まずはメイクデビューに向けてのトレーニングが続くこの頃。オレに話さずテイクを呼んで併走なんて言い出した時は何考えてるんだと思ったりもしたが、とりあえず走りについては順調に進んでいる。
だがしかし、何も走りだけが競争ウマ娘の全てではない。その後にあるウイニングライブもトゥインクル・シリーズという興業においては重要な役割を担っていて、しっかりとこなさなければならないわけで*1。
今日は『Make debut!』*2の振り付けと歌唱を、ジャージを着て練習しているところだ。
「リズムはトン、トン、トン、トン……前に手を突き出して……」
小学校の頃は体育の授業でやるくらいで、本格的にダンストレーニングを始めたのはトレセン学園に入ってからだ。ただ幸い、ダンスに関してはそれなりに素養があったようで特に苦労はしていない。歌に関しても人並み程度には歌えるので、練習をしっかりすれば問題はないだろう。
「響けファンファーレ……届けゴールまで……っと」
……改めて考えるとこの体、かなり恵まれているのではないだろうか?母親が重賞ウマ娘だということを考えても相当なレースの素質があるらしいし、歌やダンスにも少し練習すればなんとかなるほどには適性もある。まるで競争に専念できるように生まれたというか、ここまで恵まれていると何か作為を感じなくもない。
「もっと速く、I believe 夢の先まで……!」
三女神とか、そういう存在がいる世界だしあり得ないわけではないのだろうか?……いや、まさか。ただ、順調なことばかりだと却って不安になるというか。
「っと、集中集中……」
「お、頑張ってるな。インデアゾンネ」
1番目の歌詞を、通しで動きを確認しつつ歌い終えたタイミングでトレーナーがダンススタジオにやって来た。
「……なんか用?」
「担当ウマ娘のレッスンを見学しに来た」
余計なことを考えずレッスンに集中しようと考えた矢先に水を差されたようでトレーナーを睨むが、一切怯まずいつもの様子で言ってのけるものだから呆れる。
「はあ……じゃあ、とりあえず通しでやるね」
CDプレイヤーのボタンを押して、『Make debut!』を流して振り付け練習をする。
「ワン、ツー、スリー、フォー。ワン、ツー……」
「ふむ……」
オレが踊っている間、トレーナーはブツブツと何か言いながら眺めているだけだが、その目付きは真剣で意外と考えているのかと思ったりする。
「ここでっ、よし、っと……!」
1曲を踊り通し、深呼吸しながら床に置いていたスポドリのペットボトルを手に取って水分補給する。そこにトレーナーが歩いて近づいてきた。
「うん、確かに上手く踊れてはいるな」
「……なんか含みがある言い方だね」
「普通に上手いが、それだけだ。感情があまり篭ってないからこんなダンスじゃ観客も退屈だろう。もっと指先足先まで意識して、『Make debut!』なら走る喜びを全身で表現するんだ」
思いの外、まともなアドバイスがあいつの口から出てきて少々驚く。こいつ、もしかしてレースよりダンスの方が興味あったりするのか?
「あんた……真面目なこと言えたんだ」
「おい。……まあそうだな、トレーナーを目指したのは……いや、今はまだいいか」
トレーナーは何か言いかけたと思ったらフッと笑って俯く。逆に気になるから中途半端に言うのはやめて欲しいのだが。
「とにかく、そういうことだ。ほらもう一回やってくれ」
「何なんだよもう……やるけどさ」
本当、こいつがいると調子狂うな。そう思いつつも音楽が始まったら切り替えて、トレーナーのアドバイス通り感情表現を意識しつつダンスをする。
「ワン、ツー、スリー、フォー!ワン、ツー……!」
輝く未来を君と見たいから……か。『君』が指すのはトレーナーになるんだろうか、こいつと見たいってわけじゃないけど……自分が輝ける存在になれると言うのなら、その未来を見てみたいとは思う。
駆け抜けて行こう、君だけの道を……。駆け抜けるためにはまず道を見つけて確かめないといけないだろうけど、オレは見つけられるのだろうか?
「ワン、ツー、スリー、フォー、っと……!」
再び通しでの練習を終えて、息を整えるとトレーナーが一言。
「さっきよりは良くなったけど、まだ感情を込めきれてないな。何か悩んでることでもあるか?」
「……あんたダンスコーチの方が向いてるんじゃないの?」
そう冗談を言ってみるが、トレーナーはハハッと笑ってみせるだけだった。つまらないなと思いながらも聞かれたことに答えることにした。
「駆け抜けて行こう、君だけの道をって歌詞があるでしょ。自分の道ってなんだろうって思って」
「トリプルティアラのウマ娘たちみたいに輝く、ってこの前自分で言ってたと思うが」
「それじゃ漠然としすぎてねぇ」
トリプルティアラのウマ娘たちのように輝くにはどうすればいいのか。単純にトリプルティアラを取れば良いというわけではないだろう。そもそもそんな簡単に達成できるものでもないし。
「まあそれを見つけるのは、トゥインクル・シリーズを走り始めてからでも遅くはないんじゃないか?」
「そういうものなのかな……」
確かに、ウマ娘の育成ストーリーではっきりと自分の目指すべき道を見つけるのが、クラシック級やシニア級になってということは少なくはなかったし、今はまだ漠然とした目標でもそんなに焦ることでもないのかもしれない。
「そうだな……あるいは、歌からヒントを得られるかもしれないぞ」
「歌?」
「ああ、これ」
そう言ってトレーナーが手に持ってみせたのは『彩 Phantasia』*3のCD。トリプルティアラウマ娘は当然センターで歌う曲なので、何か得られるものはあるかもしれない。
「じゃ、再生するぞ」
『Make debut!』のCDを取り出して交換し、音楽がスタートし、聞き入る。
『舞い散る花びらを従えて今羽ばたこう』
元を辿れば牝馬のレースの曲だけあって、女性らしい華やかさを強調した優雅な曲調だが、そこには確かに譲らない力強さがある。
『このまま離さない譲れない渡さない』
そういえばこの曲の歌詞結構重かったな……渡さない、と思えるものか。少なくとも、今のオレにはそういうものはあまりないのでよく分からない。家族とか大事な存在はもちろんあるが、離さないとか渡さないとはまた違う気がする。
「……何か掴めそうか?」
「さあ……」
曲の途中、小声でトレーナーに尋ねられるが曖昧な返事をする。
『いいよねこのまま世界中敵に回っても』
『いいよねいいよねいいよねこのまま』
『離さない譲れない逃がさない渡さない』
世界中敵に回しても、か。オレはそんなに心が強くはないので、世界中が敵になるようなことなんて耐えられそうもないな。
そうして最後まで聞いたところで、トレーナーがまたこちらに振った。
「……1曲通しで聞いてどうだった?」
「うーん……良い曲だとは思うんだよね、すごく。でもわたしは歌詞には共感はできなかったかな……」
「……そうか。まあ、じっくりとやっていけばいいさ」
オレはその言葉に頷いて、それから振り付け練習へと戻った。
◇ ◇ ◇
『お出かけ?』
『ああ、たまには気分転換でもどうかと思ってな』
トレーナーが見学に来たダンスレッスンからしばらくして、いつものトレーニングを終えた後にそんな誘いを受けた。
『無理にとは言わないが、できれば……』
『行ってもいいよ』
『……えっ』
こいつなりに真剣にトレーナーをやっているんだな、というのがこれまでのトレーニングやレッスンで分かってきた。なのでとにかく任せてみることにして承諾したのだが、肝心のトレーナーはというと自分から言い出したことの癖に面食らってやがった。相変わらず変なやつだ。
そうしてお出かけの待ち合わせ場所である校門の前、一応トレーニングの一環ということらしいので制服姿で待っていたところ。いつも通りのスーツ姿でトレーナーが現れた。
「行く用意はできてるな。それじゃあ行こうか、インデアゾンネ」
「そういやさ、どこ行くの?」
何も聞かされていなかったので当然気になって聞くが、返ってきたのは意外だが納得する場所だった。
「トレセン近くの河川敷だよ。ゆっくり散歩でもしようかと」
河原……前世でウマ娘アプリの育成をしている時に、お出かけを選ぶと行く事になる場所の一つである*4。ゆえに納得というわけだ。
「別にいいけど、お出かけってほど大層な場所でもなくない?」
「まあまあ、案外楽しめるかも知れないぞ?」
そんな答えになっているのかいないのか微妙な反応で流されて、トレセン学園の敷地を出発した。
◇
河川敷沿いの堤防をしばらく歩く。この辺はトレセン学園に近いので自主トレで走り込みのコースにしているウマ娘も少なくないが、オレはあまり通ったことがない。たまに対岸のショップに寄る時に通り過ぎるだけだ。
「どうだ?」
「……まあ、悪くないんじゃないかな。川風が涼しいし」
こうやって、ゆっくりただぶらつくというのは中々ない経験だ。手持無沙汰なので周囲の風景を眺めながら歩いているが、何の変哲もない東京郊外にはよくある景色なのに結構新鮮に感じる。
「頭も体も、使い詰めすると疲労してかえって効率が悪い。それは睡眠やただ休んでいるだけじゃ取れないこともあるからな」
「そうなの?」
「すまない、よく考えずに言った」
……そんな他愛もない話を時折しながら、川岸を散策した後。学園に戻ろうとしたところであるウマ娘と遭遇する。
「わー、ゾンネちゃん!トレーナーさんとお出かけだったのです?」
「うん、そんなとこだよ」
こちらと同じく学園制服のテイクが対向からやってきて声をかけ、それに応じる。
「どっか行こうとしてたの?」
「はいなのです。実は予備のシューズを買おうと思っていて……もしよければ、ゾンネちゃんとトレーナーさんもどうです?」
「わたしは別にどっちでもいいけど……トレーナーは?」
オレとしては特に足りない備品とかはないものの、どうしても外せない用事があるわけでもないので、付き合っても構わないと言ったところ。だからトレーナーに判断を委ねてみるが。
「そうだな、折角だし行ってみようか」
「わあ、ありがとうなのです!」
そう笑顔で言うテイクに、現世では同性だが思わずドキッとする。やっぱこの子可愛いんだよな……。
◇
目的のものをさっと買い終えて、ついでにいくらかレース用品を買った帰り。今度こそ寮に戻ろうというところで、とある場所を通りかかったらテイクが立ち止まった。
「テイク、どうしたの……カラオケ?」
「はい、時間にも余裕ありますしちょっと歌っていきたいなって……」
オレとしてはさきほどの買い物と同じく、どちらでもいいというところ。わざわざ言わなくても分かるだろうということで無言でトレーナーにお前が決めろ、と目配せすると。
「ああ、このところインデアゾンネが歌ってるのはウイニングライブの課題曲ばかりだからな。たまには違う曲もいいだろう」
「……じゃあ利用料金はあんたの奢りね、トレーナー」
「えっ」
そういうわけでカラオケ店に入り、短めの時間をセットして個室へと向かう。
「そういえばゾンネちゃんってどんな曲が好きなのです?」
「うーん、アニメソングとか……」
一応流行りの曲とかを聴いたことはあるが、オタク系のアニソン以外はあまり積極的には聴かない。ちなみにテイクは邦楽、特にポップスが好きでトレーナーは洋楽を持ち歌にしているらしい。
そういうわけでフライドポテトとドリンクを注文しそれぞれの曲を入れて1曲目、テイクのテンション高めな恋愛ソングからカラオケタイムが始まったのだった。
◇
「時間的にこの辺で終わりなのです?」
「そうだね」
少し早いが、門限に間に合わなくなると困るので切り上げ、会計をトレーナーにやらせて店を出る。それから夕方の冷えてきた風の中を歩き、学園まで帰ってきた。
「じゃあね、トレーナー」
「あ、今日はありがとうなのです、トレーナーさん!」
「ああ、またな」
そうしてオレとテイクは一緒に寮まで戻り、入浴時間前の隙間時間にて。
「ゾンネちゃん、今日は楽しかったですか?」
「え?うん、まあね」
トレーナーとの散歩も悪くなかったし、テイクとの買い物も、それから久しぶりに練習ではなくのびのびと歌えたカラオケも、しっかり息抜きの時間になったと思う。
「それならよかったのです、それにゾンネちゃんのトレーナーさんがどんな人なのか少し知れた気がしますし」
「気になるの?……乗り換え?」
テイクは既にチームのトレーナーと契約しており、それを蹴ってあいつと契約更新するつもりなのかと冗談めかして言うと、彼女は頬を膨らませて答える。
「違いますよー!ゾンネちゃんとやっていけるのかなって思ってましたけど、心配いらなそうなのです」
「そうかな……?」
最近ちょっと見直してはいるけど、まだまだトレーナーとやっていくのに不安がないわけではないのだが。
「ふふふ、結構相性いいと思うのですよ?」
「そ、そうだね……」
テイクに悪気がないのは分かっているが、あいつと相性いいって言われるのは何とも解せないところがある。
まあそんなことは置いておいて、入浴時間になったので大浴場へ向かい、風呂を終えて髪を乾かしたら今日は早めに寝ることにした。
初めて歌詞コード利用してみました。(前々作で使ってたイギリス軍歌(原語版)は著作権が切れてるので不要でした)
ウマ娘の楽曲、良い曲が揃ってるのでぜひyoutubeの公式配信等で聴いてみてくださいね!個人的に好きな曲はアストンマーチャンソロ曲の『忘却にて』です。アストンマーチャンをよろしくお願いします。