とある学Pの一方通行 作:大内
「調子はどォだ?」
一方通行が秦谷 美鈴たちと別れてから向かったのはとあるレッスン室だった。昼寝をしたことで多少頭がスッキリした一方通行は、担当アイドルたちの様子を見に行くことにしたのである。
扉を開けてレッスン室に入るや否や、二人の少女が駆け寄ってきた。
「あっ、プロデューサーぁ♡ 来てくれたんですネッ」
「わたしたちのレッスン、しっかり見ていきなさい!!」
藤田 ことねと花海 咲季だ。
二人とも元気が有り余っている様子で、これから始まるレッスンに向けて意気込んでいるのがよくわかる。
一方で________。
「......」
(睨ンでやがる)
月村 手毬は一方通行に絶賛ガンを飛ばしていた。彼女の底知れぬ怒りが伝わってくるようだが、生憎、それに怯む一方通行ではない。
やがて、微妙に不穏な空気が漂う中ダンスレッスンが始まった。
壁に背をもたれさせ、一方通行は欠伸をする。こうして見ると、やはり一方通行の担当している三人の能力は高い。彼女らが初星学園の生徒の中でも上澄みの存在であることは間違いないだろう。その点、記憶を失う前の自身の選択は間違ってなかったと言える。
「よし、五分間の休憩をやる。水分補給はしっかりな」
そんなことを考えていると、ダンストレーナーが三人に休憩を言い渡して一方通行に話しかけてきた。
「三人とも、一年生にしてはなかなかの実力者だ。良いアイドルの卵を見つけてきたなぁ、プロデューサー」
「俺からすりゃそれ以上に問題児の集まりだがな。言わねェと休まないヤツからシンプルに素行の悪いヤツまで勢揃いだ」
藤田 ことねと月村 手毬の悪癖を思い出し、一方通行は辟易する。もしかしなくても花海 咲季が一番マシなのではないかと一瞬考えたが、彼女の手料理を思い出してすぐにその思考を頭の中から追い出した。
「そう言うお前もなかなかの問題児らしいな、プロデューサー。根緒から話は聞いてるぞ」
あの女、余計なことを、という心の声はさておき、一方通行があさり先生の講義でよく居眠りをしている(その度にバレて起こされている)ことは事実であった。
「が、同時にお前が非常に優秀だということも耳にタコができるほど聞かされている。何があったのか詳しくは聞かんが、月村のこともさっさと何とかしておけよ」
月村だけ若干表情と動きがぎこちないからな、と言い残して、ダンストレーナーはレッスンを再開しに行った。さすが、トレーナーだけあってよく見ている。
が、月村 手毬を何とかするのは一方通行の役目ではない。
「よし、おつかれ。今日はここまでだ」
ダンストレーナーがそう言い渡し、レッスンが終了する。
月村 手毬はダンストレーナーに礼をするや否や、雑談している花海 咲季と藤田 ことねを無視して速やかにレッスン室の出口へと向かった。
「俺と話をする気はねェよォだな」
「...当たり前です。私にユニットを組ませようとしてくるプロデューサーなんて、信用できるわけない」
彼女の拒絶は本心からの拒絶、というわけでもない。少なくとも、月村 手毬は一方通行のことを自身のプロデューサーであると認めている。そうでなければ毎日律儀に食事の写真など送らないだろう。
ただ一点、『ユニットを組む』ことだけはやはり認めないようである。
「...ほォ。飯を奢る、と言ってもか?」
「ッッッッッ!?」
一瞬、彼女の端正な顔立ちが歪んだ。月村 手毬はいろいろな意味で『食』に弱いのだ。
が、一方通行の予想に反して彼女はすぐに平静を取り戻し、
「...食べ物で釣られるとかありえませんから。そもそも、外食の類を許容できるのは月に一回までってプロデューサーが言ったんだよ」
これでほいほいと釣られるようならば一度お仕置きが必要だと思っていたが、その心配もないらしい。基本的に月村 手毬はストイックな優等生なのである。
(あぁ〜! プロデューサーとご飯、行きたかったのに〜!!)
そんな本音が表に現れることなど滅多にない。本音が外に出ないせいで彼女は問題児として扱われるのであり、本音が外に出ないおかげで彼女はかろうじてクール系アイドルとして振る舞えるのである。
「まァ...無理強いはしねェ。気ィ付けて帰れよ」
気を付けて帰れ、など。そんな誰かを気遣うような言葉は久しぶりに口にした気がする。初星学園で多数の人物と関わり合い、一方通行は確実に丸くなっていた。それが良いことなのかは正直わからないが。
「......」
月村 手毬は何か言いたげにしばらく口をもごもごさせていたが、ついに何も言わずにレッスン室を出て行った。
その姿を黙って見送る一方通行に、話しかける人物が二人。
「あ〜あ。フラれちゃいましたね、プロデューサー」
「...な〜んかプロデューサー、あの子に甘くない?」
「え〜? 気のせいじゃね?」
悪戯な笑みを浮かべる藤田 ことねとは対照的に、不服そうに頬を膨らます花海 咲季。
「それかほら、月村がユニットに入ってくれないと困るからご機嫌取りしてる、みたいな?」
「プロデューサーにそんなことができると思う? いっつも仏頂面で愛想のかけらもないのがわたしたちのプロデューサーじゃない」
「好き勝手言ってくれやがる...」
とはいえ愛想のかけらもないことは自覚しているので、特段目くじらを立てることもしないが。
「さぁ理由を言いなさい、プロデューサー!」
「別に甘やかしてるつもりはねェンだが...」
記憶を失う前ならともかく、今の一方通行が担当アイドル三人に向けている感情に特段大きいものはない。つまり、誰を贔屓しているだとかしていないだとか、そういった事態も起こり得るはずがないのである。
だが、強いて言うならば_________。
「知り合いのガキに似てる、気がしないでもない」
最も、そのガキが実在するのかも一方通行にはわからない。なんせ肝心の記憶が残っていないのだから。だから、似てる『気がする』。強いて言うならばそれが理由だ。
「ふ〜ん? まぁ、そういうことにしといてあげるわ!」
「ちなみにその子、何歳くらいなんです?」
「...いまいち思い出せねェが、十歳くらいだったか?」
実際は思い出せないどころか記憶に残っていないのだが、その通りに伝えるわけにもいかないので適当に返答する。
「それ、本人に言っちゃダメですからね。絶対に」
めちゃくちゃ怒りそう、と呟く藤田 ことね。
月村 手毬が自身をクールで大人びていると思い込んでいることは、短い付き合いながら一方通行にも何となくわかっていた。まぁ、そうでなくても余計なことを言って信頼関係を壊すことは避けたいのだが。
「ふっふっふ...。この花海 咲季に任せておきなさい! 明日にはあの子________月村 手毬もユニットメンバーになっているに違いないわ!」
「いや、流石にそれは言い過ぎだと思うケド...。ま、あたしもできる限り説得してみますよ。月村 手毬_________アイツは、あたしがお金持ちになるのに役立つユニットメンバーですからネっ♡」
「あァ...期待してるぜ」
根拠はないが、きっとうまくいくはずだ。
問題児。癖の強い実力者。とことんユニットに向かない少女。そんな月村 手毬であっても、この二人なら。花海 咲季と藤田 ことねとならば、彼女はユニットの一員として大きく羽ばたけるはずだ。
そして、彼女らがトップアイドルとなったならば、そのプロデューサーである一方通行は(成績的にも金銭的にも)安泰である________という邪な思いはさておき。
二人に別れを告げ、一方通行は作業をしにレッスン室を後にする。
________その直前だった。
「ちょっと待ちなさい、プロデューサー」
気のせいだろうか、若干怒気がこもった花海 咲季の声が一方通行を呼び止めた。何の用だ、と一方通行が気だるげに振り返ると、そこにはスマートフォンの画面をこちらに見せつける彼女の姿があった。
「これは、どういうことかしら?」
その画面に表示されていたのはとある写真。
もとい、一方通行が秦谷 美鈴に膝枕されているその瞬間が激写された特大スクープ写真であった。
「あの色ボケが...」
「佑芽が言うには数十分間この状態だったらしいけど...。さぁ、今度こそ納得のいく説明をしてもらうわよ!」
「あれ? これ元『SyngUp!』の子じゃん。どういう関係なんです、プロデューサー?」
花海 佑芽から花海 咲季に送信された特大スクープ写真は、無事彼女の逆鱗に触れたようだった。というか写真を撮るのは百歩譲って良いとして、数十分もの間様子を観察していたのは一体何が目的なのか。
「説明すンのもアホらしいンだが...」
「そうはいかないわよ! 納得のいく説明があるまで帰さないんだから!」
「もしかしてこの子もプロデュースしてるとかです? まぁ、あたしは別にいいんですケドぉ...。こうも内緒にされてることが多いと信用できなくなるっていうかぁ...」
怒りに燃える花海 咲季と、一見寛容なようで非常にシビアなことを口にする藤田 ことねに一方通行は辟易する。
その後、誤解を解くまでに多くの時間を浪費したことは言うまでもないだろう。解散する時には外はすっかり暗くなっており、一方通行は今回の事件の発端となった秦谷 美鈴と花海 佑芽に恨みの感情を抱くのだった。
そして翌日_______。
「プロデューサー! 報告がありま〜す!」
そう言って事務所に飛び込んできたのはレッスン着姿の藤田 ことねだった。後ろには花海 咲季。そして、月村 手毬の姿もある。
「私たち、ユニットを組むことにしました」
そんな月村 手毬の宣言を聞き、一方通行は僅かに眉を動かした。うまくいくとは思っていたが、それでもたった一日で解決するのは予想外だった。つくづく他人に頼ることを選択肢から排除してきた自分が嫌になる。
記憶を失う前の、彼女らをユニットとしてプロデュースしようと決心した自分であれば、彼女の宣言に特段驚きを見せることもなかったのかもしれないと思うとなんだか無性に腹が立った。
ともかく、(少なくとも一方通行にとっては難題であった)問題を解決した功労者に声をかける。
「有言実行たァ驚いた。やるじゃねェか、花海 咲季」
「ひひ〜。そりゃやるわよ、わたしはお姉ちゃんだもの! あと、ことねも熱心に説得してくれたし...」
「説得...? あの悪口の応酬が...?」
「うるさいナ〜。いいじゃん、実際に今お前はユニットメンバーとしてここにいるんだし」
納得いかなそうな月村 手毬だったが、彼女は切り替えるかのように咳払いをして、
「...ユニットを組むことには納得しましたが。プロデューサーにはあらかじめ言っておきます」
およそユニットメンバーに対するものとは思えない宣言をした。
「私、この二人のことが嫌いです」
「構わねェぜ」
が、その言葉の真意は一方通行にもわかっている。
「嫌い同士だからこそユニットを組めるンだ、オマエらは」
「...そうやって見透かしたことを言う人も、私は嫌いです」
お互いが必要以上に干渉しない、多少迷惑をかけたとしても気にならない関係性。それは、生ぬるい友人関係などではなく、
「で、そろそろ教えてほしいんですケドぉ...」
と、藤田 ことねが我慢の限界、と言わんばかりに手を挙げた。
「なんでこの三人なんです?」
「わたしも気になるわ! なんでわたしたちを選んだの?」
そりゃあわたしは可愛いし選ぶのも仕方ないけれど、と自信満々に付け加える花海 咲季を無視して一方通行は口を開く。
いつか聞かれるとは思っていた。だが、言うまでもなく、前の自分がこの三人を選んだ理由は今の一方通行にはわからない。だから、これから口にするのはあくまで『今の一方通行』がこの三人をプロデュースする理由である。
「強い競争意識。互いを理解し、長所を引き出し輝かせ合う関係性。そして、メンバー全員がアイドルとしての個性、強みを持っていること。...以上が、俺がユニットに求めるものだ。だからオマエらを選んだ」
強い競争意識については言うまでもない。
互いを理解して、長所を引き出し輝かせ合う。これについても及第点。
最後にアイドルとしての個性、強み。藤田 ことねはダンス。月村 手毬は歌。そして花海 咲季は総合力。いずれも申し分ないだろう。
(特に、花海 咲季に関しては俺も把握していない『何か』がある気がする。ソイツが何かはまだわからねェが...)
「...それが、わたしたちを選んだ理由?」
「まァな。納得したかよ?」
「相変わらず、プロデューサーってあたしを高く評価してますよネ...」
「プロデューサーが言うほど、自分にアイドルとしての才能があるのかって?」
卑屈なやつ、と続ける月村 手毬。
「前まではそう思ってた。...でも、最近になってようやく吹っ切れた気がする。プロデューサーが才能があるって言うなら、それは確かなんだろうって。期待されてるなら、そのくらいの自己評価はしてもいいって」
「単純バカだね。...でも、ま、いいんじゃない?」
真剣な眼差しで言葉を紡ぐ藤田 ことねに、月村 手毬は短く返す。罵倒にしか聞こえないその返事には、意外なことに棘がなかった。
(足を引っ張ったら殺す、とかいうアイドルらしからぬ言葉吐いてた割にはキツいヤツじゃないよナ〜。なんか意外かも?)
彼女は知る由もないのだが、藤田 ことねが一方通行と接することで自己評価を改めたように、月村 手毬もまた一方通行の言葉に影響を受けている。
(プロデューサーが言ってた『悪党の美学』...。ちょっとカッコいいかも。私みたいなクール系アイドルにぴったりだね)
月村 手毬には、自分がカッコいいと感じた相手の真似をする悪癖がある。それが今回は良い方向に働いているようだった。
一方通行もそのことに何となく気付いていたが、口には出さない。
強いていうならば、今の月村 手毬の素行の悪さはいったい誰からの影響なのだろう。教育によろしくないので是非ともやめていただきたい。
「で、プロデューサー? 今後の予定________もとい、わたしたちの初ライブの日程は決まっているのかしら?」
メンバー選定理由に納得したところで、次に花海 咲季が気になるのはライブ日程についてらしい。気が早いというよりは『本番』を意識しているのだろう。流石元アスリートと言ったところか。
むろん、彼女のその性質は一方通行も理解している。担当アイドルのモチベーションを高めるのもプロデューサーの仕事のうちだ。
「HIF
「...やっぱそうなります?」
「なによそれ?」
一方通行の言葉に真っ先に反応したのは藤田 ことねだった。次いで、花海 咲季が訝しげな声を上げる。
「希望者のみが参加する実践形式の試験。ライブをして、審査員から評価を受けるの。四月末と五月末の二回ある」
「説明ご苦労ォ」
「偉そうに。本来プロデューサーの仕事でしょ」
そんな月村 手毬の文句を黙殺し、一方通行は続ける。
「その二回のHIF
「ちっとも簡単じゃねーですよ! HIF
「ならわたしたちにピッタリじゃない!」
「わかってるよね? ...勝つ気がないなんて言わせないから」
「はぁ〜...。怖気付いてる場合じゃないかぁ! やらなきゃオシマイだもんね!!」
「まずは、四月のHIF
花海 咲季はそこで一旦言葉を区切ると、藤田 ことねと月村 手毬、その両者と改めて目を合わせた。この時、三人の心の内が一致していることは、誰が見ても、それこそプロデューサーである一方通行でなくとも容易にわかっただろう。
「勝ちに行くわよ!」
「「「お〜〜〜っ!」」」
こうして、花海 咲季、藤田 ことね、月村 手毬の三名によるユニットがようやっと結成されたのだった。
しかし、むろんここがゴールではない。むしろここから始まるのだ。一方通行はその事実に(彼にしては珍しく)不安を感じ、小さくため息をつくのだった。