とある学Pの一方通行 作:大内
月村 手毬とラーメン屋で会話した翌日。そして花海 咲季と藤田 ことねがダンス対決を行う前日。しかし一方通行には特段やることがなかった。
「......」
午前中の講義が終わり、他のプロデューサー科の生徒たちが各々行動を起こし始める中、いまだ一方通行は席に着いたまま微動だにしていない。
宙を舞う桜の花びらを教室の中から眺めつつ、そろそろ桜も散る時期か、などと珍しく益体もないことを考えていると、スーツのポケットの中のスマートフォンが震える。誰からの連絡だろうか________とは言っても一方通行が連絡先に登録しているのは例の三人(それとあさり先生)だけだ。
画面に表示された名前を確認し、スマートフォンを耳に当てる。
「...なンの用だ」
「あ、プロデューサー? 今大丈夫かしら?」
普段と変わらない、ハキハキと自信に満ちた声________そんな花海 咲季の声が携帯越しに聞こえてくる。
「問題ねェが」
「相変わらずね、あなた」
可愛い担当アイドルから電話がかかってきたんだからもっと嬉しそうにするべきじゃないかしら、と不満げな声が聞こえたが、一方通行はそれを黙殺して続きを促す。
「まぁいいわ。今すぐ事務所に来てもらえる?話したいことがあるから」
花海 咲季はそれだけ言うと、一方通行の返事を待たずに通話を切ってしまった。有無を言わさぬその勢いに一方通行は小さく舌打ちし、仕方なく重い腰を上げて教室を後にする。
最近、廊下を歩いていると好奇の視線を向けられることが多い。数少ない初星学園プロデューサー科の現役入学者で、なおかつ既に三人のアイドルのプロデュースを手掛けていることが主な原因だろう。正直それだけなら特に問題はないのだが、中には物好きなことに話しかけてくる連中すらいる。
「おう、
こんな感じで。
「聞いたぜ、ユニット結成の話。これまたとんでもないことを考えたな」
不機嫌な一方通行の表情に気付いているのかいないのか、目の前のツンツン頭の男____葛城Pは構わず話を続ける。というかユニット結成の話、あちこちに広がりすぎではないだろうか。最近話しかけてくる輩が妙に多いのももしかしてそれが原因か。
「...何の用だ」
話しかけてくる連中は適当にあしらっている。とはいえむやみに拒絶するような言葉は口にしていない。先の一件で自分の中にあった強迫観念を自覚した今、(誰かに頼るという)選択肢を狭めることはしたくなかった。
だが彼は知らない。そんな態度の変化が、『あれ、見た目は怖いけど意外と優しいかも』という認識を周りに植え付け始めていることを。それにより、結果的に一方通行に話しかける生徒が徐々に増えていることを。
「用は別にねえよ。世間話ってやつだ。」
飄々と口を開く葛城Pに一方通行は内心辟易する。話しかけてくる多くの生徒は適当にあしらえばそのまま去っていくのだが、この男(と篠澤P)は例外だ。話しかけてきたことも一度や二度ではない。
そもそもプロデューサー科の生徒の多くは特定のクラスに所属しない(自分が登録した講義にのみ出席する)ので、誰かと親密な関係になることはありえないと考えていた(一方通行自身も仲良しこよしが得意なタイプではないため好都合であった)のだが...。
葛城P、そして篠澤Pという例外二人の存在に辟易していると、件の葛城Pがあー、と何かを思い出したかのように再び口を開いた。
「...いや、やっぱ用あったわ。俺が担当してる葛城さんの話なんだけど」
「面倒そうだな」
「そう言うなって。今、絶賛葛城さんのプロデュース方針に困ってんだよ。誰かに相談したいんだが____」
「面倒だな」
「言い切りやがった...」
思ったよりもシンプルな要件だったが、シンプルだからこそ面倒くさい。というかなぜそれを自分に言ったのか。
「いや、アンタすげえ頼りになりそうだから。現役入学者だし」
「そういうオマエは浪人してるンだろ? 劣等生だから」
「あの...一方通行さん? もう少し手心というか、何というか...」
俺は一浪してるけどそれでも優秀な方なんだぞ、というか年上なんだから少しは敬意を払え、などと謎の先輩ブームをかましてくる葛城Pだったが、一方通行はそれを当然のように黙殺。
「あさり先生は」
「もちろん先生にも相談してる。ただ、やっぱ忙しいみたいだ」
生徒からの人気が高い先生だし仕方ないけどさ、と葛城Pはため息をつく。
正直、一方通行の知ったことではないのだが、これ以上縋られても面倒だ。仕方なく代替案を出してやることにする。
「生憎俺も暇じゃねェ、他を当たれ。...そォだな、例えば篠澤 広のプロデューサーあたりとか」
あの男は一方通行に世話を焼いてくる物好きな人間だ、葛城Pの相談にも恐らく乗るだろう。
「篠澤さんのプロデューサーって、アンタと同じ現役合格者の...」
「そォだな。俺からの紹介だ、とでも言っとけば少なくとも話くらいは聞くンじゃねェか?」
不本意ながら一方通行は篠澤Pに妙に気に入られているらしいし________と自分で言ってて気分が悪くなってきたので先の発言を撤回しようとしたが、葛城Pがそれを遮って、
「そうか、アンタら仲良さそうだもんな...。悪い、助かった! この礼はまた今度返させてもらう!」
どこをどう見たらそうなるのか、と一方通行が文句を言う暇もなく、葛城Pは走り去っていった。
篠澤Pが葛城Pの相談に時間を取られれば、自分に構ってくる暇もなくなるだろう________そんな目論見もあっての提案だったのだが、何というか嫌な予感がする。一方通行にとってイレギュラーな存在である二人の間に接点を作ったのは悪手だったのではないか。
いや、考えすぎだろう。
一方通行は嫌な予感を振り払うかのように軽く頭を振ると、花海 咲季が待っているであろう事務所に向けて足を踏み出した。
事務所の扉を開けて中に入ると、案の定、花海 咲季は既にそこにいた。彼女は一方通行に気付くと不機嫌そうに頬を膨らませ、
「ちょっと、遅いじゃない!」
「悪ィな、物好きに絡まれたもンで」
「プロデューサーって友達いたのね」
それにあなたはどちらかと言えば絡まれる側より絡む側じゃないかしら、とシンプルに失礼なセリフを吐いてくる花海 咲季。
「オマエに言われたくねェな」
「どういう意味よ!!」
面白いくらいにこちらの言葉に反応する。非常に揶揄いがいのある女だと、一方通行はそんな感想を抱いた。
とはいえあまり遊んでもいられない。面倒な用事は早急に終わらせるに限る。
「で、なンの用だ?」
わざわざ事務所にまで呼び出したのだ、それなりの用件なのだろう。少なくとも、花海 咲季にとっては。
「あなたの、意思を確かめに」
「意思、だァ?」
予想外の言葉が飛び出し、一方通行は怪訝に眉を寄せる。
「本気で佑芽に勝つ意思があるのかってこと」
と言っても疑ってるわけじゃないわよ、と花海 咲季は前置きし、
「ユニット結成の話も、ある程度は納得してる。わたしの成長限界を他のメンバーで補うのは良いアイデアだと思うし。まぁ、そのメンバーがわたしの足を引っ張らない前提ではあるけれど」
「......」
「この花海 咲季がユニットを組むことで佑芽に勝ち続けることができる。プロデューサーは、本当にそう思う?」
意思を確かめる。その言葉の通りだった。今一方通行が肯定すれば、花海 咲季は何の躊躇いもなくユニット結成を受け入れるだろう。プロデューサーに対する信頼_________というよりは、藁にもすがる思い、と言うべきだろうか。
花海 佑芽に勝ち続けるためならば、何でもするのが花海 咲季だ。
「...もう、逃げるつもりはねェのか」
「______ッ!」
そう、花海 咲季は花海 佑芽に勝つために何でもしてきた。
その中には逃亡_________この競技ではもう勝てないと見るや否や、別の競技へと対戦の場を変える_________も含まれる。
「知っていたのね、プロデューサー」
「当然、調べてある。俺はオマエのプロデューサーなンだぜ」
「じゃあ知っているでしょう。わたしが、『
花海 佑芽に勝ち続けるために、花海 咲季はさまざまな競技を転々としてきた。そして、彼女はそのすべてにおいて短期間のうちに優秀な成績を収めているのだが________。
「それだけだ。オマエのステータスはそこで成長をほぼ止める。あくまで『優秀止まり』。早熟なだけで伸び代がない。それが、オマエが『偽りの天才』を自称する理由だろ」
容赦のない一方通行の分析に、されど花海 咲季は正解よ、と薄く微笑む。
そして、そのまま一方通行を見据え、
「...正直、あなたがわたしをプロデュースする理由がわからないわ。そこまでわかってて、何でわたしなの? 佑芽という『真の天才』がすぐそこにいるのに_________」
「愚問だな」
正直、それは今の記憶のない一方通行には答えようがない疑問だった。が、それでも一方通行の言葉に迷いはない。
「オマエが逃げ続けてきたヤツだからだ」
「...え?」
「何度も逃げたってことは、その度に何度も立ち上がってきたってことだろ。これは持論だが、そういうヤツが一番厄介で、手に負えなくて、強い」
不思議と自然に言葉は出てきた。まるで過去に一方通行がそのような人間に出会い、敵対し、影響されたことがあったかのように、それくらい自然な言葉だった。
一方で、それがまったく予想外の答えだったのか、当の花海 咲季は目を白黒させている。が、それでも何とか飲み込んだようで、こほん、と小さく咳払いをした。
「それで...つまり?」
「オマエの方が、花海 佑芽より
少なくとも前の自分はそう判断したのだろう。そして、同じく今の自分もそう判断している。
花海 咲季はトップアイドルの器である、と。
「...プロデューサーって、変わってるわね」
でも、と彼女は小さく呟く。
「あなたがわたしのプロデューサーで、良かったわ」
意思を確かめる、という彼女の目的はどうやら果たされたようだ。満足そうに笑う彼女の表情に、不安の色はもう見えない。
「ただ、佑芽は本当に強敵よ。舐めてかかると大怪我するわ」
「別に舐めてるつもりはねェが_______」
そォだな、と一方通行は気だるげに首を振る。
「一位を取り続けるだけの簡単なお仕事だ。例え花海 佑芽が手に負えない化けモンであろうが、オマエが一位を取ればそンなもンは関係ねェ。...そもそも、何で一位と二位が分けられてるか知ってるか」
本来の実力の差がどうであれ、一位と二位、そういう風に格付けされてしまえばそれまでだ。
差が、確定する。
「その間に絶対的な壁があるからだ」
「いいわね、それ。わたし好みの考え方」
あなたとわたし、実は似ているのかもしれないわ、と花海 咲季は呟く。
「昨日別のヤツにも同じことを言われたが...似てねェだろ、別に」
月村 手毬はともかく、花海 咲季と似ているだなんて勘弁してほしい。一方通行は諦めずに何度でも立ち上がる、そんな泥臭いタイプではないし、花海 咲季と似ているのはむしろ________。
いや、そんな人間は知らない。知らない、はずだ。
「話は終わりか」
「ええ、すっきりしたわ! わたしはこれからレッスンに向かうけど、プロデューサーは?」
「しばらくはここにいる。また何かあったら呼べ」
「あら、いいのかしら? 藤田 ことねに付きっきりじゃなくて。ダンス対決は明日よ?」
自信満々、といった感じの笑みを浮かべる花海 咲季。
「生憎、アイツは今休養中だ。おかげで暇で暇で仕方ねェぜ」
「なんですって〜!?」
一方通行の挑発を受け、一転、彼女の笑みは膨れっ面に変わる。
どこまでいっても負けず嫌いの少女だ。もちろんそれは妹に対してだけでなく、万人に対してもそうなのだろう。
「それは違うわプロデューサー!」
「心を読ンでンじゃねェよ」
「わたしは、わたしに勝ちうるヤツに勝つのが好きなの! 勝って当然の勝負で勝ってもつまらないじゃない!」
彼女はそのまま一方通行にびしっ、と指を突き立て、
「明日、楽しみにしているわ! もちろんわたしが勝ったらユニットの話も諦めてもらうから!」
あなたも藤田 ことねもまとめてこてんぱんにしてあげる、と自信満々に言い放ち、事務所を出て行った。
「姉妹揃って声のでけェこった」
一人事務所に残された一方通行は耳を塞ぎつつ、中央に設置された椅子に腰掛ける。これからはここで作業することも増えるのだろう、何せ事務所なのだから。
三人の担当アイドルをもつプロデューサー、その仕事量はきっと尋常ではない。非常に面倒だ。
(花海 佑芽に勝ち続ける、ねェ...)
だからきっと、花海 咲季を花海 佑芽に勝たせ続けることも、プロデューサーとしての仕事なのだろう。
ただ_________。
一方通行の嘘偽りない本心を言うならば、
負け癖、と言うと聞こえが悪いかもしれないが、それがある程度は必要なのだ。勝ち続ければ勝ち続けるほど、いざ負けた時にその敗北が重くのしかかる。それこそ二度と立ち上がれないほどに。
だからこそ、さっさと敗北して
(そう、考えていたンだがな)
一方通行はそこまで思考して息を吐く。花海 咲季と面と向かって話をしただけで、その考えを変えてしまった自分に呆れていた。
プロデューサーとは、飽くまでも担当アイドルの志向を優先するもの。そんな、プロデューサーとしての役割が板に付いてきた自分に呆れていたのである。
(イイだろう。こうなりゃ徹底的にやってやろォじゃねェか。お望み通り、その虚勢を、偶像を、変えようのない事実にしてやる)
花海 咲季という
ただ、やはり。
プロデューサーとは『偶像』を作り上げていく存在なのだろう。例え、それがどんな形であれ。
学マス一周年、おめでとう。