女優でアイドル、遠い雲の上だと思っていた白鷺千聖さんに俺は告白をされた。聞き間違えようも、勘違いもできない距離でハッキリと好きだと伝えられた。
ただ何かを言う前に電車が来てしまって、時間的にもチキンを取りに行くなら乗らないと、と促されて返事をする前にまた人込みに紛れてしまう。
「あのさ、千聖さん」
「……なぁに?」
「もっと二人きりになれる場所で、続きを話してもいい?」
「ええ、期待して待っているわ」
なんて余裕そうな表情をした千聖さんだったが、どうやら電車の乗り換えがあまり得意ではないらしく、乗り換えるために電車を降りると手を繋ぎたがるかわいい一面を見ることが出来た。これも惚れさせる作戦だったら、俺はもう既に罠に掛かった状態だろうけれど。
「本当はね、わかっているの」
「何が?」
「この時間は、夢で終わらせなければいけないんだって……私は白鷺千聖だから」
「千聖さん」
「だから本当はあの場で別れるつもりだったの、好きって伝えて……それっきり」
「それじゃあ、寂しいよ」
「そうね、だから私も手を離せなかった。八尋くんとのデートが楽しくて、幸せだったから」
もし、この手の中が手ぶらだったらそれもあったかもしれない。でも、俺の手には千聖さんが獲得してくれたお菓子が、千聖さんの手には俺が選ばされた下着と獲得したぬいぐるみがあって、それが決して夢ではないと教えてくれる。
「終わらせなくていいよ、千聖さんがそう願うなら」
「八尋くんに迷惑を掛けるわ……今日は大丈夫だったけれど、こんなことをしていたらいつか」
いつか、バレる時が来る。千聖さんは普通に恋愛することが許されないから。他の男女が、それこそ俺たちが今日すれ違っていた数多のカップルが感じている幸せを普通に感じてはいけない立場で、それがアイドルというものだから。
アイドルだから、誰かを好きになることを、あの何気ない日々に楽しいと感じたことを否定しなくちゃいけない。
俺の気持ちも否定されなくちゃいけないんだ。
「──俺も、千聖さんが好きだ」
「や、八尋くん」
電車を降りて、チキンを取りに行く道、人気が少なくなってきたタイミングで、千聖さんの手を引いて、俺も勇気を振り絞る。
この時間を夢で終わらせないために、この時間をもっと幸せな思い出にするために。
「今まで、俺は千聖さんの表面ばかり見てきた、アイドルで女優で、そんな芸能人の千聖さんだからって、それしか見てこなかった」
「それが私だもの、今まで見せてこなかっただけよ」
「でも、今日の千聖さんは紛れもなく、一人の女の子だった。笑って、拗ねて、照れて、そうやって色んな表情をくれた千聖さんを、手放したくなんてない」
「気のせいよ、私は……ほら今だって」
そう言ってサングラスで覆われた目を、マスクで覆われた口許を指す。ほとんど、千聖さんは素顔を見せてない。でも、それは通用しないよ。
だって抱きしめた時はそんなもの付けてなかったから。チーズケーキを食べている時も、ゲームセンターにいる時も、映画を見た時もイルミネーションを見ている時も。
「気のせいなんかじゃない、俺の知らない千聖さんをいっぱい見れたよ」
「……八尋くん」
「あの時、避けてごめん」
どこかで、俺はバイト先だったスタジオの閉店の責任を千聖さんに、いやガールズバンド全部に転嫁しようとしていたんだ。
ガールズバンドが流行ったせいで「RiNG」が近くにできて、そのせいで店が閉まったんだって、もっと前に決まっていたかもしれない俺の逆恨みの可能性だって十分にあったのにそれには都合よく触れずに。
「私は、諦めかけていたわ……八尋くんに会えなくなって、この気持ちも忘れなくちゃいけない──いいえ、実際に塞がりかけていた」
「そっか」
「でも、偶々会えて、デートの約束まで出来たあの日はファンには見せられない酷い顔をしていたわ」
きっとその顔はこんな顔だろう、と想像できる。嬉しくて綻んだ口許、僅かに染まった朱色の頬と隠し切れない喜びの表情、俺が今日知った、恋する千聖さんの表情だ。
そんな千聖さんの想いに気付くこともなく、勝手に気まずくなっていたなんてバカにもほどがあるよ。でも、悲しませなくてよかった。もしもあそこで約束も断っていたらこんな表情をする千聖さんは見れなかったんだから。
「私だって、本当はいっぱいいっぱいなの──余裕なんてもう保てないわ」
「うん、俺も」
「お別れ、しなくていいのよね?」
「したくない」
「いいの?
「それでもいい、千聖さんはここに一人しかいないから」
大変なことでも上等──というほどではないけど、ファンを裏切る代償は必ずあるだろうけど、俺はそうだったとしても、好きになった子と両想いだっていうのに手放すなんてことはしたくない。
「なら……私と付き合ってくれる?」
「よろしくお願いします、千聖さん」
「……ええ」
さっきまでとは違う形で手を繋いで、俺と千聖さんはチキンを取りに行った。事前に予約しておいた山盛りのセットに千聖さんは怪訝な顔をしていたけど、仕方ない。明らかにファミリー向けのセットを買ったからね。
「この量、一人で食べるつもりだったの……?」
「まぁ味は落ちるだろうけど、夜と昼に分ければいいや、と思って」
「私が一人いても大して消費量は変わらないわよ?」
「ケーキも買う? コンビニに売ってるかな?」
「……明日でいいわよ、それは」
両親が突如帰ってくる、または泊まって朝帰りの親とバッティングする危険性を踏まえて、結局俺はチキンと軽く泊まる用意をして千聖さんと松原さんのシェアハウス先に向かうことにした。
今頃フィンランドで何をしているかわからないけれど、松原さんには申し訳ない。部屋には決して入りませんので安心してください。多分ミスって入っても嫉妬と怒りのダブルコンボで俺は殺されるので。
「ご両親家にいないのは、お仕事?」
「仕事は普通に終わってるはず、その後にデートしてるんだよね」
「仲がいいのね」
「ホントに」
大学生の息子がいるのにね、色々あって下の子はできなかったけど、と父が言っていたこともある。両親のそういう話を聞くのは思春期的には結構厳しいものがある。
俺に予定があると知った両親はルンルンで仕事帰りのデート中だろう。何処に行ってるのか知らないがホテルも予約したとかいう聞きたくない単語が記憶に残っている。やだよ、今からの時間親が何してんのか想像するの。
「今から……そういえば、この時間帯のホテルは軒並み満室になる、というのは耳にしたことがあるわね」
「ハハ、クリスマスイヴは日本じゃ恋人の日だからね」
「そうね、私たちも例に漏れず……ね?」
「そうだった」
毎年のクセに愚痴ってはみたものの、今日はカップル側だったなということを目の前の超絶美少女を見て思い出した。明るいところだと常に顔を隠していたせいか、部屋の電気の下で見る千聖さんの顔はかわいいが過ぎる。しかもアイドル的なかわいいとかじゃなくてなんだか口許も目元もだらしない感じになってるのが余計に。
「ウチは……シングルベッドだけれど」
「ストップ千聖さん、気が早い」
「なんのことかしら?」
「わざと言ってるよね」
にやりと笑ってくる千聖さん、本当に人をからかうのも好きなようで、距離を詰めてきては俺を赤面させて喜んでるフシがある。
恋人になる前はちょっとしおらしかったのに、なったらなったでまた余裕に戻るんだもんな、ずるい人だ。
「お待たせ、お風呂上がったわよ」
「うん……って」
「どうしたの?」
「普段、その恰好?」
「ええ、花音とお揃いよ」
「かわいいね」
「ありがとう」
風呂上りの千聖さん、おそらく寝る時のスタイルだろうけれど、まさかのネコミミのついたぶかぶかのパーカーだった。黄色と水色でお揃いらしく、おそらく選んだであろう松原さんに賞賛の拍手を送りたい。サンタさんの捕獲、頑張ってください。
──ただ、一つだけ問いたいところがあった。オーバーサイズだから太腿近くまでパーカーの裾があってそこから先はレギンスなんですが。
「当たり前だけれど、履いてるわよ」
「うぐ……バレてた?」
「気にするだろうと思っていたもの」
そう思うなら今日くらい、男を泊める時くらい露出を減らしてくれてもいいと思うんだけど? スウェットとかないんだろうか。文句を言うが千聖さんにパーカーの裾をちょっとだけ摘ままれながら「どっちの方が好き?」と聞かれたらぐうの音もでない。今の恰好の方がえっちで好きです!
「お、お風呂ありがとうございました……」
「長風呂だったのね」
「ちょっと煩悩を払うために、熱めのお湯を使って」
「そう」
ちょっと光熱費とか気になったけれど、冷水でやったら死にそうだなと思ってやめた。
冷静に考えると俺は今、千聖さんちに上げてもらって、千聖さんちのリビングでチキン食べて、千聖さんちのお風呂を使ったんだよな、そしてまた千聖さんちのリビングで寛がせてもらってる。あんまり千聖さんちって言うとなんだか失礼な感じになってきた。
「なんか、不思議な感じ」
「なにが?」
「こうして、八尋くんが隣にいて、手を握っても、肩に頭をのせても許してくれるんだもの……まだ夢を見ているみたい」
「一応、現実だよ」
「なら……もっと、恋人らしいことしても、いいかしら?」
あまあまになった千聖さんはガチ恋距離なんてメじゃないくらいまで近づいてきて、顎を持ち上げておねだりのポーズ。流石の女性経験ナシの残念な俺でもこれの意味することは理解できた。一度、おそるおそる触れて、二度目は千聖さんから近づいてきて。ちょっと余裕そうなのが悔しくて三度目は不意を突いた。
「これでも、私……心臓ドキドキしているのよ?」
「見えないんだけど」
「お芝居しているの……余裕で、八尋くんをリードできる女性を」
「じゃあ……もっとしたら、お芝居じゃない千聖さんが見れる?」
「……ええ」
俺も正直、オーバーヒートしそうだったけど、甘ったるい雰囲気と流れに身を任せるという方法を確立したことで許されるまま千聖さんのプライベートに立ち入っていく。
ふと、女優なんだからキスの経験もあるんじゃないかと考えもしたが、そういえばアイドルだからそういうのはNGなのかと思い直した。真実がどっちであれ、こんな熱っぽい表情で見上げてくれるのは素の千聖さんだけだと信じたい。
「……そろそろ部屋に行きましょうか」
「あ、お、俺も千聖さんの部屋で寝るの?」
「いいけれど花音がいつ帰ってくるのか知らないわよ?」
「選択肢無い感じだね……」
というわけでそんな脅迫めいた言葉に押し切られ部屋にまで上げてもらう。割とシンプルだなぁとは思ったけどそれも千聖さんらしいのかもしれない。
でも言った通りシングルベッドしかないんですが、俺は床だろうか? ベッドに座った千聖さんが無言で右側を空けてくれて俺もとりあえず座らせてもらう。
「──って、なんで脱いでるの?」
「寝る時は脱ぐの、こっちの方が寝苦しくないし」
「そ、そうなんだ……って俺がいるんだけど」
「いいじゃない、八尋くんがいても……関係ないわ」
レギンスを脱ぎ捨てて迫ったきた千聖さんが、またパーカーの裾を、さっきよりも大きく、鼠径部くらいまで持ち上げた。
そうすると当然、ショーツが見えてしまうわけで。俺はその色と形状に見覚えがあった。
「それに……気になっていたでしょう? 私が何を、買ったのか」
「……それ」
「ふふ、こんなの普段は履けないじゃない……八尋くんがお泊りに来てくれなくちゃ」
黒色のショーツ、見えてはいないけれどアレだとするなら後ろ側はどうなっているのか、考えることはもうできなかった。
いや、ね、千聖さんはいつからこういう結末を見越していたんだろうか、するりとベッドの下から縦長の長方形のハコが出てきた瞬間、俺は一瞬だけ他にカレシがいる可能性まで考えてしまったよ。
次回が最終回です