とある学Pの一方通行 作:大内
「早速見せてもらおうじゃねェか」
担当アイドルたちをレッスン室に連れて来るや否や、一方通行はそう言ってスマートフォンをスーツのポケットから取り出した。
しばらくポカン、としていた三人だったが、すぐに意図を察する。つまり一方通行はこう言っているのだ。新曲を自分の前で踊って見せろ、と。
「わたしからいくわ!」
一番手は誰だ、と一方通行が尋ねるまでもなかった。花海 咲季がいちはやく彼の前に出たからだ。自信満々に胸を張る彼女の姿を見て、一方通行はイイだろォ、とうなずくとスマートフォンを操作してレッスン室の壁に立てかけた。
流すのは『Fighting My Way』。昨日一方通行が花海 咲季に渡した新曲にして、正真正銘彼女の初めての持ち歌である。
「準備はイイな?」
「えぇ、いつでも!」
そして、彼女の『ステージ』が始まった。
観客はたった三人しかいなかったが、それでも彼女にとってそれは自分の『ステージ』だったのだろう。その踊りには一切の妥協が見られない。
そんな花海 咲季の『ステージ』を一方通行はただじっと見つめていた。一挙手一投足、余すところなく。
やがて、花海 咲季の『ステージ』が終わる。彼女は一方通行に駆け寄ると、乱れた息を整えて笑顔で言った。
「どうだったかしら、プロデューサー?」
「講評は後回しだがこれだけは言っておく。________初めてにしちゃァ上出来だ」
「ふへへ〜」
くねくねと体を揺らす花海 咲季を横目に、一方通行は残る二人に視線で促す。その意図はつまり、オマエらもやってみろ、である。
「...じゃあ次は私の番」
「ってコトはあたしが最後か〜」
その言葉通り、月村 手毬、藤田 ことねの順にそれぞれ『ステージ』が開かれた。『Luna say maybe』と『世界一可愛い私』の再生が終わり、彼女らは疲労困憊といった様子で地べたに尻餅をついている。
「そォすぐにアスリート並みの体力はつかねェか」
「それ暗に咲季と同じくらい体力をつけろって言ってます...?」
「いつか必ず追いついてやる...」
「ふふん、最後に立っているのはいつでもこのわたしよ!」
息も絶え絶えに一方通行に言葉を返す二人。対照的に花海 咲季は多少額に汗をかいてはいるものの、涼しい顔である。それどころか自信満々に胸を張って他二人を煽る始末。
「...講評を始めるぞ」
放っておくとまた喧嘩を始めそうだったので、さっさと話を進める。
「まず最初に。オマエらたった一日でよくここまで仕上げたな」
やるじゃねェか、と一方通行は素直に称賛した。
そして、彼の称賛を受けた三人は喜びと困惑の混ざった微妙な表情を浮かべている。プロデューサーである一方通行から褒めてもらえたのは素直に嬉しいが、それ以上に引っかかっていることがあるようだった。
「...仕上げてこいって、プロデューサーが言ったんじゃないですか」
しっかりしてください、と一方通行を冷めた視線で刺す月村 手毬。
が、一方通行は気にすることなく、逆に彼女を赤い瞳で刺し返すと、
「言ってねェよ。
「あれ? そうでしたっけ?」
「そもそも俺は『振付』のファイルについては言及すらしてねェ」
先日一方通行が彼女らに渡したUSB。その中には新曲のデータが入っていたが、もう一つ。新曲の『振付』のデータ(もう少し詳しく言うなら振付師が実際に曲に合わせて振付を踊っている動画)も入っていた。が、先ほど言ったように一方通行はUSBを渡す時それについて言及していない。
「要はオマエらはそのデータに気付いた後、我慢できずに振付を覚えたっつーワケだ。持ち歌を貰えたことがよほど嬉しかったみてェだな」
「その通りよ!」
「まぁ、否定はできないですねぇ」
「...ぐぅッ」
最も浮かれていたであろう奴がぐぅの音を上げた(どうでもいいが本当にぐぅの音を上げる奴は初めて見た)ところで、一方通行は冗談だ、と息を吐く。
「曲を貰えて嬉しかったのも事実だろォが、一晩で振付をあらかた覚えてこれるのはオマエらに意欲と才能があるからだ」
『トップアイドル』足るためにはそのどちらもが必要だと、少なくとも一方通行はそう考えている。意欲はあるけど才能がない者。才能はあるけど意欲がない者。そういう連中はせいぜい『人気アイドル』止まりで、『トップアイドル』には成り得ない、と。
逆に、花海 咲季、藤田 ことね、月村 手毬はやはりトップアイドルに成り得る素質をもっているのだ、と。
だが、そんな彼のセリフは三人にとってかなり意外なモノだったらしく、
「なんか、プロデューサーにしては珍しく...」
「ストレートに褒めてくれてる...?」
「ふへへ〜」
「うるせェ。事実を述べてるだけだ」
「...へぇ。プロデューサーも照れることがあるんですね」
先ほどの意趣返しのつもりか、月村 手毬がニヤニヤしながら一方通行を揶揄う。
「こら、手毬。あなたのそれこそ照れ隠しでしょう。自分を棚に上げてプロデューサーいじるのやめなさい」
「わ、私は咲季みたいに感情を表に出せないから。ほら、よく言われるし。表情が作り物めいてるって」
「どこのどいつが言ってやがンだそれは」
よもや月村 手毬がクール系アイドルを気取ってるのはそいつのせいじゃないだろうな、と一方通行は呆れる。それなら
前から思っていたが、月村 手毬というアイドルを見た時にクールと言えるのは表面だけだ。彼女の本質はどちらかといえば熱血。グツグツと煮えたぎるアイドルへの想いを、歌に乗せてファンへと届けることができるのが月村 手毬というアイドルの魅力だ。
とはいえ、本人が希望している以上、それを貫き通せるようにするのが一方通行の、プロデューサーの役目であるのだが。
「...話が逸れたな」
今は三人に新曲を習得させるのが最優先事項。無駄話をしている暇はない。一方通行は講評を続ける。
「初めてにしちゃァ上ォ出来だが完成にはまだ遠いのも事実だ。つーワケで、今からさっきのオマエらのミスを指摘する。メモを取るなり何なり好きにしやがれ」
「あれ? いつのまに動画撮ってたんです?」
藤田 ことねが訝しげな声をあげる。
そんな彼女の疑問はもっともで、というのも一方通行は動画撮影などしていない。理由は至ってシンプル、『必要ない』からだ。彼女らの『ステージ』のリプレイは、一方通行の頭の中にすべて記録されている。
「まず『Fighting My Way』。初っ端の『花が咲く時が来たんだ』の入りが半音低い。36秒の手でカメラを叩くフリ、49秒の蹴り上げがそれぞれ一拍遅れた。次に__________」
「ちょ、ちょっと待ちなさい、プロデューサー!」
「あァ? なンだ、文句でもあンのか?」
「そうじゃなくて! あなた、まさかさっきのわたしの『Fighting My Way』からことねの『世界一可愛い私』まで、わたしたちのしたミスを全部覚えてるっていうの?」
「だから俺がオマエらのレッスンに付き合ってやってンだろォが。忘れたとは言わせねェぜ。今オマエらに必要なのは『最大限の効率』だ」
「それって、つまり___________」
「単純なミスはすぐ潰すに限る。オマエらは俺の指摘したところを意識して改善するだけでイイ」
もっとも踏み込んだ指導はそれぞれのトレーナーに任せるがなァ、と一方通行は嘯く。
そして、ここでようやく三人は理解した。自分らのプロデューサーはとんでもないことを言っていて、尚且つそのとんでもないことを涼しい顔で実行しようとしているのだ、と。
一曲通しで踊る。一方通行が即座にミスを指摘する。そのミスを修正しつつまた一曲通しで踊る。これを繰り返し、可能な限り速やかに、最大限に効率良く新曲を習得しろ、と一方通行は言っているのだ。
(簡単に言うけど、すべてのミスを、それも僅かな振り付けのズレまで完璧に記憶しておくなんて正気の沙汰じゃないわ)
(私も咲季の通しを見てたから分かるけど、さっきのプロデューサーの講評は多分合ってる。...にわかには信じられないけど)
(もしかしてあたしたちのプロデューサーってバケモン級の天才なんじゃ)
三者三様の感想を抱きつつも、反対意見は出てこない。それほど三人にとって新曲を即座に習得できることは魅力的なものだったし、何より彼女たちは自分のプロデューサーを信頼していた。
「文句ねェなら続けるぞ」
『Fighting My Way』、『Luna say maybe』、『世界一可愛い私』。一方通行がミスを指摘し、それを三人はメモしていく。この部分が半音ズレている、ここの振り付けがコンマ何秒遅れている、などのそういった僅かなミスも一方通行は完璧に記憶しているようだった。
そして、すべてのミスを指摘し終えた後、彼は再びスーツのポケットからスマートフォンを取り出した。
「さっきの順番でイイな?」
もう何を言われているかなど分かり切っていた。先ほどのミスを修正しつつ再びステージを披露しろ、ということだろう。花海 咲季は黙って首を縦に振ると一方通行の前へと躍り出た。
そして、以降はその繰り返しだ。
三人がそれぞれ通しで踊り、一方通行がミスを指摘する。ミスを修正しつつまた通しで踊り、またミスを指摘する。
その一連の流れを延々と繰り返し、三人(特に月村 手毬と藤田 ことね)が息を切らして地べたに尻餅をついた頃だった。
「ご苦労ォ。今日はここで打ち止めだ」
「...確かに効率良いわね、これ」
「すげぇ疲れるっつー...デメリットに...目を瞑れば...だけどな」
「このくらいで...へばるなんて...情けないな...ことねは」
ハードなレッスンに流石の花海 咲季も息切れを隠せないようだ。月村 手毬と藤田 ことねに至っては息も絶え絶え、といった様子で今にも気を失いそうである。
オマエらは体力が課題だな、と鬼のようなセリフを吐きつつ、かといってレッスン後の担当アイドルを気遣わないプロデューサーはいないので、一方通行は三人にタオルを放り投げる。
「SSDとかいうドリンク、相変わらず飲ンでンのか」
「もちろんよ! はい、二人とも」
「「...ありがとう」」
花海 咲季特製スーパースタミナドリンク、略してSSD。
ケミカルな色に発光しているその液体は、どうやら花海家で愛飲されている健康ドリンクらしい。
その効果はてきめんだが、良薬口に苦しとはよく言ったもので、味についてはSSDを手渡された二人の苦悶の表情を見れば察することができるだろう。とはいえ、これを美味しそうに飲む人間も、はたまた(美味しくないのに)嬉しそうに飲む人間も中にはいるらしい。ちなみに両者とも一年二組に所属している。
「プロデューサーもいる?」
「...必要ねェ」
「あっそう。ところであなた、最近食堂を使ってるそうじゃない」
ようやく健康に気を使うようになったのかしら、という若干呆れ気味の声を一方通行は黙殺。というかどこからその話は漏れ出たんだ。いや、そんなことは考えるまでもなく葛城Pから葛城 リーリヤ、葛城 リーリヤから花海 咲季のルートか。
心の中で葛城Pへの呪詛を撒き散らしつつ、一方通行は健康面の話題から話を逸らすことにした。このままだとSSDを飲む流れになりかねない。そうでないとしても十中八九花海 咲季から説教を喰らう流れになる。
「これでオマエらも新曲を最低限習得できたワケだ。踏み込んだ指導は専門のトレーナーに任せるとして、どォする? 完璧に仕上げてェなら明日以降も付き合ってやるが」
「キッツイけど、プロデューサーの講評があると上達のスピードがダンチですし。あたし的にはこれからもお願いしたいナ〜、と」
「最大限の効率、と豪語するだけのことはあったわね」
「ユニット曲もプロデューサーがいればだいぶ早く習得できそう」
各々の反応はすべて好意的。一方通行としては面倒臭いが、明日以降も彼女らのレッスンに付き合うことになりそうだ。しかし、(一方通行の中のどこかに間違いなくある)プロデューサーとしての自分と本来の自分がせめぎ合うというのは何とも難儀なものである。
「つーワケだ、オマエらはさっさと帰って休め。間違っても居残りレッスンだのアルバイトだのすンじゃねェぞ」
一方通行は花海 咲季以外の前科者二人に睨みを効かせた。
「う...わかってますよぉ。あとこのタオル、ありがとうございます。洗ってから明日にでもお返しするんで...」
「あァ? 今返しゃイイじゃねェか」
「プロデューサー、あのねぇ...」
「プロデューサーの辞書にデリカシーって言葉はないんですか?」
至極真っ当なことを言ったつもりだったが、即座に花海 咲季と月村 手毬に苦言を呈される。見れば両者とも苦虫を噛み潰したような顔をして頭に手を当てていた。
「俺は別に気にしねェが」
「あたしたちが気にするんですよ!」
「というかそこは気にしてよ、プロデューサーとして」
女子ってヤツは細かいことを気にするらしい、と一方通行は嘆息する。汗などたかが生理現象だろう。
「きっと女子高生が汗を拭いたタオルを回収して喜んでるんだ。...プロデューサーの変態」
「ほォ...。じゃァお望み通り回収してやろォか?」
「やだ! あっち行って!」
額に青筋を浮かべて月村 手毬ににじり寄る一方通行と、一方通行を拒絶しながら自らの汗を吸ったタオルを体の下に庇う月村 手毬。それは側から見れば何となく犯罪臭のする光景だった。
「まぁプロデューサーのことだし本当に何も考えてないんでしょうけど」
「とはいえ流石にこのタオルは洗ってから返しますんで!」
「チッ、どォやら余計な世話を焼いちまったみてェだな」
藪蛇、とも言うかもしれない。いまだに睨んでくる月村 手毬を横目に一方通行はレッスン室の出口へと向かった。
「さっきも言ったがさっさと帰って休めよ」
月村 手毬の機嫌を損ねてしまったかもしれない。今度の『チートデイ』はいつもより奮発する必要があるだろう。
しかし、担当アイドルの機嫌を伺うのも仕事のうちの一つとは、プロデューサーというのは何とも奴隷根性が染み付いた職業らしい。
そんな益体のない思考を振り払いつつ、一方通行は気怠げに事務所へと歩みを進めるのであった。