吐いた息は白く   作:黒マメファナ

1 / 8
エピソード1

 昼前だというのに長く吐いた息は白くなって空気に溶けていく。昨晩の快晴と、上空に寒気が広がっているせいで最低気温はマイナスを観測、最高気温もギリギリ二桁に行くか行かないか、という状態らしいというのはニュース番組で仕入れた知識だった。

 小さい頃は息が白くなるのが楽しかった。七時台の登校時間、友だちと息を吐いて遊んでいた記憶もあるが、今は遊んでいるのではなく緊張が主な原因となっていた。

 

「はぁー……さむっ」

 

 待ち合わせした時間より随分前になってしまったこともあり駅を出た待ち合わせ場所から再び駅方面へと戻って暖房の効いたコンビニへと歩みを進める。早く着きそうなことを謝りつつ連絡しておいたので、大丈夫だとは思うけれど。

 

「……大丈夫、なんだよな」

 

 独り言をつい呟いてしまうくらいに俺が気にしている、緊張している理由は単純、今日のデートの──デート、と言い切っていいのかもわからないけれど、とにかくデートの内容全てだった。5W1Hで言うと三つのWが大きく関係していて、残りも小さく不安なところはある。要するにこのデートそのものに俺は不安を感じてしまっていることになる。

 ──この際だ、改めて情報と状況を整理してみよう。まだ時間は残っていることだし、スマホを見ながら暖房に温まったイートインで間食しつつ頭を整理していく。

 

「待たせてごめんなさい──か」

 

 大きな問題、それはこのデートが「When(いつ)」であるかということ、また相手が「Who(だれ)」であるか、そして「Why(なんで)」このデートをするかということだ。

 まず、大前提として相手と恋人関係ではないという部分も念頭にある。

 いつ、今日は12月24日、つまりはクリスマスイヴだということ。そして相手は──アイドルだということ。俺は勿論一般人だ、ただちょっとだけそのアイドルと知り合いというだけ。なんでという部分は本当に俺も分からない。

 つまり、俺は一般人でありながら恋人でもないクリスマスイヴにアイドルとデートすることになっている。

 

「……どうしてこうなった」

 

 頭を抱えたくなってきた。バレたらファン、オタクの皆様に詰られることは間違いないだろう。断れる雰囲気じゃなかった、なんて唾を吐きかけても信じてもらえない。

 そうだよ、俺から誘ったんじゃなくてアッチが持ちかけてきたんだよ。今週のこの日空いているかしら、なんてさ。

 

「俺が、白鷺さんと……か」

 

 お相手の名前、連絡先は見間違えようもないし本人と会話して誘われてるんだから間違いない。ドッキリ企画であったら羞恥心はあるがほっとする。

 そもそもどうしてこうなったのか、それは色々と過去に遡らないといけない。

 

「え……し、白鷺千聖って……本人?」

「ええ、驚かせちゃいましたか?」

「び、びっくりです……気づかなくてすみません」

「……気にしていませんよ、ええっと、伊吹(いぶき)八尋(やひろ)くん? うふふ」

 

 伊吹八尋、それが俺の名前だ。どっちが名前だよと言われることもあるが八尋を苗字とは間違えないだろうと返すのが定番となっている。

 それはさておき、俺と白鷺千聖さん、元子役の女優でありアイドルという俺からすれば高嶺の花にもほどがある人物だ。

 

「いらっしゃいませ」

「こんにちは、伊吹くん」

「松原さん、ということは……お隣は」

「うん、千聖ちゃんだよ」

「いらっしゃいませ、白鷺さん」

「全く、いい加減変装にも見慣れてほしいところね」

「すぐ気づけたら変装の意味ないじゃないですか」

「……それもそうだけれど」

 

 俺と白鷺さんの接点は、アルバイト店員とお客さんというものだった。彼女はアイドルと言っても正式にはアイドルバンド、今はやりのガールズバンドとアイドルの融合だ。

 それに対して俺はその辺のスタジオでアルバイトをしていたというだけ。ただしガールズバンドブームを見据えてカフェ併設という珍しい形態でそっちの店員でもあったことが重なり顔見知り程度にはなっていた。

 

「前よりおいしいわ」

「本当? 白鷺さんの好みになるようにちょっと工夫してみたりして」

「ふふ、あなたはカフェ店員の方が向いているわよ」

「あはは、言えてますね」

 

 俺は働きつつバンドメンバーを募集していたのだけれど、全然集まらない、そもそもそんなに上手じゃなかったし、才能とかないなんて諦めることすらさせてもらえない立場で。

 働き始めたのもバンドでメジャーデビューしたいって気持ちがあったんだけど。

 

「……久しぶりね、伊吹くん」

「そうですね」

「今は何をやっているの?」

「今は……フツーにただの学生ですよ」

「バンドは?」

「やってません、楽器も売りました」

「……そう」

 

 高校生で働いていたスタジオは近くに出来たでっかいライブハウス「RiNG」に客を取られて閉鎖、まぁカフェ併設という唯一無二の特色すら奪われたらそうもなる。そこに恨みはないけれど、俺も音楽から離れるきっかけではあった。

 白鷺さんはこのお店の紅茶がおいしいから、と友だちや知り合いを連れてよく来てくれていたから、閉店する時も残念そうにしてくれていた。

 そんな彼女とバッタリ再会したのは俺が気まぐれに入った喫茶店の中だった。ちょっとだけ気まずくて先に出ていった俺をわざわざ追いかけてくれた彼女と公園のベンチで近況を報告していた。

 

「ごめんなさい、急に追いかけて……迷惑だったわね」

「そんな、迷惑とは思っていませんよ」

「だったら、どうして?」

「……すみません。俺から話しかけるのも、気さくに受け答えするのも、なんか違うじゃないですか」

 

 声を掛けられて、明確に待ってと言われたのに俺は無視した。それを咎められ、素直に謝罪をする。悪いとは思ったけれど、俺がアルバイトで彼女が客だから成立した会話だと思っていたから。今はただの学生とアイドルでありもうあの空間はないのだから。

 

「──違うことなんて、何もないのに」

「それは……?」

「あの時と同じよ、私もあなたもただの同年代の友だち、そう感じていたわ」

「……俺は一般人ですよ」

「そうかもしれない、でも少なくともあの時の伊吹くんは──」

「──あの時と今は、違います」

 

 あの時の俺は、どうかしていた。今ならそう思う。店の方針ではあったけれど同年代くらいの女の子が多くくるお店で、ちょっと気安いサービスとかしてみて、ちょっと気が大きくなっていただけだ。それに初対面の時はスゲーかわいくてオーラある子が来た、ってだけでアイドルとは気づいていなかったのだから。

 

「とにかく、これからもアイドルとか女優業とか、色々頑張ってください」

「……ええ」

「それじゃあ」

「──待って」

「え、し、白鷺さん……?」

 

 元々、奇跡の連続みたいな形で知り合うことが出来たんだ。こうして話すのも最後だろう、俺は少しの名残惜しさを振り切るように立ち上がったが、白鷺さんによって止められてしまう。

 

「また、会えないかしら?」

「ど、どうでしょう……街ですれ違うことくらいは?」

「そうじゃなくて、今日のように──いいえ、もっとあなたの時間が欲しい」

「……お、俺の? い、いやいや、俺のでいいなら……」

「だったら……そうね、スケジュールを確認してもいい?」

 

 もっとあなたの時間が欲しい、そんな殺し文句を断れる男なんてそうはいないだろう。でもまぁちょっと雑談するくらいならと返事をしたが、なんだかちょっと雑談、という雰囲気ではなさそうだというのはこの時に察しがついていた。

 

「いつでも空いてる? 来月とか」

「ええまぁ、今はなにもありませんし……あ、でも年末にならない方がいいですね、実家帰りたいし」

「ギリギリでもいいかしら?」

「大丈夫です」

「なら、そうね……12月四週目の火曜日なら空けられるけれど」

「俺はなんでも、忙しい白鷺さん優先で」

「……ありがとう」

 

 この時の俺はまだ11月なったばっかりなのに12月の後半とか、芸能人って大変なんだなぁとしか思っていなかった。日付を言われたわけではなかったから、おそらくそれも彼女の策略というか俺に気付かせないための作戦だったのだろう。

 

「それじゃあ連絡先交換しましょうか……当日ドタキャンしてしまうかもしれないし」

「そうですね、流石にそれは困りますね」

 

 こうして俺は後からその12月四週目の火曜日というド平日がただの平日ではなく24日だということに気付いて頭を抱えた。

 しかも後の連絡でショッピングモールに行くことになっており、完全に一日デートという雰囲気になりつつあったのだから。

 

「伊吹くん」

「……すみません、分かりづらかったですか?」

「いいえ、寒いもの」

 

 久しぶりの再会から一ヶ月半経ち、俺はイートインスペースにやってきた白鷺さんに向かって手を挙げた。

 本当に白鷺さんだ。ちょっと遅れそうと言っていた時にはいよいよか、何処かにカメラを持った隠し撮りとかされてるのかと少し思ったが彼女は遅れたものの、完全なプライベートというような雰囲気だった。

 

「ごめんなさい、少し遅れてしまって」

「……いや、全然」

「はい、暖かい方でよかったわよね?」

「勿論、というかお詫びなんて」

「いいの、私がすっきりしないのだから」

 

 コンビニで売られているペットボトルのホットミルクティーも彼女に奢られると、少しだけ特別なものに感じてしまう。

 同時に、よくない気持ちも心の奥底から湧き出てくる──俺って、もしかして白鷺さんといい雰囲気になれるんじゃね、と。

 芸能人相手に店員とは言え仲良くおしゃべりをして、再会したら話したいと引き留められ、あまつさえ連絡先をもらってデートの約束までしてしまった、これは脈があるんじゃないかなんて。

 

「……今日の恰好、かわいいですね」

「そう? 花音に選んでもらったから、私の好みとは違うけれど」

「なるほど、雰囲気が違うわけだ」

「似合わないわけじゃななさそうで安心したわ」

 

 こうしてクリスマスイヴに異性と出かけるという大きなイベントが始まろうとしていた。相手はなんと人気アイドルであり、女優でもある白鷺千聖さんとだ。

 俺は緊張しっぱなしだというのに、相手はすごく余裕そうで、大人という感じを醸し出している。同い年だというのに、どうしてこうも精神的に差があるのだろう。

 

「まずは、遅れてしまったことだし、お昼ご飯からかしら?」

「ショッピングモール内……だと混んでますかね」

「そうね、うっかりバレてしまうかもしれないし?」

「……やっぱり問題あるんですね」

「当たり前よ、平日とはいえ今日、私が男と出かけているなんてバレたらきっと、大変なことになるわよ」

「じゃあなんで今日なんですか……」

「仕方ないじゃない、今日しかなかったのだから」

 

 芸能人、それもアイドルがクリスマス空いてるって一体どういうことだよと言いたい気持ちをぐっと堪えて、俺は白鷺さんの隣を歩き出す。

 さっきまで暖房で快適だったのに外は相変わらずの空気で、小さく息を吐いても白く尾を引いてしまっていた。

 




明日も同じ時間に投稿します
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。