とある学Pの一方通行 作:大内
そして迎えたダンス対決_________その当日。
「おっはよ〜」
「あら、逃げずにちゃんと来たのね! そこは褒めてあげるわ!」
改めて藤田 ことねと花海 咲季が向かい合う。
まだ午前中だと言うのに、二人とも元気がよろしいことだ。中でも藤田 ことねの調子は特に良さそうに見える。あれだけ悪かった顔色も、今朝はだいぶマシになっていた。
方や、一方通行は眠そうな表情を隠そうともしない。相変わらず朝に弱く、今も欠伸を噛み殺している。
そんな彼に二人は呆れた表情で、
「プロデューサー、しっかりしなさいよ」
「そんなんじゃあたしのこと言えなくないですか〜?」
「うるせェ、さっさと終わらすぞ」
一方通行は不機嫌そうにそう言うと、オマエが勝敗を決めろ、と花海 咲季を指差した。
「それが一番確実で納得のいく勝敗の決め方なンじゃねェか?」
その言葉を受け、少し意外そうな表情を見せる花海 咲季。対して、藤田 ことねはえ〜、と不満そうな声をあげていた。
「でも、その子がズルするかもしれないじゃないですか!」
「そンな面倒なことできる女じゃねェよ、コイツは」
「ふへへ〜、わたしのことよ〜くわかっているじゃない!」
「今の、褒められてるかは微妙なところだと思うナ〜」
花海 咲季という少女はアスリートである以前に、勝負への執着が強い、負けず嫌いの人間である。こと勝負において、彼女の判断ほど信用できるものもなかった。
________というのをわざわざ説明してやるほど一方通行は優しくない。
「負けた時にずるいとか言わないでよね!」
「言わねーし! 悪いケドぉ、かる〜く勝たせてもらっちゃうから!」
藤田 ことねは自信に満ち溢れた表情でそう宣言した。一昨日、あれだけ自信なさげにしていたのが嘘みたいな彼女の様子に、花海 咲季も流石に驚いたようで、
「へぇ、面白いじゃない。今のあなたに負けたらす〜っごく悔しいわ! 特別に名前を聞いてあげる!」
「あれ、言ってなかったっけ〜? あたしは藤田 ことね。よろしくね、花海ちゃん♪」
「ことね...。あなたのこと、好きになれそう!」
微妙に遅い自己紹介を交わし、ついに(ようやく?)ユニット結成を賭けたダンス対決が始まった。
「先攻はわたしね!」
順番決めのじゃんけんをするまでもなく、花海 咲季が自ら前に出た。それに対して藤田 ことねも特に意を唱えることはない。
一方通行が音源を流すと同時に花海 咲季のダンスが始まる。
(学年主席は伊達じゃねェか)
彼女の、まるでお手本のように完璧なダンスを目の当たりにし、一方通行はそんな感想を抱いた。
以前花海 咲季のことを『井の中の蛙』と評したことがあったが、とはいえ彼女の実力が高いことに変わりはない。新規入学者の中では、という括りももはや必要ないかもしれない。
初星学園へ入学し、アイドルを目指すと、そう決めたときから。彼女は誰よりもレッスンを行ってきたのだろう。その成果が今如実に現れている。
「......おぉ」
そんな花海 咲季のダンスに、藤田 ことねもまた感嘆の声を上げた。想像以上、とその表情が語っている。(本人は否定するだろうが)全校生徒の中でも類い稀なるダンスの実力をもつ彼女にこの表情をさせること自体が、そのまま花海 咲季の能力の高さを証明していた。
やがて、彼女のダンスが終わる________。
「どう、プロデューサー? わたしのダンスは!」
「...想像以上にやるじゃねェか」
「そ、そう? そんなによかったんだ...。ひひっ」
「だが________」
「はいは〜い。じゃ、次はあたしの番ですね」
「コイツもオマエの想像以上の実力者だ。よく見とくンだな」
「プレッシャーが凄いんですケド!」
それだけ信頼されてるならやるしかないですね、と藤田 ことねが前に出る。そして、彼女のダンスが始まった。
「〜♪」
先ほどの花海 咲季とまったく同じ曲、振り付けで踊っているのに藤田 ことねのそれはまるで別物に見える。
花海 咲季のダンスが劣っている、というわけでもない。むしろ彼女のダンスは
では、何が違うのか________。
(アイドル歴、か)
花海 咲季より僅かに軽やかで、笑顔が自然で、振り付けがわかりやすい。
その差は、アイドルとしての経験の差である。最近アイドルとしてのレッスンを始めた花海 咲季と違い、藤田 ことねは中等部時代からこの初星学園で厳しいレッスンを乗り越えてきた。その経験の差が、ダンスに現れている。
合間合間にアレンジを入れているのも高度な技術だ。ファンサ、というのだったか。中等部時代で学んできたことをちゃんと生かしているのがわかる。
「......」
そんな藤田 ことねのダンスを花海 咲季は真剣な表情で観察している。そこに時折悔しそうな表情が混じるのは、やはり実力の差がわかってしまうからだろう。
(実力の差があるとはいえ大きくはない。中等部で三年レッスンしてきたヤツに、アイドルとしては素人の女が匹敵しうるたァ、理外だな)
藤田 ことねは中等部出身の生徒の中でも(実際の成績とは裏腹に)間違いなく上位の実力者である。彼女と肩を並べられるのはそれこそ、月村 手毬や秦谷 美鈴を筆頭とした中等部トップアイドル、既にプロのアイドルとして活躍する三組の生徒に限られるだろう。
そこに僅かな期間のレッスンのみで食い込んだのが花海 咲季という女である。よく『偽りの天才』と自分を揶揄する彼女だが、一方通行からすれば彼女もまたある種の『天才』であった。
やがて、藤田 ことねのダンスが終わる________。
「はァ、はァ...ッ!」
流石に体力面ではアスリートの花海 咲季に劣る。息も絶え絶えに、藤田 ことねは膝に手をついて呼吸を整えた。苦しそうな仕草に反して、その表情は満足げだ。
「...で、どっちの勝ち?」
そう問う藤田 ことねに花海 咲季は一瞬言葉を詰まらせる。が、すぐに、
「わたしの負け!」
と言い放った。
「...想定内よ。初星学園にはわたしよりずっと長い時間レッスンをしてきた生徒がたくさんいる。アイドルとしてのレッスンを始めたばかりのわたしが、最初から全員に勝てるなんて思ってなかった! でも_______」
対戦相手との実力の差が大きければ大きいほど、負けた時の悔しさは小さい。この人には勝てなくても仕方ない。心の中でそう言い訳をして誤魔化すのである。
だが、花海 咲季は________。
「悔しい悔しい悔しい悔しい〜!!!!」
両手をぶんぶんと振り回し、全身を使って悔しさを表現していた。
「すげー悔しがるじゃん」
「あたりまえでしょ!? わたしは負けるのが世界で一番嫌いなの!」
彼女は実力の差など諸共しない。いつだって自分が勝つことにしか興味がないのが花海 咲季の欠点であり、また美点でもある。
「オマエはそれでイイ」
「言われなくても! ことね先輩、次こそは勝ってみせるんだから!」
「は? 先輩?」
「わたしよりアイドルとして先輩だから先輩! いいでしょ?」
「ダメに決まってんだろ! 勘違いされたらどーすんだ!!」
わーわー、と姦しく騒ぐ二人をよそに、一方通行はスマートフォンを操作する。画面には月村 手毬からのメッセージが表示されていた。メッセージの内容は、昨日の食事と、その写真である。一昨日ラーメン屋で会話をしてからというもの、彼女は律儀に食生活を報告するようになった。
面倒を見てやると言った手前、一方通行は月村 手毬の食生活をきちんと管理する必要があるのだが、今のところカロリー的には問題ない。無論、彼女が虚偽の報告をしていなければの話だが_________。
「プロデューサー、何してるんです?」
と、藤田 ことねが画面を覗き込んでくる。
「うわぁ、ご飯の写真ばっかり。誰です、これ。もしかして彼女?」
「オマエのもう一人のユニットメンバーだ」
「あぁ〜...」
「わたしたちの?」
しれっとユニットのメンバーになっている花海 咲季も画面を覗き込む。ダンス対決で負けた以上、それは約束通りなのだが、それにしても切り替えが素早すぎる。藤田 ことねも若干面食らっていた。
「......」
花海 咲季は月村 手毬が送ってきた食事の写真を一瞥し、意外そうな表情をする。
「面倒見がいいのね、プロデューサー」
「食事の管理ができてねェせいでこれ以上太られても困るからな。面倒だが、
「太られても...ってまさかそれ本人に言ってないですよね...?」
「言った」
「あら、何が問題なのかしら? コンディションを自覚しておくことは大事よ!」
「アンタたちにはデリカシーというものがないのか!!」
かわいそー、と珍しく月村 手毬に同情する藤田 ことね。やはり乙女として、体重関連の問題には共感できるのだろう。
「で、プロデューサー。この子が最後のユニットメンバーね?」
「オマエ、また足手まといがどうとか言い出さねェよな?」
「それはこの子の実力次第よ!」
「言っとくけどナ〜、花海。そいつはお前よりずっと歌上手いぞ。足手まといなんてとんでもない」
「嘘でしょ!?」
(どんだけ自分に自信あんだよ、コイツ...)
本気で驚愕する花海 咲季に藤田 ことねは呆れる。同時に、一昨日屋上でプロデューサーと話していたときの彼女の様子が今日とはまるで違うことに違和感を覚える。この花海 咲季を、あそこまで弱々しくさせる何かが存在するとは、考えただけで恐ろしい。
「足手まといはいらないわ。わたしは、佑芽に勝ち続けなきゃいけないから」
藤田 ことねの心を読んだかのように、花海 咲季はそう言った。
「だから月村 手毬は足手まといじゃねーっつの。...で、その佑芽ってのは?」
「わたしの可愛い可愛い妹よ!」
「で? その妹に、負けそうになって困ってるって?」
「そうよ! あの子は誰よりも強いんだから!!」
自慢げに胸を張る花海 咲季。それだけ妹に絶対的な信頼を置いているのだろう。そうでないと、こんなにも自信満々に自分が負けると宣言できるはずがない。
「へぇ、仲良いんだ。それにしても意外だナ〜。花海って、姉より優れた妹など存在しねぇ、とか言うタイプだと思ってた」
「そんなことを言うヤツは姉失格ね! わたしがこてんぱんにしてあげるんだから! そいつはどこにいるの、ことね先輩!!」
「世紀末にいるんじゃね________って、だから先輩呼びやめろ!」
「まァ、ともかく」
二人の言い合いを、一方通行が遮った。
「オマエが妹を打ち負かすために、そしてオマエが金を稼ぐために、『月村 手毬』は必要なパーツなンだよ」
藤田 ことね、花海 咲季に次ぐ最後のユニットメンバー。
中等部トップアイドルにして元『SyngUp!』。月村 手毬ほどそれに相応しい人物もいないだろう。
「わかってますよ〜。あたしが大金持ちになるためにも、アイツにはユニットに加わって貰わないとですよね!」
「わたしたちに任せなさい、プロデューサー! 必ず、月村 手毬を仲間にしてみせるんだから!!」
「...あァ、任せた」
それは、一方通行にしては非常に珍しい『他力本願』だった。
月村 手毬を説得する適任は一方通行ではない。それを踏まえたうえで、彼は『人に頼る』という選択をしたのだ。それはまさしく、花海 咲季と藤田 ことねならば、月村 手毬を上手くユニットに引き込んでくれるだろうという希望的観測に満ちた『他力本願』だった。
それが一方通行にしては珍しい行動であると、花海 咲季と藤田 ことねは短い付き合いながら何となく察し、ほぼ同時に笑みを浮かべる。
「今日はなんだか素直ですねぇ、プロデューサー」
「プロデューサーもそれだけわたしを信用してくれているということかしら! お姉ちゃんって呼んでもいいわよ!」
「それはおかしいだろ! 年下の姉とか意味わかんないし!!」
「ふざけたこと言ってンじゃねェ。用は済ンだだろ、さっさと出るぞ」
この部屋はダンス対決のために貸し切ったものだ。ただし時間制であり、この後に別の生徒が使うことになっている。まだ時間に余裕はあるが、早めに出ておくに越したことはないだろう。
「プロデューサー! お昼一緒に食べましょう!!」
「あ、ズル〜。あたしもご一緒していいですかぁ、プロデューサー?」
レッスン室を後にするや否や、そんなことを言い出す二人。
「悪ィが、俺は外で食う」
「外食は体に悪いわよ! わたしのお弁当を分けてあげるわ!!」
「流石に一人分の弁当を二人で分けるのは無理があるんじゃね...?」
「もともと佑芽のために作った分があるから、それをプロデューサーにあげるわ。佑芽ったら、友達と食堂で食べる、なんて直前になって言うんだもの」
「勝手に話を進めンじゃねェよ。俺は食わねェからな」
「え〜。せっかくだし一緒に食べましょうよ〜」
「可愛い可愛い担当アイドルが誘ってるんだから、ちょっとは嬉しそうにしなさいよ!」
不満げな表情の二人を見て、一方通行は内心うんざりする。何が悲しくて高校生のガキと一緒に飯を食わないといけないのか。流石にこれはプロデューサーの仕事の範疇を出ているだろう。
だが________。
(担当アイドルとの信頼関係を築くことが重要、ねェ)
あさり先生の講義を思い出し、喉元まで出ていた拒絶の言葉を直前で止めた。プロデュースをするうえで障害となり得るものはできるだけ排除しておきたい。担当アイドルからの信頼を得ることでプロデュースが楽になるのならば、一方通行としても願ったり叶ったりである。
「...仕方ねェ。今回だけだ」
「じゃあ行きましょう! わたしの料理の腕に慄きなさい!」
「最低限食えるもンがでてくるンだろォな...?」
「もしもの時は、あたしのお弁当分けてあげますネ!」
「失礼にもほどがあるでしょ!?」
軽口を叩き合いながら三人は横に並んで歩く。
その直後、昼食を彼女らと共にしたことを一方通行は深く後悔するのだが、それはまた別のお話。
少なくとも、食事は味さえよければ何でもいいというのは極めて愚かな考えであると、彼が痛感したことだけは確かである。
フェス限復刻する直前に石全部使い果たして鬱。