とある学Pの一方通行 作:大内
第18話『個の力』前編
「お疲れ様で〜す...」
花海 咲季、月村 手毬、藤田 ことねが同居を始めてから一週間ほど経ったとある日のこと。
一方通行が事務所で作業をしていると、ガラ、と扉を開けていかにも満身創痍な藤田 ことねが入ってきた。
「バイト、辞めたンだよな?」
「辞めましたよぉ」
「だったらなンでそンな疲れてやがンだ」
作業を止め、藤田 ことねをソファーへと促す。彼女は倒れ込むようにしてソファーの上で横になった。
「アイツらが...トラブルばっか起こすんですよ」
そして、藤田 ことねは横になったままぽつりぽつりと語り始めた。
彼女の話をまとめると、こうだ。
「花海 咲季と月村 手毬が喧嘩ァ?」
「ハイ...。主に咲季のペースト飯が原因で」
我の強い三人を同居させることのデメリットが早速顕になったというわけだ。喧嘩の仲裁と、喧嘩によって生じた周りへの迷惑に対する謝罪は今のところすべて藤田 ことねが行っているらしい。疲れて当然だ。
詰まるところ、一方通行の負担を減らした結果、そっくりそのまま藤田 ことねがその負担を背負うことになってしまったというわけだ。これには流石の一方通行も多少の罪悪感を覚えないこともない。
「花海 咲季にとってアレは日常。毎日食べることを苦とも思ってねェはずだ。矯正は難しいだろォな」
「こっちも作ってもらってる身ですしあんま文句は言いたくないんですけどね。でも、あたしはともかく手毬がそろそろ限界っていうか...」
前なんて『パサチキパサチキペーストペーストブロッコリー豆豆ペーストパサチキサプリメント謎の汁』とか暗号じみたことを言ってましたよ、と乾いた笑みを漏らす藤田 ことね。
「まァ、俺としてもアレは二度と食べたくねェシロモノだな」
味は悪くねェのに不思議なもンだ、と苦々しい顔で呟く一方通行。
「食事には見た目も重要ってことをどォにかわからせるしかないんじゃねェか。難しいと思うがな」
「やっぱそれしかないですよねぇ。なんとかやってみますよ、早々にユニット解散とか洒落になんないですし。でも、プロデューサーも協力してくださいね?」
「俺にできることならな」
面倒臭いことはできればやりたくねェが、という言葉は心の奥底に留めておく。代わりに、一方通行はプロデューサーとしてのセリフを出力した。
「アイツらはまだレッスンしてンのか?」
「そうですよ。咲季はもうすぐ切り上げるって言ってましたケド、手毬はどうかナ〜。あいつ、オーバーワーク気味なとこあるし」
「仕方ねェが出向くとするか。オマエも来い」
話がある、と言いながら事務所の扉を開けてすたすたと歩き始める一方通行。彼がレッスン室に向かっているのだということを少し遅れて理解した藤田 ことねは慌てて後を追う。
「ところで話ってなんです?」
「今後の方針...ってトコだな」
詳しくは三人揃ってから説明する、と詳細を言わない一方通行に対して、藤田 ことねはもうすっかり慣れた様子で後をついていく。
自分のプロデューサーが、必要最低限のコミュニケーションしか取ろうとしない、要はあまり雑談を好まないタイプだということを彼女は何となく察していた。とはいえこちらから話しかければそれなりに応じてくれるので、別に気まずいとかではない。
「...プロデューサーはぁ」
そんな一方通行の性質を踏まえたうえで、藤田ことねは(彼女にしては珍しいことにあえて空気を読まず)話を切り出した。
「咲季と手毬とあたし。誰が一番可愛いと思いますか〜?」
明らかに、からかいを目的としたその質問。藤田 ことねは場の空気を読むのが上手いという大人な一面をもつ一方で、親しい人物をからかって遊ぶという年相応の一面ももっていた。
「あァ?」
赤く冷たい視線を受けても藤田 ことねが動じることはない。なぜなら彼女は、一方通行がその容姿に似合わない優しい人物だということを知っているからである。疲労困憊の自分をお姫様抱っこして寮まで運んでくれたときのことを思い出し、彼女はわずかに頬を羞恥で染めた。
「どォ答えても角が立ちそォな質問だな」
「そんな真面目に考えなくてもいいですって! ただの雑談だと思って、ほら、気楽に答えてくださ〜い」
「そもそもツラに自信のあるヤツしかここにはいねェだろ」
「プロデューサーの好みの顔とかないんですか?」
「...ねェな。考えたことすらねェ」
だから言えるのは、一方通行個人としてではなく、彼女らのプロデューサーとしての意見だけだ。
「『可愛さ』とやらを全面に押し出していけるのは藤田 ことね、オマエだろ。花海 咲季と月村 手毬もツラはイイが、アイツらはどっちかと言えば『格好良さ』を押し出していくタイプのアイドルだ」
特に月村 手毬なンて自分からそれを望ンでやがる、と一方通行は付け加えた。自らを『クール』と称する彼女は、いわゆる可愛い系の売り出し方を好まないだろう。
「...いかにもプロデューサー目線って感じの答えですね」
「プロデューサーだからな」
「ま、いいですし? プロデューサーはあたしが一番可愛いって言ってたって、アイツらに自慢しちゃおっかナ〜」
「面倒事を増やそうとすンじゃねェ」
そんな感じで雑談(?)をしているうちに、一方通行と藤田 ことねはいつのまにかレッスン室にたどり着いていた。
扉の窓から中を覗き込むと、案の定、花海 咲季と月村 手毬の姿がそこにはある。花海 咲季はすでにレッスンに区切りをつけクールダウンのストレッチを行っているが、月村 手毬にその様子は見られない。オーバーワーク気味、というのはあながち間違いでもなさそうだ。
「入らないんですか?」
「いや」
藤田 ことねに催促され一方通行は扉に手をかけた。そしてそのままレッスン室に入ると、花海 咲季と月村 手毬の視線がこちらに集まる。
「あら、プロデューサー。何か用かしら?」
「あァ。悪ィが、オマエらに伝えておくことがある。そォ時間はとらせねェよ」
「...わかりました。手短にお願いします」
月村 手毬はそう言うと不服そうにダンスレッスンを切り上げた。多少疲労の表情を見せながらも、彼女は一方通行から少し離れたところに立ってこちらをじっと見つめている。
「...?」
「で、プロデューサー? わたしたちに伝えておくことって?」
「...あァ。今後の方針ってヤツだ」
月村 手毬が一方通行たちから距離を取っていることに多少の違和感を覚えたものの一旦それは置いておき、一方通行は本題に入る。
「夏のHIFで優勝するために、オマエらに足りないのはなンだと思う?」
「唐突ね...」
「足りないものって言われても、現時点じゃ何もかもが足りないとしか思えないんですケド」
「相変わらず卑屈だね、ことねは」
「じゃあ手毬は今のあたしたちで優勝できると思うのか? それは流石に『一番星』を、十王 星南を舐めすぎだろ」
「それは...」
言葉に詰まる三人に一方通行は言った。
「俺は何もかもが足りないとは思わねェ。そォ思ってたらそもそも夏のHIFで優勝しろなンて言わねェよ」
それは予想だにしないセリフだったのか、彼女たちは説明を求めるかのように黙ってこちらを見上げる。一方通行はそれを無視して、
「たとえばユニットとしての完成度。三人での合同レッスンを始めてまだ日も浅いが、オマエらのソレは上澄みに近い」
「...そうは思えませんけど」
一方通行の言葉に否定的な月村 手毬。おそらく、彼女はここ数日で勃発した花海 咲季との喧嘩を思い出しているのだろう。このユニットの相性は最悪だ、と言外に伝えようとしているのだ。
が、一方通行はわかったうえであえてそれを無視する。
「十王 星南が花海 佑芽と秦谷 美鈴を生徒会に引き入れたことは知ってるよな?」
「「...ッ!」」
その言葉に反応したのは花海 咲季と月村 手毬。それぞれ思うところがあるのだろうが、一方通行はわざわざそこに突っ込むことはしない。無駄な思考はそれこそ時間の無駄だ。
「十王 星南は藤田 ことね...オマエのこともいたく気に入ってる。順番が違えばオマエのプロデューサーは俺じゃなくてアイツだったかもな」
「...今更、そんなこと言われたって」
「...話が逸れたな。ここからが本題だ」
一方通行はそこで一旦言葉を区切った。そして三人の顔を見渡し、静かに切り出す。
「オマエらに足りねェのは『個の力』だ」
「あなたが言わんとしていること。今の言葉でそれが何か大体わかったわ、プロデューサー」
一方通行の言葉に真っ先に反応したのは花海 咲季。彼女の表情にはどこか怯えの色が見える。それは、自分より遥かに優れた者と何度も戦い、そしてそのすべてで勝利することを義務付けられた者の表情だった。
「咲季がわかってもあたしらがわかんねーっての」
「私たちに足りないのが『個の力』ってどういうことですか」
ピンと来ていないのか、藤田 ことねと月村 手毬が説明を求めてくる。
「十王 星南が花海 佑芽と秦谷 美鈴を生徒会に引き入れたのはヤツがその三人でユニットを結成しようとしているからだ」
「「な________ッ!?」」
「そしてヤツらはHIFで確実にオマエらの前に立ち塞がる。おそらく最大の壁としてなァ」
「そんなことが...」
「あり得るンだよ。十王 星南が花海 佑芽と秦谷 美鈴を生徒会に引き入れたこと自体がその証拠になる」
花海 佑芽も秦谷 美鈴も現時点で初星学園トップクラスの逸材である。それこそ花海 咲季や月村 手毬を凌駕するほどに。アイドルとしての才能を見抜くという十王 星南のふざけた特技が本物だと仮定したとき、彼女のやろうとしていることが見えてくる。
すなわち、初星学園最強の三人で文字通り最強のユニットを結成するという頭がおかしいとしか言いようのない奇策。それを十王 星南は大真面目にやろうとしているのだ。
「まァ、いずれにせよ厄介だ。これが一騎打ちの三回勝負だったらオマエらに勝ち目はないと言ってイイかもな」
だが、今回は一騎打ちの勝負ではない。あくまでユニット同士の対決なのだ。そしてそこにこそ勝機がある。
「さっきも言ったがユニットとしての完成度で言うなら遜色ない_________いや、オマエらが頭ひとつ抜けてると言ってイイ。そこからさらに各々の力の差を縮めていけば勝利は目前なンじゃねェか」
「私たちに足りないのは『個の力』。そういう意味ですか」
私が花海妹や美鈴より下に見られてるのは癪だけど、と月村 手毬は前置きし、
「最後に笑うのは私だから。今の立ち位置は関係ない」
ニヒルに笑ってそう言ってのけた。
「まぁ、あたしが十王会長より劣ってるなんてわかりきってたことですし? そういう意味ではプロデューサーの『個の力』を伸ばして差を縮めていくって考え方は合ってると思います」
藤田 ことねはそこで一呼吸置く。
「...というかいまだに信じらんないケド、そんな十王会長にあたしは認めてもらえてるんだ。差なんて意外とすぐ埋まっちゃったりして________なんて、流石にチョーシ乗りすぎですか?」
月村 手毬も、藤田 ことねも。現段階で燻っているなんて、そんなやわなアイドルでもなかったようで。一方通行が方針を立てるまでもなく、彼女らはちゃんと先を見据えていた。
そして、二人の視線は残る花海 咲季に注がれる。
四つの瞳の圧力を受け、彼女は観念したかのように口を開いた。
「怖い。怖いのよ。自分の力を伸ばすほど、自分の力に伸び代がなくなっていくほど、
でも、と花海 咲季は顔を上げた。その表情にはまだ怯えの色が濃く残っている。彼女は恐怖しながらも前を向いたのだ。そんな彼女の姿は、一方通行の瞳にとても眩しく映った。
「一度でも負けたら立ち直れないかもしれない。でも...いいえ、だからこそ! わたしは、わたしにやれることなら全部やる。...いいわ、プロデューサー。あなたの作戦に乗ってあげる」
なるほど。記憶を失う前の自分は彼女のこういうところに焼かれ、惹かれたのかもしれない。まるで火に誘い込まれる、その火が自らを滅ぼすと知ってなお近づくことをやめられない虫のように。そんな、花海 咲季の自分ごとすべてを焼き尽くさんとする性質に以前の自分は誘い込まれたのではないか___________と一方通行がそこまで思考したところで。
(...チッ。似合わないどころの話じゃねェな)
彼は半ば強引に思考を中断した。
ともかく、三人の覚悟は決まった。過去とけじめをつけ、自己肯定感を高め、あるいは恐怖とともに前を向く。各々が各々の方法で覚悟を決めた。
であれば、そこからはプロデューサーの仕事だ。
「『ユニットとしての力を伸ばすレッスン』と『個の力を伸ばすレッスン』。オマエらはその二つを同時に並行して進めなきゃならねェってワケだ。相当ハードなスケジュールになるが、覚悟はイイな?」
「「「当然!!」」」
彼女ら三人の威勢のいい返事を受け、一方通行は頷いた。その表情がどこか満足げに見えるのは気のせいか___________。
(『二種類のレッスン』を並行して進めるとなると、俺が各々のレッスンの面倒を見る必要が出てくる。文字通り面倒だが、仕方ねェか)
トレーナーだけに任せておいては時間が足りない。無理やり夏のHIFに間に合わせるための強硬策。
「手始めに、オマエらには一人一曲、持ち歌を習得してもらう。あァ、もちろんユニット曲とは別の曲をな」
そこで一方通行は一旦間を置いた。この後に話す内容が最も重要なことだからだ。それはすなわち__________。
「初星学園の定期試験『初』。そして六月に行われる『NEXT IDOL AUDITION』、通称『NIA』。オマエら、その二つで好成績を残してこい」
この、半ば命令に近い言葉を受けた担当アイドルたちの反応は、さすがの一方通行も予想できた。彼は手をゆっくり頭の方へと持っていき、手の平を両の耳に当てる。
直後、やはり一方通行の予想通り、三人分の驚愕の声がレッスン室を満たすこととなったのだった。
ユニットとしての完成度を高めていくより、個人個人の力を伸ばしていく方向性のが一方通行は好きそう、とかいう作者の偏見。つーかまぁ彼は余念なくどっちもやるんじゃねぇかな、ってことでこんな感じになりました。