TOUGH ハンティング・ファイト   作:ポジョンボ

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終,事の顛末

 

 

屍山奥の開けた場所、生温さも冷たさも感じさせない静かな風が草木を揺らして両者を取り巻いていた。

 

激戦に次ぐ激戦、流血を超えた流血、その果てに今この屍山の中で立っているのは二人の戦士。

 

 

「結局、最後に残ったのはワシら二人か」

 

 

熹一が辺りを見渡してそう言った、気を失い横臥する鬼龍、尊鷹、ブライアントと何名かの隊員。

 

怪物の手に掛かり命を落としたプレデターズ・ファイトの参加者、特殊部隊の隊員達、そして新たに現れた数体の怪物も今や皆、屍となって地に伏せる。

 

今、熹一と相対する目の前の個体を除いて。

 

 

【………】

 

 

プレデターズ・ファイトの最中、最初に姿を現して参加者を殺戮し、熹一と戦った個体。

 

この怪物もまた連戦を得て傷を負い、体力も集中力も尽き果てて尚、戦うのをやめずここに立っている。

 

二人の戦士は当然何をするべきなのか解っている、意味や意義も必要の無い純粋な闘争のための闘争、相手もそれを望んでいると知っている。

 

 

「もう言葉は要らんやろ」

 

【ウム…】

 

 

互いの言語は解らずとも何を言っているのか理解できる、戦士にとって一度相まみえる事は時に和解や共感と言った平和的交流よりも遥かに大きな意味を持つ。

 

頷きと共に構える怪物、腰を落とし、右足を半歩前に出す、両腕を立てて顔と胸の前に、素手によるファイティング・ポーズ、当然熹一も同じ構えを取る。

 

 

そして静寂が訪れた、張り詰めていく緊張感と闘気により風が凪ぎ、相手の一挙手一投足を見逃さんとして互いの両目は見開かれ、考えられる全ての展開が脳裏に浮かびその中から最適解の攻防の流れを既に組み立て始めている。

 

時が止まったかのような静寂、それが破られる時、何方かが散り何方かが生き残る、最後の戦いが始まる。

 

 

「行くで」

 

 

短い一言、猛々しい雄叫びや己を鼓舞する言葉ではなくただその短い一言で最後の戦いは始まる。

 

熹一と怪物が地を蹴り出して飛び出したのは同時。

 

それぞれの技が相手に向けられて交差する衝突、風を巻き立てた刹那、パァンという空砲の様な音が鳴る。

 

 

「…」

 

【…】

 

 

交差して相対したのは拳と脚、拳打と蹴撃、正反対の一撃だった、熹一の蹴撃、怪物の拳打。

 

それらが交差する、熹一のロー・キックが怪物の左足に命中、しかし直撃では無い、防がれている。

 

怪物の突き出した拳も同様、熹一の右腕によって弾かれ、僅かに逸れた軌道は熹一の顔面の横を紙一重で通過する、パァンという二つの音はピッタリ同時に重なっていた、互いの攻撃を防ぎ合う音。

 

どちらも初撃は不発、しかしそこからが始まり。

 

 

「しゃあっ」

 

【オオッ】

 

 

そのまま飛び引く事も体勢や位置を変えることもせず、その場に立ったまま、超至近距離での乱打の応酬を展開し始めた、互いに拳のラッシュを繰り出し、それと同時に相手の拳打を捌いて防御していく。

 

空砲の音が連続して絶え間なく鳴る、ボッボッという空気を突き抜ける音にパァンという衝突音、そして残像を残すほど速い拳打の軌道。

 

両者の間、1メートルもないその空間に凄まじいレベルのラッシュが高密度で出現している。

 

 

【はうっ】

 

 

先にラッシュの均衡を破ったのは熹一、ラッシュのテンポを急速に上昇させ、相手がそれに対応しようと同じく速度を上げようとしたその僅かな時間、隙などととても呼べないその一瞬を熹一はものにする。

 

他の怪物のブレードにより損傷した脇腹の傷を抉るようなボディ・ブローが炸裂、怪物は堪らず呻いて後退した。

 

 

「なにっ」

 

 

しかしそのまま追撃を許す様な怪物では無い、仰け反り怯む体勢からダメージを無視して持てる最大の速度で反撃、追撃を仕掛けようと一歩踏み出しかけていた熹一目掛けて前蹴りを繰り出す。

 

そしてそれは熹一の強靭な腹筋に命中、一撃で内臓破裂させ死に至らしめる威力はもはや無けれど、不意を突く形のその一撃は確かなダメージとなる。

 

 

「忘れてたわ…お前めっちゃタフなんやったな」

 

【筋肉を硬化させるあの時の技か…】

 

 

寸前で気膜による防御を施している、後退りすれど膝は着かず、一度軽く咳き込むとすぐに構え直す。

 

怪物もまた同様、次の攻防を開始する準備をする。

 

 

「しゃあけどだからこそ一層燃え上がるんやっ」

 

 

またも同時に踏み出し一陣の疾風と化して激突、また拳打の応酬を繰り広げるかと思えば、怪物がフェイントを混じえた変化球の一撃を放つ。

 

 

「!!」

 

 

激突の寸前、一歩ステップを踏む様に前ではなく後ろへとその身を素早く反らした、そして身を引いた反動も利用して拳による殴打ではなく強烈無比な肘打ちを仕掛ける。

 

身を引いて弓なりとなった姿勢から繰り出された勢いの乗った肘打ち、ワンテンポ遅らされたその一撃は相手の回避や防御のタイミングを土壇場で惑わせる。

 

 

「灘神影流 “弾丸滑り” 」

 

 

それでも目の前の敵、熹一は対応してみせると怪物も解っていた。極限究極の集中状態の中で熹一はどんな攻撃も受け流す、こめかみを捉えたはずの肘打ちの威力は全て受け流される。

 

そしてそのエネルギーを利用して高速の一回転、全身を使った受け流し、そして次なる攻撃への布石とする、その流れを怪物は理解していた。

 

 

【エネルギーの流れが解る】

 

【ここだ】

 

「なにっ」

 

 

怪物の行動は熹一の磨き抜かれた戦闘予測の読みを持ってしても予想外だった、弾丸滑りからの塊貫拳、まだ攻撃の構えが終わっていないところに来るそれは本来ならば回避も防御も間に合うはずのない必中必殺。

 

しかし怪物は受け流した、“弾丸滑り返し”。同族との戦いの中でその目で見た弾丸滑りをも会得しているとは考えもつかなかった。

 

パァンという一際大きい空砲の音が鳴った、弾丸滑りからの弾丸滑り、そうして放ったストレートが熹一の顔の中心を捉えて吹き飛ばした。

 

前を向いた姿勢のまま、トラックにでも跳ね飛ばされたように飛翔、そして背中から地に落ちた。

 

 

【当たった…】

 

【勝ったのか…?】

 

 

確かな手応え、万全の状態なら互いのエネルギーを合わせた一撃は首から上を吹き飛ばしただろう、相手の頭部を致命的に破壊した感触は無い。

 

しかし間違いなくクリーン・ヒット。絶命、再起不能、少なくとも気絶による戦闘続行不可能は確実と思える手応えが伝わってくる。

 

事実、背から地に落ちた熹一は起き上がらない、うめき声も足掻く事もしない、それでも勝利を確信出来ないのは何故なのか。

 

怪物にはまだ相手が起き上がってくるであろうという確信があった。それは悲観でも期待でもない奇妙な確信、そしてそれは正しかった。

 

 

「お、お前…」

 

【!】

 

「ホンマにめっちゃ凄い奴やん…」

 

 

熹一が立ち上がった、顔面の中央を、弱りきったとは言えまだ人類のそれを超えた身体能力の怪物のストレートで打ち抜かれて尚、熹一は立ち上がる。

 

 

「けどな…ワシもめっちゃタフやねん」

 

 

強靭極まる両足はガクガクと軋むように震え、視界は霞みながら揺れ動き、手の感覚は消えかかって行く、一撃で肉体に宿る力のほとんど全てを奪われた。

 

それでも立って戦おうとしていた、熹一にとってこの極限の死地は初めてではない、熹一が本当に戦ってみたいと思う相手との戦いはいつだってこうだった。

 

 

【見事だな…】

 

 

互いに満身創痍の中でまた両者は一歩を踏み出す、辺りを取り巻く空気は静寂に満ちている、まるで屍山全体が戦いの決着を見守っているかのような静寂、二人だけの世界。

 

そしてその時はついに訪れる、熹一が飛び出し、怪物が迎え撃つ、勝者をこれで決める最後の攻防。

 

熹一の渾身の一撃、怪物は今や弾丸滑りをかなり高度なレベルで会得している、熹一の突き出された拳が迫る、そして受け流し、回避不可能の反撃を繰り出そうとするその瞬間。

 

 

【なっ】

 

【なんだあっ】

 

「幽玄真影流、“蛇舌拳”」

 

 

到底信じられない情報が視覚から脳に通達、余りの驚愕に動きを停止さえしかかった。飛び込んでくる熹一の姿が変化する、身を低くしたタックルのような突進、その腰から上の上半身が三つに分裂した。

 

そうとしか表現は出来ない、真ん中、左右に三つの熹一が、走り寄る下半身はそのままに、それは余りにも異様過ぎる光景だった。

 

勿論、熹一が突然異形の怪物と化した訳ではない、だがその三体の上半身は疲労や混濁によって視界に生じたブレの様なものではない、ハッキリとした輪郭を伴って見える。

 

 

【“未知”の“技”!?】

 

 

ここに来て新たな妙技に怪物は驚愕する、怪物は灘・真・神陰流当主である熹一と相対したが、まだ灘神影流の技しか見ていなかった。

 

幽玄真影流、朦朧拳は目の周辺視野を利用し独自の高速移動法で相手の視界にリアルな幻影を出現させる技、特に幽玄の四人の達人たちはそれぞれがその朦朧拳を極めた末に発展させた独自の技を会得していた。

 

 

「しゃあーっ」

 

 

蛇舌拳はそのうちの一人、熹一もかつて相対した男の技。上半身の幻影を生み出し、その幻影越しに拳打を見舞う。

 

大蛇の異名を冠するその男の伸ばされた幻の顔、その口内から伸びる拳、それこそが蛇舌の所以、迫りくる顔面を打ち抜こうにもそれは幻、カウンター返しが直撃する。

 

熹一もまた朦朧拳を習得しており、過去に見た技を取り入れて実戦した、取り込んだ物を発展させるのは熹一の何よりも得意とする事だった。

 

 

【チィーッ】

 

 

どれが実体でどれが幻か、迫る幻影とその奥で狙いを定める魔拳は思考する猶予など与えず、弾丸滑りによる受け流しのタイミングを計るなどもはや不可能。

 

カウンターを止めて迎撃に出る、三つの並んだ上半身を纏めて薙ぎ払うような回し蹴り、その三つとも感触無く空を切る、空間に溶け込んで消えていく残像、見えていた全てが幻。

 

熹一の実体はそれよりも上、残像を残し飛び上がっていた、そのまま落下の速度をつけて攻撃に移る。

 

 

【好機ッ、如何なる技法か分からんが踏み込みも出来ぬ空中ではどう動こうと誤魔化しようがない】

 

 

回し蹴りの勢いのまま一回転、そしてその回転の速度を全て乗せた二度目の上段回し蹴りで上方から迫る熹一を迎え撃つ。

 

幻影を生み出す技の正体は独自の歩法や高速移動にあると予想した怪物は空中でならその動きで撹乱するのは不可能だと考えた。

 

しかし熹一にはもう一つの回避の技があったということ失念していた、上段回し蹴りが命中、しかしそう見えただけ。

 

 

「灘神影流 “弾丸滑り”」

 

【なにっ、しまった!】

 

 

空中でも弾丸滑りは使える、極めた幽玄や灘の技は重力を無視した高い次元での瞬間移動を可能にする、それに比べれば空中での弾丸滑りは極限の集中状態に突入した熹一にとっては造作もない。

 

弾丸滑りからのカウンター蹴撃が怪物の脳を揺らす、堪らず後退し崩れ落ちそうになる足を踏みとどまらせる。

 

 

【ううっ、残像と受け流しを使い分けるのかあっ】

 

【ならば…】

 

「!?」

 

怪物が次なる一手を打つ、完全に目をつむり、前に伸ばした手は開いている、視覚以外の感覚を極限まで研ぎ澄まして迎え撃つ構え。

 

 

【見えているから惑わされる…目を捨ててその他の全てで見るのだ、奴の動きを…】

 

 

不審に思い追撃を止めた熹一もその行動の真意に気付いた、そしてまたニッという笑みを浮かべる。

 

 

「やっぱりアンタ、尊敬するでっ」

 

「これで最後やっ、全力で行ったらあっ」

 

 

閉じた視界の先で熹一が接近してくるのが怪物には分かった、地を踏み進む音、風が巻き立つ音、嗅覚により感知した位置や全身を震わせる闘気を感じ取る。

 

閉じた目の暗闇の中に熹一の姿がハッキリと浮かび上がる、その姿は実際に突撃する熹一の姿と寸分違わない、間もなく到達する、攻撃が来る。

 

しかし反撃も阻止も不可能、あの二つの回避を破らなければ、目を閉じて残像を克服してもまだ弾丸滑りの受け流しがある。

 

 

【ならば受け流せない攻撃をすればいいっ】

 

 

それに対応して繰り出したのは拳でも脚でもない、しかし確かに無手の技。相手目掛けて踏み出し、速度が乗ったところで素早く一回転、正面が反対に、反対が正面に。

 

迫りくる敵に突然背を向けるという普通なら考えられない行動、しかし露わになったその背には渾身の力が満ちている。鉄山靠、そう呼ばれる背を使った強烈な体当たり。 

 

 

【しゃあっ】

 

それは中国武術に伝わる技、勿論怪物が事前に知っていたわけではない。弾丸滑りでも受け流せない面による攻撃を繰り出す為、名前も実体も露ほどに知らぬその技に自然と行き着いた。

 

 

(慈悲の心…)

 

 

対して喜一も真っ直ぐに行く、迫りくる壁の様な背の一撃、面の破壊エネルギーは弾丸滑りでもってしても受け流せない、しかし熹一には初めから避けるつもりはない。

 

深く瞑想するよう目を閉じる、行うは祈りの所作、手のひらを合わせ、やがてそれは不思議な形の拳へと組み合わさっていく。

 

 

(相手を恐れることなく慈しみ祈る…)

 

 

そして何なりもその精神、戦いの中においておおよそ至ることない境地、相手を恐れず憎まず嫌悪せず、慈しむ慈愛の心で立ち向かう。

 

 

(そして全身全霊で受け止めるんや!)

 

 

それこそが灘神影流、秘中の秘、慈悲と祈りの拳。

 

 

「灘神影流 “菩薩拳” 」

 

 

菩薩の名を冠する組んだ握り拳を縦拳の様に突き出す、それが怪物の鉄山靠と正面から衝突する。

 

死地に陥れてしかる後生く、死地を前に無我の境地を持って立ち向かう事で活路を見出す、それこそが菩薩拳の本領。

 

辺りの大気が衝撃で震えた、互いの技が正面衝突、勝ったのはどちらか、激しい衝突の後にどちらも技を放った姿勢のまま立っていた。

 

 

「……」

 

【……】

 

 

沈黙、熹一の菩薩拳は怪物の背を打ち抜き、対して怪物の鉄山靠が突き出された熹一の腕を粉砕する事はない、その背の中心、脊椎の中央に突き立てられた菩薩拳は深く食い込んでいる。

 

怪物は今まで感じたことの無い感覚を味わった、力が抜けていく、闘志や殺意が萎んで薄れていく。常に怪物の、種族特有の性質として付き纏ってきたそれらが消えていく。

 

しかし一切の虚脱感や不快感は無い、まるで無、正しく無我、清らかな光で満たされた空間に漂っているかのような感覚は菩薩拳によるもの。

 

無我の境地で放たれる祈りの拳は己だけでなく相手の戦意も無と化して無力化する、それが菩薩拳の真髄。

 

 

【私の…】

 

【負け…か】

 

 

その無我の世界で怪物は己の敗北を悟った、両手がゆっくりと降りていく、膝がゆっくりと曲がっていく、腰が落ち、へたり込む様にして崩れ落ちる。

 

完全な決着、肉体のダメージ、意志の有無、あらゆる意味でもう怪物に戦闘続行は不可能、勝ったのは熹一だった。

 

 

「楽しかったで、ホンマにな」

 

 

見下ろす熹一、二度目の勝利、激戦を終えた熹一の中にあるのは愉悦や達成感ではなく相手への敬意と感謝、相手の持つ強さへの執念、研鑽、プライドを称える無言の賛辞。

 

屍山の静寂が徐々に、ゆっくりととき解れる様に解かれていく、風はまた吹き出し、草花は揺れ、鳥や虫はぽつぽつと囁くように鳴き始める、屍山が戦いの行方を見届けた証。

 

 

「き、熹一…」

 

「終わったのか…」

 

 

そこに倒れていた尊鷹がやって来る、鬼龍やブライアントよりも早く意識を取り戻し、片足が折られているにも関わらずゆっくりとだが歩けている。

 

 

「尊鷹、目を覚ましたか、流石タフやな」

 

「勝ったのだな」

 

「あぁ、決着はついた」

 

「鬼龍にブライアント達を起こそう、何はともあれこれで一件落着になるやろ」

 

「そうだな、後はブライアントの…」

 

 

「マヌケめ…」

 

 

尊鷹に続き鬼龍も起き上がる、しかし二体の怪物相手に勝利した熹一に対して顔を歪めて悪態をつく、その鬼龍の姿の様子に気付いた熹一と尊鷹が顔を向ける。

 

 

「鬼龍?」

 

「エイリアンから目を逸らすなっ」

 

「!!」

 

 

鬼龍のその言葉で振り返る、そこには熹一に敗れ跪くように戦闘不能となった怪物がいたはずだが違う、敗れた怪物は移動していた、もう一体の変異した怪物の元へと。

 

 

「まだ動けたのか…!」

 

「何をする気や、アイツ」

 

 

そして倒れ伏す怪物の腕に装着されたガントレットに触れる、何か操作を確認した様だった。

 

 

【………】

 

 

「まさか…同族のガントレットを…?」

 

「それを使ってまだ戦うつもりか」

 

「…いいや、もう闘志は感じられん、しゃあけど…」

 

「ま、まさか…」

 

 

意図のわからない行動に熹一と尊鷹は怪訝そうに戸惑う、鬼龍だけがその真意に気付いている、故に超人の精神を持つ鬼龍であっても一筋の冷や汗がつたう。

 

 

「熹一!尊鷹!今すぐソイツを殺せっ」

 

「ソイツはこの場の全員を道連れに死ぬつもりだっ」

 

「なにっ」

 

「なんだと!?ま、まさか…」

 

「ブライアントの言っていた“自爆”!?」

 

 

【……ウム、まだ使える】

 

 

鬼龍の予想は当たっていた、敗れた怪物が変異した怪物のガントレットを操作している、自爆機能を作動させる操作を持ち主に代わり行っているのだ。

 

 

「殺せーッ」

 

「くっ」

 

 

止めようと熹一が飛び出そうとする、しかし受けたダメージの蓄積により強い踏み込みはもう出来ない、距離を詰めようとした刹那、限界が来たのか糸が切れた様に踏み出した足がガクンと活動を手放す。

 

 

「!!」

 

 

一気に焦燥が湧き上がる中、不意に怪物が操作を止めて振り向いた、目が熹一と合う。そこにはやはり闘志は無かった、鬼龍の言うようにこの場の全員を抹殺しようとする殺意も無い。

 

確かに自爆はするつもりだった、しかしこちらに危害を加える意図は無い、その理由を熹一はその目の視線から理解した様な気がした。

 

 

【……】

 

「負ケタヨ 達人」

 

「お前…!」

 

 

怪物がハッキリとそう言った、未知の言語でもマスク越しの録音した他者の声でも無い。ハッキリと怪物本人の肉声で、地球の言葉でそう言った。

 

 

「ダカラ、モウ行ケ」

 

 

「……」

 

「鬼龍!尊鷹!ブライアント達を連れて離れるで!」

 

「急ぐんやっ」

 

 

熹一は振り返り、片足の折れた尊鷹に肩を担いで出来うる速度で走り出す、途中に鬼龍にも手を貸し、倒れたブライアントチームの生き残り達も目覚めさせていく。

 

未だ混濁し戸惑う者を急いで叩き起こし、状況を理解させるよりも先に全員で手を貸しあってその場から退却していく。

 

その最後に、熹一は振り向いて怪物を見た、怪物もまた去りゆく熹一を見ていた、それが両者が最後に見た互いの姿だった。

 

 

【この星を選んで良かった】

 

【最後に良き戦士と戦えた…】

 

 

そして辺りから誰もいなくなったのを確認するとガントレットの自爆コードを作動させる、タイマーがカウント・ダウンを開始していく。

 

 

【ヤ、ヤメロ…】

 

【ん?】

 

 

するとそのタイミングで変異した怪物が、まだ息があったガントレットの主が喋った。

 

 

【自爆を止めろ…まだ間に合う…】

 

【い、一緒に死ぬつもりか…こんな星で…】

 

【遺伝子を…こ、今度はもっと強い遺伝子を…と、取り込めば…まだやれる…ま、まだ負けていない…】

 

【いいや、もう俺達は負けたという事になっている】

 

【認めるかあっ、こんな無様な…】

 

【だから自らその身を滅するんだろう、負けたという事は死んだということ、それが戦士の掟】

 

【止めろーっ、死にたくないっ】

 

【はーっ、死にたくないっ、俺は無様な敗者のままで死にたくないっ、自爆を止めろーっ】

 

【言っただろう】

 

【お前の氏族の者に代わり、悪しき血を制裁する】

 

【もう…終わりにしよう、互いにな】

 

 

【 止 め ろ オ オ オ 】

 

 

そして屍山の奥地に眩い光が迸った、遠目から見ても山の一部が突然光り輝いたように見える程の、圧倒的な光量と範囲の閃光。

 

そして全てを破壊し揺れ動かす大振動の爆発が巻き起こった、地面、木々、大気、その場にあるもの全てを吹き飛ばして消滅させる破壊の閃光が屍山を文字通り震わせた。

 

 

熹一達は、麓へと退却した直後、先程まで自分達がいたあの場所一帯がその大爆発によって吹き飛ばされる光景を見た。

 

その場の誰も、何も言わずにただそれを眺めていた。

 

 

 

後日─

 

「……それで」

 

「報告は以上かね?ブライアント捜査官、それが今回の任務の結果、事の顛末という事かね」

 

「はい、そういう事になりますな」

 

 

アメリカ、任務を終えて帰国したブライアントは薄暗い会議室の中、今回のエイリアンの調査、及びに確保の任務で起きた全ての事態と、その結末を任務を与えた者達に報告していた。

 

会議室の中に沈黙が満ちる、ブライアントは何時もと変わらず不満げで人相の悪い仏頂面だが、内面では沸々とした怒りが湧いている、それは主に一人の人物について。

 

 

「我々が追っていたエイリアンは単体ではなく複数のグループで行動していた、それどころか大会会場にそれとはまったく別の個体が出現していた」

 

「しかも無関係の大会参加者がその個体を一度は撃退したというのが驚きだ、その後の君達とその大会参加者、そしてあの男との奇妙な共同戦線もな」

 

「あれが最良の選択だと、あの時は判断しました」

 

「…まぁそうかも知れん、その判断もあって怪物は全て始末する事が出来たのだから」

 

「しかしあの隠滅自爆を許したのは不覚だったな、その結果、最も希少なデータが採取できたであろうその“肉体変異を起こしたと思われる個体”の情報はDNAの一片に至るまで完全に消滅した」

 

「はい、申し訳ございません」

 

「だが得た物も大きい、エイリアンの死体を一つは回収できた、その装備も押収したのと合わせて二体分」

 

「隠滅自爆の範囲から逃れた場所で死んだ個体がいたのは幸運だったな、だが…」

 

「その個体を始末した人物、問題はそれだ」

 

 

ブライアントのこめかみがビキリと音を立てて血管を浮かび上がらせる、その男の話をせずに済むわけがなかった。

 

 

「宮沢鬼龍、今回の任務に首を突っ込んだだけでなく、我々の任務の事を知っていたらしいな、エイリアンの事も」

 

「はい、奴は過去にもホワイト・ハウスに無断で出入りしSPを全員ブチのめして帰っていくような、常軌を逸した最低最悪のクソ野郎です」

 

「その男が、次からは自分も我々の任務に関わらせろと交渉してきた、いや、あれは交渉というより脅迫か命令だな」

 

「クソ鬼龍が…」

 

「唯一確保できた死体は彼が仕留めた物だ、そしてエイリアンと交戦した経験は確かに有用であると言う者もいる」

 

「まさか本気であのクソ蛆虫野郎を任務に加えるつもりではないでしょう?」

 

「さぁね、ただ君はその展開も覚悟しておいたほうが良いというのは確かだ」

 

「今度はあの鬼龍…“悪魔を超えた悪魔”ともう一度エイリアン狩りに赴く覚悟をね」

 

「……クソ鬼龍が」

 

 

ブライアントが深く毒づく、今までのどんな口汚い罵倒よりも怒りのこもった深く強い悪態だった。

 

 

 

 

 

朧山、灘・真・神陰流道場─

 

 

「我が名は尊鷹」

 

「「 う あ あ あ あ あ ! ! 」」

 

 

灘・真・神陰流の道場にいた門下生達から絶叫が上がる、突然隣にいた同門の仲間の身体が異音を立てて変形し始めやがて白髪の異様な老人へと変わる超常現象じみた光景を目の当たりにしたからだ。

 

 

「おい!尊鷹!それ止めろやっ、気味が悪う過ぎて門下生どもが気絶しかかってるで!」

 

「アンタは灘・真・神陰流にとっても先達みたいなモンなんやから、おかしな真似せんで普通に入ってきたらええねん」

 

「済まんな、変装の技術も定期的に使わないと錆び付いてしまうのでな」

 

「普通はそんなハイレベルな変装の技術なんていらんで…というかアンタのはもはや変形や」

 

「…そんで?アンタがわざわざ此処に来るってことは何か用でもあるんかい」

 

「用という程の事ではない、ただ個人的に気になっていた事を調べていた、道場の様子見のついでに、現当主のお前にも一応伝えておこうと思ってな」

 

「気になっていた事?」

 

「あのエイリアンの事だ」

 

 

尊鷹が一歩熹一に近付いて辺りをはばかる様に声のトーンを落として言った、熹一も辺りの門下生達が聞き耳を立てていないか確認し、少し離れた。

 

 

「アレか…もう二週間前になるんやのォ、未だにあの出来事が現実かどうか確信出来んくらいや」

 

「まぁまだ治ってないその手足が証拠になるか」

 

「あの後はかなりゴタゴタしていつの間にかそれぞれ姿を消してしまったからな」

 

「真っ先に姿消した奴が何を言うてんねん、鬼龍のオッサンといいアンタと言いめちゃくちゃや」

 

「ワシは和香ちゃんにいっちょエエところ見せたろうって程度のつもりやったのにとんだ大事になったわ」

 

「…話が脱線したな、伝えたい事ってなんや」

 

「ウム、コレだ、と言っても…今更伝えたところでどうとなる類の物でもないが」

 

「勿体ぶるのは無しやで、尊鷹」

 

 

尊鷹が武道着の懐から取り出したのは古びた巻物、創作に登場する忍者の術が記された巻物の様だった。

 

尊鷹がその紐を解いて開く、中にはやはり同じくらい古めかしい趣きの絵と文章で綴られていた。

 

 

「なんやこの巻物は」

 

「灘神影流に伝わる何世代か前の当主が残した様々な記録だ、技の秘伝書の他にもこの手の物が幾つか存在する」

 

「幼き日、一度これを見た記憶が微かにだがあってな、もう失伝したとばかり思っていたが探せばまだ現存していたようだ」

 

「ここを見てくれ」

 

「ん~どれどれ」

 

「……尊鷹、コレは」

 

「あぁ」

 

 

興味本位と言った感じだった熹一の顔が引き締まる、古い絵巻に描かれていた過去の当主が体験した記録、そこに描かれていたものを見た途端、尊鷹が伝えておこうと思っていた物の正体に気付く。

 

それは戦いの記録、まだ現代的な服装とはほど遠い出で立ちのこの時代の当主が構えている、向かい合っているのは─。

 

 

「この時代の当主が遭遇したという“怪物”だ」

 

 

異形の怪物だった、鉄の様な銀色ののっぺりとした顔面、手の付け根から伸びている刀に似た刃、肩に取り付けられた筒の様な物からは青白い稲妻が迸る。

 

その背丈はその当主をゆうに超える巨躯、そして刃が伸びていないもう片方の手は悍ましい物を写す。

 

その手に掴まれた真っ赤な何かは、引き抜かれた犠牲者の頭蓋骨から脊椎まるごと、そのものだった。 

 

 

「…あのエイリアン共と灘神影流、会うのは初めてじゃなかったって事かい」

 

 

その絵の中の怪物は色彩の雰囲気や細部に至るまで徹底的に強大で恐ろしい存在だという事が印象付けられる様に描かれていた。

 

絵巻の中で対面する当主の顔、驚愕や恐怖、緊張と焦燥が混ぜ合わさって歪んでいる、そこには自分の栄光の歴史を誇示するような気配は何処にもない。

 

それは警告だった、先の時代を生きる血族にして同門達への警告、恐ろしい驚異の存在を知らしめる為に書き記され、後世へと残された物だった。

 

絵巻の中の、血に濡れた怪物は何の感情も存在しないかのような佇まいで、何を考えているのかまるで推し量る事は出来ない。

 

 

ただ冷たい鉄の顔面の、目だけが光っていた。

 

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