ビターエンドよりバッドエンドが見たかったけれど誰かに書いてもらうのは虐待なので自分で書きました。
最終話の数日後、アイの幽霊がツクヨミと出会うだけのお話です。

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海外小説の冒頭によくある「この短編を〇〇に捧ぐ」って一度やってみたかったんですよね。
こんな厄いもの絶対受け取り拒否されるだろうけど、遠い昔の戦友gendoくんにこの二次創作を捧げます


星はもう見えない

 暗闇の中、最初に感じたのは浮遊感。その次が脱力感。

ありえないとわかっていても、その失ったはずの感覚に甘えそうになる。

あれだけの出血で助かったはずはない。意識どころか、魂すら崩れていくかのような感覚が確かにあったのだから。

 

(「愛してる」ってちゃんと言えたから後悔はそこまでないけれど、それでもやっぱりあの子たちが大人になるまでは生きたかったなぁ……) 

 

 『天才だってナイフで刺されればお陀仏』ということわざを作って後世に伝えるべきではなかろうかなどとわけのわからないことを考えたのち、暗いのは目を閉じたままだったことに気付いてアイはゆっくりと目を開いた。

 そこには、青空があった。

 

(あれ? これってもしかして)

 

 振り返る。星野家之墓と大きく彫られた石柱から親しみのある不格好なハート形をしたやや巨大な風船が伸びていて、身体はその近くを浮いていた。

 墓地にふわふわ浮かんでいてやや透明な存在と言えばこれは……幽霊である。着ているものに血痕などはなく妊娠前によく着ていた私服だった。

 

「ワンチャン病院かと思ったらノーチャンスだこれー! あはははっ」

 

 あれから何日が過ぎたのかはわからないが、幽霊になってしまったらしい。お墓に風船を飾るという習慣は聞いたことがないが、これほど目立つものが撤去されていないのであればこれはこれできっと意味のある何かなのだろう。

 だがそんなことはどうでもいい。今の問題はそう、ここから動く方法がわからないということだ。地縛霊というやつかもしれないが、こんな場所に思い入れなんてあるはずがない。叶うなら今すぐにでも子供たちの安否を確認したいというのに。

 

「幽霊になったからって自由自在に飛べるようにはならないんだね。ゴム紐で繋がれた犬みたいに少し動くたびに戻されちゃうとか不便すぎない?」

 

 近くの木からじっとこちらを見つめるカラスに問いかける。どうせカラスには幽霊なんて見えていないだろうと不満をぶつけただけなのだが、驚いたことに逆方向から返事と思わしき声が聞こえた。

 

「そりゃあ不便だよね。今のキミはその風船に残っていた魂の残滓でしかないもの。B小町アイ、いや星野アイ」

「誰? 私のことそこまで知ってるんだね。んー、ルビーの幼稚園のお友達かな。お名前言える?」

「ツクヨミって呼んでいいよ。そうだね、二人とは映画で共演もした仲だから友達と言えるかもしれないね」

 

 そう言いながら裾の長い白ワンピでアイの目線の少し上をふよふよと浮くツクヨミ。幽霊にしては血色がいいからただの子供にも見えるが、それだと空中に浮いたり自分と話したりできるのがおかしい。つまり……さっぱりわからない。とりあえずただの子供として扱うことにする。

 

「ツクヨミちゃんか。最近の子供は何でもできるんだねー。うちの子だって勿論負けてないけどさ」

「キミにも超常存在に対する畏敬が足りないね。遺伝だったのか?」

 

 訝しむツクヨミだがアイが難しく考えることを放棄しているだけだ。考えてどうにかなることなら行動すればもっと早くどうにかなるを実践してきたからこそ小学生にしか見えない年齢のうちから頭角を現すことができたのだ。結局ドームには立てなかったので、テレビ出演以外で一番の実績はイベントの前座で武道館のステージを踏んだことくらいだったのだが。

 子供たちに会いに行ける手段を求めて交渉を始めるつもりだったアイに、ツクヨミは想定外にも程があることを告げる。

 

「結論から言うと私は生前のキミから生まれたその変な風船を壊しに来て、これが壊れると幽霊のキミもそのうち消えるよ」

「えっ」

 

 彼女の言う目的が何なのかは後回しだ。新しく発生した疑問に答えてもらわなければいけない。

 

「このハートというにはちょっと変な形の風船が、私の……なに?」

「週ジャン作品で言えば『幽波紋(スタンド)』や『念』『過負荷(マイナス)』あたりに相当するキミの心から生み出された異能力だね。『愛情というものがわからない』のに『ファンに愛を届ける』矛盾した存在だったからこそ無自覚な感情のこじれが外部に出力されて形を持ってしまったの」

「おお、能力者バトル漫画みたいな力が私にあったってことだね。で、この風船はどんな能力だったの? 矛盾を操るとか超強そうでお姉さんテンション上がっちゃうよ!」

「その前に、本人が制御できる可能性が出てきたからこれに名前をつけてみてもらえないかな。自然に動かなくできるならそのほうがいいから」

 

 昔マネージャーのミヤコさんから何度かそのネーミングセンスどうにかしろと言われた記憶もなくはないが、今回はすぐに名前が浮かんだ。

 

「そうだね。この子の名前は『Voi che sapete(ヴォイ ケ サペーテ)』かな」

「フィガロの結婚か。いいね、施設育ちでアイドル活動のために義務教育すら疎かにしていた少女にしては教養を感じる」

「なにその上から目線。かわいくなーい」

 

 モーツアルトの歌劇・フィガロの結婚の序盤。名前がアイなのに恋愛なんてさっぱり理解できなかった焦りで色々検索したときに和訳タイトルの「恋とはどういうものかしら」が気になって何度か聞くうちに覚えてしまった曲のひとつ。オペラとしては面白くなかったが音楽単品としてなら悪くないと思わされた一曲だ。

 

「けれど、やっぱり残滓でしかないキミでは制御はできなかったみたいだね。もう用はないし力を蓄えて強くなられても困るから、壊さないと」

「そっか。私が消えるのは困るんだけれど、壊すのをやめてくれたりはしないよね」

 

 こんなにも元気いっぱいの幽霊を勝手に残滓扱いしてあまつさえ消そうと企むツクヨミという子に文句を言いたい気持ちはあるが、追及が先だ。自分が死んだのは冬のはずなのに明らかに今は冬ではない。いったいどれだけの時間が過ぎてしまっているのだろうか。下手をすると双子がもう小学校に入学してしまっている。

 

「それでさ、今――」

「その能力は『術者に強い感情を抱いた相手は、よほど強い抵抗力を持っていない限り愛情というものがわからなくなる』。キミは周りにまで愛を理解できない苦しみを撒き散らしたかったのかな?」

 

 肉体を失っているはずなのに、背筋に冷たいものが走った。何か致命的な間違いをした気がする。

 だが、まだそんな気がしただけだ。

 

「そんなのじゃないよ。わかってる人を羨ましいとは思ってたけど、別に苦しめだなんて。けど、思ったよりたいした能力じゃなかったね。ずっと愛を知らなかった私が別に不便に思わなかったってことはさ。誰がそんな影響を受けても一時的にちょっと困るだけでしょ?」

「うんうん。キミはそのままでいてくれて構わないよ。功労者と話をしてみたかっただけだから」

 

 ツクヨミが年相応にも見えるし老獪にも見える不思議な笑みを浮かべる。その笑顔に、何をかはわからないものの「間違えた」と感じた。そしてすぐにでも修正しなければまずいとも。

 

「認識が間違っている……? ああ、最初から知らないのと知っているものを失うのは意味が違うのか。『とんかつ食ったことない人がトンカツ無しじゃ生きていけねぇよなんて言わない』みたいな文章をどこかで読んだ気がする」

「よく気付いたね。もうわかったかもしれないけれどこれがキミの死の遠因だよ。ステージで輝くアイに心奪われた新野冬子が恋人への興味を失ってついには彼氏に推し変されるところから悲劇は始――」

「ごめん新野冬子って誰?」

「B小町ニノだよ! キミは本当に人の名前を覚えないな!」

 

 感情のこもった声にまた機嫌を損ねてしまったかとツクヨミの顔色を伺うが、叱責の厳しさに反して少し嬉しそうにも見える、人の死因を語るときに嬉しそうなのはマナー違反じゃないかとも思ってしまうけど、知りたいことを教えてくれる自称超常存在にヒトの倫理観を期待しすぎるのもよくないことなのだろう。アイはそのまま続きを促した。

 

「中でもとびきり影響を受けたのがキミの双子の父親でもあった少年・カミキヒカルだ」

「!? どうしてそれを知ってるの――」

「調べればわかることはだいたい知ってるよ。喋ってもいない内心までもはわからないけどね」

 

 羽音とともにツクヨミの背後で何羽ものカラスが鳴き声をあげる。

 ただでさえ雰囲気のある墓地でそれをやるのはちょっと演出過剰だよねとアイは少し冷静になった。

 

「アイへの愛情によってかろうじて自我を保っていた彼が肝心の愛情を見失ってしまった結果、残ったのは依存と執着。そして相反する想いでありながら愛と並んで扱われることも多い憎しみだね。彼は愛がわからなくなって逆に星野アイを憎むようになってしまったんだ。溢れそうな憎悪に理由をつけるため『上原夫妻の葬式の直後に、残された実の子供を見捨ててしまったことを妊娠中の彼女に批難され別れ話を持ち出されたからだ』と脳内で過去を改竄してしまうほどに。実際は妊娠していたのは上原夫妻が心中するよりずっと前だから葬式の後には会ってもいないのにね」

「大人だったうちの母でもああだったんだから、未成年で年下の彼がその上原くんを引き取って育てられないのは当然じゃないかな。あと、彼に憎しみの感情なんて持たれてたらさすがに気付くからそんなこと言わないで」

 

 今まで空気がまるで読めなかったことが理由で人に嫌われたことは何度かあったから、他人に憎まれることも気付かなかっただけでたくさんあったとは思う。愛情すらよくわからなかったのだから憎しみの感情を受けて必ず自覚できると断言はできない。けれど、そんなつもりで「私は君を愛せない」と言ったわけではないことだけはちゃんと主張しておかないと自分が自分でなくなってしまうような気がした。

 

「それを悟らせなかったから彼は『怪物』なんだろうね」

「あとさ、私が妊娠していることを好意的に受け入れたらどう支えてもあの時の彼は責任感で壊れてたよ。彼に必要だったのは愚痴を吐いても構わないような男友達とかそういう存在で、長すぎた私と会う時間を別のことに使うようになれば自然とそういう人付き合いも増えると思ったんだけど」

「分析そのものは正しいね。実際に彼は持て余した時間でぶらついて菅野良介のような弱音をぶつけられる友と出会うことができたから潰れずにすんだ」

 

 また聞いたことのない名前が出てきたがこれもきっと知人に違いない。なぜって、正面のツクヨミからこれくらいはわかるよねという圧力を感じる。

 

「けれど狂おしいほど愛している状態から愛が遠のいていけば残るのはただの狂気なわけで、そんな狂気とまともに付き合える良介たちも既にどこかおかしかったんだ」

「え、それ大丈夫なの?」

「B小町アイに推し変してしばらくは熱狂的に推していた良介くんは、愛欲から愛情を引いた独占欲や破壊衝動を愛だと思い込んでいた」

「全然ダメじゃん!」

 

 思った以上にダメだった。というよりバトル漫画の主人公にはなれっこないなーくらいにしか思っていなかったこの風船の能力が迷惑すぎる。

 

「推し変された側の現役アイドルニノに至っては至近距離でキミに焦がれた状態で愛を見失ったから、そんな元彼をも許容して『アイドルとしてのアイ』の狂信者になった」

「何やってんのニノ先輩!?」

 

 驚きもする。そもそもB小町の先輩に好かれていたというのが意外だ。途中からはメンバーの誰からも腫れ物のように扱われていた気がするし、先輩方には一方的にセンターを奪っていった件で多少恨まれているのがあたりまえくらいに思っていたのだ。

 

「そこで彼は気付いてしまった。この二人が『妊娠している星野アイ』を見てしまったら正気を失って何をするかわからないって。もし想像通りになれば自分は命の重みから逃れられる上に永遠にアイは自分だけのものになるってことにも」

「そりゃあ駆けつけてくれたらロマンチックかなと思って入院先はこっそり教えたけど、彼がそこまでするわけないよ。実際何もなかったじゃない」

「何かはあったでしょ。担当の産科医が予定日当日に失踪したの、忘れちゃった?」

 

 もちろん覚えている。昔の担当患者がファンだったとか言い訳していたけれどあのお医者さんもどこから見たって私のファンだった。当日にいなくて翌日からも顔を見ることがなかったときはこの嘘つきと思ったけれど医者の仕事は予定通りにはならないと納得もしていたのだが……。

 

「雨宮吾郎先生ね、その日に死んじゃってるんだよ。だいぶあとに病院のすぐ近くの祠の裏から白骨が見つかったよ」

「っ……さすがにそれは偶然じゃないかなあ。私が標的なら病院の先生なんて狙ってる場合じゃないよ」

 

 だって、それが本当ならカミキヒカルは殺人の共犯者。さすがにそんな恐ろしい推論は認めるわけにはいかない。身近で知人同士が殺人事件を起こしていた可能性に比べればこのツクヨミが作り話をしている可能性のほうがずっと高いだろう。幽霊までからかうなんて本当に美形なのにかわいくない超常存在だ。

 

「うん、偶然かもしれないね。でもこの偶然のおかげでウズメが張り切っちゃってね。芸事の才能がありながらそちらへ進めなかったふたつの魂を、真の意味で母を得られなかったふたりの魂を、魂のない双子を生んだ母親の元に導いてあげたんだって」

 

 疑問を無視するかのように脱線した話を続けるツクヨミの発言に、知らない名前がまた増えたこと以上に妙にひっかかるものを感じた。出産があった時期に双子なんて言われたらどうしても意識してしまうじゃかないかと眉をひそめる。魂がないだなんて不吉なことを言わないでほしい。

 

「あれ、オカルトな話は嫌いだった?」

「好きってわけじゃないけど、今の私もオカルトだし、貴女もオカルトでしょ? だったら聞き終わらずに否定するのもおかしいかなって」

「私は名前の通りツクヨミの権能を預かっているから、転生した彼と彼女を導く役割を与えられたのさ」

 

 男女の双子。まだ何が言いたいのかはわからないがもう誰のことを言っているのかくらいは流石に見当がつく。アクアとルビー。大事な大事な子供たちだ。

 

「けど当歳児の時点で女の子のほうがやらかしてね。こともあろうに神を騙ってしまったせいでイザナミの試練と寵愛まで受ける羽目になった」

「喋れるわけもないのに神を騙るとか、さすがにそれはオカルトだね。生まれてすぐ天上天下唯我独尊って喋る子は現実にはいないよ」

 

 予想が外れたことに安堵して軽口をたたいた。いかにルビーが賢い子でも簡単な言葉を使えるようになるまで一年はかかったからこれはどう考えても別人。身構えてしまったが杞憂で済んだらしい。

 

「女の子に与えられた運命は『暗闇に光を照らす存在になること』。現世から黄泉にすら届く超一流の歌舞を届ける、いわば究極のアイドルだね」

「凄いじゃない。うちのルビーもそんな凄い運命だったらよかったのになぁ」

「男の子のほうの運命は『自分の妹を守り抜くこと』。死者しかいない黄泉の国の女王には生者の声しか聞こえない……この話は書物には残ってなかったかもしれない」

「運命がそれって、妹のほうはそこまで命を狙われる理由でもあるの?」

 

 人命の価値が重い現代日本で生まれたのであればそこまで危険が迫るわけがないから当然の疑問はずなのに、そう尋ねた途端ツクヨミはアイを睨むように見つめた。むっとしたのであえて対抗して見つめ返す。あっ照れた。

 

「話を戻そうか。えーと……アイを娘のように感じていたせいで家族愛が抜け落ち、そのアイが死んだことで復讐心しか残らないまま妻も会社も放り出して失踪してしまったまるでダメな夫の話、だったかな」

「全然違うし、まさかそれ苺プロの社長だったりしないよね? 私がいなくなってからどうなっちゃったの苺プロ!?」

 

 さっきからことごとく隣に浮いているハート風船が関係者各位に不幸を振り撒いている。無自覚とはいえこんなものを生み出してしまったことが恥ずかしくて穴でも掘って埋まってしまいたくなったが、もう既に埋まっているのだろう。

 だってここは「星野家之墓」なのだから。

 自分が既に死んでいることを再び自覚されられたものの、空元気を引っ張り出して知りたいことを引き出すべく会話を続ける。

 

「彼の仲間はさ、本当に……えーとなんだっけ、ゴロー先生を殺しちゃったの?」

「うかつに声をかけて不審者扱いされそうになったからつい逃げて、追いかけてきたから勢い余って突き飛ばす。その先にたいしたことない高さの崖があって滑り落ちていっただけだから事故といえなくもないんだけど、そのあと警察を呼ばずに隠蔽しようとしたからやっぱり殺人事件だね」

「あちゃー」

 

 普通に楽しく会話していたはずの人が知らないうちに殺されていたという事実にはショックを受けたが、それはそれ。一番の問題は本当に彼がそこまでしていたということだ。

 妊娠中の星野アイに殺意を持って、実行に移した。苦しさから逃れるための現実逃避でアイのいない未来を夢想しただけならともかくこれはさすがに許しがたい。

 

「そこまで憎まれてたんだ、わたし」

「そこまで愛されてたんだよ、キミは」

「んー、でもそこから元ファンの男の人に刺されるまでの三年もの間、私が命を狙われるような事件は起こってないよね。さすがに無関係な死者を出しちゃってみんな正気に戻ったってことなら、あとは自首すれば罪は軽いんじゃないかな」

 

 名案を出したはずなのに今度は信じられない馬鹿を見たかのような顔でこちらを凝視してきた。何か言いたいならちゃんと言ってよとアイは思う。

 きっとこの子は若いうちからこんな人間離れした能力を持ってしまったせいで、世の中言葉にしなきゃ伝わらないことのほうがずっと多いということをまだ知らないのだろう。ここは享年20のお姉さんである自分がリードしてあげなくてはとアイは自身に誓った。

 脳内で結論を出している間に勝手にツクヨミは話し出す。

 

「ターゲットですらない医者を殺してしまったと聞かされたカミキヒカルはね、正気に戻るどころかえもしれぬ充足感に包まれて困惑したんだ。自分が他人の憎悪を煽っただけで医者という社会的に価値のある存在が無駄死にしたという事実で、何故か心の欠落が埋まっていくのが実感できたから。正直この理屈は理解できないししようとも思わないね」

「彼はそんなことしない」

「狂人にとって『あと一歩踏み出せば狂う人間』を探してその後押しをするのはそう難しいことではなかったみたいで、彼は殺人教唆にすらならないただの囁きで他人を破滅させることにハマって街をさまようようになった。それだけが自身の心の隙間を埋められる行為だと信じて」

 

 とうとう無視された。

 だが、ツクヨミが嘘をついていないとするならば彼はすぐにでも監獄に入ってもらわないといけないただの危険人物になってしまっている。いや教唆にすらならないのだから監獄には入れないのか。とりあえず子供たちに一度も会わせなかったのは逆に正解だったのかもしれな……あっ。

 

「アクアたちが15歳になったら、DVDに残したメッセージのせいで彼を探して会いにいっちゃう……」

「そういえばそんなものもあったね。どうして自分の死を予見していたわけでもないのにそんなものを残そうと思ったの?」

「えっとね、ショッピングモールの占い師に仕事運を見てもらったら『今がピークって出たぞおい。こんな就職活動中くらいの小娘が?』って言われたんだ」

 

 何度考えても胡散臭いおじさんだった。イケボだったから小娘扱いしたことくらいは許したが、それ以降を言い終わらないうちにもっと年上であろうおじさん達に「ここにいたんですか社長」と呼ばれて連れ去られてしまったせいで占いがそこまでだったのは今でも許していない。ただ、今がピークと断言されたこと自体には妙なリアリティを感じてしまったのだ。

 近いうちに子供という隠し事がバレて、B小町のアイドル活動はスキャンダルの影響で下火になってしまうんだろうなと。

 下手をすると苺プロそのものがこれから十年もすれば無くなっているかもしれないと。

 ならピークと言われた一番輝いている自分の姿を残すには今しかなかった。15歳の二人に送ったのは内容的にセンシティブだからR-15くらいかなぁと思っただけだ。

 

「途中から思っていることが口から漏れてたよ。じゃあアクアとルビーの2枚に分けた理由は?」

「アクアとルビーに彼のことをお願いするつもりで撮りはじめたら、家族は彼だけじゃなくて母もなんだなって思い出したの。私が話をしようとしても拒絶して逃げ続けた母だけど、あんなにかわいい孫娘が近寄るぶんには逃げるわけがないなって思ったからね。アクア宛のほうには彼を助けてあげてって残したけれど、ルビー宛のほうの後半にはおばあちゃんに会いに行っていろんなことを話してあげてって伝えたんだ」

「親バカがいる。まあ聞いてみればたいしたことのない理由でよかったよ」

 

 そのあとさらっととんでもないことを言った。

 

「まあ、そのルビー宛DVDは15歳になっても結局本人が見ることはできなかったんだけどね」

「……どういうこと? まさか今どき『七歳までは神のうち』なんて言わないよね。というか私が死んでからそんなに経過してるなんて聞いてないんだけど!」

 

 幽霊として意識が戻るまでの間に双子の小学校入学イベントが終わっていたどころか、最低でも高校生くらいになってしまっている。その上DVDを『見ることはできなかった』などと言われてしまうとどうしても最悪の展開が頭をよぎる。さすがに実の父親がそこまでするわけないとは思うが、世の中それ以外にも病気や交通事故など避けられないことはいくらでもある。

 

「アクアが受け取って隠しちゃったんだよ。母の仇かもしれない男の情報なんて危ないものはルビーには絶対見せない、それっぽいものは完全遮断するなんて極端な方針のせいで。いくらなんでも妹に対して過保護すぎると思わないかい?」

「よかったー。つまりルビーは生きてるんだね。こっちは平成2X年で知識が止まってるんだから少しはそういうところ配慮してよ」

「ごめんごめん、星野ルビー()生きているよ」

 

 安心できる報告なのに、実際安心したはずなのに――なぜだか嫌な予感がした。

 

「彼が過保護すぎたせいで、ツクヨミとして運命通り導けたのは『先生だったもの』を見つけさせるところまでだったね。ルビーが祖母と会ってお互い心を開くイベントも、前世の母の在り方ときちんと向き合うイベントも、映画ロケ地で夜神楽を見学して暗闇に踏み込むイベントも、ついでに言うと音痴を解消するイベントさえも阻止されて、彼女自身が壁を乗り越えて精神的に成長する予定が台無しさ。運命ってなんだっけと言いたくなるくらい変えられた気がするよ」

「あー。アクアは昔からルビーに対して甘々だったもんね。美男美女になった高校生あたりでも変わってなかったら学校中でシスコンって噂されちゃってるかも。それでその『前世』ってなに?」

「大事な妹としてだけ接していれば多少運命が変わっても修正はできたのに、彼は【内側の魂】に引きずられすぎた。ウズメたちが想定した未来では、"二人揃って"実の父親を説得して、一度は失敗するもののご都合主義的なあれこれが起こって何の犠牲も出さず彼をこの世界から排除できていたのに」

 

 答えてくれない上に不穏なことを言い出した。彼が世界から排除されるとはいったいどういうことなのか。

 

「さらに言えばアクアはあれだけラブコメオーラの渦中にいながら愛がよくわからないのが致命的だったのかもしれないね。大事な恋人なんてものを作っていれば自分をもっと大切にしただろうし、冬の海に落ちても彼女への未練で生きようとあがき続ければ命は落とさずに済んだかもしれない。今更言っても仕方のない事なんだろうけど」

 

「――ねえ、今、何て言った?」

 

 自分でもびっくりするくらい冷たい声が出た。けれど、飄々としたままツクヨミは答える。

 

「キミの能力の影響でアクアは愛がよくわからないままだったと言ったよ」

「そうじゃなくて!」

「男性アイドルとして成功できるはずの魂を持った転生者・星野愛久愛海は、狂人・神木輝と相討ちになって18歳でその命を終えた。既に骨はそのお墓の中だし、墓石の右側にも君と並ぶように名前があったはずだけど……見えていても気付きたくなかったのかな?」

 

 墓石の、右側。

 見ようとすれば簡単に視線の届くその場所へ振り返ると、確かに、見覚えのある名前が彫られていた。

 

「……アクアが、お墓の中?」

「アクアは妹を守り抜いたと確信して旅立ったし、実際命の危機はこれで無くなったから使命は果たしたと言いたいところだけど――」

 

 少し黙っていてほしいのに、このツクヨミという少女はまた転生だの使命だのよくわからないことを口にする。うちのルビーは神様を騙ったりするような悪い子じゃないから、それは全く別の人の運命のはずなのに。高校生のアクアなんてきっと自分よりもはるかに背が高くなっていて、モテモテで順風満帆な学園生活を送ってくれているはずなのに。

 

「――妹をあんなに悲しませる行動が、正解なわけない。こんな結末で喜ぶのは最高の人形ができたイザナミくらいさ」

 

 ツクヨミの吐き捨てた言葉には、大切な人を悼むヒトの感情が確かにこもっていて、星野アクアの死が事実であることを残酷なまでに示していた。

 たったそれだけで落ち着いたとまでは到底言えないが、それでも泣くより先に聞いておかねばならないことが多すぎる。

 

「18歳……それで、今は平成何年かな。これでルビーがおばあちゃんみたいな年齢になってたら私耐えられないかも」

「平成は31年で令和元年になったよ。令和X年の今年は、星野ルビー率いる新生B小町が念願のドーム公演を果たした年だね」

 

 ルビーはB小町を継いでいて、アイドルとしての到達点である東京ドームで熱唱したらしい。喜ばしい事のはずなのに、急に色々な事が頭に入りすぎてまるで絵空事のように聞こえてくる。音痴を解消できなかったならドームは流石に無理なんじゃないかなと頭に浮かんだツッコミをなかったことにして、アイは呟いた。

 

「……どこで間違えたんだろ、私。やっぱりドアチェーンをしてなかったのが悪かったのかな」

 

 抱えられるサイズだった二人を抱きしめながらビデオレターの初撮影をした時の事を思い出す。

(「なんにせよさ、元気に育って下さい。母の願いとしてはそれだけだよ」)

 そんなささやかな願いすら、叶えられなかった。

 

「嘘をやめればよかったのさ。こんなとびきりの呪いが完成してしまう前に」

「……そっか。私にはそれしかなかっただけで、嘘がとびきりの愛になったりはしないんだね」

 

 世間にあふれる嘘が愛だったら、もっとみんな幸せになっていないとおかしいもの。

 納得したように返事を言い終えると、ツクヨミがゆっくりと動いた。

 風船の前に立ち、何をするかと思えばその園児のように短い腕を振り抜いて一撃のもとに『Voi che sapete(ヴォイ ケ サペーテ)』をぱぁんと破裂させる。壊しにきたとは言っていたけれど、ここまで直接的にパンチで消し飛ばすのはアイにも想定外だった。

 これで見えない糸で繋がれていたであろう自分ももう少しすれば消えるのだろう。

 消える前に成長したルビーの姿くらいは見たかったが、既に死んでいる身で贅沢を言っても仕方ない。残された時間くらいはこのツクヨミが相手をしてくれるだろうか。

 

「ねえ、なんで今更壊しにきたの? もっと早く来てくれれば彼もアクアも……私だって、もっと生きられたかもしれないのに」

「神と呼ばれるものたちが非凡な才能を持った魂を転生させるのは別に遊びのためじゃない。試練と導きでその魂を『世界の運命を変えうる存在』に成長させ、22世紀に滅びるこの世界の未来をどこかで大きく変えていくためなんだ。そして星野ルビーを導くためには、キミのあの呪いのような能力があったほうが少しだけ便利だった。彼女だけは愛を理解したまま強く育っていたからね」

「あんなのなくたってうちのルビーは最高で究極のアイドルになれたに決まってるじゃない」

「その自信はどこからくるんだ!? まあ恨んでくれて構わないよ。それだけのことをしてきた自覚はある。……星野ルビーが、まるでキミみたいなアイドルになってしまった事も含めて」

 

 私みたいな魅力的なアイドルに育ったらしい上に果たせなかったドーム公演まで達成したルビーのことを語るときにまで、何故かツクヨミは辛そうに目を伏せ気味にしていた。なんとなく違和感があるけれど、集中力が切れたせいで何かおかしいのかははっきりしない。

 嘘にまみれて生きていた自分と、もうおかしくなっていて誰かが止めないといけなかった彼には自業自得の面もあると感じているし、肝心のアクアが死んだのも導きとやらの上では想定外らしいので今は自分以外を責める気にはなれなかった。この胸に残る感情は憤りではなく、そばにいてあげられなかった悔しさなのだろう。

 

「そろそろ頭がぼんやりしてきたかも。向こうにいったらアクアに会えるよね? あの子に伝言があるなら今のうちに聞くよ」

「ああ、ならひとつお願いしようかな」

 

 稚拙な嘘の気配を感じる。つまり、魂の残滓でしかない私の意識はこのまま消えてアクアには決して会えないのだろう。嘘が愛でなくても、愛のこもった嘘は確かにあるんだなと微笑ましく思う。

 

「あーあー、『星野アクア。お前が唯一手を出したあの子な、前世のいとこだぞ。本名で気付け』」

「うん、会えたらそう伝え……はあっ!?」

 

 ツクヨミはドッキリが大成功した子供のような笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

「湿っぽいのは嫌いだよ。会えても別に伝えなくていいから」

「そっか、気を遣わせてごめんね」

 

 今度こそ本当のさよならだ。

 意識が、溶けていく。

 

 

「「おやすみ」」




1日朝に予約投稿したつもりだったのですが、表示されないため手動で再投稿しました
多重投稿になってしまっていたら申し訳ありません

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