とある学Pの一方通行 作:大内
「...料理対決ゥ?」
「それしかありません!」
現在、一方通行は事務所にて明らかに顔色の悪い藤田 ことねと向かい合っていた。
「それしかない、ねェ...」
月村 手毬が花海 咲季の提供する食事に対して多大なる不満を抱いているということは、以前から聞いていた。そして二人の和解に協力してほしいという藤田 ことねからの要請があったことも無論覚えている。覚えているのだが...。
「対決になンのか、ソレ」
料理対決と言っても花海 咲季の提供する料理はSF映画でしか見たことがないようなペースト飯。普通の料理を提供できる者ならば、誰が対決しても(レフェリーが花海妹でもない限り)容易に彼女に勝利できるだろう。
そして、その事実は間違いなく花海 咲季のメンタルを抉ることとなる。プロデューサーとしては担当アイドルには万全の状態でいてもらいたい。
「そこで! プロデューサーの出番というワケですよ!」
「あァ?」
一方通行の懸念については藤田 ことねも同じことを考えていたらしい。彼女は椅子から立ち上がると、一方通行に再び向き直り、手と手を合わせ始めた。
「プロデューサーにはレフェリー兼、咲季のフォロー役をお願いしたいんです!!」
「断る」
「言うと思った!」
そこを何とか頼みますよ、となお食い下がる彼女に一方通行はため息をつき、
「オマエがやりゃイイじゃねェか。得意だろ、そォいうヤツ」
「あたしには咲季の対戦相手という重大な役目があるんで。これ以上はキャパオーバーです!」
清夏とリーリヤちゃんにもレフェリーは頼んだけどフォローしてくれる感じじゃないし手毬は論外だし、とブツブツ呟く藤田 ことね。
その姿を見て一方通行は二度目のため息をつく。彼としても藤田 ことねの心労を増やすのは避けたい。せっかくアルバイトを辞めさせ身体の疲労が減っても、心の疲労が増えては元も子もない。非常に面倒だが、ここは仕方ないか。
「できることなら協力する。前にそう言っちまったしな。いいだろォ、引き受けてやる」
「マジですか!? ありがとうございます! お礼にぃ、今度ことねちゃんがプロデューサーのお願い何でも一つ聞いちゃいま~す!」
えっちなことはダメですよ、と胸の前であざとくバツを作る藤田 ことねを黙殺し、一方通行は天を仰いだ。引き受けたはいいが、自分に気の利いたことが言えるとは到底思えない。
「本心を言えばいいんですよ」
藤田 ことねはそんな一方通行の胸中を見透かしたかのように優しく微笑んだ。
「いつだったか、プロデューサーがあたしのバイト先まで来たことがあったじゃないですか。あのときのプロデューサーの言葉に救われたから、今あたしはここにいるんです」
気のせいだろうか、言い終えた彼女の表情が徐々に赤く染まっていく。彼女は一方通行が黙ってこちらを見ていることに気付くと、紅潮した顔を手で仰ぎ、あはは、と乾いた笑い声を漏らした。
「なんか恥ずかしいセリフ言っちゃいましたケド、要するにプロデューサーは何も考えずにありのままでいいってコトです! ...じゃあ、そういうことなんで! 当日はよろしくお願いしま~す!!!」
早口で言い切り、逃げるように事務所を飛び出していく藤田 ことね。
(よくわからねェとこで照れるヤツ)
『プロデューサーぁ♡』などと、毎度毎度何の恥じらいもなくあざとい言動をしてくる女とは思えない。意外と無理してキャラを作っているのだろうか、とありえない思考が一瞬脳裏をよぎる。
「...担当アイドルを理解するのも楽じゃねェな」
感謝をストレートに伝えすぎたから照れた、というこの上なく単純な真実にたどり着くには一方通行は難しく考えすぎている。
女心は難しいが、難しく考える必要がない程度の難しさなのだ。
そして料理対決当日。
一方通行は女子寮の前に立っていた。無論今日のために学園に許可は取っているし、しち面倒な書類もきちんとすべて耳を揃えて提出した。
あさり先生に理由を聞かれた時も『担当アイドルが料理を振る舞ってくれるらしい』とだけ言って乗り切った。嘘はついていない。彼女に『モテモテですね、プロデューサーくん』とジト目で言われた時はすべてのことがどうでもよくなりかけたが、プロデューサーとして何とか耐えた。
「不審者ですか? 抵抗は無駄ですよ、格闘技を嗜んでいるので」
一方通行が遠い目をしていると、寮長の有村 麻央が近付いてきた。謎のファイティングポーズを取ってにじり寄ってくる彼女を一方通行はじろりと睨む。
「今日は許可、取ってるぜ」
「ふふ、冗談です。話はことねから聞いてますよ」
何でも料理対決をするとか、と何が面白いのか有村 麻央は笑みをこぼす。
「喧嘩の件、これでどうにかなるといいですね」
「あァ、そういや寮長のオマエには迷惑かけてるな。悪ィ」
「いえ、そんな。みんなの仲を取り持つのもボクの仕事のうちです」
さすがリトルプリンスと呼ばれ皆から親しまれているだけのことはある。根っからの人格者、あるいはお人好しなのだろう。
有村 麻央は既に三年生で、彼女に残されている時間は少ない。それでも他人を気に掛けられるそのお人好し具合は果たして美点となるのか否か。
とんでもないお人好し、と言えば心当たりのある人物がいたような気もするが、どう頑張ろうとやはり一方通行には思い出せない。久しぶりに記憶喪失に対し苛立ちを覚えていると、有村 麻央が再び話しかけてきた。
「そろそろ入ったらどうですか? ことねたち、多分もうみんな揃ってると思いますよ」
「...そォだな、行くか」
いつまでも女子寮の前で突っ立っている訳にはいかない。それこそ本当に不審者である。
一方通行は(これから起こるであろう面倒事に対しての)覚悟を決めつつ女子寮の扉を叩いた。
「プロデューサー、遅い」
仏頂面で出迎えたのは月村 手毬。件の花海 咲季の料理(?)のせいで気が立っているのだろうが、一方通行は一旦それを無視して辺りを見回した。
広いロビーだ。初星学園の食堂と同じく長机が並べられており、奥にはキッチンらしきものも見える。何か催し物がある時はここで行うのかもしれない。
そして、その長机に既に何人かが腰掛けていた。
「あっ、プロデューサーぁ♡」
「やっと来たわね」
まず藤田 ことねと花海 咲季。今回の料理対決で実際に対決する二人だ。思い返せば彼女らは以前ダンスでも対決したことがある。その時は藤田 ことねが勝利した訳だが、恐らく今回も_________。
「こ、こんにちは!」
「リーリヤ、この人が?」
「そう、咲季ちゃんたちのプロデューサーさん」
「初めまして〜、紫雲 清夏です! リーリヤの親友やってま〜す」
「...プロデューサー科の一方通行だ」
横並び、隣同士で仲良く座っているのは葛城 リーリヤと紫雲 清夏だ。彼女らは(一方通行と同じく)レフェリーとして呼ばれたらしい。あるいは巻き込まれたと言っても語弊はないだろう。
大人しめな葛城 リーリヤとは対照的なイメージをもつ紫雲 清夏だが、その実二人は親友らしい。記憶を失う前の一方通行が残したメモによると、彼女らは幼い頃にスウェーデンで出会い、『二人でトップアイドルになる』という夢を叶えるためともに来日、初星学園に入学したそうだ。もっとも、紫雲 清夏は現在あまりレッスンに出席していないらしいが。
それらの情報を踏まえた上で、一方通行は改めて紫雲 清夏に向き直る。オレンジ色に染めた髪に、バッチリと施されたであろうメイク。彼女の第一印象は言うなれば『ギャル』だが、少なくとも容姿、スタイルともに恵まれており、紫雲 清夏にアイドルの素質があるということは自明だろう。であるならば、なぜ彼女はレッスンに出席しないのか。それは秦谷 美鈴のようにサボりが理由なのではない、と何となく一方通行は思った。紫雲 清夏は以前バレエをやっていたらしいが、それと何か関係が__________。
「え、なんかあたしめっちゃ見られてない?」
ウケる〜、と紫雲 清夏の笑い声が聞こえ(加えて花海 咲季と藤田 ことねの冷たい視線を感じ)、一方通行の意識が現実に引き戻される。
そうだ、自分は紫雲 清夏のプロデューサーではない。今日の本題は花海 咲季と月村 手毬の和解だったはずだ。しかし、自身の担当アイドルではないアイドルを妙に気にかけてしまうのも、やはりプロデューサーという役割を自分が受け入れてしまっているからだろうか。何とも似合わないことをしている、と一方通行は改めて感じる。
「...話には聞いてたケド、思ったより怖そうな人じゃん」
「意外と優しい人だってセンパイは言ってたけど...」
「優しいのは確かね!」
「慣れれば怖くないって。 むしろカッコよくない? ほら、目とか」
「確かにあの赤い瞳はカッコいい、です!」
「リーリヤの言う『カッコいい』はまた違う『カッコいい』だからなぁ。まぁ、言われてみればイケメンではあるかも?」
ヒソヒソと会話する女子陣だったが、あいにく全て一方通行の耳に筒抜けである。何となくその場に居づらくなった彼は、唯一会話に参加していない月村 手毬の前の席に腰を下ろした。
「何か用ですか」
「別にィ」
一方通行の言えたことではないが、相変わらず愛想のない女だ。
「つーかオマエ、よく今まで『アレ』に耐えたな」
趣味が食事のヤツが耐えれるシロモノじゃなかっただろ、と一方通行はシンプルな疑問を呈する。
「...本物のストイックを身に付けられると思ったから」
サイコパス診断の模範解答みたいな言い方をする月村 手毬に一方通行は首をかしげた。
「オマエだって十分ストイックな女じゃねェか」
「私のは偽物なんです。幼いころの、大嫌いだった昔の自分に反抗するためだけに身に付けた、かりそめのストイックだから」
「...なンつーか。俺の担当アイドルはどいつもこいつも自己肯定感が低いらしい」
花海 咲季にしかり、藤田 ことねにしかり。
驕らないのは美徳ではあるが、彼女らはアイドルなのだ。ファンはアイドルを文字通り『
(とはいえ花海 咲季と月村 手毬はまだマシか。藤田 ことねの自己評価の低さについちゃァ、いずれ何とかしなくちゃならねェかもしれねェな)
そこで思考を打ち切り、一方通行は改めて月村 手毬と向き合った。
「...花海 咲季はな、自称『偽りの天才』なンだ」
「...え?」
月村 手毬が『本物のストイック』と称する彼女も、自己評価では『偽りの天才』。つまり、周りからの評価と自己評価をかけた天秤というのは基本的に釣り合いが取れないものなのだ。
「足手まといはいらねェだのなんだの言っておきながら、負けるのが怖くて内心震えてやがる。結局アイツも
言い方を変えれば、こうだ。
自己評価の低い者も『どこかの誰か』には高く評価される。月村 手毬が花海 咲季を『本物のストイック』であると高く評価しているように。
「オマエからすりゃ偽モンのストイックでも、『どこかの誰か』からすりゃホンモノだ。現に俺はさっきオマエをストイックな女だと評しただろォが」
「あ...」
「とにかく、焦ンな。オマエは十分よくやってるぜ」
「そんな、ことない。私は全然_________」
「あァ? 食べることが趣味のオマエが『例の食事』を何週間も耐えたンだろ? ソレを『全然やれてない』っつーのは何の冗談だ?」
まぁ、なまじ耐えたせいで今揉めている訳なのだが、月村 手毬が努力したことは紛れもない事実なのだ。誰に褒められずとも、プロデューサーである自分くらいは褒めてやるべきだろう。
「...ん」
「...?」
突然、月村 手毬が頭をこちらに突き出してくる。
一方通行がその行動の意図を読めずにいると、彼女はこちらに頭部を向けたままボソっ、と呟いた。
「...なでて」
「はァ?」
「私、頑張ったんですよね? じゃあプロデューサーは私を褒めるべきじゃないですか」
「なんつー暴論だ、そりゃァ」
というか先ほど言葉で褒めただろう。まぁ、それだけじゃ満足できないと彼女は言いたいのかもしれないが、それにしても子供っぽい要求だ。
「...チッ、今回だけだぜ」
月村 手毬は甘えられる相手にはとことん甘える人物だということだろう。彼女が一方通行に甘えているということは、彼女が一方通行を甘えられる相手だと見なしているということ。もっと言えば、月村 手毬は一方通行をある程度信頼しているということだ。それがわかっただけでも今回はよしとしよう。
そして、一方通行は半ば諦め気味に彼女の頭部に手を伸ばした。
「もう少し優しく撫でてください」
「注文が多い」
思えば、こうして誰かの頭を撫でたことが以前もあった気がする。いつだったか、そして誰だったか。本格的に思い出そうとする前に、黄色いおさげをぶら下げた少女が一方通行と月村 手毬の間に割って入った。
「な、に、を! イチャイチャしてんですかぁ!」
「ちょっと、ことね。今いいところなんだから。邪魔しないで」
「邪魔も何もこちとらお前のために今日この場を用意してんだけど!?」
そんな藤田 ことねの怒気混じりの叫びに流石の(?)月村 手毬も気圧されたらしい。彼女ら渋々頭の上に置かれた一方通行の右手をどかし、席を立って皆がいる方へととぼとぼ歩いて行った。
「プロデューサーも! さっさと来る!」
「...へいへい」
藤田 ことねの怒りを生返事であしらいつつ、一方通行はレフェリー席、つまり葛城 リーリヤと紫雲 清夏の横の席にどかっ、と腰掛けた。
そう、ここからが本題。
今更ながら、一方通行は花海 咲季のフォロー役を引き受けたことを、いや、それ以前にこの場にいること自体を後悔し始めていた。どう転んでも確実に一悶着あるだろう。
(その一悶着を収めることこそプロデューサーの仕事ってかァ。だったらそもそも一悶着を起こさねェ女を担当に選ぶべきだろォが)
記憶を失う以前の自分に内心で悪態をつきつつ、一方通行は諦観とともに覚悟を決めるのだった。
まもなく、料理対決が始まる___________。
私はUnhappy lightが好きです。