店は何処も混雑していた。歳末セールが重なっているのもあるんだろうが、なにせクリスマス、ここは夜景も綺麗らしく時間が過ぎれば過ぎる程、暖房を求めて人が増えるだろうことは想像に難くなかった。
「これはどうかしら?」
「……うーん」
「や、八尋くん?」
「いやこれだったら前の店のカーディガンの方がいいと思う」
「そ、そう……じゃあ、このスカートは?」
「千聖さんがブーツ派なら、いやでもスニーカーでも……」
そんなカップル率が上がっていくショッピングモール内で、俺は千聖さんの服選びをしていた。どうせならイチからコーディネートしてほしいとかいう無茶ぶりに、現在は全力で応えているところだが、如何せん他人の服を探すというのは案外難しいものだということに、これまで生きてきて初めて気付かされた。
「千聖さんは全体的に明るめ、というか黒系より茶色系の方が似合うと思う、それかピンク系?」
「赤系かしら」
「真っ赤、とかよりは……それこそパステルピンクめとか」
「彩ちゃんの色ね」
「そう」
こういうのは完全に偏見で語っても許されるとわかったのでガンガン口に出していく。最初こそ遠慮していたが千聖さんから「率直な意見が知りたいのよ」と不満そうな声で言われてしまえば、こうするしかない。やや引き気味なのは気のせいだろう。
「でも逆にタイツの色を黒にするのはアリ、ってどうしたの?」
「……いえ、思っていたよりずっと意見を出してくれるから、少し驚いているのよ」
「引いてる?」
「驚いている、と言ったはずだけれど」
「そうでした」
怒られた、別に引いてたらそれはそれで終わり時を探せるんだけど、今のところ女性向けの服屋を巡って四店舗目、記憶を頼りにしながら頭の中の千聖さんを着せ替えていく。
なんだかこういうのを拘り出すとゲームのキャラメイク、もしくは文字通り着せ替えをしている気分だということに気付く。ゲームと違って髪色、髪の長さ、目の色や顔のパーツは固定のため逆にやりやすいかもしれない。
「八尋くんってこういうのに付き合ってくれるタイプなのね」
「そうだね、ゲームの話だけど時間使いがちかも」
「いえそうじゃなくて、女性の服選びに真面目に取り合ってくれるから」
「それこそ、ゲーム感覚で楽しんでるから、かな?」
「そう、じゃあ私はあなたの着せ替え人形、というわけね」
「言い方に語弊がある」
まるでわかってるわよ、とでも言いたげな流し目をサングラス越しにされてそれ以上は何も言えなかった。
とにかく、なんだかどう取り繕っても語弊が生まれそうだけど、俺が考えた千聖さんに一番似合う服なんてテーマを考えるのは楽しい。そもそも折角デートをしているんだから、退屈な時間は少しでも減らしておきたいという心持ちなのも手助けしてくれていると思う。
「チェック柄ねぇ」
「好みじゃなかった?」
「いいえ、似たようなの持っていた気がしたから」
「うげ……それは、やめときましょう」
「そうね」
会心だと思った七分丈くらいのチェック柄スカートは類似品を持っているという理由で却下されてしまった。これに黒タイツとショートブーツとか
「いいのよ、買わなくても楽しめているもの」
「俺のリアクションが?」
「それもあるかも」
「こっちは初めての経験すぎて緊張してるんだから」
「……私もよ」
俺のふいの愚痴に隣を見るとちょっとだけ口許が綻んで、マスクとサングラスの僅かな隙間がほんのりと朱色に染まっている気がした。
もう一回と訊き返しても、きっと誤魔化されるだろう。だけど千聖さんの恥じらう様子は新鮮だった。
「こ、これ……訊いていいのかわかんないんだけど」
「え、ええ」
「千聖さん、ってさ……こう、男性とお付き合いしたこととか」
「ないわよ」
「な、ないんだ」
意外と言ったら怒られそうだけど、こう俺とデートしていても結構余裕そうだから慣れてるのかと一瞬勘ぐっていた。でも服を選んで、俺のリアクションを見ている千聖さんは時折その余裕っぽい仮面が剥がれているような気がしていたんだよね。
「決まらないようなら、約束通り下着を選んでもらおうかしら?」
「ちょ、もうちょっと待って! あと三分、三分で決めるから!」
「うふふ、承知しているとは思うけれど、靴下──なんて
「なんでそんな楽しそうなんだよ!」
──いや前言撤回、やっぱ気のせいだったかもしれない。余裕じゃない人が男に、デートしてはいるけれど付き合ってもない同年代の男に下着を選ばせるなんて罰ゲーム思いつくわけがない。ツッコむタイミング逃してるけど約束した覚えがそもそもないからね。
「でも服でいいのかしら? アイドルの私服の下が──自分の選んだ下着かも、なんて考えたら優越感くらいありそうなものだけれど」
「圧倒的に選ぶ時の羞恥が上回ってるよ」
「言ってる場合かしら? 後二分切っちゃうわよ?」
「なんで測ってんの?」
結局、俺が後二分で提案した服はどれも千聖さんのクローゼットやチェストでキレイに畳まれたり、ハンガーにぶら下がっているらしく非常に楽しそうな彼女のスマホから初期設定のアラーム音が無常にも鳴り響いた。
「まぁ、実際にお店に入ってジロジロ見回させるわけじゃないから」
「ないから……じゃないよ、そうだとしても女子の下着選ばされる心労をわかってほしい」
「その女子だからわからないわ」
「そうだった!」
敗者は勝者に従うのみ、一応抗議をしたものの「服は選べなかったじゃない」とか言われてぐぬぬ、とかいう変な声が出てしまった。諦めてエスカレーターを登りつつ、
「役得だと思えばいいのに」
「セクハラだよ」
「……それを言われると、弱いわね」
「というか俺に選ばせるメリットってなに?」
「記念、みたいなものかしら……まぁ少し、調子に乗って八尋くんの優しさに甘えているという面もあるけれど」
「ちょっと何言ってるのかわからない」
「……ごめんなさい、やっぱり冗談で、いえ下着は買いたいのだけれど」
なるほど、下着は欲しかった。まぁアイドルだもんな、それを変態オタクに見られでもしたら大変だろうし、そもそもプライベートで買いに行くのも苦労するくらい忙しいだろう。
だから今日は絶好の機会というわけか。なるほど、ついでに俺をいじめて遊んでいたと考えれば納得できる。
「じゃあ、この辺りでちょっと時間潰していて」
「……千聖さん」
心なしか、千聖さんのテンションが元に戻ったというよりは落ち込んで、自省している感じだった。というかランジェリーショップってなんでこう、男性も通る道にバン、と結構セクシーめのやつがマネキンに着せられているのだろうか。こっちが悪いことをしている気分になるんだけど。
「待って」
「八尋くん?」
「ちょっとだけ、考えるだけってのはどうだろう?」
「……あくまで決めて、買うのは私、というわけね」
頷く。あんまり目線をキョロキョロさせてもやらしいと思ってなるべく視線を千聖さんに固定しつつ、横目でもう一度表に出ているランジェリーを視界に収めた。
最初に目につくのは黒、いや紺色かな、黄色のリボンが中央にあしらわれていて、ここまでは普通なんだけど明らかにブラジャーの上部分が透けてる──これは却下だな。
次に目についたのはクリスマスカラーのかわいらしい赤と白のランジェリー、ただしこれは首元に紐が伸びている上にショーツも紐だった──よって却下、つかもう明らかに
もう一つはちょっと刺繍があしらわれているっぽい黒の下着だった。これはいいんじゃないだろうか。黄色のリボンもなんか千聖さんっぽいし──よし。
「あれなんてどう?」
「……色もあれ?」
「うん、他に何色があるのかわかんないけど」
「多分白と青、赤あたりもあると思うわよ……調べてみるわね」
「なんというか服は黒系似合わないとか言っといてアレだけどコレは黒でも似合うと思う」
「……ふぅん」
千聖さんは俺のちょっと早口気味の言い訳には大したリアクションをせず、スマホをスワイプしていた。同じタイプのものを見つけたのか、すぐに画面を暗転させて俺の手を弄ぶように握ったり、離したりを繰り返しながら俺に目線を向けてきた。
「八尋くんは、アレがいいのね?」
「いやいや、最後に選ぶのは千聖さんって約束だよ?」
「それもそうだったわね……けれど、せっかくだから参考にさせてもらうわね」
にっこりと微笑み、千聖さんは店内に消えていく。それから五分も待たずに千聖さんが店のロゴが入った不透明のビニール袋を持って出てきた。あの中にアイドルが履く、と思うとちょっとドキドキしてしまうのは男としてしょうがないことだと思う。
「さ、じゃあ次は雑貨でも見ましょうか」
「そうだね」
下着に比べたらインテリアなんてなんてことないと思いつつ俺は歩き出す。その時、すれ違た女性にちょっとだけ肩がぶつかってしまって、俺はごめんなさいとすかさず謝るために振り返り、そしてその時に視線に入ったものに思わず思考が停止した。
「……何か言われたの?」
「う、ううん……向こうも謝ってくれただけ」
「ならどうしたの?」
「いやっ、あのぉ……えっとね、結局、俺が選んだやつにしたのかなぁって」
「……知りたいの? えっちね」
ううん、千聖さんからそんなセリフが聞けると思わなくてドキっとしたけど今はそういう問題じゃないんだ。
俺が選んだ下着、千聖さんが買ったのかどうかは知らないけど、万が一俺がおすすめしたやつを選んでいた場合が怖い。意味深に念押しして確認してくれていた意味を俺は今になってようやく理解したよ。
「……気づくのが遅いわよ」
「えっ、いや違うんだよ? だってあの角度だと後ろ側見えてなかったんだって!」
「どうかしら? アイドルにあんなショーツを履かせたい、八尋くんの願望が出ちゃったとも考えられるのだけれど?」
「断じて、断じて違うから!」
「ふふっ、とても信じられないわね、むっつりさんだもの」
「なにそれ、違うってば」
俺がパっと見た感じでは普通のショーツだと思っていた、いたのにさっき見た時にはそのお尻部分を見てしまった──透けているどころじゃない、パックリ開いていたんだよね。
あんなの罠じゃないか、俺は不可抗力なんだけどと力説しようとしたけれどこれ以上しゃべっても墓穴を掘るだけだと判断して貝の如く、俺は今後一切千聖さんが買ったランジェリーの話はしないと決めた。
「参考になったわよ、八尋くん?」
「……しーん」
「花音にも教えておこうかしら」
「参考にしていただいて、ありがとうございますぅ!」
「どういたしまして」
結局、千聖さんは服を選んでいた時と同じようなテンションに戻ってしまった。でもマスクを下げて満面の笑みを作る口許を見せられると、不思議と理不尽とかよりも千聖さんが楽しそうでよかった、という気分になってしまうから、実は俺ってマゾ気質なのかもしれないと真剣に考えてしまうのだった。
企画のプロット
駅前集合→デート出発→昼ご飯→大型ショッピングモール→服を買う(今回はココ!)
ですがこの後はまだまだショッピングモールめぐりは続きます。
ではまた次回の16時24分に