莉奈ちゃんはデスゲームでネナベ英雄ロールプレイをやっていたとバレたくない 作:ハナハナ
短い草が生い茂る草原にて、私は大きな角の生えた兎……魔物と向かい合う。
一瞬の静寂の後、双方が同時に飛びかかって……。
「『強撃』!」
“ギュオオッ!?”
私が振るった大剣が角の生えた凶悪な兎を切り裂き、倒す。次の瞬間、兎の骸は光りに包まれ、光の粒子へと変わって。
『レベルが上昇しました。2→3』
「……終わりですか。造作もないですね(──やった、レベルアップした!)」
そうして魔物が消え去った瞬間、レベルアップの通知が鳴り響き……それを聞いた私はかっこいい男の人の声でクールに格好つけながら心のなかではしゃぐ。
──私の名前は森崎莉奈。今年で十二になる普通の少女。
けれど、この世界──VRMMO『アナザーワールド』の世界の中では違う。この世界の中で、私は『黒騎士』という名のかっこいい男騎士なのだ。
いわゆるネナベ、ロールプレイ。ゲームの中で、現実とは違う姿を演じている。この世界の中でだけ、私は普通の少女ではなく歴戦の重戦士に変身できるのだ。
「……、改めて体験してみるととてつもないですね。さすがにもう一つの現実を名乗るだけはあります(ほんと、『アナザーワールドオンライン』は凄いなあ)」
私は『黒騎士』を演じながらも心からこの世界に感嘆する。
突如台頭した謎の企業、ザーガスが発表した世界初のVRMMO『アナザーワールド』。
フルダイブ技術はようやく確立したばかり。民間に広がるには後20年は必要だと言われていたもどかしいこの時代。
そんな最中、突如もう一つの現実、というキャッチコピーのもと発表されたそれは、瞬く間に世界中の人々を熱狂させた。
そうして全世界から集まったプレイ希望者一千万人。
その中から幸運にも抽選で選ばれた五十万人のうちの一人。それが私、森崎莉奈その人なのである。
(わたし、ほんとに運がいいよね!こんな凄いゲーム、プレイしなきゃ損だよ!)
まさにもう一つの現実、その名に恥じないリアルさだ。本当に別人として異世界を冒険しているかような、そんな不思議な楽しさがある。
得体が知れない、小学生と中学生にはまだ早いと反対するお母さんをお姉ちゃんと共に陥落させた甲斐があったと言うものだった。
……まあ、当選したのは私だけでお姉ちゃんは駄目だったのだが。……そういえば、お姉ちゃんが趣味でやってる動画投稿に私の感想を使うから、ちょっとプレイしたらすぐに教えろって言われてたっけ。そろそろ報告しに行かないとキレられてしまうかな。
そうして私は、指を2本揃えて一回しをして目の前に半透明のメニューウインドウを開き、そうして私はログアウトしようとして……。
「……え?」
メニューウインドウからログアウトボタンが消えていた。これではゲームから出られない。
私が動揺しながらも必死にログアウトボタンを探して……ログアウトが出来ない場合、という項目を発見して私はすぐさまそのボタンを押す。すると、メニューウインドウからボイスメッセージが流れ出して……。
『──やあやあ。ログアウトができなくて困っているであろうプレイヤー諸君!君たちは、デスゲームというものを知っているかい?命を懸けた死のゲーム、君たちのようなVRゲームプレイヤーならば、恐らくそれを題材にした話を知っていると思うが……君たちには今日からそれをやってもらうことになった!』
ウインドウから流れたメッセージ。それを聞いて、私は凍りつく。冗談にしては笑えない、あまりにもシャレにならない言葉であった。
そんな私を置いて、メッセージは流れ続ける。
『ああ、助けは期待しないほうがいいよ? この世界には時間加速機能というものがあってさ。外の世界の十秒はこの世界の一年さ。別に信じなくてもいいけど──少なくとも、助けは必ず来ない』
嘘だ、いたずらだ、たちの悪い冗談だ。そんな現実逃避をメッセージの“本気”の狂った声が吹き飛ばす。
私は震え、立ち尽くすしかできなくて……。
『さて、ルール説明だ。このゲーム、『アナザーワールドオンライン』のラスボスを倒してクリアすることができれば元の世界に戻してあげる。けれどそれまではこの世界からは出られないし、ここで死ねば現実でも死ぬ。それと、ゲームシステムの補助は切ったし、感覚や肉体構造はこのメッセージを期に現実準拠にしてあるから痛みには気をつけなさい!……その他にルールはない。じゃ……──ゲーム、スタート!……最後にヒント、じっと何もせずにゲームクリアを待っている者には死の未来しか訪れない……それじゃ!』
そうしてメッセージは終わった。恐怖に震え、膝をついた私を残して。
ほっぺたを、指でつまむ……痛い。夢じゃ、ない。もう一度メニューウインドウを開き、ログアウトボタンを探して……無い。ログアウト、できない。
……ほんとう、なんだ。ほんとにデスゲームが始まったんだ。
「……ああ、あああっ……!」
……こわい。なんで?なんでただゲームをやってただけなのにこんなことになるの?死にたくない。今すぐお母さんとお姉ちゃんに会いたい。怖い。怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖いぃ!
私の心がひび割れていく。私の心が折れていく。私は……。
「……わ、わたしは……私は、『黒騎士』。……『黒騎士』だから怖くない。『黒騎士』は人々を守る盾で……。……そう、そうです、私がこのゲームをクリアするのです」
そうしてひび割れる私を『黒騎士』で覆っていく。
あの声はじっとしている者は死ぬ、そう言っていた。私は死にたくない、お母さんとお姉ちゃんにもう一度会いたい。──それでも、私じゃ怖くて動けないけど、私じゃなくて『黒騎士』ならば。
「……レベル上げに行きましょう。何をするにしても、力は必要です」
そうして私は一歩目を踏み出して……。
────────────
「……ふぁあ……………夢…………か」
そうして、現実の自室にて私は目を覚まし、目をこすりながらも身体を起こす。
なんとも嫌な夢を見てしまったな。あの日、デスゲームが始まった日の夢。一週間前に終わったデスゲームの始まりの夢。
──そう、デスゲームは1週間前に終わった。私は生き残り、元の世界に戻ることが出来た。日常を取り戻すことが出来たのだ。
私は体を起こし、ふらふらと朝の準備を始めだす。
「お母さん、お姉ちゃん、おはよ……」
「おはよ莉奈、遅かったね」
「おはよう莉奈、いいタイミングで起きてきたわね。ちょうど今朝ごはんを作ったところよ」
私は階段を降り、家族が揃う食卓につく。
お母さんとお姉ちゃん。先ほど嫌な夢を見たからだろうか、その声を聞くとなんだかリラックスできた。
そうして食卓を見ると、そこには私の大好物!
「……わあ、ベーコンエッグ!いただきます!」
「ふふ、喜ぶと思ってたわ。それじゃ、私もいただきます」「あたしもいただきまーす!」
家族3人、ワイワイと食卓を囲み食事をする。あのデスゲームの日々を体験すると、こういった何気ない日常がどれだけ大事なものかを再確認できるのだ。
そうして私は好物のベーコンエッグを堪能し、家族三人でごちそうさまと食事を終わらせて……。
「……ねえ里菜!アナザーワールドで何が起こったかについて聞いてもいい!?」
「……っちょっと玲奈!?」
そこで突然、お姉ちゃんがそんな事を言い出して、お母さんがお姉ちゃんを叱りつけ、食卓は一気に空気がピリピリとし始める。
『アナザーワールドオンライン』
人類初のVRMMOはサービス開始1日目にデスゲームが開始され、時間加速によってゲーム内では三年間、ゲーム外では数分間で五十万のプレイヤーの命を九十九%奪い、それを乗り越えたプレイヤーにクリアされることで終了した。
当然ながら世界は大混乱して情報は錯綜。
確かにわかっていることは、時間加速機能なるものによってゲーム内部で三年間のデスゲームが開催され、その結果、プレイヤーの殆どが死亡したということだけ。
そんな中。詳しい情報を掴んでいるであろう参加者の私が目の前にいる。好奇心が強いお姉ちゃんに聞くのを耐えろと言うのは酷だろうし、1週間耐えただけ頑張ったほうだ。
まあ、家族の為ならばデスゲームの話ぐらいいくらでもしよう。同じゲーム好きとして気になる気持ちもわかるしね。
「……お母さん、あんまり気にしなくていいよ。いい機会だし、お母さんも自由に質問していいよ?」
「……そう?……なら良いけど、辛かったら無理に話さないで良いからね?」
「大丈夫だよお母さん……ほら、それでお姉ちゃんは何が聞きたいの?」
「……!あ、ありがと!」
お姉ちゃんは私に身を乗り出して感謝する。その姿は微笑ましく、改めてデスゲームの日々を生き残った甲斐があると思えた。
「……それじゃあまず、時間加速機能ってほんとの話なの?あたしが莉奈を待ってたあの数分間でゲーム内では三年間が経ってたなんて、ぜんぜん信じらんないんだけど……」
「本当だよ。だってほら、デスゲームが終わってお姉ちゃんに会った時の反応を思い返してみなよ、あれが信じられない? それに、デスゲームがあった一週間前とはちょっと性格変わってるでしょ? これでも精神年齢だけならお姉ちゃんよりも上なんだよ?」
「……うひゃあ、なんか複雑な気持ち〜。じゃあプレイヤーの九十九%が死んだってのも本当なの?」
「……うん。これでも1%の生存者なんだよ?それに年上!敬ってくれてもいいんだよ?」
「むむ、一応こっちがお姉ちゃんなんだからね!……でも、死ななくてよかったや。あたしも『アナザーワールド』を買うのに加担したしね〜。罪悪感で死んじゃう」
「……そうね、あのまま死んでいたらと思うと親としてはゾッとする話だわ。生き残ってくれてありがとね。それで……」
そうして私は様々な質問に答え続ける。私が色々と答えるたびにお姉ちゃんは楽しそうにはしゃいでしまい、それを抑えようにもどうにもできない様子。お母さんの様子からして後でお説教を食らうのだろう。
そんな感じで私はお姉ちゃんを微笑ましく見守りながら質問に答え……そんな私の余裕は、ある質問で吹き飛んだ。
「じゃあ最後に、一番聞きたかった話なんだけど……。────たった5人でラスボスを倒してゲームをクリアした英雄パーティ『目覚めの剣』の話って本当なの!?なんていうか、現代に現れた本物の英雄って感じの話で浪漫心がくすぐられるんだけど!」
「……──……うん、確かに本当だよ。……一応何人かのメンバーとは知り合いだし」
「……!そっか、そっかぁ……!じゃあじゃあ、『目覚めの剣』の人達って一体どんな……」
英雄の話が本当だったと喜ぶ姉の質問に答えながら、私はバクバクと脈打つ心臓を必死で押さえる。
……この質問が来るのはわかっていたけど、それでも実際聞かれるとドキドキしてしまう。
そう、私は目覚めの剣を知っている。きっと、誰よりも詳しく。
……なぜなら私も、その一員だったのだから。
リーダーにしてプレイヤー最強の剣士である『剣』
最高の鍛冶師兼熟練のサポーターである『スミス』
最大火力の異名を持つ魔法使いの『モフモフ大正義』
聖女と呼ばれたヒーラー『フリーク』
──そして、タンク役である最硬の騎士『黒騎士』
それに途中加入者を一人を加えた、計六人。
それだけの人数でゲーム攻略を最前線で先導し、最後にはたった5人でラスボスを倒した最強のパーティ。──それが『目覚めの剣』。
その一員たる黒騎士の正体が、この私、森崎莉奈その人で……そして、私はそれを誰にもバレたくない。黒歴史なので。
デスゲーム初期、私は精神を安定させるために“敬語口調の正義の騎士”『黒騎士』と言う私の考えたかっこいいキャラのロールプレイを続けていた。
確かにあれは必須だった。あれがなければ私は戦えず、私達仲間の誰一人が欠けていてもあのもう一つの世界は攻略できなかっただろうから。
だがデスゲーム終盤、精神が安定し、完全にそれに頼らなくてもよくなった頃……。黒騎士ムーブは完全な負債と化していた。
なにせ、完全にキャラが定着してしまっている。二年間も様々な人達に黒騎士ムーブで接しておいて、今さらネナベの小学生でした、なんて恥ずかしすぎて言えるわけがない。
命を預けられて弱さを見せられる仲間たちや、私の帰るところであったかけがえのない家族。それらが相手だろうと相当にバレたくないし、それ以外となれば絶対に嫌だ。
つまるところ、私、森崎莉奈はデスゲームでネナベロールプレイをやっていたとバレたくないのだ。……すごく、恥ずかしいので。
──だから、そう。私が黒騎士だと本気でバレたくないと考えているのなら……。
「め、『目覚めの剣』のオフ会ぃ!?」
デスゲーム終了からニヶ月。私に降りかかった