とある学Pの一方通行 作:大内
(面倒くせェ...)
そう感じるのはもう何度目だろう。
目の前でやいのやいのと騒いでいる姉妹、花海 咲季と花海 佑芽を見て、一方通行はこれまた何度目になるかわからない深いため息をついた。
本当に面倒なことをしてくれた、というのが記憶を失う前の自分に対する一方通行の正直な感想である。三人のプロデュースを引き受けたのは百歩譲っていいとして、なぜ直前で記憶を失って『今の一方通行』にすべてを押し付けたのか。最後まで責任をもて、と声を大にして言いたい。
ほんの一部を除いて何もかもを思い出せない一方通行からすれば、記憶を失う前の自分などただの他人である。そんな他人の尻拭いを自分がしなければならないという理不尽に、もはや彼は殺意に近い感情を抱いていた。
「ところでプロデューサー」
一方通行が物騒なことを考えていると、妹と楽しそうに話していた花海 咲季がふと何かに気づいたかのように声をかけてきた。
「あなた、ちょっと変わったわね」
どうも、勘のいい人間らしい。
「えぇ〜、お姉ちゃんがプロデューサーさんにスカウトされたのってつい最近なんだよね? そんな短い間に変わったとしたら、変だよ〜」
「それもそうね...。でも何というか、前に会った時より偉そうになったというか______ううん、前も偉そうではあったんだけど______」
「随分な物言いじゃねェか」
「...そういうところよ」
でも嫌味な感じはしないのがプロデューサーの不思議なところよね、と首をひねる花海 咲季。
『前より偉そうになった』という感想に関しては一方通行の知ったことではないが、とはいえ『記憶を失う前の一方通行』と『今の一方通行』の間に彼女が違和感を覚えたのは事実らしい。
「勘がイイじゃねェか、とだけ言っておくぜ」
「そうでしょ〜ふへへ〜」
前の自分は随分と変な女をスカウトしたようだ。
両頬に手を当ててくねくねする花海 咲季を見て、一方通行は内心うんざりした。この様子だと、件の『藤田 ことね』と『月村 手毬』もまともではない可能性が出てくる。
「むう...お姉ちゃんとプロデューサーさんがイチャイチャしてる...」
今の会話をどう受け取ったらその解釈になるのか、花海 佑芽は頬を膨らませて不満げにしている。もしかしなくても(補欠入学だし)馬鹿なのではないか、と一方通行は思った。
そんな一方通行の辛辣な評価に気付いた様子もなく、花海 佑芽は続けて、
「つまり、プロデューサーさんもあたしの宿敵だったんですね!」
「何が『つまり』なのかさっぱり分からねェンだが...」
「なら、あなたにも勝ちます! ...お姉ちゃんも、あたし今度こそは負けないから!」
「えぇ、相手になるわ! かかってきなさい!!」
「ぐぬぬぅ...余裕ぶりやがってぇ...」
花海 佑芽は悔しそうに拳を握ると、再び一方通行に向き直って、
「それはそれとしてプロデューサーさん。お姉ちゃんをよろしく!」
「ちょ、ちょっと!?」
「えへへ。それじゃ、またね〜」
花海 佑芽はそれだけ言うと凄い勢いで走り去っていった。
その勢いは一方通行が思わず面食らってしまうほどで、それはつまり彼女のフィジカルが異質であるということをよく表していた。
一方、羞恥で頬を僅かに染めて黙っていた花海 咲季はしばらくすると我に帰ったかのように頭を振り、
「ねぇ、プロデューサー」
「あァ?」
「あの子が、わたしの
気丈に言い放つ花海 咲季のその表情の中に、僅かに滲んだ恐怖。それを見逃す一方通行ではないが、わざわざ指摘するほどお人好しなつもりもない。が、それはそれとして______。
花海 咲季という人間が見えてきた。
「す〜っごく、可愛いでしょ!?」
なぜアイドルを目指しているのか。そして妹との関係性。彼女はそれを踏まえたうえでそう発言しているのだから、手に負えないレベルのシスコンだ。
「...そォだな」
一方通行はそれだけ呟いて沈黙した。自分の中に沸々と湧き上がる知らない感情を無理やり抑えつける。それが彼のせめてもの抵抗だった。
欲を言えばもう少し情報収集がしたい。そう考えた一方通行だったが、どうやら花海 咲季はこの後クラスでオリエンテーションがあるらしい。そうなると、今日は彼女から手がかりを探るのは難しそうだ。
やけに上機嫌な彼女と別れた後、一方通行はしばし思案する。
(アイドルとやらに興味はねェが、かといってここを退学するのも不味い)
何しろ元々自分の住んでいた場所さえ思い出せない。面倒だから、と初星学園を退学したところでもっと面倒なことになるだろう。一方通行としても路頭に迷う趣味はないのだ。
と、ここで今更ながら一方通行はスーツのポケットの異物感に気付く。
何かと思い取り出すと、スマートフォンと財布だった。
これは大きな手がかりがありそうだ。そう期待して財布の中身を見るも、あるのは何十枚かの紙幣と硬貨。かろうじてキャッシュカードと学生証も見つけたが、キャッシュカードに関しては暗証番号がわからない。
暗証番号といえばスマートフォンもそうだ。暗証番号に目星がつかないなら少なくとも今ロックを解除することはできない______。
しかし。
「...不用心なヤツ」
意外なことにスマートフォンのロックは指で画面をスワイプしただけで簡単に解除されてしまった。要するに、前の自分は暗証番号を設定していなかったのだ。
とはいえ好機は好機。一方通行は素早く中のアプリに目を通す。
ほとんど初期から入っているアプリのようで、新たに追加されたであろうアプリは連絡用SNSくらいだ。
連絡用ツールを覗くと、やはりと言うべきか、そこには片手で数えられるほどの人数の連絡先しか登録していなかった。
自分がプロデュースしている花海 咲季、藤田 ことね、月村 手毬。その三人の連絡先と、
「
もちろんその名前に覚えはない。手がかりを見つけようとしたのにまた謎が一つ増えてしまったと一方通行はうんざりする。
が、考えていても仕方ない。一旦SNSを閉じ、今度はメモアプリに指を伸ばす。深い考えはない。ただ、何でもいいから手がかりが欲しかった。
「これは...」
結果として、その行為は正解だったと言えるだろう。そこには『初星学園全生徒』というタイトルのメモが存在していた。
いくら何でも全生徒のデータをメモしておく奴があるか、という気持ちはさておき、一方通行はそのメモにざっと目を通す。
『花海 咲季。多数のスポーツを経験してきた元アスリートで、アイドルなら自分の体格でもトップを狙えるという理由で初星学園に入学。能力は高く、新入生の中でも成績はトップ。一方で、自分の成長に限界を感じており、妹の花海 佑芽に追い抜かれることを恐れている』
『藤田 ことね。内部進学組。金銭的な理由でバイト漬けの日々を送っており、疲労のせいか成績は悪い。しかしながらダンスの実力に関しては抜きん出るものがある。バイトさえ辞めさせることができればトップアイドルへの道も近付くだろう』
『月村 手毬。内部進学組。中学時代に『SyngUp!』というユニットを組んで活動していたが現在は解散。中等部ナンバーワンアイドルと称される実力の持ち主で、特に歌に関しては右に出るものはいない。ただし、性格に難あり』
と、このような形で初星学園アイドル科の全生徒の情報が顔写真とともに綴られている。
プロデューサーとはここまでする必要があるのか。一方通行は若干呆れつつ、それでも一応一番下まで目を通した。何にせよ、覚えておいて損はないはずだ。
ちなみに、根緒 亜紗里の名前はこのメモにはなかった。つまり、根緒 亜紗里とやらは初星学園の生徒ではないらしい。また、花海 佑芽の名前もそこにはなかった。これに関しては彼女が補欠入学だからだろう。
(これで情報はそれなりに集まった、か。あとは『藤田 ことね』と『月村 手毬』にも話を聞く必要があるか...)
一方通行が今後について思案していると、
「おや、貴方は_____」
スーツの男が声をかけてきた。プロデューサー科の人間だろう。太い縁の眼鏡とワックスで整えられた髪はきっちりとした人間であるという印象を一方通行に与えた。
「確か、すでに三人の生徒のプロデュースを担当している...」
「なンの用だ」
「失礼。『
「篠澤 広...」
先ほどメモで見た名前だ。確か、飛び級で海外の大学を卒業した天才だとか。ただ、試験において実技が0点だった、とも書かれていたような。
「とンだ物好きもいたらしい」
「よく言われます」
男は気を悪くした様子もなく言い放つ。
まだ話をするつもりらしく、一方通行のもとを去る様子は一切ない。仕方なく一方通行も名乗ることにした。
「一方通行だ」
「では一方通行さん。早速本題に入らせてもらいますが...」
篠澤 広のプロデューサーはそこで一呼吸置き、
「ひょっとして記憶を無くされたりしてませんか?」
「...なンだと?」
それは呆気に取られるほど軽く放たれた言葉だった。
一方通行の描写のために新約を読み直したんですが、思ったより性格が丸いことに気付きました。