10月も半ばに入ろうというところ。いよいよトリプルティアラ最後の一冠である秋華賞が間近となり、本番を万全の状態で迎えてもらうため、担当のインデアゾンネの様子をより注意深く観察していたが。
「……なに、わたしのことじっと見て」
「いや、思ったより緊張してなさそうだと思ってな」
彼女はこれまでのレースや夏合宿の中で精神的に成長したようで、ジュニア級の頃に比べたらレース本番に向けて不安そうにする様子もかなり少なくなっていた。
「そうかな?でも、わたしを応援してくれる皆の声が、プレッシャーじゃなくて力になるって……最近はそう思えるようになってきたよ」
桜花賞、オークスと勝利を手中に収めてきたゾンネ。当然秋華賞も勝ってトリプルティアラの達成を望む声も大きいが、きっと彼女ならそれを成し遂げてみせるだろう。
◇
秋華賞を目前に控えて主要なクラシック級ティアラ路線のウマ娘を集めた会見でも、ゾンネは堂々とした様子を見せていた。
「では、インデアゾンネさん。既にダブルティアラウマ娘であるあなたが秋華賞を勝利し、トリプルティアラ達成をという期待も多くファンから寄せられていますが……それについてはどのように?」
「はい、出走するからには1位を目指しますし、自分に出し得る全てを以て……応えることができれば、と思っています」
その次には桜花賞2着、オークス3着で今度こそと意気込んでいる、ゾンネの同室であるクルーシャルテイク。
「クルーシャルテイクさん、トリプルティアラ最後の一冠の秋華賞ですが……」
「もちろん、1着を取るつもりなのです。ゾンネちゃんのトリプルティアラが懸かってるとしても、譲るつもりなんてないのです」
二人は互いに大切な友人だと認め合っているようだが、だからといって……いや、だからこそレースに関わることでは手を抜くつもりはないということらしい。それはジュニア級で共にトレーニングしていた頃から変わっていない。
「さて、次はカルドロンディーニさん!」
「……ええ、ワタクシも当然勝つためにレースに出るつもりですわ。それに……トリプルティアラを阻んだウマ娘ともなれば、注目度も段違いでしょう?」
オークス2着、紫苑ステークスではゾンネを破ってみせたカルドロンディーニもまた、クルーシャルテイクと同じく秋華賞では強力なライバルとなるだろう。
……だが。
「インデアゾンネさんのトレーナーさん、担当がトリプルティアラに王手をかけた状態で臨む秋華賞ですが、現在のお気持ちは?」
「不安はありません。ゾンネなら必ず勝ってくれるでしょうから」
彼女の強さを、努力を、一番近くで見てきた。ならば、その答えは一つだけだった。
◇ ◇ ◇
そうしてついに迎えた、秋華賞の当日。秋盛りの京都は未だに残暑で蒸し暑いが、日陰に入って風が吹くと途端に肌寒く感じられる。
「いよいよ、だね」
「ああ、そうだな」
オークスから5ヵ月を経た今日、トリプルティアラが達成されるか否かが決まる。自分の隣に立つ、彼女の脚によって。
「あ、ゾンネはん」
「はろはろ~☆」
と、そこへ何人かの足音が近づいてきて、確認するとクルーシャルテイクとトレーナーを除いたチームハチサの3人だった。
「ハチサの……となると、やっぱりテイクの応援?」
「せやね、可愛い後輩でチームメイトですから」
そうキヨミズノマイが言うと、コレオプシスカラーはでも、と続ける。
「あーしちゃんたちはテイクっちの応援で来てるけど、ゾンネっちにも全力でぶつかって来てほしいって思ってるじゃんよ☆」
「アタシも同じ感じっちゃんね!テイクちゃんもわざと勝ちを譲られても嬉しくなかろうけん」
「もちろん、わたしも負けるつもりなんてないよ。レースは勝っても負けても恨みっこなしだからね」
ゾンネのその返事に、オレンジ髪の少女は「やっぱそう来なくっちゃじゃんね♪」とウインクしながらサムズアップし、そしてハチサの面々はスタンドの方へと消えていった。
「……さ、わたしたちも準備しないとだし、早く控室行こう」
そう言って京都レース場の中へと入っていく担当の後ろに付いて、歩き出す。彼女はデビューした頃よりずっと、心身共にたくましくなっていた。頼もしい限りだ。
◇
控室に到着し、勝負服へと着替えを済ませたゾンネが開口一番に放った言葉はというと。
「そういえばさ、親は今日来るの?できれば、来ててほしいけど……」
「ああ、今回はご両親とも来ているそうだ。ただ、席取りで忙しくて会いに来られるのはレース後らしい」
「ふうん、なら良かった。今日は絶対負けられないから、二人がすぐ近くで応援してくれるのは嬉しいんだ」
いい知らせを届けてあげないとね、と笑みを浮かべるゾンネはとても魅力的に映る。
「さてと、じゃあレース前最後の作戦確認ね」
「分かった。まずレースの1番人気は、当然ゾンネだ」
やはりトリプルティアラへの期待は大きく、この人気順は想定通り……だが、2番人気との差は圧倒的という程ではない。
「2番人気はカルドロンディーニだ。今更説明はせずとも大丈夫かな?」
「うん、そうだね。2番人気が彼女なら、3番はやっぱりテイク?」
ゾンネの言う通り、上との差はごく僅差だが3番人気はクルーシャルテイク。こちらもゾンネのよく知る相手だろう。
「後は紫苑ステークスで3着に入ったシャリュモーソングや、重賞ウマ娘のドロッピングマインといったメンバーがいるが……ゾンネが実力を発揮できれば、怖い相手ではないな」
「ふふ、相変わらずだね」
そうして確認を終えたら、出走時刻が近づいておりゾンネをパドックへ送り出す。しかし、彼女は振り向いて少し不安げな眼差しでこちらの目をじっと見つめて、それから恥ずかしそうにうつ向く。
「……どうかしたのか?」
「……手、握ってほしいな」
「手を……こう、か?」
ゾンネが差し出してきた右手を両手で力を抜いて包み込んでみると、彼女は柔らかな笑みをわずかに浮かべ、そして小さくありがとう、と言ってパドックの方へと向き直った。
「……行ってくるね、トレーナー」
「ああ、いってらっしゃい」
その背中は、今日の晴れ渡る青空のように晴れ晴れとした様子に見えた。
◇
〈本日の1番人気を紹介しましょう、4番インデアゾンネ〉
〈素晴らしい仕上がりですね。トリプルティアラに向けて期待が持てますよ〉
パドックへと出てきた担当の様子を見守る。そしてその、堂々とした佇まいで心配は無用だと改めて感じた。
〈さあ続いて3番人気です、6番のクルーシャルテイク〉
〈直線での差し脚を持ち味としています、調子は良さそうですね〉
ゾンネの同室であり、今はレースのライバルであるクルーシャルテイク。それにカルドロンディーニもパドックに姿を見せる。
〈今日2番人気はこのウマ娘、10番カルドロンディーニ〉
〈下剋上を虎視眈々と狙っています、後ろからの追い込みに期待したいですね〉
やがてパドックでの紹介が終わり、本バ場へとウマ娘たちが入場していく。
〈秋風吹き下ろす淀にて、トリプルティアラ最後の一冠が争われます。晴れ渡る空のもと花咲かせるのは果たしてどのウマ娘でしょうか、京都レース場内回り芝2000m・GⅠ秋華賞がまもなく発走です〉
〈──7戦3勝、しばらく勝ちから遠ざかっているが、最後のティアラで今日こそは輝きを見せたいところです。1番キラランラン〉
〈4戦3勝、遅れてきた歌姫は紫苑ステークス3着から実績充分での参戦です。2番シャリュモーソング〉
そして、彼女が本バ場へと現れると声援の勢いは明らかに増した。
〈さあ、熱い歓声に迎えられて登場です。7戦5勝、今年トリプルティアラに挑めるのはこのウマ娘だけ。桜花賞、オークスに引き続き秋華賞を勝って歴史に蹄跡を刻むか。4番インデアゾンネ1番人気です〉
〈6戦2勝、この秋華賞で高らかに協和音を奏でることができるか。堂々の逃げ宣言は5番カンゼンヨンド〉
〈6戦4勝、重賞2勝で前走クイーンステークスではシニア級相手に快勝してみせました。その勢いのままに最後の一冠を勝ち取りたいところ、僅差の3番人気です6番クルーシャルテイク〉
続々とウマ娘がターフへ踏み入れる中、担当やそのライバルたちも少し体をほぐして、レースへと備えている様子だった。
〈ここまで5戦4勝、オークスこそインデアゾンネに譲りましたが、前走紫苑ステークスでは土をつけました。トリプルティアラを阻むとすればこのウマ娘でしょうか、10番カルドロンディーニが2番人気です〉
〈7戦5勝、そろそろ重賞ウィナーからGⅠウィナーにステップアップしたいところでしょう。自慢の末脚は炸裂するか、11番ドロッピングマイン〉
有力なウマ娘たちが大方紹介し終わり、ゲート入りが進行していく。そして関西GⅠのファンファーレが吹奏され、刻一刻と発走の時が近づき。
〈さあマーシェリーチャンが入って全員がゲートに収まりました。トリプルティアラ最後の一冠、トリプルティアラ達成か、あるいは待ったが掛かるのか。秋華賞が今スタートです!〉
2分後には、レースの結果が出る。それが担当ウマ娘の勝利であることだけをただ信じて、澄んだ秋空の下ターフを駆けていくゾンネを見守った。
本バ場入場はやっぱりかっこよくて憧れているので、結構力を入れているポイントです。さすがに出走者全員分を考えるのはキツいので有力なウマ娘だけですが。
それでもゾンネが出走するGⅠでは本バ場入場を必ず入れるつもりですので、ぜひ脳内でスーパー競馬のテーマやザ・チャンピオンなどを流しながら読んでもらえると。