着替えやタオル、アメニティ用品、化粧品、制汗スプレー等も含めたトレーニングで使用するもの、文具……とにかく色々な物を準備し、荷物をバッグにまとめて貸切バスに乗り込んだが、トラブルがあり少々予定より遅れてトレセン学園を出発。かなり長いこと車内で揺られる。
「ゾンネちゃん、見てくださいなのです!綺麗な海ですよ!」
「そうだね」
いよいよやってきた夏合宿。これから2ヶ月、トレセン学園とは大きく異なる環境でトレーニングを積み重ねる。この夏の間に成長して秋のレースで頭角を現すウマ娘も少なくないので、油断はできない。
「うにゃ……んぅ……ぐぅ……」
「ふふ……ムーメちゃん、すっかり眠ってしもて」
ちなみにこのバスは合宿所の201号室と202号室を使用するウマ娘を乗せており、オレは202号室の方になる。その部屋はトレーナーが既に付いているウマ娘が集められていて、オレやチームハチサを含む10人部屋だ。
「にしても合宿楽しみじゃんね、キヨミっち♪可愛い後輩ちゃんたちもいっぱいいるし~?」
「せやなぁ、去年はうちとコレオプシスはんしか夏合宿来られへんかったもんな」
去年の今頃といえば、オレはメイクデビューに向けて模擬レースとかトレーニングとか色々やっていた時期か。それから1年、あっという間に……自分で言うのもかなり恥ずかしいが、GⅠを3勝してトリプルティアラ路線のトップに躍り出ている。今でも、本当に自分のことなのか実感が沸かない時もあるくらいだ。
「さあ皆さん、まもなく合宿所ですよ!降りる準備をしてください」
そうして物思いに耽っていると引率の教員がマイクを取ってそう告げ、数分の後にバスが駐車場内に入っていき停車。目的地に着いたということであり、そしてこの瞬間から合宿が始まるということだ。
「全員揃いましたか?これからは集団生活になるので、皆さん協力し合うことを意識してくださいね!トレーナーがいるウマ娘たちはその指示にしたがってください、それでは解散!」
トレーナーの指示、と言われて当然思い浮かぶのはあいつの顔だ。トレーナーがいるウマ娘は合宿の往復のバスでも同乗するのが通例なのだが、うちのトレーナーはまだ合宿所に到着していない。なぜ一緒に来ていないのか、というと。
『はあ?寝坊して後のバスで来る?ちょっとあんたさぁ……!わたしが先生に言ってギリギリまで待ってもらってたのに結局来なくて、何かあったのかと思って心配したのに本当に……!』
『あわわ……ゾンネちゃん激おこなのです……!』
……よりにもよって今日寝坊しやがったらしく、出発から1時間くらい経ってようやく電話してきた。そういえば、初めて会った時も模擬レースを見に行く前に仮眠取ってたら寝坊したとか言ってたな。
「はいはぁい、202号室の子たちは全員いてますか?リーダーのキヨミズノマイです、とりあえず部屋行って荷物置いてきましょ~」
「はい、了解なのです!」
ここであいつが来るのを待ち構えてやろうかと思ったが、最低でも30分は遅れてくるだろう。キヨミズノマイの言うとおり、まずは合宿所にバッグを置いてくることにした。
◇
木造2階建ての、外観は地方の古い学校校舎や公民館のような建物にぞろぞろと入っていき、小綺麗に整備された廊下を通って自分たちの使う部屋へと向かう。
「ここが202?今日からここでチームの子とかと一緒に生活するんだ、ワクワクしてくるじゃんね~♪」
「荷物はまとめて隅の方置いといてください。この部屋の子は全員トレーナーいてはるんですよね?ならあとは各々その指示に、って感じになるんかな」
襖を開けて入った部屋は板材と塗り壁が特徴的な、古い旅館の大部屋といった趣ある感じのもの。床置型のエアコンらしき機械やレトロなデザインの扇風機なども時代を感じさせる。奥の方には客室によくある、立方体に近い形状の小さめの冷蔵庫もあって、全体的にこれぞ合宿所という雰囲気を醸し出していた。
「冷蔵庫!中にサイダー買ってきて入れていい!?」
「わぁ、いいですね!あたしはコーラ持ってくるのです!」
あるウマ娘が冷蔵庫を見てはしゃぐと、そこにテイクが便乗し出してやれやれと思っていたら……後ろから目を細めたまま近づいてきて、ポンと二人の肩にそれぞれの手を置く少女が一人。
「こらこら、あきませんよ?うちが後で緑茶とスポドリ入れときますから、部屋の子は自由に使うてな」
「は、はいなのです……」
キヨミズノマイは表情こそ笑顔だが、そこには譲らぬ雰囲気があり素直に従った方が良さそうだと魂に刻み込まれる。
「んじゃ、あーしちゃんたちハチサの子は早速トレーニングがあるから☆ジャージに着替えて行くじゃんよ♪」
「うん、早く行こ!砂浜トレーニング、前から楽しみにしとったっちゃん」
そうしてハチサの面々という見知った相手が早々に退室し、さらに二人ほどトレーニングに向かって部屋に残ったのは自分を含め4人。他の三人は特にトレーナーから指示が出ているわけでもないのか、各々ダラダラと休んでいるようすで。オレはどうしようかと思ったが、大事なことを思い出した。
「あいつ迎えに行くか」
そう、寝坊しやがったトレーナーが後続のバスで来るところを出迎えてやらなくてはいけない。オレも夏の日差しで汗をかいても大丈夫なように、トレセンの夏制服からジャージへと着替える。
「わたしも外行ってくるね」
「ういーっす」
「いってらー」
他のウマ娘のどこか気の抜けた返事に見送られ、駐車場の前へと戻ってきたところ。丁度、何便か後のバスが到着したところだった。
「さてさて、これはアタリかハズレどっちかなっと……?」
駐車スペースに停車し、降りてきたウマ娘やトレセンの教職員に混じって……見慣れた顔があるのを見つけた。
──アタリ、だな。オレは敢えて自分からは動かず、出口から少し離れた場所で待つ。すると真っ直ぐ合宿所前に向かっていく集団から別れて、一人こちらへ向かってくる姿が見える。腕を組んでフェンスに寄りかかった姿勢で近くまで来るのを眺める。
「すまない、インデアゾンネ!」
「……ホントだよ、全く」
オレは横目で、急いでいたのかいつもよりぐちゃっとした髪なのが、頭を下げたことで分かりやすくなっている男を見やる。それから体を起こしてこの話はそれで終わり、と暗に示しつつ歩き出す。
「その……もっと怒ったりしないのか?」
「逆に聞くけど怒られたいの?反省しなきゃいけないことは分かってるでしょ、それならこれ以上言う必要はないってだけだよ。分かったらさっさとトレーニングに行く」
その言葉にトレーナーは頷き、汚名返上のためにしっかりやるぞと砂浜へと体を向けた。
◇
「ぐぐぐっ……ふっっ!」
「ファイトじゃんよ、ゾンネっちー☆」
トレーナーも無事到着したことだし、既にトレーニングを始めていたチームハチサに合流し、巨大タイヤ引きで下半身の筋力を強化する*1メニューにとりかかる。タイヤの上にはテイクをはじめチームの4人が勢揃いしているが、このタイヤの重量に比べれば*2人数は些細なことだ。
「もうすぐゴールなのですー!」
「が、頑張って!」
「はぁ、とりゃ、あぁぁっっ!!」
同学年たちの声に応えて、最後の一踏ん張りで完走する。主に下半身を鍛えるトレーニングとは言え、前に進むために腕も振っていたので……全身を使った感じがする。
「ふぅ……効くね、これ……!」
「お疲れ様です、スポドリ持ってきたから水分補給してな」
「ありがとう、先輩」
キヨミズノマイに手渡されたドリンクを開けて飲むと、冷たすぎず適度に冷えた液体が体に染み渡る。この爽快感は、やっぱり体を使った後だからこそだろうな。
「さて、次はプルーヌスムーメよ。準備はできているわね?」
「できとうよ、トレーナー!それじゃゾンネちゃんたち、よろしくね」
「はーい」
今度はオレがタイヤの上に登り、プルーヌスムーメが引くのを上で見守る。隣を見ると、キヨミズノマイが拡声器を持って足を組み、テイクがメガホンを片手に、コレオプシスカラーが右腕を突き上げている。
ちなみにオレは、手拍子でリズムを取ったりするのが性に合うのでそうしている。確かこれ、前世のアプリだとメジロアルダンやサトノダイヤモンド、ヤマニンゼファーなどのお清楚系ウマ娘が取るポーズだった気がするが……何故かオレは自然とこの動きを取ってしまうのだ。
◇
トレーニングを終えて、トレセン学園のものより時代を感じる設備の大浴場で汗を流す。その後は1階の食堂に向かって夕食を済ませ、慣れない地での1日だったがいつの間にかもうすぐで終わろうとしていた。
「202号室、ひぃ、ふぅ、みぃ……うちを入れてとお、全員いてはりますね。消灯時間まで1時間くらいありますけど、あんま騒がしくならん程度に好きに過ごしてや」
「はーい」
「うーっす」
やや間隔を取って並べられた布団の横には各々の学生鞄、飲み物などが乱雑に置かれ、無秩序な様相を形成していた。
そんな中でも持ち主によって色々と個性が出ており、例えば部屋のリーダーであるキヨミズノマイの布団。ちゃんと中にしまってあるのかカバン以外は置かれておらず、彼女と同学年のコレオプシスカラーは逆に化粧品を入れているらしい口が開いたままのポーチ、ペットボトル、タオル、近くの店で買ったらしい紙袋までありかなりごちゃついた印象だ。
「……コレオプシスはん、そのままで寝る気ちゃいますよね?」
「いやー、そんなことないじゃんよ?ちゃんと後で片付けるじゃんね☆」
案の定隣の布団にいるリーダーに指摘され、彼女は冷や汗を流しながら目を反らしてはぐらかそうとする。だが何を考えているのか読み取りづらい糸目でじーっと見つめられ、やがて観念して渋々片付けに入った。
「大変そうなのですね~」
「他人事みたいに言ってるけど、テイクも気を付けなよ」
オレはいつの間にか駄菓子屋かなんかで買ったらしいカルメラ*3をザクザクと頬張っている横の布団の少女に、大丈夫なのだろうかと頭を抑えながら言う。
「それはそれとして、ゾンネちゃんと同じ部屋で、合宿中も結構一緒にトレーニングできるなんてすごく嬉しいのですよ」
「露骨に話逸らしたね……まあそれはわたしもそうだよ。慣れた相手のテイクたちがいるなら、夏合宿って慣れてない新しい環境でもなんとかなりそうな気がするし」
テイクはオレの言葉を聞いてえへへ、と愛らしくはにかんだ。そうして話しているうちに夜は更けていき、消灯時間になり就寝し合宿の一日目を終える。