「全員揃ってますね?それでは、トレセン学園へと帰りましょう!」
およそ2ヶ月にわたる夏合宿もついに最終日を迎えて、荷物をまとめて学園に戻る時が来た。今度はトレーナーもちゃんと時間に間に合い、一緒に座っている。
「俺が隣でいいのか?」
「いいに決まってんでしょ、何言ってんのさ」
担当ウマ娘とトレーナーなんだし、遠慮することもないだろう。そう告げるとトレーナーはそうか、とだけ言って風景を眺め始めた。
「今日で終わりなんだなぁ……」
改めて、ここでの夏を思い返す。トレーナーの寝坊による遅刻……はもう忘れてやるとして。とにかく初日は少しドタバタして始まったが、それ以降は順調にトレーニングを重ねて成長できたと思う。
(学園に帰ったら、すぐにまたレースか)
そう、秋のGⅠ戦線ももう近くに迫っており、オレは当然トリプルティアラが懸かった秋華賞に出場するし、トライアルでは9月初めの紫苑ステークスに出る。
『秋はもちろん秋華賞に行くが、その前に前哨戦を走ってレース本番の感覚を思い出してもらおうと思ってる。紫苑ステークスとローズステークスのどっちにしようか、それとも他のレースがいいか?』
『ちなみにトレーナーのおすすめは?』
『俺としては紫苑Sかな。レース場は違うが本番と同じ2000mで、秋華賞との間隔もローズSより一週長い』
『じゃあ紫苑Sでいいよ。特に希望とかないし』
……と言ったやり取りが夏合宿が始まって1週くらいした時にあった。相変わらず変な奴だし、抜けてるところはあるが……それでもオレはトレーナーのことを信頼してる。だからあいつに勧められたことは、余程何か納得の行かない理由でもない限り素直に受け入れている。
「ゾンネ」
「どうしたの?」
そんな風に考えていると、その相手から唐突に呼び掛けられる。一体何かと思い、次の言葉を待つが。
「海、見なくていいのか?」
「合宿で飽きるほど見たでしょ」
砂浜でのトレーニングも毎日のようにあったし、持久力をつけるために海に入っての水泳も結構な時間こなしてきた。だが、トレーナーはそういう意味で言ったのではないらしく。
「来年まで見納めかもしれないぞ?」
「まあ、そうだね……あ、日の光を反射してキラキラしてる」
白い光が散りばめられた青い海は、絶景とは言わないまでも良い景色だな、と思いはする。そうして海を眺めていると、トレーナーが。
「まるでゾンネみたいに輝いてるな」
「は……?」
また意味のわからないことを言い出した。そう、こいつはいつも唐突にオレには理解しがたい言動を挟んでくる。7月の末、テイクがクイーンSを控えた頃に1日息抜きを挟んだ時もそうだった。
『……時々思うんだ。わたしの中で、あんたの存在が思いの外大きくなってきているって』
『そうだな、俺は契約の時からゾンネのことばかり考えてる』
オレはトレーナーのことを……色々な意味で特別な存在に思い始めている。それがどういうことかは具体的には言えないし、認められないが。
それを絞り出して暗に打ち明けたのに、あいつと来たらオレのことは担当ウマ娘としてしか見てないと容易に察せるような軽い口ぶりでそう返してのけた。
(こんなに息が詰まるような思いをしてるのは、こっちだけだってのか?)
本当に腹立たしい。元男なのに男相手にそんな感情を抱き始めている自分も、鈍感でオレをなんとも思ってないくせに心を弄ぶような言葉選びをするこいつも。
(それに、あの後も……)
夏祭りを見て回り、花火大会もしっかり最後まで落ち着いて見ることが出来たのは良かったのだが……帰り道で足を石か何かに引っ掛けて転んでしまったオレを、あいつは。
『ちょ、何してんの!?下ろしてよ!?』
『手当てができる場所まで運ぶぞ』
『ただの擦り傷だしこんな……お姫様、抱っこ……してもらわなくても!』
ただ擦りむいただけなのに大袈裟に応急処置をしたかと思ったら、いきなりオレをお姫様抱っこで抱え上げて合宿所まで運ぶという暴挙に出たのだ。
(あの時はもう、ホント……!)
下にスパッツを履いていたとは言え、短めのスカートだったから中が見えないかどうか気が気じゃなかった。というかそもそも、トレーナーにお姫様抱っこされるという行為自体が恥ずかしすぎて頭がフットーしそうだった。
だけど、それだけオレを大事にしてくれてるというのは不本意ながら嬉しかった。そのことを頑張って口に出して伝えた。
『はあ……まあでも、わたしのことを慮ってくれたんだよね。そこはありがとう』
『大事な担当ウマ娘だからな』
それなのに、あいつと来たら、あくまで担当ウマ娘だからという姿勢を崩さなくて!本当に呆れ返りそうだった。
いや、もちろんあっちからオレの方を露骨に異性として見てきたらそれはそれで困惑するが。それでも全く意識されてないのは納得が行かない。
しかもトレーナーに抱えられていたところをそこそこの人数のウマ娘に見られていたらしく、部屋に戻ったらテイクやコレオプシスカラーに何があったのか興味津々で尋ねられて返答に窮したし。
「ゾンネ、どうしたんだ?ボーッとして」
……ああもう、オレは元男だったはずなのに。こんなにも可笑しくなって、グチャグチャになってるのは全部こいつのせいだ。
「……別に。なんか眠そうだし寝てもいいよ」
「……いや、起きておくよ。確かに眠気があるのは否定できないが、ゾンネが隣にいるのにイビキなんてかく訳にはいかないからな」
「そう、なら好きにすれば」
本当に、本当に……こいつは何なんだろうな。新人としては優秀らしいけど、いつも頼りなさげで、無遠慮で変な奴なのに。
(もう、トレーナーがいないトレセン学園での生活なんてあり得ないって。そう思ってしまうんだ)
最初に聞いた時はいまいち共感できないと思っていた『彩 Phantasia』の歌詞も、自分にとっての答えを見つけた。
◇
学園に戻ってきて、荷物の整理も一段落したところでトレーナー室へと向かう。そこで話す内容は、当然数日後に迫った紫苑ステークスについてだ。
「まず出走メンバーの中で目立つのは、カルドロンディーニだな」
カルドロンディーニ……オークスでは半バ身差まで迫ってきた、手強い相手だ。距離は長めの方が得意らしく、1800mのローズSではなくこちらを選択したとのこと。
「テイク……はクイーンSから直行するんだっけ」
何でもハチサのトレーナーに聞いたところ、勝ち癖を付けたいということでメンバー層が薄いクイーンSを選んだらしい。
確かクラシック級だけでなくシニア級のウマ娘も参戦するレースだが、テイクの相手ではないと踏んだようだ。実際、快勝してたのはそうだけど。
「そうだな、他には……」
「この子とかは?ほら、夏前にデビューしてから3連勝してる」
オレが出走表の中で指したのは、シャリュモーソングというウマ娘だ。デビューは6月半ばのクラシック級未勝利戦とかなりギリギリだが、ここを勝利したら臥牛山特別、三面川特別のPre-OPも含めて3連勝。いわゆる、夏の上がりウマと呼ばれるタイプだ。
「確かに俺も、シャリュモーソングには注目していた。良い目の付け所だな」
「……でもなんか、言いたいことがありそうだね」
たかが1年、されど1年。結構濃密な時間を過ごしてきたからか、表情で大まかにトレーナーが何を考えているかは読み取れるようになってきた。
「Pre-OPとはいえ、シニア級のウマ娘も混じる中でのレースをこの間隔で連続していると消耗も少なくないからな。どうやらデビューが遅れたのも体質によるものみたいだし」
「……確かに?」
そういうわけで、警戒すべき相手はカルドロンディーニくらいというのがトレーナーの見解らしい。
「ただ、あまり気負いすぎる必要はないぞ。秋華賞本番で勝てさえすれば問題ないんだ」
「それはそうだけど、出走するからには1着を取りに行かなきゃじゃない?」
オレがそう言うと、トレーナーはゾンネらしいな、とだけ軽く笑い今日の対策会議はお開きとなった。
前世の元男の人格によって変則ツンデレみたいになってるインデアゾンネ。中性的な口調に金髪ツインテという容姿も相まって古典的ツンデレ感を醸し出していますね。(適当)