「な…」
「なんだあっ」
「こ、コレは…!」
露わになる乱入者の素顔、冷たい鉄の仮面を取り外して地に投げ捨てた。それには麓で監視カメラ越しに見守る和香と道元、そして肉眼でそれを目の当たりにした憙一にも最大の驚愕を与える。
「ヴロロロ…」
あれ程狂気的で残忍な行いを平然と行う者の顔とは、果たしてどれ程冷たく凍てついているのか、はたまた悍ましい愉悦に歪んでいるのか、乱入者の仮面の下の顔はどれでもなかった。
「なんちゅう…醜い顔なんや…」
その顔は、ハッキリと人間のモノではなかった。
その顔には鼻も耳もなかった、コードの様な管は直接頭部の左右から伸びていた、骨格は完全に人間から逸脱し、鋭い突起が幾つも生えた岩肌の様な額が顔の上半分に広がっている。
その額と刺の生えた眉の下、さながら断崖にある洞窟の様に深く落ち窪んだ大きい眼窟の奥では黄色い目が光を放っている。
そして何よりも顔の下半分、眼球のすぐ下にはソレの顎が広がっていた。四角形に展開された口内、斜め左右に四つ、歪な牙が肉の色をした口内を剥き出しにして伸びていた、その四角形の中央にまた鋭い牙の歯が生えている。
あの不気味な顫動音はその口から鳴っていた、どう見ても、どう考えても人間どころか既存のどの生物とも違う、怪物としか形容できない顔面だった。
「…本物なのか?」
ホラー映画の怪物さながらの見た目は造形物であると疑わずにはいられない、しかしその怪物の剥き出しの口内を湿らす唾液や眼球の僅かな動き、その短い息遣いまで何もかもが造形物と言うにはリアル過ぎた。
始めはその表皮も特殊なメイクかスーツの様な物だと考えていた憙一だが、今やそれら全てが嘘偽りのない、目の前の生き物が生まれながら持つ生身ではないかと思えてくる。
「本当に人間じゃない怪物なのか…!?」
「………」
大会に突如として現れ参加者を虐殺した謎の乱入者、その正体は正真正銘の人外である怪物だった。
「…ロロロ」
「!!」
そしてその怪物が動き出す、マスクをとって下ろしていた両手を上げる。またガントレットから飛び出すブレードによる攻撃を始めるつもりか、そう思われたが怪物の行動はそうじゃなかった。
「それはどういうつもりや?」
ブレードは出さなかった、刃物同然のその爪も拳の内へと仕舞う。握り拳の両腕を胸の位置で構え、顎は引き、片足を一歩前に出し、腰を落とす。
それは人間の、素手による闘いの仕草、ファイティング・ポーズだった。
・
・
・
【強き者…】
目の前に立つ強者を見据え怪物、彼方の星空からやって来た一体の狩人は喜びに打ち震える。
この星のこの場所でこの日、どんな事が行われるのかは知っていた。この星にかつて降り立った同族は数多く、その中で語られるのはこの星でも闘争を目的とする儀式が存在するということ。
【見事だな】
その怪物、その種族は生まれながらにして残忍であり獰猛だった。多くの士族が存在しそれぞれの価値観と差異を持つが、殆ど全ての一族が他者との闘争という行為に最大の価値を見出している。
強靭な肉体と多種族からは想像もできないほど発達した文明の武器、兵器。死を恐れるどころかそれすらも闘いの名誉として時に尊ぶメンタル、長い年月を生き途轍もない技術と経験の蓄積を可能とする。
それが星々を渡り多種族との闘争に赴く、それは時としてもはや闘いと呼べるか分からない一方的な狩りの如き虐殺となる。
【疑問だった…一方的に獲物を狩る内に、これは本当に対等な闘いなのかと言いたくなる衝動に駆られた】
【もしも…己の肉体のみを武器に出来たならば…】
【リスト・ブレードもプラズマ・キャノンも不要ッ この肉体に備わった五体だけがあれば良い】
時には降り立つ星に住まう種族の文明に合わせあえて弱い武装のみを持って狩りをする事もある、今回のこの個体がそうだ。
光学迷彩を使用した上で射程を見極めたプラズマ・キャノンの一撃は相手に反撃どころか認識さえ許さずに葬り去る、殺すだけなら簡単だった。
【この種族の技術体系は興味深い】
光学迷彩、リストブレード、プラズマ・キャノン。確かに中にはそれらを装備した同族とも対等に殺し合いを演じる強き生命体もいる、成人の儀式でかつて立ち向かった忌まわしき黒き怪物の様に。
しかし殆どの場合、この個体にとって狩りとは圧倒的優位からの一方的な勝利で終わる、わざと相手に存在を気づかせるハンデを与えても、必殺のプラズマ・キャノンを封印していてもそれは同じだった。
【それに何よりも…】
この星の種族が自分より戦闘スペックで劣っていることは分かっている。数多の星々で狩りを完遂した果てに、肉体的、実力的な優位さえも覆しうる強者を求めてここに来た、そして出会った。
【強き者とは…その者の流儀で闘いたくなる】
純粋な技巧と経験、そして鍛錬を武器とした完全なる無手の闘争、それでいて及びもしない程の肉体的スペックを覆しうるその不可思議な技に魅了された。
冷酷無比な狩人としてではなく、戦いを尊ぶ戦士として。武器も装備も使わない、そこには求めていたより純粋な闘争があった。
「ファイティング・ポーズ…?」
「こっからは素手で戦り合おうって事か?」
「……」
「何のつもりか知らんがそういうことなら…」
「遠慮なくその選択を後悔させたるわっ」
正体を顕にした真意、それはいわゆる士族に伝わる流儀だった。強者との名誉ある闘争に置いて己の素顔を晒す事は敬意を表す意味を持つ。
そして目の前の強者も初見の生命体に対する驚愕はあっても闘志は消えず、同じ素手の戦いなら自分が有利に立てると先程の攻防で確信しているのか、相手の方から突撃して攻撃を仕掛けてくる。
「見様見真似がしたいんならよう見とけ!」
「来ると分かっていても躱せない、本物の武術家の攻撃を食らわせたるわ!」
「!」
そして同じく徒手格闘で迎え撃つ、迫る相手の動きに合わせたカウンターの殴打を狙う、一瞬の内に相手の動きを予測する。来たる攻撃の速度、位置、角度、それによる姿勢の変化。
「これが灘神影流マジックじゃあっ」
「!?」
敵の攻撃を躱しながらもより深く一撃を与えられるタイミング、ここぞという動く瞬間。
幾度も重ねた狩りの経験、相手種族のそれを超えた動体視力、それらをもってすれば相手の攻撃を見切る事は容易、その筈だった。
その瞬間、パァンというムチを打ったような音が辺り一帯の空気を打ち震わせた。
「灘神影流 “超鞭打ち”」
「……!」
如何なる攻撃にも対応してみせる完全な集中状態の筈が真正面から被弾を許す。相手の拳が眼窟の間、人間で言うところの眉間を打ち抜いた。
予想外の被弾に半歩後退る、ダメージこそなかったがやはり予測を覆された驚愕はあった。
【凄まじい速度】
【この種族の肉体的スペックを遥かに超えている】
【しかも速いだけではない】
【先程もそうだ コイツの攻撃は何かが違う】
その攻撃は見えてはいた、凄まじい集中力と動体視力が合わさればその拳が風を切り空気を揺らす、音速の壁を越えた瞬間も見えていた。
それでも避けられなかった、数多の星々で会敵した種族や原生生物の攻撃を幾度躱してきたが、今までのその敵たちよりも肉体的に脆弱なこの敵の一撃が躱せなかった。
【面白い】
そしてそこに、この星の一部の種族が旨とする無手の闘争、その妙理と真髄が、この視えているのに躱せない攻撃にあると理解した。
静かに、しかしより闘いの喜びと期待は燃え盛る。
・
・
・
(やっぱり効いてないか)
尚もファイティング・ポーズをとる怪物に対して迎え撃つ憙一、冷静に相手の戦力を図る。人間で言うところの顔面の急所、正中線が走る眉間への必殺の超鞭打ち、その一撃に効果は無い。
(正真正銘の怪物…人間とは骨格の作りが違うから正中線の急所が存在しない…?いや、それもあるかもしれんが純粋にコイツの身体がめちゃくちゃ頑丈なんや)
(コンクリートの塊でも殴った様な感覚、信じられんがコイツの表皮は皮膚と言うよりアルマジロか何かの甲殻に近い強度や)
音速の壁を越えた妙技さえも通じない、殴った筈の憙一の拳の方が出血している、細かく生えていた角のような突起に肌を切り裂かれたのだ。
「しゃあけど…」
「全くの打つ手無しやない、有効打はある」
目の前の怪物は今までのように本能的に攻撃を仕掛けるのでは無い、構えたまま静かに迎え撃つ、憙一の攻撃に対応してみせると言う様に。
(関節技や塊貫拳は手応えがあった、神経や内臓の配置は人間とかけ離れてはいないっちゅうことや)
(それならマイ・ペンライ!正体が何であれコイツには人間相手の武術が通じる、それだけ分かれば充分)
静寂が訪れる、両者共に構えて睨み合い動かない。相手の一手を予測し合い先手を探り合う、静かなる無動の攻防、そしてその時は唐突に訪れる。
「しゃあっ」
「オオッ」
読み合いの果てに飛び出したのは両者同時、風を巻き立て激突、互いの拳打を浴びせ掛けた。
パァンという音、これは憙一が怪物の拳を捌いて弾く音。ゴッゴッという音、これは憙一の拳打が怪物の肉体に命中し、しかしその硬い表皮で防がれる音。
それらが混ざり合い連続して鳴り響く、至近距離でのラッシュの応酬、不意に放つ怪物の前蹴りが憙一の腹筋を打ち抜く。
「おっ」
鍛え上げた人間を一撃で殺傷してみせた破滅的前蹴り、鈍い音が鳴り憙一が後方に吹き飛ばされる。だが宙を舞ったと思えばふわりと羽の如く軽やかに着地してみせた。
「いきなり動きのキレが増したのぉ、怪物」
「……」
「なかなか堂に入ってるんとちゃう?」
「しゃあけど来ると分かっている攻撃は怖くない、一瞬で腹筋を鉄の硬度にする、これが俗に言う気膜や」
「……」
憙一の腹筋には痣一つ無い、被弾の直前に自ら後方に飛んで衝撃を逃がしたのもあるが、気によって肉体の一部を防護する気膜の技によって攻撃を無効化。
そして技術を見せたのは憙一だけではない、怪物の動きにも変化はあった、より人間の格闘技のそれに近い動きに変わる。
「少なくともセンスはあるようやな」
先の拳打は腕力だけで薙ぎ払ったり叩きつけたりするのではない、腰を軽く落として拳を真っ直ぐに突く。突いた腕を引くのと同時にもう片腕を突き出す、基本的だが形にはなっているコンビネーション。
前蹴りの際は両腕を顔面の前で上げて防御、片足だけを鋭く突き出す、できうる限り隙と無駄を減らす動き、今までの殺意に突き動かされる攻撃とは違う。
「まぁワシから言わせればまだまだ素人の動き、二手三手と簡単に分かってまうわ」
憙一が不敵な笑みを浮かべる、挑発的な表情と言動のニュアンスを理解している怪物だが怒りはなかった、ただ冷静なまま闘志を燃やす。
・
・
・
怪物が相手の動きを模倣する、武器を捨て、敵対者と同じく無手という、最も殺傷能力の低い方法で闘争を演じる。
それは侮りではなく、思いつきで興じているのでもない。強き他種族の戦士、真剣にその流儀と技術体系に触れてみたいと考えた。
そこにはこの個体が求めていたより純粋な闘争に通じる道が存在しているのだ。
【少しずつ理解してくる】
【この種族の動きを模倣する度に】
【この個体が他の同種族よりも飛び抜けて戦闘能力が高い個体だということは間違い無い】
【この儀式の中で最もこの無手による闘争の技術体系を深く修めた強き個体】
【近接格闘の能力では私を上回っている、我が種族よりも脆弱な肉体を持つこの種族でありながら】
【何故か 身体能力の差…違う 技術体系への練度の差…戦闘経験の差…近いが正確ではない】
【恐らく経験の質の違い】
【この技術体系の中で同種族同士で幾度となく闘い勝利を収めてきたのだろう】
【同じ条件の同種族との闘い、狩りの成果を競う事はあっても直接の闘争と言うのは我々には余り訪れない機会】
【条件が同じなら勝利の為にはより差異が求められる、より速く、より屈強で、より判断力に優れた個体が必然的に残る】
【そこには装備の強力さや種族間での肉体スペックの差は存在しない、ひたすらに鍛錬と戦闘経験、技術体系への理解が求められる】
【差異が無い故に差異を競う 純粋な闘争】
【私が求めていた闘い】
【コイツはこの流儀に置いて私よりも強い】
【それは私の求める闘争で私よりも強いという事】
怪物は思い出す、一方的な狩りに何処か虚しさを感じ始めた頃。かと言って自ら命を断つが如き無謀に身を投げるほど愚かにもなれず、そんな時に士族の長はある言葉を与える。
【士族の長からお告げがあった】
【青き緑の星で探し求めていた強者に出会うと】
【それがコイツだ】
【我が名は■■■■、探していた戦士と相見えられる幸運に喜びを感じる】
異星の彼方から来た一人の戦士は確信する、探し求めていた強者との闘いが訪れた、両者の闘いはさらに加速していく。
「ボーっとしとったらアカンでェ」
「武術家の戦い方は立ち技だけやない…寝技でも足腰たたんようにしたんどごらあっ」
「!!」
憙一が仕掛ける、身を低くして一気に距離を詰めるタックルの突撃。身長差を考慮しなくても両腕を使った迎撃は不可能、既に寸前で迫るその攻撃へ対処を迫られる。
姿勢の低い相手へ前蹴りによる迎撃、しかし実行しようとした寸前、すぐさま中断して怪物は背後の空中へと飛び上がって回避した。
【躱されて組み付きからの関節破壊の技が来る】
【安易に反撃するのは危険】
先の攻防において蹴りを躱すと同時に片足を極められ掛けた事を思い出す。寝技という不慣れな攻防を展開されるのは危険とし退避する。
「ボケーッ、ネコみたいに飛び上がったって逃げられるかあ、灘神影流は陸空両用拳法じゃあっ」
「!!」
助走なしの直立から三メートル近くまで飛び上がった怪物、トップアスリートでも到達不可能な高度だが憙一は同じく飛び上がってその位置まで追いすがる。
先天的に発達した剛脚、それによる跳躍からの妙技がまた怪物目掛けて繰り出される。
「しゃあっ、灘神影流 “鷹鎌脚”」
空中へと飛び上がって放つ超高度の回し蹴り、本来ありえない高度から迫る蹴りに対応するのは困難を極め、またその破壊力も一線を画す。
灘神影流のある使い手はこの技を得意とし、その蹴撃は日本刀の如き鋭さの斬撃と化す。
憙一の鷹鎌脚が怪物を蹴り抜く、寸前で間に合ったガードの上からでも衝撃を与え怪物を吹き飛ばした。
怪物が本来よりも後方に着地、憙一もそれ以上深追いはせず両者がまた次の攻防に向け睨み合い探り合う。
【ダメージは無い、そしてやはりこの星の種族では考えられない瞬発力と破壊力】
【恐らくこの個体は脚部の身体能力が特に発達していると考えられる、それもまた他の個体との競争に置いて秀でた差異になるという訳か】
【どれだけ動きを真似ても勝ち目は無い】
【士族に伝わる言葉がある、“血を流さぬ者に血を流させる事は出来ない”】
怪物が動き出す、一気に低姿勢となり突進。先の憙一が見せたテイクダウンを狙ったタックルだ。
「なんじゃあ、また見様見真似かあ」
「舐めるなあっ、素人のタックルなんてネギ背負ったカモでしかないんじゃあ!」
当然それは歴戦の武人であり自らも寝技の領域を得意とする憙一にはまるで通じない、タックルはあっさりと裁かれて逆に憙一が技を仕掛ける。
「立ち技にラッキーヒットはあっても寝技にマグレは無いんや、判断ミスやったのお」
そして憙一のそれは防がれることなく完全に決まる、一瞬で背後へと回り込み屈強な二の腕で怪物の気道を圧迫し頭部をロック、決まれば必殺のチョークスリーパー。
「…!」
「さぁ、おやすみの時間や」
荒縄で絞め上げてるかの如き力で怪物の首を圧迫、視界が急速に狭まり点滅する。怪物はまたも相手が自分より劣る肉体で追い詰めてくる状況に感嘆に近い感情を憶えている。
【気道を圧迫、絞首や首折は我が種族でも有り触れた殺し方ではあるが一連の動作が正確かつ迅速】
【しかし…】
「むっ」
完全に決まった憙一のチョークスリーパーは脱出不可能かつ必殺、しかし怪物の首は確かに絞め上げられているもののその強固さで抵抗する。
人間ならばどんな強者でも数秒持たず意識を失い決着だが、この怪物を絞め落とすには憙一であっても困難だった。
【私にも“差異”がある、士族の中には稀に先天的な部位の発達により外因的に窒息し辛い個体がいる】
【私がその一体】
「どわあっ」
背後から絞め上げられた怪物、覆いかぶさるようなその姿勢から蛙の跳躍の如く宙へと飛び上がった、先の回避よりも更に高く、5メートルは超える高度へと。
「あううっ、玉砕覚悟なのかぁっ」
怪物の腕が絞め上げらる憙一の腕を掴む、だがそれはチョークスリーパーから抜け出すためでは無い、組み付いてきた憙一を逃さぬ為。
そのまま飛び上がった際の一瞬、重力からの解放を利用して回転。背負い投げる様に身を動かせば憙一が下、怪物が上、そしてその状態から再び重力が両者を地へと引きずり込む。
怪物が憙一に体重をかける形で落下していく。
「おおおおっ」
そして土埃を起こして強い振動が落下地点の地面を揺らす、怪物と憙一が地面に叩きつけられる、先に飛び引くように立ち上がったのは喜一。
「無茶をしよって…」
直前で体勢を変え受け身が間に合っていた、怪物は地面に叩きつけられるまで掴んだ腕を離さなかった。
そして遅れてその怪物が立ち上がる、受け身の取れない体勢で地面に叩きつけられるダメージは打ち所が悪ければ死亡しかねない重傷を負う。
「………」
それでも怪物は平然としていた、ダメージは確かにある。だがリアクションにはまるで値しないとその眼窟の奥の両目はただ憙一だけを見据えている。
「不利な勝負を挑んだのはこのためか」
「成る程のお、自分から捕まえられなきゃ相手の方から掴み掛からせればいい、自分から首を差し出した上で更に捨て身の一撃なんて…」
「アンタめっちゃ根性あるやん」
憙一がニッという笑みを浮かべる、挑発的な意味ではなく純粋な心身強き者への敬意を含んだ感情、憙一もまた今目の前にある純粋な闘争に魅了されている。
・
・
・
屍山麓、大会管理者のベース、道元の車内。
「おおっ、キー坊相手に怯まず応戦しているぞっ」
「やっぱり見た目通り危険な奴…」
車内でモニター越しに闘いを見守る道元と和香、正体不明の怪物の出現にも当然驚いたが、憙一の人外じみた戦闘能力を知る二人には怪物の何度も憙一の攻撃に耐えて反撃するその姿にも驚愕した。
「うぅむ、不気味な着ぐるみだが何かを纏っているのか知らないが…あのキー坊相手にあれほど戦えるとは只者ではない」
「キー坊も警戒しているんだと思う、下手に手を出すべきじゃないと感じている、きっとそれが正解…」
「手首の刃物を使わなくなったのもそうだけど、最初は力任せだった動きが一気に洗練化されていってる」
「なに?どういう意味だ」
「多分だけど…使わなかった技を相手に合わせて使うようになった、って感じじゃない、動きにはまだ無駄があるし不自然だけど」
「まるで今この瞬間に見たものを実践して学習していっている様な…何ていうかチグハグだ、肉体の強さやセンスと格闘技の経験が一致していない様に見える」
「道場の館長である君の目からはそう見えるのか?だとすればまさかこの場に現れた目的は…」
「目的は…?」
道元は真剣極まる様な表情で厳かに言った、しかしその後にすぐ訂正する。ぎこちなく笑うその顔は自分でもその発想が信じられていない様に見えた。
「あの怪物は人類の武術を習得する為にここに集った格闘家達に戦いを挑んだ……」
「…なんてねっ、いや、冗談だよ、ちょっと場を…」
「ほう、薄汚れた豚にしてはユニークな考察だ」
車内の空気が止まった、道元でも和香のものでもない低く重たい男の声。いつの間にか開けられていたドア、そしてそこから堂々と車内に侵入する偉丈夫。
「道場を開けて何をするのかと思えば憙一め、今さらこんな下らない大会なんぞに出て何の意味がある」
「だが…思わぬ獲物が釣れたようだな」
モニターを眺めて目を細めるその男。身長は190cmを超え、その肉体は憙一に負けず劣らず屈強、黒いシャツ、黒いズボン、黒いロングコート、そのどれもが鍛え上げられた肉体によってはち切れんばかり。
「あ、あああ…」
厳しい顔、眉はなく、顔中央を横一文字に走る傷跡、オールバックの黒髪、見る者を凍て付かせる様な恐ろしさを内包する両目。
「お、お前はっ」
悪魔の様な“その男”はやはり堂々と、車内の席に王座に腰掛ける国王の如き堂々さで座った。
道元はその男を知っていた、悪魔を越えた悪魔、怪物を越えた怪物、傲岸不遜の嗤う龍、神の肉体と悪魔の頭脳を持つ男、道元が最も恐れ憎んだ男。
「 鬼 龍 ウ ゥ ッ ! ! 」
「憙一よ、お前に“ソイツ”が倒せるかな」
傲岸不遜の悪魔、灘神影流の使い手であり憙一の叔父に当たる男、宮沢鬼龍がそこに現れた。