とある学Pの一方通行 作:大内
「会長に匹敵する実力をさっさと身につける...。確かに言いました。言いましたし、その過程でユニット結成は必要だってことも理解してます。十二分に理解してますケド...!」
先ほど決意表明をした時の自信に満ち溢れた表情は何処へやら、藤田 ことねは頭を抱えて喚いていた。その姿はさながら子猫のようだ。
「今更ガタガタ騒ぐンじゃねェ。さっきも言ったが、花海 咲季を説得するうえで一番手っ取り早い方法がコレなンだよ」
「うぐ...怖くてスルーしてましたけどやっぱりアレ本気だったんですか...」
あくまで冷静な一方通行と対照的に藤田 ことねはあわあわと落ち着きがない。なぜ彼女がここまで取り乱しているかというと...。
「だからって、なんであたしが花海とダンス対決をすることに...」
時は少し遡る。
十王 星南からの情報を頼りに屋上へとやってきた一方通行たち。幸いなことに花海 咲季はまだ移動していなかったようで、安全のために設置されているフェンス越しにグラウンドを見下ろしていた。
「花海ちゃ〜ん」
藤田 ことねが話しかけると、彼女はゆっくりとこちらを向いた。
「あら、プロデューサーじゃない。早速謝る気になったのかしら?」
「無視かよ...」
顔を引き攣らせる藤田 ことねに気付いているのかいないのか、花海 咲季は一方通行を見て不敵な笑みを浮かべる。それはまるで一方通行が間違いを認めて謝罪することを既に確信しているかのような表情だったが、あいにくそういう訳にはいかない。
「謝らねェし、言うことも変わらねェ。藤田 ことね、月村 手毬の二人とユニットを組め」
「もう、強情なんだから...!」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるぜ」
バチバチと視線を交わす一方通行と花海 咲季。
(プロデューサーが担当アイドルに向けていい目じゃないんですケド!!)
藤田 ことねは心の中で叫んだ。一方通行の赤い瞳は時折、身が凍えると錯覚するほど冷たくなる時がある。
十王 星南も、花海 咲季も。なぜあの冷徹な瞳を真正面から見つめ返すことができるのか。
「...プロデューサーは、わたしの弱点を知っているでしょう? わたしは、どうしても勝たないといけないの。だから_______」
「別に、一人で戦うことを否定するつもりはねェよ。むしろ褒めてやってもイイぜ。いつだって一番信頼できるのは自分自身だ」
一方通行は花海 咲季の言葉に被せるようにして口を開く。
実際、一方通行だって今までそうしてきたはずなのだ。肝心の記憶自体はもうないが。
「ただ、手を組んで戦った方が勝率は上がるぜ。藤田 ことねと月村 手毬はオマエの足手まといにはならねェ」
花海 咲季の目的。それは妹の花海 佑芽に勝ち続けることである。確かに、生半可な実力の人間では彼女の言う通り足手まといにしかならないのかもしれない。だが、藤田 ことねと月村 手毬の実力は折り紙つきだ。
「まだ納得できねェならそいつを証明してやる。明後日、ダンスレッスン室でそこにいる藤田 ことねとダンス勝負をしろ」
「はい!?」
「ふ〜ん、面白いじゃない! いいわ! わたしが負けたらそいつが足手まといじゃないことを認めてユニットでもなんでも入ってあげる! ただし、わたしが勝ったらあなたはわたしだけのプロデューサーになるのよ!」
「決まりだな」
「ちょ、ちょっとぉ!? 当人の許可なしに何勝手に決めちゃってるんです!?」
藤田 ことねの悲痛な叫び声は一方通行にも花海 咲季にも届かない。そんなわけで、急遽として『ダンス勝負! 花海 咲季VS藤田 ことね』が明後日決行されることとなったのだった。
そして再び時は現在に戻り。
「仕方ないからやってやりますよ! こんなに期待してもらえたの初めてですし! その代わり、負けても見捨てないでくださいね!?」
「...オマエはネガティブな方向に思考を巡らす癖でもあンのか」
半ば呆れたような一方通行の言葉を受け、藤田 ことねは拳を握りしめて抗議する。
「だって相手は入学試験主席サマですし! 言っておきますけどあたしちっとも自信ないですから! 逆になんでプロデューサーはそんなに自信満々なんですか!!」
「まァ、確かに今すぐ勝負すれば負けるのは十中八九オマエだな」
「じゃあなんで勝負受けたんですか!?」
ぷんすこと怒っている藤田 ことねを無視し、一方通行は淡々と目的地に向かって歩みを進める。
「明後日勝負すればオマエは絶対負けねェよ」
「どういう意味ですか...ってアレ? ここ保健室ですよね...?」
保健室の扉の前で立ち止まった一方通行に対し藤田 ことねは訝しげだ。
彼女からすればなんら脈絡のない行動に見えるかもしれないが、一方通行がここにやってきたのはある明確な目的があったからだ。
「ベッドがあンのがここくらいしかねェからな。逆に言えばベッドさえあれば何処でもよかったンだが...今は移動の時間さえ惜しい」
「あたし、今からベッドの上で何されちゃうんですか!?」
若干顔を赤らめる藤田 ことねを一方通行は当たり前のように無視。彼はそのまま保健室の扉を開けて中へと足を踏み入れた________のだが。
「おや、奇遇ですね」
「今日の俺は、会いたくない連中に会う呪いでもかかってンのか...?」
一方通行の目に入ったのはベッドの横の椅子に腰掛ける篠澤Pの姿だった。無論、そのベッドには篠澤 広が死んだように横たわっている。本当に死んでいるかのような顔色をしているが死んでいないのだろう、多分。思い返せば今朝会った時も同じ顔色だった気がする。
「保健室に用ですか?」
篠澤Pはそう質問した後、一方通行の後ろにいる藤田 ことねの存在に気付いたようだ。
「なるほど、大体把握しました」
すべてを見透かしたような態度も相変わらずだ。
一方通行が内心苛立っていることに気付いているのかいないのか、篠澤Pは椅子から立ち上がってこちらに近付いてくる。
「初めまして。藤田 ことねさん、ですね」
「は、はい。そうですケド...」
「俺はそこに倒れ伏している篠澤 広のプロデューサーをしている者です。そして、貴方のプロデューサーの友人でもあります」
「プロデューサーって友達いたんですか!?!?」
相変わらず好き勝手言ってくれる。わざわざ否定するのが馬鹿らしくて好きに言わせている一方通行も一方通行ではあるが。
「そういうことなら是非是非、これからもあたしのプロデューサーと仲良くしてやってください」
「いえいえ。こちらこそ、俺の友人をよろしくお願いします」
「...オイ」
そろそろ我慢の限界、といった感じで一方通行の底冷えする声が辺りを震わした。それはそこらのチンピラごときなら一瞬で逃げ出しそうなほど凄みのある声だったが、藤田 ことねと篠澤Pは気にも留めていないようだ。
「では、俺は少し席を外しますので。篠澤さんが目を覚ましたら話し相手にでもなってやってください」
篠澤Pはそう言うや否や保健室から出ていく。
「チッ...勝手にしろ」
この男にいちいち苛々するのもいい加減馬鹿らしくなってきた。もう、そういう生物として認識した方がいいのかもしれない。
「ちょっ、プロデューサー! この子大丈夫なんです!? めっちゃ顔色悪いんですケド!!」
「いつものことだ、気にすンな。それよりオマエもさっさと寝ろ」
ベッドに横たわる篠澤 広を見て驚愕する藤田 ことねをよそに、一方通行は空いているもう一つのベッドを顎でしゃくる。
「あたしが...?」
不思議そうに眉を顰める藤田 ことね。
「顔色の悪さだけならオマエも負けてねェって言ってンだ」
一方通行のその言葉を受け、彼女はあっ、とバツが悪そうな表情をした。どうやらようやく一方通行の真意に気付いたようだ。
「明後日の花海 咲季との対決でオマエが勝つ方法。それは何もしねェことだ」
「何も、しない...」
「今日から明後日にかけて、レッスンもバイトも禁止する。休養を取ることだけを最優先に考えろ」
「でもぉ...」
胸の前で人差し指を突き合わせながら何か言いたげにしている藤田 ことね。彼女のことだ、心配しているのはやはり金銭面のことだろう。
「チッ...ほらよ」
そんな藤田 ことねに対して、一方通行は何枚かの書類を突き出した。
「なんです、コレ...?」
彼女は戸惑いながらもそれらの書類を受け取る。
「給付型奨学金申請書。プロデューサーが付いた今のオマエなら十分認められる筈だ」
「え...」
「あとは初星学園が提供してやがる比較的割のイイ仕事の申込書_______」
「プロデューサーぁ!!!! あたし、プロデューサーがあたしのプロデューサーでホントに良かったです!!!」
若干目に涙を溜めながら、しゅき〜、とかいう謎の奇声を発しつつ一方通行に捲し立てる藤田 ことね。
貴方が自分のプロデューサーでよかった、という言葉はこれほどまでに早く聞けるものだったのか、と一方通行は内心呆れながら言葉を続ける。
「いちいちハシャぐンじゃねェ。具体的な解決策がないと安心できねェってのがオマエの言い分だったな」
彼女のバイト先で会話した時のことを思い出す。藤田 ことねは意外とリアリストなのだ。もしかしたら幼い頃から金銭面の問題と付き合ってきた影響なのかもしれない。
「
「いやいやいや昨日の今日ですよ! プロデューサー、対応が早すぎません!?」
担当アイドルの前において、プロデューサーは魔法使いであれ。
今朝の講義であさり先生が言っていた言葉だ。
何でもこなせる超人であれ。例えそれが偽りであるとしても、アイドルの前でだけはその仮面を決して外すな。
別に意識してそれを実践した訳ではないが、最もである、と一方通行は思った。自分の弱い部分など見せたところで何の意味もない。それどころか担当アイドルの心に余計な不安を芽生えさせる要因にもなり得る。
「書類の確認が済ンだらさっさと寝ろ。オマエが寝付くまで見張っといてやるからよ」
「は〜い。疲れたあたしを寝かしつけてくれるなんて、プロデューサーはなんだかんだ言って優しいですよネ〜♡」
「なンだ、子守唄でも歌って欲しいのか?」
「...頼んだら歌ってくれるんです?」
「なワケねェだろ」
「ですよネ〜」
落胆を見せながらも藤田 ことねは今度こそ素直にベッドに潜り込んだ。
隣で寝ている篠澤 広は相変わらずぴくりとも動かないが、一応微かに寝息が聞こえた(気がする)ので(多分)心配ないだろう。
一方通行は藤田 ことねがベッドに入ったのを確認し、横にある椅子に腰掛け、足を組む。
「プロデューサーぁ、ちゃんとあたしが寝付くまで見ててくださいね...」
「わかったから早く寝ろ」
そんなやりとりを何度か繰り返して、ようやく藤田 ことねは眠りについた。ようやく、と言ってもそれほど時間はかかっていない。余程疲労が溜まっていたようなので無理もないが。
「戻りました」
彼女が眠りについて数分後、ガラ、と扉を開けて篠澤Pが入ってきた。
「一つ聞きてェンだが、保険医はいねェのか?」
「今はいないですね。そしていつ戻ってくるかもわかりません」
「...チッ、居残り確定かよ」
責任者がいないのに藤田 ことねをここに放置するわけにもいかない。目を覚ますまで待っているしかないだろう。
「手厳しい貴方も、流石に担当アイドルに対しては優しいと見える」
そう言って苦笑する篠澤P。
「オマエに言われたくねェな。仲良く一緒に登校どころかお姫サマ抱っこで教室まで送迎とは、甘やかしすぎにもほどがあるンじゃねェのか?」
「お姫さま...抱っこ...?」
二つのベッドを挟み、向かい合う形で会話していた一方通行と篠澤Pの間に、突如第三者の声が割り込んできた。
といっても二人の間に位置しているのはベッドを使用している藤田 ことねと、それともう一人、眠れる森の少女しかいない。
「プロデューサー...わたしをお姫さま抱っこ、したの...?」
そして藤田 ことねは目を覚ます気配がない。すなわち、その声の主は篠澤 広だった。
「...篠澤さん。いつから起きていたんです?」
篠澤Pは少女に話しかけながらも、その目線は確かに一方通行に向けられていた。余計なことをしてくれた、とでも言いたげなその視線をしかしながら一方通行は華麗にスルー。
「そっちの人...プロデューサーの友だちが入ってきたくらいから」
「狸寝入りのうえに盗み聞きとは、趣味が悪いですね」
二人のやり取りを横目に一方通行は欠伸をした。
変人同士の夫婦喧嘩のようなものだ、自分の関わるところではない。そもそも篠澤Pが変に隠し事をしていたのが悪いのだ________というのは若干ブーメランかもしれないが。
「ふふ...プロデューサー、わたしのこと好きすぎ。...ふぅ」
「最近、俺もようやくわかってきたんです。思い通りになると著しくモチベーションを損なうという貴方の悪癖が。だからこそ隠していたというのに...!」
夫婦喧嘩は犬も食わない、とはよく言ったもので、彼らはその後も言い争い(?)を続けていたが、一方通行はそれを気に留めることすらなかったし、藤田 ことねが目を覚ますこともなかった。
(帰りてェ...)
一方通行のそんな思いとは裏腹に、結局彼は夕暮れ過ぎまで、夫婦喧嘩が繰り広げられているこの保健室で過ごすことになるのだった。