とある学Pの一方通行 作:大内
「オイ」
「......」
講義を終えた一方通行が事務所に向かっている途中、それは起こった。
「そこで五体投地されちゃァ、俺が通れねェンだが」
「...ふふ、心配とかしてくれないんだ」
彼の目の前には床に突っ伏す一人の少女。今にも死にそうなその少女は、虫の鳴き声よりもか細い声で一方通行に返事した。
どうしてこんなことになっているのかと言えば、別にどうということはない。ただレッスンで疲労困憊の状態であろう篠澤 広が一方通行の目の前で倒れただけの話である。一方通行は篠澤Pから聞いているので知っている。これはよくあることなのだと。
「オマエは俺の担当アイドルじゃねェからな。つーか保護者はどォした」
「...きゅう」
「ってオイ」
篠澤Pは何をしている、と尋ねようとした一方通行だったが、その前に篠澤 広の限界がきたようだ。彼女は妙な呻き声をあげて気を失った。
「チッ、面倒くせェ...」
勝手に目の前で倒れられて何ともはた迷惑な女だ。とはいえ、いちプロデューサーとしては(無論一方通行としては放っておきたいのだが)放置するわけにもいかない。
まぁ、(最弱のアイドルに借りを作ったところで何になるのかはさておき)借りを作っておくのも悪くはない。そう無理矢理自分を納得させた後、一方通行はしぶしぶ篠澤 広を抱え上げ、保健室に向かうのであった。
「...出ねェなあの野郎」
保健室のベッドに篠澤 広を寝かせ、彼女の保護者である篠澤Pに電話をかけるも繋がらない。まさか放置する訳にもいかないし、さっさと引き取りに来てほしいものだが________。
「う...」
一方通行がそこまで思考したところで聞き覚えのあるか細い呻き声が上がった。どうやら篠澤 広が目を覚ましたらしい。
「あ、プロデューサーの友だち」
彼女はゆっくりと上体を起こし、一方通行を視界に捉える。直後にそういえば、と何かを思い出したかのように口を開いた。
「ありがとう」
「起きたンならさっさと帰れよ。俺もこォ見えて忙しいンだ」
「残念ながら足がまだ動かない。ごめん、ね」
「...チッ」
それはあからさまな舌打ちだったが、篠澤 広が気を悪くした様子はない。一方通行が悪態をついても気に留めない彼女は、やはり彼女のプロデューサーとよく似ていた。だからこそ一方通行は篠澤 広が苦手なのだ。
「あなたは、ことねのプロデューサーなんだよね。あと手毬のプロデューサーでもあるし、二位の人のプロデューサーでもある」
「あァ?」
篠澤 広から突拍子もない言葉が飛び出し一方通行は面食らった。ちなみに面食らった理由の半分は『二位の人』という恐らく花海 咲季を指す呼称にある。呼んだ本人に悪気はないのだろうが、何とも残酷なあだ名だ。
そして篠澤 広はさらに予想だにしない言葉を続けた。
「あなたは三人のプロデュースをしてるけど、やっぱり成績も良いの?」
「...意図が読めねェが、そォなるンじゃねェか。優秀なアイドル三人のプロデュースが同時にできるならそのプロデューサーが優秀ってのも自明だろ」
「わぁ、自慢」
でもやっぱりそうなんだ、とどこか気落ちした様子を見せる篠澤 広。
「わたしのプロデューサーはね、わたしのプロデュースを始めてから成績が落ちてる」
今も先生に怒られてるはず、と彼女は続ける。
「はッ、そりゃ携帯も繋がらねェワケだ」
一方通行は思わず噴き出した。あのプライドの塊のような男が教師に説教を食らっている(しかも成績不振を理由に)とは、想像しただけで胸がすく。
篠澤 広はそんな一方通行を見て頬を膨らませた。
「笑うなんてひどい」
「オマエが招いたことだろォが」
というか篠澤Pは(主席の一方通行に次いで)入学試験次席だったはずだ。それが今では成績不振者の一人ときている。わかってはいたことだが、目の前の女はそこまでアイドルの才能がないというわけか。
「そう、原因はわたし。だから、プロデューサーもあなたみたいに複数人のプロデュースをすれば成績が戻るんじゃないかって思った」
先ほどの質問の意図はそれか。しかしそこまでわかっているなら悩むことなどもはや無さそうなものだが、篠澤 広の歯切れは悪い。
「わたしにとってアイドルは趣味。でも、プロデューサーにとってアイドルは夢。わたしは自分に向いてない、苦しいことをするのは好きだけど、人の足を引っ張るのは好きじゃない。わたしは今プロデューサーの足を引っ張っている」
「何が言いてェ」
「...足は引っ張りたくない。でも、それ以上にプロデューサーにわたし以外のプロデュースをして欲しくない」
「ハッ、何を言うかと思えばくだらねェな」
一種の惚気のようなものを聞かされた気分だ。時間の無駄でしかなかった。アイドルとしての自覚がない浮ついた女の我儘など一方通行が聞く義理はないし、そんな暇もない。
「そう、これをあなたに話したのもわたしの我儘」
「あァ?」
「
お願い、と頭を下げる篠澤 広。
そんな彼女を、一方通行は冷めた目つきで見下ろしていた。先ほども言ったがこの女の頼みを聞く義理など一方通行にはない。そもそも、これも嫌、あれも嫌などと我儘を言える立場なのか、コイツは。
篠澤 広が、才能のない人間がアイドルになるためには、血の滲むような努力を継続するしかない。手段を選んでいる暇など、ないのだ。
「甘えてンじゃねェよ、三下」
だから、そんな人間に言えることなど一つしかなかった。
「趣味が夢に勝らねェっつー道理がどこにある? 道理がねェのに勝手に決めつけて、甘えてンのが今のオマエだろ」
そもそも、最初から答えは決まっていたはずだ。足を引っ張るのは嫌、とはいえ他のアイドルのプロデュースはして欲しくない。そんな篠澤 広の前にある選択肢はもともと一つしかなかったのだ。
「趣味のままトップアイドルになっちまえばイイだけだろォが」
「...あ」
「血の滲むような努力を趣味で続けられるヤツがこの世に何人いるのか、俺は知らねェが」
篠澤 広が『そういうヤツ』なのかどうかは一方通行の知るところではない。続けられなければそこまでだ。
「...わたしは趣味でアイドルをやっている者。だから、トップアイドルになるという夢を追いかけてる人たちには敵わない。あなたの言う通り、わたしは無意識のうちにそう思い込んでいたのかもしれない、ね」
「まァ、より本気でやってるヤツの方が強いってのは例外を除いてその通りではあるンだがな」
相も変わらず一方通行は興味なさげに篠澤 広を見下ろしている。
「逆に言やァ、
一方通行が篠澤 広に関心をもたない理由の一つは、現時点での彼女が警戒するに値しないアイドルだからだ。今、一方通行の担当アイドルたちが彼女と競い合えば、百回勝負しても百回こちらが勝つだろう。少なくとも、現時点では。
こうして似合わない助言をしているのもそれが理由だ。警戒していない相手に塩を送ったところで、こちらは痛くも痒くもない。...まぁ、もちろんメリットもないので似合わないことをしているのだけは確かなのだが。
そんな一方通行の心中に気付いているのかいないのか、篠澤 広は儚げに微笑んでいる。こういう、何というか神秘的な雰囲気をまとわせることができるのは、彼女のもつ数少ない『アイドルに向いているところ』のうちの一つと言っていいだろう。それを直接本人に伝えるほど一方通行はお人好しではないが。
「ありがとう、プロデューサーの友だち。わたしは趣味で
「ふン、勝手にしろ」
「あなたは優しい人だ、ね。ちょっと手毬に似てるかも」
「そォいうオマエの変人具合もどっかのプロデューサーとよく似てるぜ」
「ふふ...嬉しい」
「...チッ」
やはり舌打ちには微塵も反応せず、篠澤 広は続けて言った。
「アドバイスをくれたお礼をしたいけど、何も思いつかない。だからあなたの言うことを何でも一つ聞くことにする、よ」
「オイ勝手に決めてンじゃねェ」
「えっちなこと以外なら何でもいい」
「はン、オマエに何かしてもらうほど俺は落ちぶれちゃ_________」
いや、一つだけあるか。それも篠澤 広にしかできないことが。
「
『二位の人』というのは恐らく学内試験で篠澤 広に次いで二位だった花海 咲季に対する(恐らく呼んだ本人にその気は全くないが)蔑称だ。それを撤回しろと、一方通行は篠澤 広に要求したのだ。
くだらない。そう思うかもしれない。が、これは花海 咲季にとって周りが想像する以上に重要な問題だと、少なくとも一方通行はそう考えている。負けず嫌いの彼女にとって、一位、二位というのはデリケートな問題なのだ。例えば妹の花海 佑芽が二位の姉ではなく一位の篠澤 広に勉強を教えてもらおう、となった場合。そして、その上で篠澤 広は花海 咲季を『二位の人』と呼ぶのだ。そうなるともう、彼女の泣き顔が容易に頭に浮かぶ。
(まァ、別にアイツが泣こォが俺には関係ねェンだが。モチベーションを落とされるのだけは勘弁してほしいからなァ。芽は摘んでおくべきだ)
「いいけど...なんで?」
当の篠澤 広は本気で何がダメなのかわかっていないらしい。彼女にとって一位、二位というのは単なる記号でしかないのか、それとも一位を取ること自体が彼女の中で既に揺るぎない事実なのか。
「少なくともイイ気分にはならねェだろ。なァ、『二位の人』」
「確かにあなたは私より頭がいい、らしい。でもそれを指摘されたところで、別に私は嫌な気分にはならない、よ?」
「...オマエは、一位と二位がどォして分けられてるか、知ってるか?」
「...?」
「その間に、絶対的な壁があるからだ」
「おお...。確かにこれは、いい気しないかも」
それに、と篠澤 広は不機嫌そうに頬を膨らませる。
「プロデューサーは自分より頭の良い人が好きみたい。だからきっと、わたしより頭の良いあなたの方がプロデューサーに好かれてる。そんな人に『二位の人』なんて呼ばれたら、ね。...ふふ、キレそう」
「知ったこっちゃねェし鳥肌の立つ話をするンじゃねェ」
篠澤 広の中で『二位の人』とは、『二番目にプロデューサーに好かれている人』という意味をなしたようだった。それが琴線に触れるとは、やはりどうも彼女はアイドルとしての意識が薄いらしい。
一方通行に冷めた視線を向けられ、篠澤 広はなぜか嬉しそうにしている。
「...マゾ女」
「酷い」
それから、きゅう、と呻き声を上げて彼女はベッドに倒れ込んだ。一方通行と話をするためにかなり無理をして上体を起こしていたようである。
「『二位の人』__________咲季のためにあなたはわたしへの『お願いの権利』を使った。やっぱりあなたは優しい人」
「勘違いすンな。担当アイドルにモチベーションを落とされると困るンだよ、俺が」
「照れ隠しだ」
あるいはツンデレかな、と首を傾げる篠澤 広に、もはや一方通行は言い返す気力すら失っていた。
保健室に差し込む日差しの角度はまだ鋭い。(秦谷 美鈴ではないが)眠ってしまいそうな心地良い気温の部屋で、プロデューサーとその担当ではないアイドルが会話しているという不思議な状況。
そんな不思議な状況は、一方通行からの不在着信に気付いた篠澤Pが大慌てで保健室に駆け込んでくるまで続いたのだった。