とある学Pの一方通行 作:大内
「新曲を習得して『初』と『NIA』で好成績を残せって...」
三人が時間をかけて一方通行の言葉をようやく飲み込んだころ、先陣を切ったのは中等部トップアイドルの月村 手毬だった。
「本気で言ってるの? 私たちにとって一番重要なHIF選抜試験が目前に控えてるのに?」
二兎を追う物は一兎をも得ずどころの話じゃない、と彼女は一方通行を睨みつけた。
「ほォ。できねェと?」
「そうは言ってないでしょ! ...ただ、甘く見過ぎているんじゃないかって、あなたに釘を刺しているんです、プロデューサー」
「甘く見てるワケじゃねェよ。俺はオマエらのアイドルとしての才能を買ってるだけだ」
「ッッ! 調子の良いことばかり! そもそも新曲新曲って言ってますけど、それはもう完成してるの? まだ完成してないなら話にならない________」
「できてるに決まってンだろォが」
「それ、本当!?」
一方通行の返事を聞き、花海 咲季が抗議していた月村 手毬を押しのけて詰め寄る。ちょっと、と月村 手毬が文句を言うが、彼女はそれを意に介さず興奮気味に口を開いた。
「さっすがわたしのプロデューサー!
「「は?」」
予想だにしない花海 咲季の言葉に他の二人が固まる。
「勘違いすンな。俺はオマエの要望に応えたワケじゃねェ。まァ、オマエがそろそろ新曲を欲しがるころだとは思ってたけどなァ」
「あら、そうなの? でも、言葉にせずともわたしの要望を見抜いたのは事実でしょ?」
楽しげに言葉を紡ぐ花海 咲季だったが、一方で蚊帳の外の藤田 ことねと月村 手毬は何となく面白くなかった。今の会話はまるで二人の心が通じ合っていると錯覚させるようなソレだ。
「ふん、持ち歌ができた程度ではしゃいじゃって。これだから未経験者は」
「あ、いや。曲貰えるのはあたしも嬉しいケド」
月村 手毬の悪態に対して藤田 ことねが気まずそうにそう返す。その返しに月村 手毬が何も言わなかったのは、内心では彼女も曲を貰えたことが嬉しかったからなのかもしれない。
「別に課題曲の『初』を使っても良かったンだが」
そんな月村 手毬の心の内を見抜いているのかいないのか、一方通行は気怠げに言葉を続ける。
「アレはアイドルソングとしての完成度が高い曲だ。極めりゃ十二分に『初』で優勝ライブを勝ち取れる。が、逆に言えば
「だから、より困難な曲を習得してみせろ、ってこと? それがわたしたち個人の能力上昇に繋がるってプロデューサーは考えているのね」
「話が早くて助かるぜ。っつーワケで、これがオマエらの新曲だ。明日までに聞き込んでおけ」
話を切り上げ、一方通行は三人にそれぞれUSBメモリを手渡した。彼女らの表情はまさに三者三様。歓喜、高揚、不安。ポジティブな感情が全面に出ている者もいれば、ネガティブな感情が混じった表情をしている者もいる。一方通行はそんな彼女らの表情を気にも留めず、話は終わりだ、と言わんばかりにレッスン室の扉へと歩みを進める。
そしてその直前、何かを思い出したかのように振り返り、
「ハードなレッスンが始まるンだ、さっさと帰って明日に備えろよ」
と釘を刺した。主に月村 手毬に対して、である。
「言いたいことだけ言って...」
「プロデューサーの言う通りじゃない。ほら手毬、そういう訳だからさっさとクールダウンして帰るわよ」
「...仕方ないな。咲季、今日の夜ご飯は?」
「聞くまでもないだろ〜?」
「ことねは何にもわかってない。もしいつもと違う答えが返ってきたら、と一縷の望みをかけて私はこの質問を毎回してるんだよ」
「...それ逆に辛くない?」
三人の騒ぐ声を背に一方通行はレッスン室を後にする。花海 咲季は彼の要望通りに動いてくれているようだ。月村 手毬の癖であるオーバーワークを嗜め、食事は健康的なものを徹底。...とはいえ例のペースト飯はいささか健康的すぎるきらいがあるので、(食事が趣味とさえ公言している)彼女の文句が爆発する前に一方通行が介入するべきだろう。
担当アイドル同士の対立を諌めるのもプロデューサーの仕事だ。子守みてェな仕事だな、と一方通行は内心そう思いながら事務所として割り当てられた教室へと戻っていくのだった。
「あら先輩、おかえりなさい」
「......」
一方通行が事務所に戻るとそこにはなぜか十王 星南の姿があった。
鍵をちゃんとかけてから外に出るべきだった、と今更ながら後悔したがもう遅い。
彼女は備え付けられたソファーに優雅に腰掛けていたが、一方通行が非常に嫌そうな顔をしていることに気がつくと、頬を膨らませながら静かに立ち上がった。
「そこまで嫌がらなくてもいいじゃない」
「...なンの用だ」
一方通行はまるで取り合わず、用件だけを尋ねる。わざわざ事務所まで来たということはそれなりの用事があるのだろう。
「つれないわね。...まぁいいわ。私がここに来たのはあなたに聞きたいことがあったからよ、先輩」
「プロデュース方針で迷ってる、とか言わねェよな? 俺はオマエの先生になった覚えはねェんだが」
同様の相談を持ちかけてきた葛城Pの存在を思い出し、先に牽制しておく。まずそもそも先輩と呼ばれる筋合いもないが、先生と呼ばれる筋合いはさらにない。そうでなくとも一方通行は敵に塩を送る趣味などないのだ。
「そう邪険に扱わないで欲しいわ。元はと言えば貴方のせいなのよ?」
「俺のせい、だァ?」
「えぇ。『初』および『NIA』。これに佑芽と美鈴が急に出場したいと言ってきたのだけれど、
「チッ、浮かれてやがるな」
十王 星南の発言の意図がわかり、一方通行は小さく舌打ちをした。
要は、一方通行の担当アイドルが言いふらした、ということだろう。もっとも月村 手毬が秦谷 美鈴と絶縁状態にあること、藤田 ことねの両者との接点が薄いことを鑑みれば容疑者は自ずと一人に絞られる。
「妹に宣戦布告でもしやがったか、あの女」
花海 咲季は負けることを誰よりも恐れているくせに戦闘狂なのだ。『定期試験の『初』で勝負よ』、という旨の報告を妹の花海 佑芽にすることくらい容易に予想がつく。それが何らかの形で秦谷 美鈴にも伝わり、『花海 咲季がそうするなら月村 手毬もそうする』と彼女は考えたのだろう。恐らく『両者には同じプロデューサーがついている』というただ一つの共通点のみを根拠に。
「心当たりがあるようね?」
「オマエのプロデュース計画をぶっ潰そうとしたつもりはねェんだが、事実そうなっちまったらしい。悪かったな」
そして、一方通行は『個の力』を伸ばすプロデュースプランについて十王 星南に説明した。
「なるほど。佑芽と美鈴、そして私との能力の差を少しでも埋める。そのための手段が『初』および『NIA』への出場というわけ?」
「そォいうこった。オマエはメンバー同士の相性を一切考えず、純粋にアイドルとしての能力が高いヤツ同士でユニットを組もうとしてンだろ。ならこっちもそのアイドルとしての能力、言うなれば『個の力』の向上をはかろうってワケだ」
一方通行の説明を受け、しばらくの間十王 星南はうつむいて考え込んでいたが、ふと何かに気付いたかのように顔を上げ、
「私が佑芽をユニットメンバーとしてスカウトした理由。それを『アイドルとしての能力が高いから』だと貴方は考えたのね」
と、小さく呟いた。
一方通行が怪訝な顔をする。考えたも何も、他にどんな理由があるというのか。
しかし、彼のその思考は直後の十王 星南の言葉にかき消された。
「あの子のアイドルパワーはね。私の『眼』でも見えないのよ」
「あァ?」
見ただけでその人間のアイドルしての才能がわかるという十王 星南の能力。そのオカルトじみた能力を信じた訳ではないが、少なくとも、十王 星南が花海 佑芽と秦谷 美鈴をスカウトした理由はその『眼』で彼女らの才能を見抜いたからなのだと一方通行は考えていた。
「美鈴に関しては貴方の考えで合っているわ。まぁ、あの子の素行の悪さまでは私の『眼』では見抜けなかった訳だけれど...」
十王 星南はそう言って苦笑する。
「...わからねェな。オマエの言葉通りなら、オマエはアイドルとしては素人の、なおかつ才能も未知数の女を自分のユニットのメンバーとしてスカウトしたっつーワケだ。酔狂、なンて言葉じゃ済まされねェ」
ましてや花海 佑芽は補欠合格。現時点であの
彼女もそれは理解している。だが、その理屈を上回る『何か』が花海 佑芽にはあった。十王 星南はその『何か』に期待しているのだ。
「だって、アイドルパワーが測れないアイドルだなんて初めてなんだもの。ワクワクするじゃない!」
「そのオカルトじみた特技とやらで花海 佑芽の才能を見抜いた、と言われた方がまだ納得できたンだがな」
「私としては、貴方が現時点で佑芽を高評価していることが意外なのだけれど」
貴方がさっき言っていた通りあの子は補欠合格なのよ、と十王 星南は不思議そうに呟く。
「
そんな一方通行の返答を受け、彼女は呆れたように笑みを溢した。
「随分と花海 咲季さんを高く評価しているのね」
「まァ、それだけじゃねェがな。花海 佑芽、あの女はアイドルとして『最高の肉体』をもっていやがる」
「なんだか言い方が破廉恥ね...」
なに馬鹿なこと言ってやがる、と一方通行は十王 星南を一蹴し、
「あの女のことは少し前に調べたが、ヤツの身体能力は上積み中の上積みと言ってイイ。それは十分アイドルとしての強みになる」
「佑芽の身体能力の高さに関しては私も実際にこの目で見たわ。目の前で倒立指立て伏せを披露されたもの」
その頭脳を生かせば学問の方面で活躍できたであろう篠澤 広と同様に、その身体能力を生かせばスポーツの方面で活躍できたであろう人物が花海 佑芽だ。それほどまでに彼女のフィジカルは天賦のものなのだ。
「理由がどうであれ、花海 佑芽をスカウトしたオマエの『眼』は結果的に正しかったンだよ。おかげで俺は厄介な連中を敵に回すことになりそォだ」
「あら、ついに私の特技を認めたのかしら?」
十王 星南が自慢げに片目を瞑る。彼女はそのまま顔の前に手をかざし、例の特技を発動する時のポーズを取った。
久しぶりに見たな、と一方通行はげんなりし、
「俺にアイドルの才能があるとかいうオマエのふざけた発言を撤回しない限り、俺がオマエのオカルトじみた特技を認めることはねェよ」
「本当のことなのに...」
ゆくゆくは私とことねと貴方でユニットを結成しましょう、という怖気の立つセリフを一方通行は黙殺した。
一方の十王 星南は『花海 佑芽と秦谷 美鈴が『初』および『NIA』に出場したいと言い出した理由を探る』という当初の目的、そしてそれが解決したことに今更気付いたようで、彼が不快な表情を浮かべているのを気にも留めずに話をまとめにかかった。
「ともかく、事情はわかったわ。ところでこちらも佑芽と美鈴を『初』と『NIA』に出場させようと思うのだけれど」
「好きにしろよ。明確な『敵』がいた方がこっちとしても好都合だ」
「そうさせてもらうわ。...あら、もうこんな時間なのね。私はそろそろ行くわ、燕に怒られちゃうもの」
十王 星南が腕時計に目をやる。
片や一方通行は無言で手を振り、用が済んだならさっさと行け、というジェスチャーをした。十王 星南と事務所で二人きりの状況を担当アイドルたちに見られると厄介なことになる。そうでなくとも一方通行は彼女のことが苦手なのだ。
「もう...そう催促しなくともすぐに出るわ。ところでことねはまだレッスン室にいるのかしら?」
「うるせェ。早く出てけ」
そして、ようやく十王 星南が事務所から出ていったところで、一方通行は小さくため息をついた。まったく台風のような女だ。
彼が十王 星南を苦手とする理由は、『話していて疲れる』というものが大部分を占めているのである。
「...いるンだろ。出てこいよ」
と、おもむろに一方通行が事務所の扉の方へ声をかけた。すぐに扉は開き、小さな影が姿を現す。
「よくわかったわね、プロデューサー」
小さな影の正体________花海 咲季は、バツの悪そうに胸の前で手を合わせてもじもじしていた。いつもの自信満々な彼女とはあまりにもかけ離れたその仕草に、一方通行は訝しげに眉をひそめる。
「...なンの用だ? 他のヤツらはどォした」
「ことねと手毬なら先に帰らせたわ。...わたしがここに来たのは、そうね。何となく、よ」
そう小さく呟く彼女の手は心なしか震えていた。一方通行はそれを指摘することなく、普段通りに冷たい声音で返答する。
「何となく、か。オマエにしては珍しいことを言うじゃねェか」
対して、花海 咲季は事務所の扉を背にしたまま問う。
「...ねぇ、プロデューサー? 『初』でわたしは佑芽に勝てるかしら?」
対決の時は日に日に近付いてきている。先ほどの手の震えは武者震い、それと紛れもない不安の現れなのだろう。彼女の中には『妹と勝負できることへの喜び』、『妹に負けないという自信』、そして『妹に負けるかもしれないことへの恐怖』が等しく存在している。
その『恐怖』が、たまたま今日色濃く出てきてしまった。
花海 咲季は強いように見えて弱く、しかしやはり強い。自身のメンタルケア程度、今まで簡単にやってきたはずなのだ。それでは、そんな彼女が弱々しい姿で一方通行のもとへとやってきたのは一体なぜか。
(こりゃ依存、か...?)
考えてみれば仕方のないことなのだ。年端のいかない女の子が、これまで
敗北することへの不安と恐怖に耐えながら一人で戦い続けてきた。そこに自分を支えてくれる年上のプロデューサーが現れたとして、誰が依存せずにいられようか。
そして、花海 咲季は馬鹿ではない。彼女自身にも自覚はあるはずだ。でなければ先ほどのようにバツの悪そうな表情などしない。
(依存ってのが一概に悪いことだとは思わねェ。むしろ花海 咲季、コイツに関しては、精神安定剤のような、ある程度依存できる存在が必要とさえ言える。...チッ、担当アイドルのメンタルケアもプロデューサーの仕事のうち、か)
一方通行はそう思案したのちに口を開いた。
「オマエも馬鹿なことを聞きやがる。さっきの俺と十王 星南の会話を聞いて不安になったっつーとこかァ?」
「盗み聞きしたことに関しては謝るわ。ごめんなさい。ただどうしても、あなたの口から聞いておきたくて」
「何度聞かれようと答えは変わらねェな」
あなたの意志を確かめに。
いつだったか、そう前置きされた後に同じ質問を花海 咲季にされたことがある。一方通行の答えはその時から依然として変わっていない。
「俺がオマエをプロデュースするのは、オマエが花海 佑芽より『一番星』に近い人間だからだ。その事実がある限り、オマエが妹に負けることはねェよ。『初』でも、『NIA』でも、『HIF』でもな」
依存されるならそれでもいい。花海 咲季がアイドルとして輝ける最善の方法を、彼女のプロデューサーとして選択したまでだ。
「これで満足か? ならさっさと帰れ、明日も早いンだろ?」
花海 咲季は、先ほどの一方通行の言葉を噛み締めるかのようにしばらく頭の中で反芻しているようで、彼の帰宅を促す声すら聞こえていないようだった。
しばらくして花海 咲季はようやく動き出した。しかし、その方向は事務所の扉とは正反対。彼女は一方通行が腰掛けているソファーに近付き、彼のすぐ隣に腰を下ろした。
「プロデューサー。もう少し、ここにいてもいい?」
「...好きにしろ」
そのまま二人は言葉数少なく、しかし決してぎこちなくはない時間を過ごした。
最終的に完全下校時間まで続いたその時間は、花海 咲季にとって何よりも穏やかなものだったらしい。彼女が事務所を出る頃には、その表情はすっかりいつものものに戻っていた。
その日の夜、女子寮の大浴場にて___________。
「どうか、正真正銘のこの思いを♪」
「手毬、お前いい加減歌うのやめろよナ〜。気持ちはわかるけどさぁ」
「新曲を貰えたのがよっぽど嬉しかったみたいね!」
「昼間は『持ち歌ができた程度ではしゃぐなんて』とか何とか言ってたくせに、結局手毬が一番浮かれてるんだもんナ〜」
「う、浮かれてない!!」
「風呂で大声で歌うヤツが浮かれてないわけねーだろ! そのうち『歌う幽霊』とかの七不思議の類に発展しかねないからやめとけって」
「ゆ、幽霊? どこにいるの...?」
「お前だよ!」
「もー、馬鹿なこと言ってないでさっさと出るわよ」
藤田 ことねの警告虚しく、その後月村 手毬は部屋に帰ってからも新曲を歌い続けた。
そして、その日のうちに『歌う幽霊』の噂は広まり、寮長の有村麻央の耳に入ることになるのだが、それはまた別のお話。