはああそうや、と言葉を続ける。
「さっきは端っこでやる言いましたけど、折角やしやっぱり一緒に泳ぎませんか?」
「……そうだな、お願いしようかな」
そういうわけで、今度は彼女と共に泳ぐことになった。オレは別にスピードを合わせなくていいということだったので、さっきまで通りに泳ぐ。
「はぁ~~っ!!」
「ええ……?」
キヨミズノマイは一人で泳いでいた時の動きをそのまま加速したかのような、妙な動きでオレについてきていた。いや、一体何なんだあれ……?
◇
そうして、キヨミズノマイとプールトレーニングをしてしばらくが経ち、彼女たちは練習を切り上げるようだ。
「ほな、ごめんやす~」
「それでは、また共に練習の機会があればよろしく頼むわね」
更衣室へ向かう彼女たちを見送って、一呼吸置いてトレーナーが口を開く。
「そろそろ俺たちも上がるかな。ちょっと休憩したら戻ろうか」
「うん、分かった」
着替えを済ませてプールを後にし、一緒にトレーナー室へと戻る。水に濡れるため分かりにくいが、泳ぐ時も結構汗は出ているらしく、水分と塩分補給のためにスポーツドリンクを飲む。
「もうすぐで夏合宿だな」
「ん……そうだね」
こうして二人きりでいると、さっきキヨミズノマイが来る前のことを思い返してしまう……トレーナーがオレのことをどう思っているのか。
「……そういえばさ、トレーナーってわたしのことどんな風に見てる?」
「何がそういえばなのかは分からないが……大事な担当ウマ娘だと思ってるよ」
その当たり障りのない答えにオレは納得が行くはずもなく、さらに畳み掛けることにした。
「他には?」
「誰よりも強く周りを照らす、太陽のようなウマ娘」
「……他には?」
「手の掛からない優等生」
別にそれらの答えが嫌というわけではないが、どうやらオレはトレーナーにそういう対象として見られているわけではなさそう……というのを察してしまった。
「ゾンネ、一体どうしたんだ……?」
「な、なんでもない……夏合宿前で気分が変に浮いてるのかもしれない」
そう、トレーナーと二人きりで近くにいるとドキドキするのはきっと夏のせい。そうに決まっている。
「そうか?夏合宿には入れ込みすぎずに、リラックスして臨んでほしいと思ってるが、あまりハメを外さないようにな」
「うん……」
オレは曖昧な返事だけして、寮の自室へと戻ることにした。
◇
部屋に戻ると、珍しくテイクがいて少し驚く。ずっとトレーニングばかりで日中はいないことが多いので、慣れてしまっていたのだ。
「おかえりなさいなのです、ゾンネちゃん」
「ただいま、テイク」
なんだか、心なしか元気がないように見える。前ならもっと挨拶は威勢がよかった気がするのだが。
「……あのさ、テイク。体調大丈夫?」
「えっ?だ、大丈夫なのですよ?」
そうは言うが、ハットに隠れていない方であるテイクの右耳は少々萎びていた。大丈夫じゃない人ほど自分のことを大丈夫と表現してしまいがち……というのはよく聞く話だけど、彼女の様子を見るとやっぱり嘘ではないんだなと妙に納得してしまう。
「最近ずっとトレーニングに行ってるみたいだけど、無理してないか心配だよ。しっかり休みは取らないと」
「……分かってはいるのです。でも、あたしは、ゾンネちゃんに追い付きたくて……」
「それで体壊しちゃったら元も子もないよ、わたしと走れなくなるのは嫌でしょ?」
テイクはオレの言葉にハッとして、それからそうですよね、とうつむく。オレだって、もしテイクが無理をし過ぎて重い怪我をして走れなくなり、トレセン学園を志半ばで去るなんて……嫌に決まっている。
「テイクにはテイクのペースがあるんだし、焦らずに頑張ってほしい。テイクのトレーナーにも同じようなこと言われたりしてない?」
「それは、えっと……心当たりが、あるのです……」
聞いたところ、練習のメニューはわざわざ自主練をしなくてもいいように効率的に組んであるから必要ないとハチサのトレーナーに言われていたらしいが……。
「あの人、やっぱり振り回されるタイプだったんだな……」
「……?」
「何でもない、とりあえずトレーナーの指示は聞いた方がいいと思うよ。焦りすぎも良くないからね」
テイクはオレの言葉に頷き、それから自分の思いを告げる。
「分かりました、無理はしないと約束するのです。でも……」
「でも?」
「もっとゾンネちゃんと一緒に練習したいのです。ちょうど夏合宿ですし」
オレとしては別にそのくらい構わないのだが、現実的な問題としてはちょっと制約もある。
「わたしもなるべく応えたいんだけど、それはお互いのトレーナーの相談がいるかなぁ……」
同じチームではない以上、柔軟な対応は難しい。オレの方は専属トレーナーなので多少は交渉を通しやすいだろうけど。
「じゃあ、できる限りでいいのでお願いしたいのです」
「うん、話しておくね」
そうしてテイクがちゃんと適度に休息を取るようになったところで、夏合宿は目前に迫っていた。一体どんな変化が待っているのだろうと思いながら、オレは当日を待った。
さあ、次から夏合宿という所で今回の更新分はここまでです。
次回更新は……もしかしたら1ヶ月くらい開くかもしれません。あと、先に言っておきますとさすがに毎日更新は書き溜めがキツいので、次からは数日おきになると思いますが悪しからず。