翌日、教官の元での基礎トレを終えたオレは、今日もまた開催される模擬レースには目もくれず、昨日と同じく校舎裏でただ座っていた。
ひとまずクルーシャルテイクの言っていた通り、もう一回話してみることにはしたものの。昨日彼が通りかかったのはたまたまだろうし、またここに来る可能性についてはあまり期待していない。
そもそも名前どころか、トレーナーかどうかさえちゃんと確認はしていないのだ。会えなくてもまあ、それまでのことだったというだけ……と思いを巡らせていると、足音がする。
「やっぱりいた」
「……どうも」
出会い頭だというのに挨拶することもなく、そうとぼけたことを言う1日ぶりに見る顔に、耳を絞りながらも返事をする。
「君のことが知りたくて来たんだ」
「……あんたさあ、本題に入る前に世間話とか入れないの?」
相変わらず無遠慮な姿勢に溜め息を吐きながらも、一応会えたわけだし話を続ける。いや、こいつなら気が済むまで毎日会いに来そうだが。
「そういうのって入れた方がいいのかな?」
「ああもう、なんかバカバカしくなってきたからそれはもういいよ。で、わたしのことが知りたいって?なんで?」
重賞勝ちウマの娘として生まれてトレセン学園に入学してきたのに一切模擬レースに出てない、と来ればまあ嫌でも注目はされるだろうけど、この男はどうもそういうことは知らずに話しかけたらしい。
「そう言われるとなんでだろうな」
「はあ……?」
「ああでも、なんだか悩んでるように見えたから、放っておけない気がして」
なんとも要領を得ない回答。なんだこいつ、フィーリングで生きてるのか?
「まさかと思うけど、わたしの名前も知らないで話しかけてきたわけじゃないよね」
「……教えてもらっていいか?」
冗談だろと思ったけど本気らしい。せめてそっちから先に言えと返すと、ジャケットの胸ポケットから名刺を取り出してきたので受け取って眺め、こちらも自己紹介することにする。
「……インデアゾンネ、中等部」
「それじゃあ、よろしく。インデアゾンネ」
「……いや、よろしくじゃないんだけど」
まさか今ので契約する流れにしようとしてたわけじゃないだろうな。そう抗議すると誤魔化されてくれなかったか、とあり得ない言葉が飛び出す。
「はあ……本当あんたって意味分かんない。それで、名前は教えてやったけど満足した?わたしのこと知りたかったんでしょ」
「まだまだかな。模擬レースに参加しない理由を聞いてないから」
「……そう言えばそんな話だったね。でも無駄話し過ぎたな、今日はもう遅いから帰るわ」
オレがそう言って立ち上がると男はまた明日、と手を振る。トレセン学園のトレーナーには変人が少なからずいる*1が、あいつもその類いらしい。
◇
「あ、インデアゾンネちゃん!トレーナーとは話してきたのですか?」
「うん……相変わらず変な人だったけど」
寮に戻ってきて早々、机の上にミルクキャラメルの空箱を転がしている同室に尋ねられて受け答える。すると、彼女はおお、と声を上げて続ける。
「もう契約はしたのですか?」
「いや、名前教えただけ。あっちから名刺貰ったし、一応こっちから連絡もできはするけどね」
オレがそう言うと、クルーシャルテイクはそれなら心配はなさそうなのです、とまるで自分のことのように胸を撫で下ろす。
「……そんなに気にしてたの?わたしのこと」
「はい、もちろんなのです。同室だから、これから長い付き合いになるかもしれませんし」
そういうものなのだろうか?オレの方はそんなにクルーシャルテイクの一挙手一投足を見たりはしていないし、よく分からない。
「……そういえばさ」
「なんでしょう?」
「クルーシャルテイクは前世とかって信じる?」
模擬レースに出ない理由を説明するなら、前世のことには触れないといけないだろう。その為、あいつに言う前に彼女にそれとなく聞いてみることにした。
「うーん、今生きてる自分が自分だと思ってるので、どちらかと言うと信じてない……ってことになるのですかね」
「……そっか」
「インデアゾンネちゃんはどうなのです?」
「わたしは……なんとなく、そういうのあるのかもって感じかな」
オレはそう歯切れの悪い言葉で返して、その話題はおしまいとなった。
◇
「やあ、インデアゾンネ」
「はいはい」
いつも通り放課後にベンチで座っていたら、やはりその男は姿を現した。
「今日こそはレースに出ない理由を聞きたいんだが……」
「はあ……まあ、いいよ。でも、あんまり人に聞かれたくないからどこかいいところない?」
変わらずの単刀直入っぷりに呆れるが、言葉には出さず返事をする。
「……分かった。じゃあ、俺についてきてくれ」
「いいけど、変な所に連れてきたら蹴るからね」
オレは不審に思いつつも、歩き出した男にベンチから立ち上がって後ろから着いていく。そうしてたどり着いた場所はというと、壁際にはレース関係の本で埋まった本棚とホワイトボード、折り畳み椅子と机で作られた簡易な会議卓、そして木製のデスクのある、前世では見慣れた光景だった。
「……変な所に連れてきたら蹴るって言ったんだけど」
「変なところじゃないよ、俺のトレーナー室」
それが変な場所って言ってるんだよ、自分用の個室に連れてくるとか何するつもりだこいつは。
「あ、それとも誰か入ってこないか心配してるのか?俺は新人でまだ担当がいないから大丈夫だ」
「ああもう、分かったよ。話すから」
ごねたところで話が進まなくて面倒なだけだし、場所については諦めることにした。
「でも、その前にさ……ここでわたしから聞いたこと、絶対誰にも言わないって約束してくれる?」
「もちろん、約束する」
「……本当に?」
「約束を破ったら三女神像の前に逆さ吊りにしてくれても構わない」
内容が内容だけに冗談で言ってるのかと思いきや、目はかなり真剣な様子だったのでひとまず信じてやることにする。
「それはなんか呪われそうだからやらないけど……分かった。あんたは前世って信じる?」
「いや、全然」
即答かよこいつ。あまりにも直球の答えに面食らってしまったが、気を取り直して続ける。
「……わたしは、前世の記憶があってさ。つまらない、冴えない男だった。だから、キラキラ輝いてるウマ娘たちと一緒に走るのは気が引けるんだ。遠くから眺めてるだけで充分というか」
そこまでで一旦言葉を区切ると、相手はハハッと笑って返事を切り出した。
「なんだ、そんなことか」
「おい、そんなことってなんだよ。こっちは真剣に悩んでるのに」
オレはバンと机を叩いて立ち上がり、そう迫るが男は表情を一切変えずに続ける。
「俺はさっき言った通り前世なんて信じてはないが、もし前世があるんだとしても。前世は結局ただの前世でしかない。俺だって記憶がないだけで前世は蟻か何かかもしれないぞ?」
「へえ……?」
「そんな不確かなもので自分を縛る必要なんてない。インデアゾンネはインデアゾンネなんだからな」
オレはオレ、か……。確かに、前世の記憶に引っ張られていたけど、それはこうやって話したりしなければ誰にも分かりようのないことだ。そんなもので負い目を感じるのはバカげているのかもしれない。
「そう、か……なるほどね……そうかも、ね」
「それが模擬レースに出ない理由だったのか?じゃあ、理由はたった今なくなったな」
「あんたのその自信はどこから来るのさ?まあ、いいや。……ああでも、模擬レースに出る理由も今なくなったよ」
オレがそういうと珍しく相手は理解が追い付いていない様子だった。これまではずっと逆だったから、一度でもやり返せたようで少し気分がいい。
「どういうことだ?」
「模擬レースって、トレーナーと契約するためにアピールするのがメインの目的でしょ?わたしがあんたと担当契約すれば出なくてもいいわけじゃん」
そう説明するとさすがに合点が行ったようだが、珍しくハッキリしない表情だった。何か言いたいことでもあるのかと聞くと、返ってきた言葉はというと。
「そうか、でも俺でいいのか?」
「あんたって押したら引くタイプなの?言っとくけどさっき言った前世のことって親にも話してないからね。正真正銘あんたと二人だけの秘密だから。聞いておいて逃げられると思うなよ」
「いや、君が納得してるならそれでいいんだ。じゃ、改めて」
そう言って男は椅子から立ち上がって姿勢を正し、オレに開いた右手を差し出す。
「これから専属トレーナーとしてよろしく、インデアゾンネ」
「……うん、よろしく……お願いします。トレーナー」
オレも右手を出し、堅く握手をしてトレーナー契約の成立とした。
前話で言っていた通りクルーシャルテイクのプロフィールです。インデアゾンネの父親は現時点では描写する必要がなくて省いただけなので普通にいます。少し後になりますが登場しますよ。
Crucial Take
クルーシャルテイク
CV:???
誕生日 3月20日
身長 149cm
体重 結構重大
スリーサイズ B79・W54・H77
末っ子気質で愛らしい雰囲気の、人懐っこいウマ娘。先輩たちに可愛がられており、おやつの類いに目がないのでよく餌付けされている。そんな彼女もトリプルティアラには強い憧れがあり、いつか栄光を掴むために、レースへの努力を惜しむことはないようだ。
「映画の劇的なワンシーンのように目を奪われる……あたしも、そんなレースをしてみたいのです」