「さぁ俺が遊んでやるよ、宇宙人」
「 このクソ野郎が 」
屍山の奥、尊鷹が別に出現した怪物と交戦している最中、鬼龍もまた怪物の内の一体と邂逅していた。
ブライアントの部隊を襲撃した怪物は既に臨戦態勢、もちろん鬼龍も同様、今すぐにでも戦いが始まる。
「都合いいぜ、クソ怪物同士勝手にやってろ」
その隙にブライアントは撤退を開始する、獲物と定めた標的が背を向けて走り出した、その姿に怪物の視線は理性の働きよりも速く本能的に向く。
そしてその一瞬の隙を鬼龍は見逃さなかった。
「よそ見をしたな」
龍腿による踏み込みは爆発的な加速で接近する、鬼龍が怪物の間合いへと侵入、そして空気を打ち震わせる霞打ちの衝撃が戦闘開始のゴングとなった。
空砲の音が1秒間に詰め込まれて連発、音速に匹敵する連打が怪物に浴びせかけられた。
「ほう…」
「流石、ビクともしないか」
「 クソ野郎が 」
怪物が踵で土を削り取って後退、なにしろ一発一発が人体を容易く破壊する鬼龍の霞打ち、特に絶え間なく浴びせられる連弾霞打ちはマシンガンさながらの圧倒的破壊力。
しかしそれを不意打ちに近い形で受けた怪物は健在。
「アーマーや肉体の強度だけで耐えたのでは無い…半分は防いだか、俺の霞打ちが見えているな」
「まぁそのぐらいはしてもらわないと興醒めだ、悪かったな、つい俺の優しさが出てしまった」
「ならばコレならどうだっ」
今度はより強く踏み込む、身を低くし突撃。構えたその手は貫手、その形から握り拳に派生するその技は憙一も怪物との戦いで見せた灘の技。
肉体強度を無視する浸透系打撃、塊貫拳だ。
「 クソしつこいぞ クソ野郎が 」
怪物もブレードを振るい迎撃する、無駄の無い最速最短の動作で振るわれるそれはその場の空間に銀色の残光を残して浮かび上がる。
それを鬼龍も紙一重で躱していく、刃が掠るかどうかの刹那の見極め、鬼龍の身に纏うコートのみが鋭く裂かれ、その下の表皮は無傷のまま。
(コイツは手慣れている)
(人間を効率的に殺傷することに慣れている)
(わざわざ急所の臓器を深く損傷なんてさせなくてもほんの薄皮一枚裂くだけで人を殺せると知っている)
攻撃を避けながら鬼龍は思考する、速く、浅く、しかし無駄の無い動きはどの箇所にどの程度の深さで斬り込めば致命傷となる出血を与えられるのか完全に熟知した動き。
「だが隙ありだ」
しかしチャンスは訪れる、何度も躱す内に痺れを切らしたのかほんの僅かにだが動作の大きい斬撃、それを躱した鬼龍が塊貫拳を打ち込もうとする。
「! おっと」
しかし踏み込むのを中断してその手を素早く引き戻す、すると腕が伸ばされようとしていた空間を返す刀で振るわれた怪物のブレードが通過する。
「誘ったな」
鬼龍がニィーと獰猛かつ満足気な笑みを浮かべた。
「攻撃に合わせて伸ばした腕を縦に裂く、成る程、決まればそれで決着だな」
「刃物と素手のアドバンテージだ、接触させる事そのものが反撃として成立する刃物は切っ先を向けて構えるだけで素手相手に防御として成立したりする」
「 …… 」
「特に殴打や掴みにかかる腕を切り裂くのは効果的だ、相手は心理的にも容易に手が出せなくなる」
「とは言ってもそれは所詮、路上で行われるチンピラ同士の喧嘩の話、目敏く隙を演出する小賢しさは褒めてやるがそれでは俺に血を流させる事など出来ない」
「本物の妙技って奴を見せてやるよ、刃物にも引けを取らない灘神影流の本物の殺法をな」
「 クソみてぇな 野郎だな 」
怪物が動く、鬼龍の発言を一笑に付すかの如く堂々と間合いに侵入、そのままあの無駄無く急所を狙う高速かつ執拗な斬撃を繰り出し始める。
「はーっ、やはり死を感じてこそ滾るものよっ」
また鬼龍と怪物の間の空間に刃の鋭い銀の軌道とそれを躱す鬼龍の残像が高速で展開されては空へと消えていく、流血はほんの一滴たりとも流れてはいない。
しかし遂にその均衡が破られる、戦闘開始から初めての流血が訪れたのだ。
「フェイントか」
鬼龍の頬に赤い一筋が浮かび上がる、怪物の刃の軌道が変化した。手首や肩の僅かな動きの変化が刃の軌道を時に大幅に、時に変則的な軌道に変化させる。
最速最短かつ即致命傷の殺傷能力はそのままにフェイントや斬撃の途中で変化する軌道は、鬼龍の動体視力と戦闘経験を持ってしてもその身を掠らせた。
「やはり醜いだけの怪物ではない…」
一滴の血液が滴り落ちる、相手が自分の動きに対応し始めた。その事に恐怖よりも喜びを感じるのが鬼龍という男、相手が抵抗する強者であればあるほどそれを捻じ伏せる歓喜に嗤う悪魔の様な男。
ニヒルな笑みの中に獰猛さと凄惨さが滲み出る。
「面白い、どっちが本物の怪物か決めようぜ」
繰り返される斬撃、それが鬼龍の身を掠める事が増えてきた。しかし鬼龍もまた対応していく、刃そのものではなく怪物の篭手に守られた腕の部分を弾いて捌いていく。
やがて空を切る音に変わって鬼龍が怪物の刃を捌く衝突の音が響き渡るようになってくる。
「はっはーっ、軌道が単調になってきてるぞっ」
「そらよっ、捕まえたぞ」
今度は鬼龍がその均衡を崩す、鋭く横薙ぎに振るわれた刃は鬼龍の腿を裂こうとしている、その瞬間を見切り鬼龍が動く。
強靭な龍腿による膝蹴りに似た押し上げで刃の腹を下から弾く、それと同時に上からは肘を振り下ろす。
肘と膝、二つの強固な部位により刃を上下から押さえつけた、切っ先は鬼龍の脇腹の空間を通過し、それ以上何処にも動かせない。
「さぁ待たせたな、妙技を今食らわせてやる」
そして空いた片方の手は既に塊貫拳の構えに入っている、至近距離かつ片腕を押さえられ、その上防御不可能な技が回避不可能の状態で繰り出される。
鬼龍が塊貫拳を怪物目掛けて放つ、その時。
「 だが隙ありだ 」
怪物が刃の飛び出す腕を引いた、鬼龍に見切られ止められているはずの右腕を引いて戻した。
「なにっ」
止められたブレードをガントレットに収納したのだ、これを狙ってのことだった。刃による攻撃を印象付けた後、それ以外の方法で虚を突く作戦。
刃は戻り無手となる、しかしそれでも人間を充分に殺傷する破壊力を発揮できる、収納と同時に引いた腕は既に振り被られている。
そして人間の頭蓋骨など簡単に陥没骨折させる殴打を鬼龍の顔面目掛けて放った。
「おおっ」
寸前で顔面をガードする鬼龍、怪物の拳が鈍い音を立てて命中、激しく後方へと吹き飛ばされた。そのままダァーンと音を立てて背後の木々に叩きつけられる、蹌踉めきながら木から背を離す鬼龍。
「あっ 一発で折れたッ」
そのガードした左腕は完全に骨折していた、殴り抜いた怪物の余りの身体能力の前には数え切れない強者を屠ってきた鬼龍の鋼の剛腕でも耐えられない。
コートの上からでも分かるくらい完璧な骨折だ。
鬼龍の額から脂汗がつたる、悪魔を越えた悪魔と呼ばれても人間であることは変わりない、肉体を破壊されれば痛みの反応は存在する。
「ク、クーククク…」
「コレでおあいこだな、怪物…」
苦痛に顔を歪ませながらも鬼龍は尚も嗤う、その目の先では怪物が無機質なマスクの顔面を殴り抜いた自らの右腕に向けていた。
「 ……? 」
訝しげ、もしくは解しきれぬ様に自らの右腕を観察する、まるで全くの無傷のその右腕に、あり得ないことが起こっているかの様に。
「言っただろう…妙技を味あわせてやると」
「灘神影流 “幻魔拳” 」
炸裂していたのは怪物の拳だけではなかった。怪物が放った右腕の殴打、それが鬼龍のガードした左腕を破壊したその時、吹き飛ばされる直前、のけぞる身体の反動を利用して鬼龍は右腕で怪物の伸ばされた右腕に技をかけていた。
その名も幻魔拳、一見何の損傷も無い怪物の右腕、だが怪物の感覚と視界の中では違う、肉が大きくえぐり取られた様に損壊、中の骨がくっきりと見える程に、内部から爆発でもしたかのような激しく損壊を与えられた。
「 ……… 」
「不思議だろう、肉体的に大きく劣る素手の相手からそれ程のダメージを受けるなど」
「実際に傷を負っているわけではない、だが実際の損傷よりも遥かに大きなダメージを脳に錯覚させる、それが幻魔拳」
「原理を説明するつもりはない、例え俺の言葉が通じていても理解できないだろうからな」
「ククク、俺を出し抜けたと思ったか?片腕を欲すれば自らも片腕を差し出す、覚えておけ、戦いに優れた存在はお前達だけでは無い」
「 ……… 」
「 遊んでやるよ 宇宙人 」
スッと怪物がマスクに手を掛けそのまま外す、顕になったのはかつて鬼龍も米軍の資料で知った、怪物との遭遇から生還した者達が残した報告に違わぬ、恐ろしく醜い異形の顔面だった。
「ふん、醜い面を晒して本領発揮か」
「知っているぞ、顔を相手に晒すのはお前達の敬意を意味すると、気に入らん傲慢さだ」
「俺がその顔を更に醜くグッチャグチャに…」
片腕を破壊されても闘志衰えぬ鬼龍が冷笑的な言葉と共に戦闘再開しようとしたその時、怪物がそれよりも速く動き出す。
取り外したマスクを素早く鬼龍目掛けて投げ付けた。
「!!」
反射的にそれを避ける鬼龍、そして投げ出したのと同時に怪物は駆け出している、すぐさま間合いに侵入。
「なにっ」
「幻魔を受けた腕で攻撃だとっ」
鬼龍に少なからず驚愕がもたらされる、怪物が突き出した拳は幻魔拳を受けて破壊の感覚を植え付けられた方の右腕だ、その圧倒的な苦痛を知る鬼龍にとっては予想外な攻撃。
「チィッ」
しかしそれも凌いで見せる、腕が折れている左側から迫る高速の殴打を右腕でブロック、しかしその体勢に怪物の追撃が突き刺さる。
「! はうっ」
空いた脇腹へと鋭いミドルキック、鋼鉄のブーツに覆われて更に威力を増している一撃が鬼龍の肋骨に命中した。
「おおおっ…っ」
もう一度吹き飛ばされる鬼龍、血を何度か転がり止まる、苦痛の呻きと共に蹌踉めきながら立ち上がる、その蹴られた箇所、コートの下から血が滲む。
「は、はーっ、獣以上の闘争本能かっ、あ、甘く見たぜ…一撃で肋骨も折れたッ」
「!! なにっ、速い!」
怪物の猛攻は止まらない、一瞬にして鬼龍に迫ると幻魔を受けた筈の右腕も含めたコンビネーションを放つ。
残る右腕で損傷した脇腹を押さえていた鬼龍は対応が遅れる、その全てを防ぎ切ることが出来ない。
「ぼうっ」
パァンという破裂音の様な響き、腕のコンビネーションに何とか回避が間に合った、そう思った瞬間に突き刺さる怪物のロー・キック。
鬼龍の強靭極まる龍腿が悲鳴を上げて軋めく。
その隙にトドメの一撃と言わんばかりの後ろ回し蹴りが鬼龍の腹筋ど真ん中に命中、今までよりも最も大きく速く、鬼龍を車に跳ねられた勢いで吹き飛ばす。
「ゥ」
「……」
転がるどころか何度か地面をバウンドする鬼龍、うつ伏せに倒れた後は起き上がらない、怪物も内臓破裂による死亡、勝利を確信する。
しかし勝利の余韻たる静寂はほんの数秒、悪魔を越えた悪魔と呼ばれし男は立ち上がる。
「み、認めてやる…ほんの少しだけな…」
「こ、これが硬気功…内臓破裂する衝撃さえも防ぐ気膜の防御だあっ」
左腕は骨折し折られた肋骨が突き刺さる、致命傷である内臓破裂こそ免れたが腹筋への一撃は確実に体力気力を大幅に奪う、それでも立ち上がっていた。
「……」
怪物にとっては予想外、しかしどう見ても死に体であり反撃の余力は無い。トドメを刺すべくプラズマ・キャノンの照準を鬼龍へと向ける。
そして光弾が発射され鬼龍の肉体が吹き飛んで四散する2秒前、鬼龍が最後の力で動き出す。
「はあっ」
「!」
素早く取り出して投擲したのは鍼治療などに使われる様な細く鋭い針、何故かベルトのバックルに仕舞われていたそれを怪物目掛けて投げ放った。
鋼鉄のマスクに覆われた顔面に迫る針、防がずとも傷など負うはずもないが、視界に飛来する物体に反射的に意識が向く、その隙に鬼龍は接近した。
「オオッ」
「はーっ、灘神影流! “硬布風車”ッ」
接近した鬼龍に突き出された怪物のブレード、それに合わせて灘神影流の技が繰り出される。鬼龍のロングコートが広げられて高速回転、魔法使いのマントさながらに怪物の腕に絡み付いて拘束する。
「!?」
灘神影流、硬布風車。身に付けたものを武器とする系統の技であり、衣服を着脱し、手に取り、広げ、高速回転という動作を一瞬の内に完了させる、名の通り風車の如く高速回転する布は相手の視界を遮り絡み付いて動きを封じる。
「トドメを刺すときが最も油断するものだッ」
「……!」
故に怪物の突き刺しは鬼龍に当たらず、腕に巻き付いた鬼龍のコートがその動きを遅らせた、コートを貫通した刃を横薙ぎに振るうその攻撃を遅らせた。
それ故に、最後の最後まで隠し通していた鬼龍逆転の一手が怪物の攻撃よりも速く炸裂し間に合った。
「これが俺の奥の手だっ」
「!?…ォォッ!」
鮮血が舞う、真緑の蛍光塗料に似た色の怪物の出血が噴き上がる。振るった刃の伸びる怪物の右腕が、切断されて血を巻き散らして回転しながら宙を舞った。
鬼龍の右腕、コートの下に隠されていたその右腕には、ブレードを展開させるガントレットが装着されていた、その刃が怪物の腕をコートごと切り飛ばした。
「お前の同族からの贈り物だ」
「!!」
憙一が倒した怪物の、ブライアントが押収した装備を確認した際にガントレットを持ち出していた。
「一つのパターンの攻撃を印象付けて不意を突く…」
「考える事は同じってなあっ!」
「オオオオッッ」
怪物が咆哮した、録音した言葉を使った皮肉的ニュアンスの音声や冷徹さ故の無言ではない、苦痛を掻き消し迫る死を跳ね返そうとする闘争本能の叫び。
残る腕の鋭い爪を利用した貫手が鬼龍の心臓目掛けて放たれた、赤い人間の血、鬼龍の血も巻き上がる。
「ど、どうした…宇宙人…」
「!!」
ただし、盾として胸の前に出された鬼龍の左腕から。
「わかりやすく急所の臓器を狙うなんてな…動揺して冷徹さを忘れてしまったか…?」
「…!」
「お、折れた腕も盾くらいにはなる…そして…」
「急所でないなら痛いだけだっ、痛みだけでは殺せない、殺すとは…致命傷とはこうっ!」
鬼龍が残る力の全てを使って突き刺した、下からアッパーの如く突き上げる刃は怪物の喉から入りそのまま頭頂まで貫通した。
「カッ…」
「…確かにお前は強い…だが覚えておけ、獰猛な“龍”を狩る事など誰にも出来はしないと…」
「……ゥ」
鬼龍が刃を引き抜き、全身を真緑の血で濡らした怪物はゆっくりと仰向けに倒れていく。
最後まで鬼龍を見るその目、その表情、人間の物とは似ても似つかぬその顔は、満足気に笑っているのだと鬼龍は理解した。
「ふん、最後まで気味の悪い奴め…」
「は、はうっ…」
完全に倒れ伏してもう立ち上がることはなくなった怪物、血を流し過ぎたのかふらついて片膝を付くが鬼龍はまだ生きている。
目は霞み意識は朦朧とし立ち上がる余力も無く傷口が熱を持つ、それでも生きていた、紛う事なき鬼龍の勝利、だがその代償は大きかった。
「 鬼 龍 ! 」
そしてそこに憙一と尊鷹が到着する、それぞれの戦いを終えた者達が今一度集結した。
「憙一か、遅かったな…此方はもう終わったぞ」
「! 死んどる…鬼龍がやったんか?」
到着した憙一飲めに飛び込んだのは血に濡れて満身創痍の鬼龍と、そのすぐ近くで片腕を失い事切れた怪物の亡骸、何があったかなど明白。
「此処に俺の他に誰がいる…そっちはどうだ?ブライアントのチームが襲撃されたと無線で聞いた、そこに行っていたんだろう」
「取り逃がした、だがもう自爆は出来ない筈だ」
憙一に変わって尊鷹が答える、当然の事だが鬼龍にとっても尊鷹はよく知った関係、しかし此処にいる理由が不明、それでも鬼龍は大体の見当をつける。
「尊鷹…なぜ此処にいる?そうか…ブライアントのチームに紛れていたんだろう、コソコソ変装して潜り込むのはお前の得意分野だものな」
「鬼龍…やはり手強い相手だったか、お前であってもそれ程の死闘を繰り広げるとは」
「あぁ、確かに強くはあった…ほんの少しだけ…な」
「へっ、相変わらず見栄っ張りなオッサンや、血の気が引いて唇が紫色に為っとるやろがい、後はワシと尊鷹に任せて山を降りたらええんじゃ」
「おいコラ憙一、お前誰に生意気言ってる」
「そうだ、無理をするな、龍と呼ばれようともお前も人間、全盛期を疾うに過ぎ肉体も老い衰え始めている」
「昔のお前ならいざ知らず、今この怪物達の相手をするのは危険だろう、熟達した個体なら尚の事だ」
「ほざくな尊鷹、今度は本当に殺すぞ」
鬼龍の言葉は完全な強がりでしかないが、そうとは思えない気迫がその目にはある、これが悪魔を超えた悪魔と呼ばれし男の矜持、しかし今さらそれに気圧される様な憙一と尊鷹ではない。
呆れたように片膝を付く鬼龍を見下ろして言う。
「あーあ、もう無駄や尊鷹、一度言い出したらテコでも動かんでこの不良中年は」
「そうだな、鬼龍とはそう言う男だ、では…」
「しゃあっ」
片膝を付き肩で息をする死に体の鬼龍に尊鷹が突然攻撃を仕掛けた、余りの予想外に憙一も鬼龍であっても反応などできるはずもなかった。
尊鷹の人間を超えた軽やかさと強靭さを持つ鳳腿の蹴りは日本等の如き鋭さを持つ、その一撃が鬼龍の顎先を捉え、パァンという乾いた音が響く。
「なにっ」
「はうっ」
弱りきったところに受けた尊鷹の蹴撃は鬼龍の人外的なタフネスと精神力を持ってしても意識を失わざるを得なかった、うつ伏せに倒れ気絶。
「どわーっ、怪我人に何しとるんじゃあっ」
「少し眠ってもらうだけだ、お前の言う通り鬼龍は意地でも己の意志を曲げない男、安心しろ、ダメージは殆ど無い」
「…まったく、流石は灘神影流の長兄、鬼龍も勿論やがその兄のアンタも大概めちゃくちゃや」
「褒め言葉として受け取っておこう、さて…鬼龍をこのままにはしておけないな」
「せやったら尊鷹、鬼龍を連れて行ってくれ」
「…大丈夫なのか?」
喜一の提案に尊鷹も表情をやや険しくして問う。
「山の奥にはブライアントから逃げた一体と私が戦った一体、最低でも二体の怪物が潜んでいる」
「しゃあけどワシが戦ったアイツはライフルで撃たれて死にかけやし、もう片方もアンタとの戦いで手負いで装備を封じられとるんやろ」
「安心せぇ、それでも油断してヘマこいたりはせんわ、鬼龍とついでにブライアントも見つけて麓まで連れて行ったれ」
「まぁ此処にいないところを見るに戦いを鬼龍に任せて山を降りたのかもしれんが…ともかく尊鷹の言う通り鬼龍を此処には置いておけんやろ」
「…ウム、解った、私は鬼龍を連れて一旦山を下ろう、その後でまた戻って来る」
「それまで油断するなよ、憙一」
「これは予感だが…何か不吉な気配を感じる、まだ私達の知らぬ脅威が潜んでいるかのような」
「奇遇やのお、そういう嫌な予感なら…今ワシもビンビンに感じ取っていたところや」
憙一が生い茂る木々の奥を睨む、その先に更なる苛烈な闘争とそれをもたらす何かの存在を見据えていた。
・
・
・
【ほう】
リーダー格の怪物は意外そうに呟いた、予想外だが動揺は無い、そんな正しく意外と言った感情。
【奴の生体反応が消えた、殺られたのか】
【自爆装置は作動していない、純粋に闘争の果て一息でトドメを刺されたというわけか】
そのマスクには群れを率いる者の特権の如く、仲間の現在地や状態を把握できる機能が備わっている。たった今、仲間の最後の一人が絶命したことを知る。
自ら制裁として手を下した未熟な者達ではない、遥か以前から己の狩りに同行している本当の意味で仲間と呼べる同族。
それでも悲しみは無い、狩りの中に置いて死した者を悼み悲しむという概念はこの種族、この生命体には存在しない。
【この星の連中も存外に抵抗するものだ】
【共に成人の儀を生き延びた、奴の実力は知っているがまさかこんな星でくたばるとは思っていなかった】
【面白い、雑魚に無様なクズ共…興醒めしていた所だがどうやら楽しめる獲物もいるみたいだ】
リーダー格の怪物は悠々と仲間の生体反応が途絶えた位置を目指して移動を始める、今や自分一人となったがそれでも危機的な状況だとは微塵も思っていない。
その背後、切り裂かれた傷から血を流し、木に寄りかかって動かなくなった同族を背に歩き出した。