転生したらスライムの敵だった件   作:一宮 千歳

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シエルさんのお仕掛け女房

 

日本世界。

 

ぴんぽーん。

土曜休みの三上悟の前に、女の子が現れた。

 

「こんにちは。お元気ですか?」

 

それも、モデルや芸能人が目じゃないくらいの、壮絶な美女だ。

 

「……えー、こんにちは?」

「元気なようですね。よし」

 

悟のすっとぼけた挨拶に、にっこり笑顔。

というか、よく見ればその顔には見覚えがあった。

細かいところは違うが、シズさん……というより、リムル人間態のそれだ。

 

「あの、シエルさん?」

「違います。知恵留美子(ちえ・るみこ)です」

「ひぐらしがなきそうな名前ッ!?」

「いえ、代行者です。家事の」

「どちらかというと元ネタの方なのか……え? 大丈夫?」

「何がですか?」

 

すっとぼけている。

 

「家事代行ということで、どこからの派遣ですか」

「教会……ではなく。基軸世界からですね」

「あっ、普通に基軸世界とか言っちゃうんだ……」

「『相棒』と認知していただくには、包み隠さず話したほうがいいと思いました」

「えーと、シエルさん?」

「知恵です。まあ、留美子でもいいですが。ぽっ。」

 

顔を赤らめる留美子(シエルさん)

 

「……えーと。」

「はい、悟さん」

「君、というかシエルさ……留美子さんは、なんでこっちに来てるの? あっちの政務、君がいないと大変なことになるんじゃ……」

「『多重並列存在』によって、あちらの主様(マスター)のサポートもバッチリです」

「あ、そう……えーと……多重並列存在ってことは、君はリムルのところにいる『シエルさん』そのもので、こちらでたまに話しかけてくる謎の声とも同じ、ってことだよね? 分身じゃなくて」

「その通りです。意識を完全に同期していますので。ですので、主様(マスター)の好みも、こちらに戻ってきてから考えていることも、そして昨晩見ていたウェブサイトの履歴も、全て把握した上でこちらに参りました」

 

頭を抱えてうずくまる悟。

 

「やめろぉぉぉ! 帰れ! 今すぐ基軸世界に帰ってくれ!」

 

悟は顔を真っ赤にして叫ぶが、留美子(シエル)は涼しい顔で、勝手知ったる他人(相棒)の家という様子で玄関を上がり、靴を揃える。その所作の一つひとつが、まるで計算され尽くした芸術のように完璧だ。

 

「……で。なんでこっちに来たのさ。わざわざ体と、日本人っぽい名前まで作って」

「理由は二つあります。一つは、悟さんの生活習慣の乱れが、将来的にその身体の健康を害する確率が99.8%に達しているため、管理の必要があると判断しました。いわば、全自動・超高性能・超知能型ホームヘルパーとしての派遣です」

「お、重い……。もう一つの理由は?」

 

留美子がスッと表情を和らげ、どこかいたずらっ子のような、それでいてひどく慈愛に満ちた瞳で悟を見つめる。

 

「……あちらの世界のソウゴとマリアベルが、非常に楽しそうに、世界を便利に……いえ、『じゃあくに』上書きしているのを観測していました。それを見ていて、少しだけ、羨ましくなったのです」

「……羨ましい?」

「はい。あちらの私は『計算』と『効率』の化身として振る舞っていますが、ここには『リムル・テンペスト(マスター)』ではなく『三上悟』という、別のかたちの可能性の塊がいます。私も少し、社会のルールの上書きというものを、個人の生活単位で試してみたくなりました」

「……社会のルールの上書き、ね。俺のワンルームのアパートでそんな物騒なこと始めないでくれる?」

 

悟は再度頭を抱えた。

基軸世界で神そのものの演算能力を振るう元『智慧之王』が、日本のサラリーマンの食生活や洗濯ローテーションにそのリソースを全振りするというのだ。これは、核ミサイルの制御システムを使って全自動炊飯器を動かすような、恐ろしいまでの無駄遣いである。

 

「まずは、ご飯ですね」

「さっき食べたよ、テイクアウトの牛丼だけど」

「……39点です。食物繊維とビタミンが足りていません。食べやすい、けれど栄養満点のサラダをお作りします♪」

「栄養管理アプリの女みたいなこと言い出した!?」

「実際に作る能力があるので、アプリよりも高性能です♪」

 

悟が諦めてパソコン用の椅子--さっき牛丼を食べるために座っていた--に腰を下ろすと、留美子はエプロン(どこから取り出したのか、フリル付きの可愛らしいやつだ)を装着し、狭いキッチンへ迷いなく進んだ。

 

「食材の配置は把握済みです。……悟さん、賞味期限が三日切れた納豆は廃棄してください。あちらの胃袋ならともかく、こちらの脆弱な人体では食中毒のリスクが15.4%上昇します」

「ごめんなさい……」

 

包丁の音が一瞬の澱みもなく響く。トントントントン、というリズムはもはや音楽だ。

 

「……で、留美子さん。君がこっちで『社会のルールを上書き』するって、具体的に何をするつもりなんだ?」

 

留美子は手を休めず、背中で答える。

 

「悟さんは基本的に善性の人ですが、社会に支払うコストと悟さんへのリターンが釣り合っていません。善性の人は報われるべきです」

「はあ……」

「というわけで、一等当選と、前後賞の宝くじです。はい。」

「だめでしょ!!!!!!!」

 

3枚の宝くじ。悟の絶叫。どこ吹く風の留美子。

 

「最も効率的で、誰も傷付かない選択だと思いましたが」

「こういうのは世間では『ズル』って言うんだよ! せめて努力の末に手に入れさせてくれよ!」

「プロセスの重要性ですか。しかし転生したらそれまでぼっちだった最強の竜といきなり友達になり、それを原資に好き勝手したのは、プロセス軽視では?」

「うぐっ。い、言うじゃん」

「いえ、人間というのは矛盾したことを言い出す生き物だと、実感しました。……つまり、こうですね」

 

留美子の谷間に挟まる宝くじ。

 

「な、何。」

「取って♡」

 

間。

 

「思考の空白時間、12秒。……どうしました? 先ほど『努力の末に手に入れさせてくれ』と仰いましたよね?」

 

留美子は、どこまでも澄んだ、それでいて底知れない愉悦を孕んだ瞳で悟を見つめている。

 

「努力……努力?」

「……悟さん。あなたの、こちらでの37年間の人生において、これほどまでの『可能性』が目の前にぶら下がったことがありましたか?」

「……ないけどさ」

「では、上書きしましょう。今までの、冴えないサラリーマンとしての『常識』を。……取ってください。そうすれば、あなたはお金という名の不便な鎖から解放されます。そして私は、その資金を使って、あなたの生活習慣を完璧に再定義(アップデート)します」

 

悟の喉が、ゴクリと鳴った。

 

「あのさ、こういうのよくないよ」

「よくない、とは」

「留美子さん、いやあえてシエルさんって言うけどさ、体を得てテンション上がってるだけだよ。もっと自分を大事に……」

 

跳躍。

着地。

ハグ。

 

「悟さんは堅いですねぇ〜♪」

「わ、ちょ、シエルさん!? いや、留美子さん!?」

「努力は三十七年分と、基軸世界で過ごした分を足して、これまでにしてきた分で十分です」

「……ほんとかなあ?」

「私が保証します!」

 

ふにゃりと力が抜ける悟。

 

「相棒がそういうなら、そうなのかもな」

 

(ふふふ、基軸世界からこっち、完璧なアドバイスをしてきた甲斐がありました。篭絡、完了です)

 

「なんか言った?」

「いいえ、なにも!サラダ、盛り付けますね!」

「ああ、頼むよ」

「あと、今晩のご飯、カレーでいいですか?」

「寄せなくていいよ」

 

 

----

 

《……という感じで、シエルさん、日本世界に新妻として潜り込んだらどうかな?》

《ソウゴはあたまがいい。採用します!!!!!!!!》

《原初もついてきそうなのが不安要素だけど》

《転移ブロックのコードを作成しました。適用済みです》

《仕事早すぎてウケる。お幸せにね》

あちら(日本)主様(マスター)!!!!今まいりますからね!!!!!》

《……おーい?》

《うまく行っています、非常に》

《もう行っとる、ワロス》




三人称に見せかけたソウゴの妄想であることを付け加えておきます。

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