吐いた息は白く   作:黒マメファナ

8 / 8
エピローグです


エピソード8(EP)

 結局、俺は千聖さんとシングルベッドで寝て、そして朝目が覚めた。言い訳のしようがなく、かつ限りなく言葉少なくするなら──朝チュンというやつだ。

 目が覚めて誰もいない時は死ぬほど驚いたが、リビングに向かうとそこには優雅な朝のティータイムをしている千聖さんの姿があった。

 

「あらおはよう八尋くん」

「お、おはよう……千聖さん」

「顔、洗ってきた方がいいわよ、あと寝ぐせも」

「そ、そうだね……じゃなくて」

 

 当の千聖さんはバッチリ完全体、白系統、クリーム色かな? のニットに茶色と黄色系のチェック柄の七分丈のスカートに黒タイツ、本当に俺が昨日選んだ服と似たようなもの持ってるんだから困ってしまう。

 

「お待たせ」

「紅茶でいいなら、八尋くんの分もあるけれど」

「お願いします」

 

 数分後、俺は服を着替えて再び千聖さんが待つリビングに顔を出した。

 なんというか、現実感がないというか。昨日の俺はクリスマスイヴの魔法に掛かった気分だ。勢いでデートして、勢いで告白をOKして勢いでこんなところにいて、泊まって。昨日のことを思い出すだけで顔から火が出そうになる。

 

「ち、千聖さん……昨晩は」

「私も、少し舞い上がった自覚があるから……何も言わないでもらえるかしら?」

「わ、わかった……うん」

 

 気まずいというか、むず痒い、世のカップルってこんな時間をどうやってやり過ごしているのか真剣に問いかけたい。特に昨日は24日なわけだし、問いただしたい。

 まぁそんななんの意味のない思考に時間を割くよりも、隣にいる自分の恋人に時間を使うことにしよう。

 

「さて、今日はどうする?」

「どうするって千聖さん、お仕事は?」

「ないわよ」

「え、ないの?」

「ええ、休みにしてもらったもの」

「二日連続って、一応売れっ子の仲間入りしてたよね?」

「そうね」

 

 そうね、じゃなくて。とにかく、どうやら俺の恋人はアイドルなのにクリスマスにも何も用事がないらしい。グループは若宮イヴさんがフィンランド、氷川日菜さんは双子の姉が所属しているバンドのライブに行っているためオフなんだとか。

 因みに松原さんは少し前に結構豪華な宿泊施設で寝ることを伝えてくれていたらしい。フィンランドの時差ってどんくらいだっけ。

 

「七時間ね」

「じゃあ、今は夜中?」

「そうね」

 

 夜中こそサンタさんを捕まえる絶好のチャンスだと思うが、どうやらみなさん良い子なので日付が変わる前には眠ってしまうのだとか、じゃあ無理か。

 松原さんの所属するハロハピというバンドがどうしてそもそもサンタさんを捕まえるなんて大作戦のためにフィンランドにまで渡航しているのか、謎すぎるけど。

 

「あそこはそういうバンドなのよ、私よりも忙しそうだもの」

「千聖さんよりって、よっぽどだ」

「本当よ? 私より朝早くに出かけて、夜遅く帰ってくるの」

 

 千聖さんも意外な一面というか素顔を沢山知れたけれど、同居人であり俺が千聖さん以外で最も雑談を交わした相手である松原さんも、色んな一面を持っているようだ。

 色々話したけど、千聖さん的にはまだまだデートがしたい、ということでいいんだろうか。

 

「ケーキ、食べるんでしょう?」

「そうだった」

「それに、今度は警戒されるかどうか、なんて心配しなくていいのだからデートスポットに誘ってもいいわよね?」

「もちろん、喜んで誘われるよ」

 

 とはいえ日中は千聖さんの美貌は嫌でも目立つ、パスパレや千聖さんのことを知らない人にも振り返る美人だから変装は必須だよね。デート中もバレないように気を遣うのは避けられない。

 

「そのことなんだけれど、一ついいスポットを知っているの」

「いいスポット?」

「ええ、変装にあまり気を遣わなくてよくて、かつゆっくりデートできる場所よ」

「そんな都合のいい場所が」

「あるのよ」

 

 そうと決まればすぐ出発、というわけにはいかない。俺が千聖さんの家から出るのはかなりリスクの高い行動だ。ここの警戒を最大レベルに引き上げなければいけない。まず最初に千聖さんが家を出て、ゆっくりと周囲を見回してから俺に連絡してくれる。

 

「あまり周囲をキョロキョロするのもダメよ」

「おっけー」

 

 ──こうやって、千聖さんと付き合うというのは沢山の障碍と向き合わなくちゃいけないということでもあるだろう。普通に恋愛して、イチャイチャするのは絶対にできない。きっと何年か経ってアイドルを卒業することになったとしても、変わらないんだと思う。

 でも、俺はそれでも手を離すことはない。あの日、千聖さんが一歩踏み込んでくれたから、俺を好きだって言ってくれたから。

 外に出ると昨晩の快晴の影響か、太陽の日差しがあるにも関わらず身を切るような寒さだった。それでも、隣で微笑む彼女を見るとすごく暖かい気持ちになって、空に向かって白い息を吐き出した。

 

 

 


 

 

 

 クリスマスから少し経ったある日の午後、私は羽沢珈琲店で花音と待ち合わせをしていた。

 既に年は明けて、大学の休みももうすぐ終わりという頃だ。流石に試験前の講義を軽く休むわけにはいかない。単位を取ることに集中しなければ、アイドルとしてファンに申し訳ないし、恋人として八尋くんと合わせる顔もなくなってしまう。

 

「おまたせ、千聖ちゃん」

「全然、待ってないわよ」

「ふふ……それで? あ、ホットのミルクティーでお願いね、お砂糖は一つで」

 

 私の向かいに来るなり、そんな脈絡もなにもない質問をしてくる。私が何も言わないでいると、常連らしく慣れた注文をしながらもう一度、同じ言葉で質問を投げかけてくる。その瞳には明らかな好奇心、恋バナへの興味を隠していなかった。

 

「別に、クリスマスから先、特に何もないわよ」

「私はクリスマスの話も、付き合った時のお話も千聖ちゃんからは詳しく聞いてないなぁ」

「私からは……じゃあ」

「うん、伊吹くんにはあらかた」

「じゃあ別に私に訊かなくてもいいじゃない、というか八尋くんに会ったの?」

 

 花音はまるで当たり前かのように「うん」と柔和な微笑みを浮かべる。私と付き合ったことで逆恨みも気まずい気持ちもなくなったせいね、再会した時の私なんてすごく対応が雑だったというのに。そう思うとやや嫉妬心めいたものが心の中で燻っていく。めんどくさい女だという自覚はあるけれど、あれからぽつぽつと連絡するだけなのだから少しくらい不安にさせてほしい。

 

「伊吹くんは、千聖ちゃんがかわいい、ってことばっかりだったし。ほぼノロケだったかなぁ」

「……そ、そう」

「そうすると、千聖ちゃんのお話も知りたくなるでしょ?」

 

 つまりは八尋くんの話は要領を得ないということかしら。なんとなくその気持ちはわかるわね。

 けれど、あの日のことを詳しくというわけにはいかない。私は私のイメージを護る義務があるのだから、相手が例え花音だったとしても、周囲に耳がある限りあまりおおっぴらに八尋くんのことを話すわけにもいかないのよ。

 

「──それで、翌日は水族館に行ったのよ、花音がおすすめしてくれていたから有意義な時間だったと思っているわ」

「そっかぁ、ふふ、参考になってよかった」

「ええ、帰りにはイルカの小さなぬいぐるみをお揃いで……いいえ、この話はいいわね」

 

 八尋くんは「お揃いだけど、千聖さんは家に置いておいて。俺が身に付けておくから」という配慮も欠かさない対応をしてくれて、その前の日にゲームセンターで獲得したぬいぐるみと一緒に飾ってある。部屋もシンプルで殺風景に思っていたから、そういう意味でも二つのぬいぐるみはいい効果を部屋にもたらしてくれている。

 

「今度は私がいる時におうちデートしない?」

「しないわよ、何が楽しくて花音が居る場にカレシを連れこむのよ、逆だったら絶対に嫌よ」

「そうかな、私はちょっと楽しそうだな……って思ったんだけど」

「……そ、そう」

 

 ズレているわよその感性、とは口にしないでおいてあげた。

 それに、三人で過ごしていてもし花音と八尋くんが仲良くしていたらと想像するだけで、自分でも驚く程嫉妬してしまっている。私って、思っていたより独占欲が強いのね。

 

「三人でお出かけとか」

「ないわね、絶対にない」

「私も、千聖ちゃんの恋人と仲良くしたいなぁ」

「嫌よ、それで三角関係に発展したら花音との関係も悪くなってしまうじゃない」

「ならないよ」

 

 それはどうかわからないでしょう。なにせ花音はかわいらしくて同性から見てもドキっとしてしまうくらいに魅力がある。体つきも、私より男子ウケがよさそうだし、八尋くんも花音にドキドキして鼻の下を伸ばすに決まっているわ。それに八尋くんの良さに花音が気づいて惚れてしまう恐れだってある。私の自然体を引き出してくれる、仕草や言動が花音の胸に矢を突き立ててしまったらと思うだけで気が気でない。

 

「……ふふ」

「何よ」

「ううん、伊吹くんのことになると千聖ちゃん、わかりやすいなぁと思って」

「もしかして……態度に出てる?」

「うん、とっても」

 

 花が咲くような、朗らかな笑顔でそう言われて私は苦い顔になってしまう。

 これでも、八尋くんをリードする余裕のある恋人を目指して必死に表面を取り繕っているつもりなのに、なんなら万が一バレたとしても私が付き合ってあげてるのよくらいに周囲から見られるくらいの言動を意識しているのに。

 

「高校生の頃から伊吹くんの前だとかわいいもん、今も変わらないんだろうなぁ」

「……隠そうとしていないのだから、もっと素直になれてるつもりよ」

「そっか、やっぱりデートするなら私も一緒がいいなぁ」

「絶対にダメよ!」

 

 花音はこう見えて一度決めるとなかなか曲げないところがある。中学の時よりも今はもっと、一体誰に影響を受けているのかしら。

 けれど私としても花音の前で八尋くんに甘えるわけにはいかないし、家でデートというなら、我慢しないといけないこともたくさんあるし。なにより八尋くんとデートできる時間、それがどれだけ貴重な時間なのか、まだ私にも想像できていないのに。

 

「予定が合わないのは寂しいね」

「けれど、なかなか会えないと文句を零したら、イベントに来てくれるって約束してくれたわ」

「そっか」

「まぁ、ファンの勢いに引かないといいけれど……」

 

 一応彼だって元はサポートでライブをしていた人だからそこまでノリを合わせられないというわけではないとは思う。本人は謙遜していたけれど、私は彼の音も好きだった。きっと聴かれていたと知ると嫌がるだろうからライブにお忍びで行ったことも、全部まだ秘密にしている。

 

「それより心配なのは──」

「──伊吹くんが来て千聖ちゃんがかわいくなっちゃうこと?」

「違うわよ」

 

 その心配が絶対にないとは言い切れないけれど、私だってプロだし八尋くんもそれを理解している。だから彼が軽率な行動を取ることも、それで私が素を見せてしまうこともない。

 問題というのは私以外のメンバーだ。日菜ちゃん、イヴちゃん、彩ちゃんも少し心配ね。何かあった時のために八尋くんの顔とか付き合う経緯とか共有はしているから。

 

「そのイベント、私も行きたいなぁ……ハロハピみんなで行こうかな」

「やめて、薫まで連れてこないで、色んな意味でめんどくさくなるから」

 

 日常は過ぎていく。花音と紅茶を飲みながらくだらない話をするのもアイドルではない私の貴重な休日だ。

 どうやら来週は冷えて、天気が崩れるから雪の可能性もあるのだと天気予報士がニュースで言っていた。風邪なんて引かないように、と彩ちゃんに言い含めた手前、私も体調管理にはいっそう気を付けないといけない。

 まったく、服を選ぶ時にマフラーでも手袋でもよかったのにとクリスマスのことを思い出す。また次のデートの時には、彼が選んでくれたものを着けていってあげよう。いつになるかもわからないけれど、私はそれがとても楽しみに思えた。

 ──外を出ると息が白く上へと灰色の空を昇っていく。ホワイトクリスマスにはならなかったけれど、雪の中を二人で歩くのもロマンチックじゃないかしら。家に帰ったらそう連絡をしてみようと私はふふ、とまた白い息を吐いた。

 

 

 

 

 




これにて完結です
勿体ないのでこの作品を作る上で考えたオリ主くんのプロフィールでも乗せておきます


〇伊吹八尋:大学一年生 177センチ 1月30日生 みずがめ座 O型 右利き
・電車で数駅の大学に通う悠々自適な大学生、父が中学教師、母が元幼児教育者の大学講師だが教育系の進路は全くと言っていいほど考えてない。
大学は文学部で音楽研究サークルに所属している。
高校時代は時折オーナーの知り合い経由でアマチュアから声が掛かるベーシスト、喫茶店併設の貸スタジオでアルバイトをしていたが三年生の秋にオーナーが突如「常夏の島で暮らしたい」と閉店、受験勉強をすると決め以来音楽活動もやめた。閉店理由を知らないため丁度近場に「RiNG」が出来ることを知りガールズバンドを逆恨みしていた。
 女性経験はない。中学高校と男子校だったことで女性と話すと極度に緊張してしまうため。千聖はアルバイト時代からの付き合いのため目を合わせなければ多少まし。
 凝り性で考え込む性格、優柔不断というわけではないが自分の中で難しい問題に直面するとしばらく動かなくなる。
 好きなもの:杏仁豆腐、卵スープ、複数人で盛り上がること(お祭り、ライブなど)
 嫌いなもの:チャーハンに麻婆豆腐が掛かっていること、ガールズバンド
 趣味:期間限定のお菓子のチェック
 特技:クレーンゲーム
名前の由来:伊吹=伊吹山(岐阜県と滋賀県の間にある山)、八尋=八尋白千鳥(大きな白い鳥)
 どちらもヤマトタケル伝説に登場する単語、地名から。没したヤマトタケルの霊魂が白い鳥になった。栃木県にある白鷺神社はこの鳥を「白鷺」として伝えている。



P.S. 作者本人はチャーハンと麻婆豆腐のセットがとても好きです
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。