吐いた息は白く   作:黒マメファナ

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エピソード5

 インテリア雑貨や、その他雑貨選びはすごく順調というかいじられる要素もなく楽しい時間だった。冬っぽいインテリアというのは情緒があっていい、というか木の質感とか色ってなんであんなに落ち着くんだろう。マイナスイオン的なやつなんだろうか。

 

「木は視覚的に優しい、というのが大きな理由らしいわよ」

「そうなんだ」

「暖色で、光を優しく反射するから温かみを感じるというものに加えて、不規則な模様が不揃いの美を感じさせる──らしいわ」

「詳しいね」

「私だって調べただけよ」

 

 とはいえサラっと回答できるのがすごい。なるほどって納得できる理由でもあったし。

 インテリアのライトがオレンジ系統なのも同じ理由なんだろう、白よりも赤みがかってる方が安心するよね。特に寒い冬の季節にはピッタリだ。

 

「次はどうする?」

「そうね……ゲームセンターなんてどう?」

 

 色々といいものはあったらしいけど、購入することはせず再び店を出て歩きはじめる。

 次はゲームセンターに行きたいみたいだ。なんだか俺の中にある千聖さんのイメージとは違う気がするけど、俺は割と好きだから断る理由もない。

 

「いいよ、千聖さんもそういうところで遊ぶんだ」

「いいえ、殆ど行ったことないわ」

「そうなんだ」

「ええ、だからこそ──八尋くんに楽しみ方を教えてほしいわ」

「もちろん!」

 

 デートでゲーセンといえば、やはりゲーセンの大部分のエリアを占めるアレをするに決まっている。

 そう、クレーンゲームだ。景品が取れれば嬉しい、取れなくても二人でアームを見守る時間は楽しい。お金の使い方さえ誤らなければだけど。

 

「……っ!」

「あ、あのー、千聖さん?」

「両替機、どこだったかしら?」

「あ、あっち……です」

「じゃあそこで待ってて」

「は、はい」

 

 ──そう、引き際を見極め、楽しい範囲で終わらせられれば取れなくても楽しい。

 でもこういうのって負けず嫌いは引っ掛かるようになっている、というのは持論ではあったけど、千聖さんの様子を見ると真実なような気がしてならない。

 

「クレーンって、運もあると思う。というかぶっちゃけよっぽどのプロじゃない限り運が大部分を占めてると思う」

「運……!? そんなので許されるの……?」

「許されてるからゲーセンに所狭しと並んでるんだよ、千聖さん」

「いいわよ、いいじゃない……上級者はそうではないと言うのでしょう? なら私も成ってやるわよ、上級者(そっちがわ)に──!」

「あ、あー」

 

 こりゃ何言ってもダメだな、と俺は諦め半分、ちょっと面白半分で口を出してみる。千聖さんはほとんどこういうのをやったことがないのに対して、俺は暇があるとお菓子を取りに足を運ぶから、設定が違うとか色々あるけどまぁ千聖さんよりかは慣れてると自負しているからね。

 

「ダメじゃない」

「うーん、ぬいぐるみは取ったことないからなぁ、重心がどうこう言っても何処に重心あるのかもわからないし」

「八尋くんも口ばっかり出してないで、財布を出しなさい」

「え、えぇ……俺が?」

「今の八尋くん、口だけの男じゃない」

「うぐ、そういわれると弱いな──じゃあ一回だけね」

「ええ、その一回で取れるものね?」

「無茶言うなぁ……」

 

 煽るようなこと言われたって今のぬいぐるみと景品を落とす位置の関係だと寄せるので精いっぱいじゃないかな。俺は寄せて、ダメそうならリスクを冒してでも店員さんを呼ぶべきだと千聖さんにちょっとした小言を交えつつ掴んでみる。

 

「……あれ」

「あ……」

 

 近づけば御の字──と思いきやアームはガッチリとぬいぐるみを掴んで離さず、そのままダイレクトにゴールイン、景品取り出し口を通った瞬間、獲得を知らせる音声が大音量で流れた。

 ──公然の秘密らしいが、クレーンには「天井」が設定されているらしい。ある程度お金が入ればアームの強さが最大になってどう頑張っても掴めば獲得、というフェーズがある。つまりはそれだね。訊きたくないけど幾ら使ったんですか千聖さん。

 

「……やるじゃない」

「いや今のはめっちゃ偶然なだけ」

「ええ、ええわかってるわ」

「その言い方絶対わかってないやつ」

「偶々、ぬいるぐみのバランスを完璧に捉えて、偶々、持ち上げることができた──そうでしょう?」

「違うんだよ」

「いいわ、いいのよ八尋くん……今回は私の負けよ」

 

 ダメだこの人、したり顔でなんか言ってるがなーんにも話聞いちゃくれない。

 ただやはりというかなんというか、負けを認めた顔は絶対にしてない。負けず嫌いなんだなぁやっぱり千聖さんって。ドツボに嵌るタイプだ。

 

「お菓子取る? 初心者向けのあるけど」

「そうね、敗者は勝者に従う──そうだったわね?」

「ああもうそれでいいよ、口出すからね」

「お願いね」

「はいはい」

 

 めんどくさい、けどなんかこういう等身大って言うんだろうか。大人っぽくて常に冷静で余裕の表情を浮かべるという千聖さんのイメージは、彼女自身が作り出していた部分なのだろうね──こういうのを知ると、そのめんどくさいって気持ちもかわいいからいっかとなってしまう。

 

「つ、次はどうしたらいいのかしら」

「素直に真ん中狙ってみたら? 初心者向けってことはアーム強いだろうし」

「そうするわ」

 

 恐らく邪魔だったんだろう、サングラスを頭に乗せ、マスクも下にズラして完全に夢中になっている。その横顔は真剣そのもので、白鷺千聖という一人の女の子とそこで初めて会ったような気がした。

 

「と、取れた……!」

「おめでとう千聖さん」

「え、ええ……ふふ」

「それじゃあ、交換しない?」

「交換って……このお菓子と、ぬいるぐみを?」

「俺はお菓子の方が嬉しいし」

「なら交換、してあげてもいいわよ」

 

 千聖さんはスナック菓子を手渡してくる。代わりに犬のキャラクターのぬいぐるみを手渡すと、彼女はとびきりの笑顔を浮かべた。

 素の笑った顔、かわいいなそこで漸く、俺は千聖さんがサングラスもマスクもオフした状態だということに気付いた。

 

「……あ!」

「大丈夫、だよね?」

「た、多分……ふふ、興奮しちゃって忘れていたわ」

「集中してたもんね」

「あんなに夢中になれるとは思わなかった、クレーンゲームって楽しいのね」

 

 慌ててサングラスとマスクに戻っていても、楽しそうに微笑んでいるのは想像できた。声が弾んでいる。なんだか段々と顔を隠していても千聖さんの喜怒哀楽を察しやすくなってる。俺が察することができるようになっているというより、千聖さんが表情豊かになってるって方が正しい。

 

「どうする? まだする?」

「そうね、まだ挑戦してみたいけれど──お金をおろさないといけないかも」

「よし、やめよう」

「……ダメ、かしら」

「ダメ、そこで深追いするとその子を手に入れた喜びが薄れるよ」

「そ、それもそうかも……後悔しそうだものね」

 

 銀行ATMは混んではいると思うけど、行くとして。離れるならやめ時だと説得した。

 少し不満そうだったけれど、ぬいぐるみの目をじっと見つめてから抱きしめて納得してくれた。仕草がどんどんかわいくなってしまって。俺は一瞬だけ躊躇ったものの、ぬいぐるみを抱きしめながら歩くと絶対に目立つし、注目されれば気づかれる恐れがあるとしてビニール袋をもらってきた。

 

「なんだか、自分が何者であるのか忘れてしまいそう」

「忘れないで」

「大丈夫よ、気を引き締めるわ」

 

 絶対に顔緩んでるけど、と言いたいがやめておいた。

 最初の作り笑顔よりも今の方がずっと親しみやすい──いや、本当は芸能人である彼女にこんな親しみやすさなんて持ってはいけないかもしれないけれど。

 

「……ダメね、八尋くんとのデートが楽しすぎて、マスクの下、顔が緩んでいるのがわかってしまうわ」

「俺は、そっちの千聖さんも……いいと思う」

 

 好き、という言葉を直前で留める。この言葉は軽く口にしていいわけじゃない、気がした。

 今の俺と千聖さんはデートをしている男女、健全な十代の男女なのだから。

 でも俺はどんどん、沼に沈んでいる気がした。千聖さんという一人の女性によって。

 

「八尋くん、次はどうする?」

「次は……そろそろ、日が暮れそうだね」

「そう、そうね……もう、そんな時間なのね」

 

 だがこの楽しい時間もずっと続くわけじゃない。光を取り入れるための大きな窓、その外の景色は段々と橙に変わっていく。

 一瞬だけ、強く手を握られた。名残惜しい、状況から考えるとそういう反応だ。

 

「そういえば、八尋くんチキンの予約は?」

「うん? 元々夜の方にしてるから」

「そう」

 

 なにせチキンより千聖さんの方が先約だからね。どうなるかわからないけど、泊まりにはならないだろうし、閉店間際でいいやってポチりました。最寄りのお店、九時までだし。

 だから実のところ、日が暮れてもイルミネーションと夜景を楽しむくらいの時間はあるんだよね。

 

「な……なにを言ってるの?」

「顔隠してても顔に書いてあったよ」

「そ、そんなに顔に出ていたかしら?」

「そりゃもう」

 

 やっぱり、千聖さんはかわいい人なんだな。それに俺は千聖さんとのデートにイルミネーションが向いていると思ってる。夜の暗闇、みんな見るのは輝く電飾だけ。わざわざ見えない相手の顔を覗き込む変な人はそういないんだから。

 

「それに暗い時にサングラスは危ないし」

「……そうね」

「あ、でも伊達メガネも一応持ってるよ、千聖さんの分と二つ」

「どうして八尋くんが私の分も持ってるのよ」

「お揃いの方が、カップルっぽいでしょ?」

「……そう、その通りね」

 

 ふい、と目を逸らされた。照れ隠し、だろうか。千聖さんがカップルという単語を意識しているとすると、考えれば考えるほど俺もまるでシンクロしたように顔が熱くなる。

 握った手の温度も少し上がっている気がした。

 

「じ、じゃあ後の時間潰し、一時間くらい?」

「映画館でもどうかしら? すぐ見れそうなものを適当に観るの」

「いいね」

 

 俺と千聖さんは映画館を目指した。偶々すぐ始まる恋愛映画の座席を購入し、クリスマスチキンのためにポップコーンは断腸の思いで購入を諦めた。ここで食べたら元の木阿弥だ、正直お腹が空いてきているけど、今日はバカみたいにチキン食べるホーリーナイトにするって決めてるんだ。

 

「こ、これ……もしかしてR指定のやつじゃ」

「みたいね」

「はは、流石千聖さんは平気か」

 

 映画はねっちょりぐちょぐちょの恋愛映画だった。なんというか、俺には刺激が強いから警告してほしかったというか、いやね、俺も十八歳、なんならこれより上のレーティングも観れちゃうんですけど、耐性がないんだよね。なんならお芝居だとわかってても俳優さんと女優さんのキスシーンで思わず顔を覆ってしまいたくなるくらいの耐性しかない。

 なのに、キスで済まない、いやなんならキスもねっとり絡み合うようにしてる。洋画では割とやりがちだけど、アレも苦手なんだよね。

 

「ち、ちさとさーん」

「……お静かに、でしょう?」

「で、でもだって」

「はいはい」

 

 濡れ場シーンなんて見れられなくて千聖さんに縋りついてあやされていた。子どもっぽい自覚はある、こんな男が千聖さんとデートなんて百年早いのも承知してる。

 でも、俺は握った手の指が俺の指の間をするりと入ってきた瞬間に、この手を離したくないって思ってしまった。

 俺はここで、芸能人に恋をしてしまっているんだということに気付かされた。

 




やっと両片思いになってくれました
次回も明日、同じ時間に
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