3つの光跡、3つのティアラ   作:サンタクララ

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追憶のブーケ

『…ン……ゾ…ネ……』

 

 誰かが名前を呼ぶ声がする。春、恐らくは三女神に呼ばれた時とは明らかに違う声。その声には、とても聞き馴染みがあった。なぜなら──。

 

『……インデアゾンネ』

 

 ──自分の声だったから。気が付くと、辺り一面が真っ暗で、自分の周りだけがスポットライトに照らされたように明るくなっている空間に立ち呆けていて。体を動かそうにも動かせず、ただ辛うじて目だけは動かせるから見下ろしたところ、自分はトレセン学園の制服を着ているようだった。

 

『……インデアゾンネ。あなたは──』

 

 そこに暗闇の中からスッと誰かが現れる。服装はインデアゾンネ(オレ)の勝負服で、しかし胸から上は黒い靄がかかって闇に溶け込んでいて、顔は分からない。でも、目の前の人物は見知らぬ他人ではないと本能的に感じ取った。

 

「おれ、は……?」

 

 気付けば、そう聞き返していた。知らないうちに口もなんとか動かせるようになっていたみたいで。

 

『────』

 

 そしてその人影は、確かにオレの言葉に答えた。だけどもその声は聞こえず、顔も見えないので口の動きから推測することもできない。オレは瞼を閉じて、何も分からないまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

「んん……?変な夢だったな……」

 

 もう記憶が朧気になり始めているけど、とにかく今まで見たこともない夢だった。同時に、何か嫌な予感を覚えさせるような……そんな不気味なものでもあった。

 

「時間は、大丈夫……だよね」

 

 スマホを手に取って時間を見るが、目覚ましを設定していたよりも少し早い程度だった。隣のベッドを見ると、テイクが掛け布団を壁の方に投げ出して無防備な寝姿を晒しているのが見えた。

 

「……ふふ、しょうがないな」

 

 布団をかけ直してやったら、オレは寝間着を制服に着替えて出発する準備をする。紫苑ステークスが行われる中山レース場へは、電車で1時間半ほど。

 

「むにゃ……ゾンネちゃん……」

 

 必要なものを鞄に詰め、部屋を出ようとしたらところで同室の彼女が起きてきた。

 

「……テイクも見に来るんだっけ、紫苑ステークス?」

 

「うーん……残念ですが、今日はチームでトレーニングなので行けないのです」

 

 確かに行くつもりならもっと早くに伝えてくるだろうし、まあそういうものかな。

 

「そっか、頑張ってきてね」

 

「はいなのです!ゾンネちゃんも、後で良い知らせを聞けると嬉しいのですよ」

 

 実際に走ってみるまでは勝てるかどうかは分からないけど……ここで1着を取って本番へ弾みは付けたいところだ。

 

 

 

 

 寮部屋を後にしてトレーナー室へ向かう。トレーナーと合流したら、電車の時間はまだまだ先なので適当に話でもしながら過ごす。

 

「そういえばさ、春先にはもうわたしのぱかプチ出てたよね。他に商品化とか来てないの?」

 

 自分で言うのも気が引けるが、GⅠ3勝のウマ娘なわけだし……あれから一つ二つくらいは新しい話があってもいいと思うが。

 

「そうだな、ラバーストラップや財布、ミニマスコットと色々あるが……そうだ、写真集の依頼があったな」

 

「写真集……?」

 

 確か転生前の世界でも、人気のある馬はフォトブックが発売されたりしていたが。

 

(ああ、でも……アイドルでアスリートみたいなものだし……)

 

 そう、ウマ娘はただ走るだけではなく、ライブなどもするからアイドル的な人気も存在する。考えてみれば、写真集もおかしな話ではないのだ。

 

「……ゾンネ?気が乗らないなら、別に断っておいても構わないが」

 

「いや、そういうことじゃないけど……うーん、でもわたしの写真か……」

 

 自画自賛になるが、オレの今の容姿は金髪でスタイルのいい美少女だし需要はあると思う。だがポーズを取ったりして、撮られたその写真が売られるというのはかなり気恥ずかしい。

 

「そうだね……誰かと一緒に撮ったら、恥ずかしさも和らぐかも?」

 

 自分を応援してくれているファンたちも望んでいるかもしれないし、できれば拒否はしたくない。そういうわけで、何とか羞恥心を軽減するために思い付いたことがそれだったのだが。

 

「ふむ……とりあえずハチサのトレーナーに聞いてみようか、一緒に撮影をできないか」

 

「ハチサのウマ娘と?わたしはいいと思うけど、予定合うのかな」

 

 あそこは大レースでの活躍がめざましい、今最も勢いのあると言ってもいいチームだ。夏合宿でもちょくちょくテレビ出演やイベントで抜けることがあったし、忙しいのではないだろうか。

 

「まあ、それはあちらの都合次第だな」

 

 仕事の話についてはそれくらいにして、また他愛のない話に戻る。そうして最近あったことについて話していたら。

 

「そうだ、近いうちに外出に行ってみないか?」

 

「お出かけってこと?」

 

 トレーナーの方から言い出されたのは、久しぶりかも知れない。前は春に登山に行った時だったろうか?

 

「そうだな、紫苑Sが終わったら秋華賞に向けての息抜きも兼ねてな」

 

「別に行ってもいいけど……どこにとか決めてるの?」

 

 そう尋ねると、トレーナーは首を横に振る。決めてないのかよ。

 

「まあいいや、当日までにはちゃんと決めといてね」

 

「分かった、準備しておく」

 

 そんなこんなで時間は過ぎていき、早めに昼食を済ませたらオレたちはトレセン学園を出発し、最寄駅へと向かった。

 

 

 

 

 中山レース場に到着し、枠番に合わせて黄色のブルマに着替える。赤のゼッケンも着用して、レースに向けて気を引き締める。

 

〈やはり1番人気はこのウマ娘、8番インデアゾンネ!〉

 

〈まずまずの仕上がりですね、ここを勝ってトリプルティアラに向けて弾みを付けたいところです〉

 

 パドックへオレが出てくると同時に歓声も明らかに大きくなっており、期待を寄せられていることを改めて感じる。

 

〈2番人気はこの娘、11番カルドロンディーニです!〉

 

〈1番人気に負けず良い仕上がりです、逆転も狙えるでしょう〉

 

 そして漆黒の長髪を風に靡かせて、堂々とカルドロンディーニがパドック入りする。彼女は真っ直ぐとこちらへ向かってきて、クスッと笑うとただ一言告げた。

 

「今日はワタクシが、勝たせてもらいますわね」

 

「なっ……」

 

 その有無を言わせぬ雰囲気に圧され、オレは歩いていく彼女の背中を見送るしかできなかった。だがそのやりきれない思いを振り払って、バ場へと向かう。

 

〈通り雨により、バ場状態は午前と変わって稍重となっております。まもなくGⅡ・紫苑ステークスが発走です〉

 

 サフラン賞以来1年ぶりの中山の芝を踏みしめ、ゲートに収まる。関東の重賞ファンファーレを聴きながら、ゲートが開く時を待ち……そして。

 

〈最後のズイホウフイがゲートに入ります。さあそして、今、スタートしました!〉

 

 鉄の扉が開かれると同時に駆け出し、まずは自分の位置を確保する。単騎で逃げるウマ娘を見送りながら、前方集団の中で息を潜める。

 

〈先を往くは6番カンゼンヨンド、気持ちよく逃げています。それを追うのが本日1番人気です、8番インデアゾンネ〉

 

 歓声を浴びて、周囲のウマ娘に足を合わせながら、余力を残しつつスタートすぐの坂を越えていく。2mの坂を終えたかと思えば、また坂のあるコーナーへと入る。

 

〈3番シャリュモーソングと5番サイマルテーニアスがその後ろ、二人並んでここまでが先行集団です。1バ身ほど開いて14番キラランランが後方〉

 

 1コーナーの終わり、今度は下っていくのが2コーナー。勢いを付け過ぎないようペースを保ち、バックストレッチへと向かう。

 

〈さあ2コーナーから向正面、最後方に二人並んでいるのは11番カルドロンディーニと15番ズイホウフイ。終盤での末脚に期待が持たれます〉

 

 この辺りからゴール直前までは大きな坂はなく平坦な道が続く。周りを確認するが、囲まれている様子はない。このまま、ゴール前で抜け出せば問題はないはず。

 

〈依然として、先頭はカンゼンヨンド。レースは淀みなく進んでいます。好位置に付けているのはインデアゾンネ。追走しています、シャリュモーソング〉

 

 3コーナーを迎え、いよいよゴールを意識する。風とわずかに聞こえる木々の揺れるさざめきは、スタンドが近づくに連れ歓声一色へと融けていく。

 

〈第4コーナーカーブに差し掛かります、ここからスパートだ!最初に動いたのはシャリュモーソング、次いで進出開始はインデアゾンネ!〉

 

 余力は十分。少しずつギアを上げて先頭の逃げウマ娘を捉え、追い越したらそのままゴールに向かってひた走る。

 

〈さあ、インデアゾンネが先頭に立ちました!このまま行ってしまうのか、ダブルティアラ!しかし最後方からグングン追い上げるカルドロンディーニ、短い直線で間に合うのでしょうか!〉

 

 もうゴールは目の前だ。最後の坂を越えれば、オレの勝ち──そう思っていたが。

 

 

「ふっ──!!」

 

「く、ぁっ……!?」

 

 

 横に並び、そして抜け出していったウマ娘。見間違えるはずがない、漆黒のロングヘア。しまった、と思った時には遅かった。

 

〈残り50m、ここで最前に躍り出たのはカルドロンディーニ!鮮やかなごぼう抜きを見せて、そしてゴールです!1着はカルドロンディーニ!次いでインデアゾンネ、3着にはシャリュモーソング!〉

 

 意識の外からの強襲……完全に油断していた。掲示板を見上げれば、1着はカルドロンディーニの11番。8番は、その次だった。

 

 

 

 

 不思議と、焦る気持ちはなかった。

 

(今日はトライアルレースだから、秋華賞本番で勝てさえすればトリプルティアラに支障はない)

 

 既に共同通信杯で3着になっているから、無敗のトリプルティアラも気にする必要はない。寧ろ今日負けたことで……秋華賞に向け改めてカルドロンディーニをはじめとしたライバルたちを警戒し、気を引き締める機会ができたと考えれば悪いことではない。

 

 ……しかし、そうは言ってもやっぱり。

 

「悔しい、な……」

 

 負けは負け、だから。そして、次は絶対に負けられないトリプティアラの三冠目。控室に向かう地下バ道で、見慣れた姿がオレを出迎える。

 

「お疲れ、ゾンネ」

 

「……トレーナー」

 

 ただ顔を見合わせて……それから一呼吸おいて、トレーナーはポンとオレの肩に手を置く。

 

「……その様子なら、大丈夫みたいだな。次は勝つぞ、ゾンネ」

 

「うん……そうだね」

 

 2人並んで、控室まで戻る。迷いも油断もなく、想いは次へ。そう誓って今日はこれで終わりと区切りを付けた。

 




今更ですが、各話のタイトルは適当に付けているわけではありません。例えば今話の『追憶のブーケ』は、紫苑ステークスの話ですが、「追憶」は紫苑の花言葉の一つです。これまでにドイツ語のタイトルもいくつかあったと思いますが、ぜひどんな意味か調べてみてください。
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