夏合宿も中盤に差し掛かった頃、トレーニングの開始前に考えていたこと。
(もっとインデアゾンネのためにできることはないか……)
初日に寝坊してしまい、担当ウマ娘と同じバスに乗れず遅れて到着するという致命的なやらかしをしたことはずっと自分の中で尾を引いていた。
だが、これまでトレーニングを進めてきた中で失敗を挽回できているとは思っていない。彼女は既にダブルティアラを勝ち取り、この夏を越えた先の秋華賞では必ず勝ってトリプルティアラを戴くべきウマ娘だ。
その為の備えはいくらしてもし過ぎることはないだろうが、ゾンネに課しているトレーニングはトレセン学園でしているものとそこまで違いはない。無茶をさせない程度にもっと能率的な、本番で100%勝利を掴むためにトレーニングを……。
「トレーナー、来たよ」
「ああ、ゾンネ」
体操服姿で現れた本人に声を掛けられ、一旦思考を止め、トレーニングへと気持ちを切り替えようとしたところで。
「……険しい顔してたけど、何考えてたの?」
「ゾンネをもっと強く、負けないように……もっと何かしたいと思って」
そう覚束ない返事をすると、彼女は一度溜め息を吐いて言葉を続ける。
「もしかして、寝坊したことまだ気にしてんの?わたしは次ちゃんとしてくれればいいから、そんな引きずってないでシャキッとしてよ」
「ハハ……すまない、気を遣わせたかな」
こちらには余裕がない一方で、彼女は精神的に余裕があり確かに成長している様子だ。
「それよりさ、近くで夏祭りをやってるみたいなんだけど」
「ああ、夜には花火も打ち上げるんだったか。行きたいのか?」
そう聞き返すと、ゾンネは頷いた。トレーニングばかりでは息も詰まってしまうだろうし、気分転換も兼ねて悪くない選択だと思う。
「分かった、時間を合わせておくよ」
「……ありがと」
そうして、話を済ませたらトレーニングへと入っていく。しばらくスクワットを指示していたところで、お下げ髪の見慣れたウマ娘がやってきた。
「ゾンネちゃーん!」
「……テイク。どうしたの?」
クルーシャルテイクが言うには、これまでゾンネとトレーニングの時以外はあまりビーチで過ごしていなかったため一緒に遊びたいらしい。
「まずはお昼時だし海の家に行きたいのです!そしてかき氷を……」
「……それが目的ね」
バレちゃったのです、と正直に言ってしまう彼女を少々面白く思いつつ、ゾンネに同行して向かうことにした。
◇
海の家と聞いて一般に思い浮かべるような、板材で組んだ簡素な小屋……よりはもう少ししっかりした、プレハブ感のある赤い屋根の海の家に到着し中へと入る。
「かっき氷、かっき氷~♪」
「あんまり食べ過ぎないようにね、お腹壊すよ。それにクイーンステークスも出るんだし……」
クルーシャルテイクとゾンネ、そしてここに来る途中で合流したコレオプシスカラーと共にメニューを見ている。
「あはは☆ゾンネっち、テイクっちのお姉ちゃんみたいじゃんね!んじゃ、あーしちゃんはレインボーチョモランマかき氷頼んでウマトックに上げちゃおっかな♪」
「あたしも気になるので少し貰ってもいいですか?」
「もちもち~♪可愛い後輩ちゃんの頼みだもん、全然おkだよ☆」
そんなハチサの二人のほほえましいやり取りを眺めながら、自分も頼むものを決めようと思っていたところでゾンネに声をかけられる。
「トレーナー、そっちは何食べるか決めた?」
「俺はカレーにしようかな。ゾンネはどうするんだ?」
彼女は少し考え込んで、メニューを見てから焼きそばを頼むことにしたらしく、注文が出揃ったので店員に言ってしばらく待つ。それから商品を受け取り、外のパラソル席で食べ始めた。
「ん~、暑い中で食べるキンキンに冷えたかき氷は最高なのですよ!」
「そういえば、シロップって全部同じ味だって聞いたことあるけど本当なのかな。わたしはそうだとは思えないけど……」
「確か、ベースになるのは同じシロップだが香り付けはちゃんと味ごとに違うらしいぞ」
「へー、ゾンネっちのトレーナーって物知りじゃんじゃん♪あ、テイクっちあーしちゃんのかき氷食べさせてあげよっか?はい、あーん☆」
そうしてまずはゆったりとした昼食の時を過ごして、その次はビーチバレーをやる運びとなった。この場にいるのはゾンネ、クルーシャルテイク、コレオプシスカラー、そして自分の4人。2人ずつに分かれることはできるが……。
「わたしがハチサのもう二人呼んでくるから、トレーナーはその辺で見てて」
「まっ、ウマ娘同士じゃないとちょっと危ないかもかもだしね~」
そういうわけで、しばらくしてゾンネが連れてきたプルーヌスムーメとキヨミズノマイも交え、彼女たち5人でバレーをしている姿をお目付け役として観戦をすることになった。
「はっ、とぉっ……!!」
「あわっ、返すのですっ!」
息抜きをしつつも、適度な運動で体を鍛えることができる。今後はこういったトレーニングをより取り入れることも考えた方がいいかもしれない。そんな風にバレーを眺めていると、交代で一回休みとなった担当ウマ娘がやって来て隣に座る。
「……なんか、トレーナー思ったより興味なさげだね。水着でビーチバレーしてるウマ娘たちに」
「そうかな、例えばトモはゾンネのものとどう違うのかなんとなく観察してるが」
確かにあまり熱心に見ているわけではないが、トレーニングに生かせるなら生かしたい。そう答えると彼女は何とも言えない表情で無言になった後、話題を変える。
「そういえばトレーナー、忘れてないよね」
「夏祭りのことか?もちろんだ」
彼女が興味を抱いたことは、担当トレーナーとして忘れるわけにはいかない。それに夏祭りではしっかりエスコートして、遅れた分を巻き返したいと考えている。
ゾンネは気にしなくていいと言っていたが、自分の中で区切りをつけられるかは別だ。そこで彼女はさらに話題を変え、しっとりした声色で呟く。
「……時々思うんだ。わたしの中で、あんたの存在が思いの外大きくなってきているって」
「そうだな、俺は契約の時からゾンネのことばかり考えてる」
彼女の持つ素質を存分に引き出し、輝かせたい。これまで1年と少しの間ずっと考えてきたことだ。その答えにゾンネは顔を紅潮させて目を反らす。
「あんたって本当……そういうとこだよ……!」
「何かまずかったか?」
なぜいきなり怒ったのか分からず聞き返すと、彼女は大きく溜め息をついて呆れた様子で、ますます訳が分からなくなる。
「もういいよ、次わたしの番だから行くわ」
そう言って強引に話を打ち切り、交代して今度はクルーシャルテイクが隣に来た。
「ゾンネちゃん、ちょっとご機嫌ナナメみたいだったですけど……トレーナーさんとどんな話をしてたのです?」
「今日の夜に行くつもりの夏祭りについて、とかかな」
本当に?と彼女がこちらの顔をじーっと覗き込んできたので、観念して担当ウマ娘を怒らせたであろう部分について話すと、クルーシャルテイクはあー、と気の抜けた相づちを打って続ける。
「オトメ心は繊細ですからね、そういう時もあるのですよ」
うんうんとしみじみ一人で頷く彼女に、さらに謎が深まったが……そのことは言わない方がいいだろうと思って口をつぐみ、他愛もない世間話をポツポツとして交代の時間になる。そうしてウマ娘たちのビーチバレーを見届けて、午後のトレーニングも終えればいよいよその時がやってくる。
◇
夜店の出ている通りの入口で先に待っていると、待ち合わせ時間の5分前。白いシャツの上にグレーのベスト、同じく灰色のスカートを合わせて淡い水色のネクタイを締めた金髪緑眼の少女が現れる。
「今度はちゃんと時間通りだね、トレーナー」
「ああ、もちろんだ」
担当ウマ娘であるインデアゾンネ。彼女がこの夏祭りと花火大会で息抜きできるよう、しっかりとエスコートしなければ。
「……そういえば、私服姿は初めて見たかもしれない」
「そうだっけ?まあいいや、早く行こう」
早速歩き出していったゾンネに付いていき、まずは食べ物系でもどうだろうかと見ていると、彼女が足を止めた。
「気になるのか、わたあめ?」
「うん、まあ……お祭りといえばって食べ物のひとつじゃない?」
そう尻尾を揺らしながら答える彼女に同意して、わたあめを二つ買い片方を手渡す。
「……いいの?」
「ああ」
包装を取ってあむあむと食べ始めるゾンネは、何というか年相応に見える。前世の記憶があると主張していて、実際少し大人びたところもある彼女だが……やはりまだ中等部の女の子ということだろう。
「んぐ……ん、買ってくれてありがと。トレーナーは食べないの?」
「俺はまあ、歩きながらでも」
「……落とすよ?」
口の回りが砂糖でベタついているのを気にしている様子ながらも、わたあめを食べ終えたゾンネはこちらの未開封のものを見つめる。見て回りながら食べようかと思ったが、確かに立ち止まっての方が安全だろう。彼女の言う通りに食べきってから次の場所へと移動する。
◇
そうして屋台を見て回り、花火大会も見終わって担当ウマ娘も満足した様子の帰り。暗い夜道で足元が不安定だが、合宿所へ着くまでの少しの間なら大丈夫だろうとゾンネが歩くのに続いていたところで。
「さてと……うわっ!?」
「ゾンネ!?」
何か石にでも躓いたらしく前へ倒れかける彼女の方へと寄ると、ソックスとスカートを少し捲って膝を撫でさすっていた。
「いたた……なんか引っ掛かった……」
「大丈夫か、見せてくれ」
スマホのライトで照らすと、擦りむいたのか少し血が出ていた。ウマ娘にとって大事な場所への怪我とあれば、たとえ軽くても気にせずにはいられない。ポケットティッシュで傷口を抑え、上からハンカチを結んで足に固定し、それから──。
「ちょ、何してんの!?下ろしてよ!?」
「手当てができる場所まで運ぶぞ」
ゾンネの背中と膝下に腕を差し入れて持ち上げ、合宿所へと歩き出す。火事場のばか力と言うのだろうか、普段ならかなりキツいはずだが今は彼女を運ぶことが最優先だからかそれほど疲労を感じない。
「ただの擦り傷だしこんな……お姫様、抱っこ……してもらわなくても!」
抗議する少女に返事もせず保健室へと急ぎ、ドアも片手でなんとか開けたらここでようやくゾンネをベッドへと下ろす。
「ちょ、ちょっと……!」
「消毒液とガーゼは……」
手当てに必要なものを取り出して、彼女の前へと戻ったが、うつ向いてプルプルと震えていた。
「そんなに痛いのか?」
「違うわ!あんた本当、何なの!?意味分かんないんだけど!!」
顔を紅潮させて捲し立てるが、今は適切な処置をするのが先だ。擦りむいたところにアルコールで消毒し、ガーゼを宛ててサージカルテープで固定をする。
「……これでよし、と。大丈夫か、ゾンネ?」
「全然大丈夫じゃない。このバカ」
ジトッとした目付きで睨まれる。今日はなんだか、ゾンネを怒らせてしまってばかりな気がする。自分としてはうまくエスコート出来ていたつもりなのだが……。
「はあ……まあでも、わたしのことを慮ってくれたんだよね。そこはありがとう」
「大事な担当ウマ娘だからな」
そう言葉を返すと、彼女からはまた溜め息が溢れる。しかしもう気にしてもしょうがないということか、大して反応も見せず次の話題へと移った。
「……そういえば、さっきわたしを抱えてた時平気だったの?結構抵抗してたから持ちづらかったと思うけど」
「ああ、根性で何とかしたよ」
「あは、何それ」
そうして今日はもう夜も遅いのでゾンネに合宿部屋へ戻るように言って、こちらも自室で眠りに就くことにした。
◇
そして翌日。今日からまた、トレーニングが再開するのだが。
「ぐっ……背中が……!!」
「トレーナー、顔青いけど……」
後になって反動が来てしまい、腰は痛く腕の筋肉は強ばっているという散々な状態で迎えることになった。
「……全くもう。やっぱりあんたって締まらないね」
そう苦笑するゾンネに見守られつつも、メニューの確認をしてトレーニングを開始した。