3つの光跡、3つのティアラ   作:サンタクララ

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Wolkiger Himmel

 去年の紫苑ステークスの前日に見た、妙な夢。内容はもうとっくに忘れ去ったが、それでも不気味な夢を見たことだけは覚えている。

 

 あれから時折、似たような夢を見ている。他の何でもないような夢と同じく、起きた日の昼くらいまでに内容は忘れてしまうのだが……とにかく不安に感じてしょうがない。

 

 ──そしてオレは、ついにこれまでとは全く違う夢を見ることになった。

 

 

 

 

 最初の違和感は、視界だった。周りは草原、柵があるので恐らくは牧場のような場所だが、草の色がくすんで見え、不思議なほど赤色が見当たらない。

 

 しばらく辺りを見回していたら眩い光と共に場面が転換し、やけに景色が色褪せて見えるものの、この脚で何度も走った阪神レース場のターフの上だった。

 

(あれ、でも……周りにいるのは……)

 

 しかし、周囲にいる前世以来の四足の生物……馬の姿でここは阪神()()()()ではなく阪神()()()だと悟った。視線の高さや歩こうとした時の感覚で、自分も競走馬になっていることも。

 

 さらに場面が変わって、色相が元に戻り今度は馬ではなく固定カメラで、スタンドからゴールを見下ろすような視点になる。

 

 

〈3頭が並ぶ、並ぶ!わずかに先頭はインデアゾンネ、譲りません!このまま行くのか、そして今、ゴールイン!〉

 

 

 5番のゼッケンを着けた栗毛、10番の鹿毛、そして14番の青鹿毛の馬が左回りのゴール前で並び、そして5番が抜け出す。

 

 

〈牝馬二冠だ!これが桜花賞馬の意地だ、インデアゾンネ1着!〉

 

 

 間違いない、これはウマ娘でなく馬としてのインデアゾンネ……その周囲の記憶を追体験しているのだ。そうオレが確信した瞬間、また違うシーンへ移る。

 今度もまたスタンド席からの視点だが、馬群を見るに右回りになっている。奥に見える水面で、恐らく京都競馬場だろうと考えていると、実況が聞こえてきた。

 

 

〈牝馬三冠だ!三冠牝馬だ!!インデアゾンネ文句無しの1着!仁川、府中、そしてこの淀で晴れ空のもと輝く3つの冠!!〉

 

 

 ゴールを見ると、ゼッケン4番の栗毛の馬が差を付けて駆け抜けていた。オレが勝った時も、スタンドからはこう見えていたのだろうか。

 

 その後再び阪神競馬場、そして東京競馬場の光景になったが……そこで場面の再生は止まった。そして、オレは。

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!はぁ……はぁ……」

 

 冷や汗にまみれながら起き上がった。いつもの寮部屋のベッドの上で、反対側のベッドにはちゃんと()()()のクルーシャルテイクがすやすやと眠っていて。

 

「わたしの、前世……」

 

 普通の男の人間だったはず。馬だった記憶など無いのだが、じゃああの夢は一体何だ?もしかして、人間の前世を持つ魂とは別に、競走馬インデアゾンネ号としてのソウルもこの身体には宿っているのだろうか。

 

「それに……」

 

 恐らくは秋華賞の後に出てきた阪神()()()は雨模様だった。オレが阪神()()()()で走った時は2回とも晴れの良バ場で、心当たりがない。恐らく未来に走る大阪杯なのではないかと思う。次の府中は、多分ヴィクトリアマイルで。

 

「でも、それだとすると……」

 

 宝塚記念やエリザベス女王杯はどうなったんだろうか。少なくともエリザベス女王杯を走るなら京都もまた出てくるはずだが。もしや、ヴィクトリアマイルの後に何かが……。

 

「……いや、まさか。縁起でもないし、夢も忘れよ……」

 

 そうしてオレは、窓の外のどんよりとした曇り空を見やって小さく溜め息をつき、テイクを起こさないよう静かに準備を始めた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 それから数日経って休日の昼少し前、オレが記憶しているのは、いつもとは違う生々しくなんだか不穏な夢を見たということだけになっていた。

 夢日記を付け続けるとやがて夢と現実の区別が無くなってくると言うし、夢の詳細な内容をしばらくしたら忘れてしまうのは良いことだと思う。少なくともオレの精神衛生上は。

 

「にしても、相変わらずの曇り……」

 

「そうですね、ここ数日ずっと晴れないのです」

 

 それで今何をしているのかというと、クリスマスパーティーの時にテイクが言っていたハチサの料理会に参加させてもらっている。まあ、半分彼女に連れてこられたようなものだが。

 

「ゾンネっちはやっぱ太陽の名前だし、晴れのが好ハオな感じ?」

 

「はお……?た、多分そうかも?」

 

 文脈的におそらくは好きかどうかってことだよな。それならまあ、曇りや雨よりは晴れの方が好きではある。

 

「お肉の方終わりましたけど、お野菜はどないですー?」

 

「あ、こっちも終わってるのです!」

 

 今日はオレの初参加で、あまり複雑な工程を必要としないカレーを作ることになっている。具材の下準備で、テイクはジャガイモ、コレオプシスカラーはタマネギ、オレはニンジンを切っていた。

 

「見してもらいますね。ほうほう……大丈夫そうやんな、ゾンネはんもよう切れてますよ」

 

「あ、ありがとう」

 

 ただ、他の二人の様子を見たところ、ニンジンが一番作業の負担は少なかったみたいだが。初心者であるオレに配慮してくれるのはありがたいが、それに甘えないように頑張らないといけないな。

 

「ほな、次炒めますね。油ひいて温めて、ほんでお肉と……」

 

 そうして切り分けた具材を鍋に投入していき、牛肉に焼き目が付いた辺りで水を加えて煮る。

 

「ゾンネはん、灰汁取ってもろてええですか?」

 

「あ、うん……えっと、端の方にある泡を掬い取ればいいんだよね?」

 

「そうやね、取りすぎんごと気をつけて!」

 

 方言娘二人に囲まれ、お玉を手に緊張しつつも濁った泡を取り除き、少し洗ったらまた取っていく。それを何度か繰り返したところで、キヨミズノマイが。

 

「よし、それぐらいでええよ。後は火の通り具合見ながら煮込んできます」

 

 十数分ほど待ち、一旦火を止める。沸騰が収まったらルウのブロックを入れて溶かし込む。

 

「後は弱火でまた煮込んで火ぃ通ったら完成です。時々鍋ん中混ぜてな」

 

「分かった……!」

 

 言われた通り、カレーの美味しそうな匂いがする鍋の中を覗きながら、お玉で馴染ませるように混ぜる。味見したいと言い出すテイクにプルーヌスムーメの肩をぐぐっと抑えるキヨミズノマイを横目で見つつ、10分ほど経って。

 

「そろそろええかな、お玉貸してください」

 

「うん、はい」

 

「おおきにな。で、おてしょう*1に……」

 

 キヨミズノマイはカレーをお玉で掬って小皿に移して、味見をする。それを飲み込んだら、小さく頷いて一言。

 

「よし、完成です。盛り付けますから、ご飯の用意大丈夫ですか?」

 

「はい、しっかり炊けてるのですよ!」

 

 オレらがカレールーを煮込んでいる間にテイクたちは米を炊いており、そちらも準備が整ったらしい。そういうことで早速、ライスとルーを紙皿に盛り付けていく。ちなみに、今回は7人分を作っている。ハチサのウマ娘とオレで5人だが、残り2人は誰の分かと言えば、もちろん。

 

 

 

 

「ん、どうしたんだ?ゾンネ」

 

「あんたに昼ご飯持ってきてあげたよ」

 

 オレはそう言って、カレーを盛り付けた使い捨て容器が入っているレジ袋をトレーナーのデスクに置いた。そう、それぞれのトレーナーにあげる分も含めての7人前というわけだ。

 

「まだ食べてなかったからありがたいが、中身は……カレーか。調理実習でもあったのか?」

 

「ハチサの子たちに呼ばれて一緒に料理したんだよ」

 

 先に済ませてやがったらどうしようと思ったが、とりあえず食べてもらえるようなので一安心だ。もちろん、オレは先ほど皆で実食して、美味しく出来ていることは確認済み。

 

「そうなのか……うん、美味しいな」

 

 同梱していたプラスプーンでカレーを味わうトレーナーをただ眺める。この前のバレンタインといい、自分の手で作った料理をトレーナーに食べてもらって……それで美味しいと言ってもらうのは心が暖かくなって、嬉しい。

 

「ありがと……ハチサの人にも伝えとくね」

 

「ああそうだ、折角トレーナー室まで来てくれたしレースについて少し話してもいいか?」

 

「うん?いいけど、何かあったの?」

 

 パイプ椅子を引っ張ってきて、デスクを挟んでトレーナーの反対側に座る。

 

「ああ、大阪杯なんだが……長期予報を見るとどうも雨が降りそうなんだ」

 

「そっか、それはちょっと困るかもね」

 

 オレが走ってきたレースは晴れか、当日に雨が降ったとしてもレースの少し前には止んでいて、バ場状態も稍重以上を経験したことはない。もし大阪杯の時にそれなり以上に降るのであれば、うまく力を発揮できないかもしれないわけだ。

 

「なるべく晴れることを祈るが、仮に雨天になった時のことも考えてトレーニング内容にちょっと変更を入れているところだ」

 

 トレーニングの時にまた詳しく説明するから、と言われてそこで話はおしまいとなった。

 

「あんたって、ほんとわたしのレースやトレーニングのことばっかり考えてるんだね」

 

「担当なんだから当然だよ」

 

 その返事にやれやれと思いつつも、こちらからはもう特に用事もないし、根を詰めすぎないようにね、とだけ言ってトレーナー室を後にした。

 

*1
京都などの方言で小皿の意

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