とある学Pの一方通行 作:大内
「わたしの勘違いだったみたい、ごめんなさいプロデューサー」
「...これを機にちゃんと躾けた方がイイと思うぜ、妹」
花海 佑芽にセクハラをした。
そのどうしようもない誤解がようやく解け、一方通行は苦々しい顔で嘆息する。姉妹で仲が良いのは美徳だが、仲が良すぎるのも考えものだ。花海 咲季は花海 佑芽を甘やかしすぎだろう。
「...話終わった?」
「えぇ。待たせてごめんなさい」
「ホントにね。大体くだらないよ。プロデューサーがどこの誰にセクハラをしようがどこの誰と一緒に寝ていようが私には関係ないし」
プロデューサーが変態なのは今更だし、と聞き捨てならないセリフを吐き、月村 手毬はあくまでも『興味ない』体を装っている。まぁレッスン病の彼女がレッスンを優先せずにこの場で最後まで話を聞いていた時点で、その装いは無駄と言っていいが。
「後者に関しては個人的に気になるけどナ~。だって花海妹の話を聞く限りプロデューサーと一緒に寝てたのって前プロデューサーに膝枕をしてた...えっと、確か_____」
どれだけあの色ボケ女はゴシップを周りに話したがるのかとか、例の膝枕事件はこの先しばらくネタにされそうだなとか、突っ込みたいところは山ほどあったが、後から思えば、一方通行はまず何よりも藤田 ことねの発言を途中で制止しなければならなかったのだ。
しかしそんな猶予はない。無情にも藤田 ことねの口が言葉を紡ぐ。
「あ、そうそう、秦谷 美鈴ちゃん」
「は?」
まず、場の空気が凍った。
「は?」
次に、月村 手毬がギギギ、と顔をこちらに向ける。
「は?」
最後に彼女は物凄い剣幕で一方通行に詰め寄ると、
「プロデューサーの浮気者!! 私というものがありながら...!」
アイドルとしては最低も最低の、誤解しか生まないような言葉を叫んだ。しかしながら言っている本人は本気のようで、その表情は悲痛に染まり、目の端には涙さえ溜めている。
「ついさっき『プロデューサーがどこの誰と一緒に寝ていようが私には関係ない』とか言ってたのは誰だったかしら。そもそもあなたとプロデューサーは付き合っていないでしょう?」
「付き合ってなくても浮気は浮気なの!!」
呆れて月村 手毬に苦言を呈する花海 咲季だったが、彼女が聞き入れる様子はまるでない。むしろムキになっているようにさえ見える。
そして一方通行は詰め寄ってくる月村 手毬にではなく、藤田 ことねに恨みがましい目線を送っていた。
「そういや秦谷 美鈴ちゃんって手毬の元ユニットメンバーだったっけ?」
わざとだ。あの藤田 ことねが空気を読まない発言をするはずがないし、内部進学組の彼女が秦谷 美鈴と月村 手毬の関係を知らないわけがない。彼女は一方通行を困らせるためだけに先ほどの発言をしたのだ。
それは、他のアイドルばかりにかまけてんじゃねーぞ、という小さな嫉妬心からくる藤田 ことねなりの仕返しだったのだが、一方通行がそれに気付くはずもなく。
「いつ美鈴と仲良くなったの」
「仲良くなってねェ」
「プロデュース、しないよね?」
「問題児はオマエだけで十分だ」
いや、この言い方は卑怯か。失った信頼を取り戻すためには、一方通行が月村 手毬をプロデュースする理由、つまり秦谷 美鈴をプロデュースしない理由を明確に示す必要があるだろう。
「俺がオマエをプロデュースするのは、オマエが秦谷 美鈴より一番星に近いと思ったからだ。この事実がある限り、俺が秦谷 美鈴をプロデュースすることはねェよ。俺は秦谷 美鈴じゃなくてオマエを選ンだンだ」
似合わないうえに小恥ずかしいことを言った。自分でもそう思う。記憶をなくす前の自分、それがどんなヤツだったのかは未だにわからないが、ソイツの影響を受けているのかもしれない。だからこんな柄でもないことが口から出てくるのだ、と一方通行は内心でもう存在しない自分に対し責任転嫁を行った。
そんな、一方通行いわく『柄ではない』答えを受けた月村 手毬はというと______。
「...そうなんだ」
先ほどの剣幕はどこへやら、顔を赤くして俯いていた。その表情を一方通行から伺うことはできない。というかそのために、つまり彼に今の自分の表情を見られたくないから月村 手毬は俯いているのだろう。
そして一部始終を見ていた藤田 ことねは面白くなさそうに呟いた。
「やっぱプロデューサー、手毬に甘い気がすんナ~」
前咲季が言ってた通りカモ、と彼女は続ける。
「...えぇ、そうね」
対する花海 咲季の返答が若干鈍いのは、彼女も先日一方通行に甘えたからだろう。今の彼女は『プロデューサーが手毬
「よォやく尋問も終わりか?」
一転、鋭い視線で一方通行は担当アイドルたちを刺した。
甘やかすところは甘やかすが、引き締めるところは引き締める。
一方通行はバツの悪そうにしているアイドルたち(特に花海 咲季と月村 手毬)を無視して、本題を切り出した。というか先ほどの無駄な尋問がなければもっと早くミーティングを始められるはずだったのだが__________。
「知っての通り、今までオマエらは『ユニットとしての力を底上げするレッスン』をしてきた。今日からそれに『個の力を底上げするレッスン』が加わる。これは昨日も言ったが___________覚悟はイイな?」
担当アイドルたちは揃って首を縦に振った。
「昨日渡した新曲は聴き込ンできたか?」
「もちろんですよ〜、何なら手毬なんてお風呂でも部屋でもずっと歌ってましたし?」
「なんで言うの!!」
呆れ顔で告発する藤田 ことねに月村 手毬が赤面する。
コイツはまた揉め事を起こしてないだろうな、と一方通行が訝しんでいると、今まで黙り込んでいた花海 咲季が口を開いた。
「で、プロデューサー。
彼女の言う具体的。そこには複数の意味が含まれている。どのようにレッスンを行うのか、どのようなスケジュールを組むのか、いつまでに新曲を習得すれば良いのか。
これらに関する具体的な説明を花海 咲季は求めている。そして、その説明に納得できなければ彼女は当然のように一方通行の立てた方針を拒むだろう。下手をすれば一方通行よりもよほど合理的。花海 咲季がそういう女だということはこれまでのプロデュースの過程で大体分かっていた。
「別に大筋は変わらねェ。ただ、今日からは俺が付きっきりでレッスンを見る。変わるのはソレだけだ」
「ふぅん。よっぽど自信があるみたいね、プロデューサー」
「できて当然のことに自信も何もねェよ。まァ、順当にいけば今日中に見れるモンにはなるンじゃねェか」
「今日!?」
自身のプロデューサーの大言に驚愕する藤田 ことねだったが、一方で他の二人の反応は大きくない。それは彼女らの自己評価が正しいことに起因している。逆に言えば、この場で藤田 ことねだけが(以前よりマシになったとはいえ)自身を過小評価しているのだ。
「心配することはねェ。今までのオマエは疲労でパフォーマンスを落としていただけだ。本来の実力なら『主席入学者』と『中等部トップアイドル』にも張り合える」
「そうよ! 実際、ことねはわたしに勝ったんだから自信をもちなさい!」
「少なくとも劣等生ではないんじゃない。ダンスの実力に限って言えば私よりも上だし。ま、他は全部私が勝ってるけどね」
「咲季、手毬...」
藤田 ことねの心中が(月村 手毬の上から目線具合すら気にならないくらい)喜の感情で満たされる。彼女にとって花海 咲季と月村 手毬は(絶対に本人に伝えることはないが)いわば尊敬の対象であり、そんな彼女らにお墨付きを貰えたことは何よりも藤田 ことねの自信に繋がった。
加えてプロデューサーからの称賛で『自己肯定感爆アゲ中』になった彼女の表情からは既に不安の色が消えている。
「よっしゃあ、やってやりますよ! 新曲でみんなをメロメロにして、大金持ちになっちゃいますからね!」
「悪いけど、勝つのは私だから」
「二人ともかかってきなさい! 最後に笑うのはこのわたしよ!」
「...?」
一瞬、一方通行は三人の会話の意図が掴めず眉を顰めた。そして彼女らがしている『誤解』に気付くと、
「盛り上がってるとこ悪ィが、『初』でオマエらが競い合うことはできねェぜ」
ぴしゃりと指摘した。
「オマエらには別々で『初』に出てもらうからな。三人全員同時に出たら一人しか一位が取れねェだろ」
『初』の表彰台を独占するオマエらってのも見てみたくはあるがな、と一方通行は嘯く。彼は自身の担当アイドルたちが『初』において上位を取ることを疑いすらしていなかった。
「ふぅん。プロデューサーはできる限りわたしたちに一位を取ってほしいってことかしら。負けず嫌いね」
「オマエに言われたくはねェが...。まァ、そういうこった。実践の経験は自信に繋がる。それが優勝となりゃァなおさらだ」
花海 咲季は一方通行の言葉を受けて納得したように頷いていたが、同時に少し残念そうな表情を浮かべている。
「わたしはことねや手毬とも勝負してみたかったのだけれど...。それはまた別の機会になりそうね」
特にことねには一度負けてるからリベンジしたいのよね、と彼女はひとりごつ。相変わらず戦闘狂で、なおかつどこまでも負けず嫌いな女だ。
「優勝争いは『NIA』まで取っておくのがイインじゃねェか?」
「そうするわ」
「...話が逸れたな」
今日からのレッスンについてだが、と一方通行は前置きし、
「オマエらに求めるのは『最大限の効率』だ。ソロ曲とユニット曲。両者を完璧に仕上げるには並大抵のレッスンじゃまず時間が足りねェ」
説明するより実際やってみた方が早いだろ、と彼は担当アイドルたちに背を向けて歩き出した。
「ちょっと、プロデューサー?」
「ついてこい」
一方通行は彼女らの疑問の声には答えず、そのまま事務所を出てレッスン室へと向かう。
一方通行による、一方通行にしかできない、『最大限の効率』を追求したスペシャルレッスン。それがいよいよ始まろうとしていた。