とある学Pの一方通行 作:大内
「ひょっとして記憶を無くされたりしてませんか?」
そんな篠澤 広のプロデューサーの言葉に一方通行は思わず面食らう。
彼は先ほど花海 咲季のことを勘がいいと称したが、目の前の男に関しては勘がいいとかいうレベルではない。初対面で本質を即座に見抜いてくるなど、常人の為せる技ではないのだ。
「いえ、正確に言えば初対面ではない。俺があなたのことを一方的に認知していた、と言うべきですかね」
「エスパーにでもなったつもりか?」
「とんでもない。ただの推測ですよ」
「...続けろ」
露呈してしまった(とはいえ別に隠すつもりもなかったのだが)ものは仕方ない。なぜこの男は一方通行が記憶喪失であるという推測をしたのか。その答えを求めて、一方通行は続きを促した。
「...俺は、あなたに興味があったんです」
男の言葉は、質問に答えているようで答えていなかった。
「初星学園の入学試験...その中でも面接試験の時の話です。覚えていないかもしれませんが、この学園の面接試験は学園長である
むろん、一方通行にその記憶はない。十王 邦夫の名も今初めて聞いた。
「その面接で、俺はあの人にこう言われました」
『お主の実力はプロデューサー科志望の人間の中でも特に抜きん出ておる。...が、上には上がいるのもまた事実。精進せい、プロデューサー』
「恥ずかしながら、俺は今まで自分が優秀であるということを信じて疑うことはなかった」
そのことが学園長に見抜かれたのでしょう、と男は苦笑する。
「後から調べてみれば、今年初星学園プロデューサー科に現役で入学したのは俺を含めて二人だけらしい。...もう一人が、あなただったんですよ」
「俺が『上』だと?」
「調べたうえで、そう判断しました」
それで、と男は一呼吸置き、
「ここ、初星学園では入学式前に新入生をスカウトするプロデューサーも多い。俺もそうするべく、春休みに初星学園を訪れました。その時に見かけたんですよ、あなたのことを」
一方通行の容姿は白髪に赤眼、と非常に印象に残る。事前に一方通行のことを調べていたのであれば、この男が春休みに一方通行を見かけ、一方通行だと認識できたというのも何ら不思議ではない。
(...俺が件の三人にプロデュースを持ちかけたのも春休みってワケか)
男は言葉を続ける。
「...今のあなたは以前見かけたあなたとはまるで違う。はっきり言って別人としか思えない」
「推測、というワリには根拠がはっきりしねェな」
「失礼。推測という表現は不適切だったかもしれません。これは、俺の勘だ」
勘、と口では言っておきながら、彼の表情に迷いなど見当たらない。
一方通行が記憶喪失であると、確信しているようにしか見えなかった。
「...イカれてやがる」
呆れたようにそんなセリフを吐き出し、一方通行は篠澤 広のプロデューサーにこれまでの経緯を簡潔に説明した。
「なるほど。自分の名前、それからプロデュースしている三人の名前を除いて、入学式以前の記憶が一切ないと」
彼は難しそうな顔をして考え込み、
「篠澤さんのことを知っていたのは?」
「スマートフォンのメモに全生徒の情報があった。それに目を通していた時にオマエが話しかけてきたンだよ」
「それは失礼。...それより、入学式の最中に記憶喪失になった、とのことでしたが」
「あァ」
「納得しました。やはり、あなたは俺より『上』の人間だ」
それで、と篠澤 広のプロデューサーは話題を変える。
「この後の予定も記憶に残っていないのでしょう? よければ俺が案内しましょうか」
「そこまで世話になるつもりはねェよ」
「遠慮なさらず。俺は、あなたに興味がある。そう言ったはずです」
穏やかな口調ながら、されど目の前の男は一歩も譲る気配がない。これ以上ここに留まっているのも面倒だ。そう考え、一方通行は仕方なく同意した。
「では、行きましょう。この後はプロデューサー科の人間に向けたオリエンテーションがあります。説明を聞けば、聡明なあなたならそれだけで諸々を把握できるはずだ」
目的地に向かって歩き始める篠澤 広のプロデューサー。一方通行は不機嫌な表情を隠そうともせずに後を追いながら、
「随分と買い被ってもらってるみてェだが」
「当然です」
一方通行の皮肉に気付いているのかいないのか、彼は眼鏡に手をやり、
「何せ、優秀な俺より更に優秀なのがあなただ」
「...はァ」
もしかして初星学園には変人しかいないのだろうか。男の言葉を聞いて、一方通行は思わずそんな感想を抱いた。
「つっても、変人でもない限り実技0点の女の面倒なンて見ねェか」
「それは、まぁ、何というか...。一目惚れ、というやつです」
「...そォかよ」
今まで饒舌に話していたのに、篠澤 広の話題を出すと困ったように言葉に詰まる。やはり変な男だ。
こうなると、件の篠澤 広とやらも、この男とお似合いなくらい変な女に違いない。一方通行はそんな感想を抱くと、目的地に向かって黙って歩みを進めるのだった。
その後、篠澤 広のプロデューサーに連れられ目的地(教室_____というより大学の講堂のような場所)へと到着した一方通行は、プロデューサー科の生徒に向けたオリエンテーションを受けていた。
周りの生徒はみな真剣に話を聞いてメモなどを取っているが、もとより『アイドルをプロデュースすること』に興味のない人間が一方通行だ。説明は話半分に聞きつつ、手元のスマートフォンを弄る。先ほどのメモの他に手がかりはないかと探してみるが徒労に終わった。
「先生方に睨まれていますが」
そんな一方通行を見かねたのか、隣に座っていた篠澤 広のプロデューサーが声をかけてくる。
「知らねェな。...オマエだって何もせずに呑気な顔してンじゃねェか」
「別にメモを取らずとも一度聞けば覚えます」
「ふン」
同じことだ、と一方通行は息を吐く。周りの空気がピリピリしてきたような気もするが、やはり知ったことではない。
(プロデュース制度、ねェ)
相変わらず面倒臭くはあるが、とはいえこのオリエンテーションによってようやく初星学園の全容が掴めてきた。
プロデューサー科の生徒がアイドル科の生徒をスカウトしてプロデュースを行う、いわば実践的な教育を行っているのがここ初星学園というわけだ。無論プロデューサー科の生徒もアイドル科の生徒もまだプロではない。が、そこに『プロデュース制度』を導入することによって擬似的にプロ同士の関係を作り上げている。もっともこの制度を利用するには数々の関門を突破する必要があるようだが、すでに利用が認められている一方通行には関係のない話だ。
さらに、このプロデュース制度を利用しているプロデューサー科およびアイドル科の生徒には多数の恩恵が与えられるというおまけ付き。
(活動費支給...事務所使用可...)
加えて、在学中にアイドルデビューすることのできた生徒は、学園長である十王 邦夫の息子が経営している100プロと専属契約を結ぶことができるらしい。
(チッ...結構な制度だが、こンなもンどうしろってンだ)
心の中で悪態をつく。
アイドルへの興味もプロデューサーへの興味もまるでない。何なら住んでいた場所さえ思い出せないくらい記憶が欠落しているのに、訳のわからない制度だけ与えられて、一体どうしろと言うのか。
「随分と悩まれていますね」
気付けばオリエンテーションは終わっていた。席から立ち上がらない一方通行を見て不思議に思ったのか、篠澤 広のプロデューサーが尋ねてくる。
「...なンでもねェよ」
「そうですね...この際、素直に話されては? 記憶喪失を隠したままプロデュースを続けるというのも至難の技でしょうから」
何でもない、と言っているにも関わらず助言をしてくる目の前の男に、一方通行は苛立ちを隠そうともせず舌打ちする。これだから下手に頭の良い奴は厄介だ。ずけずけと人の心を覗いては許可なしに土足で踏み込んでくるのだから。
「...わざわざ不安を感じさせる必要はねェ」
思わぬ言葉が口をついて出、一方通行は再び苛立ちを覚えた。会って間もない花海 咲季、さらには会ったことすらない藤田 ことねと月村 手毬に対してさえ妙な感情を抱いている。そのことが、どうしようもなく不快だった。
篠澤 広のプロデューサーは逡巡した後、
「それもそうですが、やはり_______いえ、ではあさり先生を頼るのはいかがでしょうか」
「なんだって?」
「あさり先生というのは、俺たちプロデューサー科の生徒の教師にあたる人物です。彼女なら手助けしてくれるでしょう」
あさり、という名は確かに聞き覚えがある。
スマートフォンの連絡用SNSアプリに登録してあった連絡先の一つに、『根緒 亜紗里』があったことを一方通行は思い出した。アイドル科の生徒ではないことはわかっていたが、教師だったとは。
「私に何か用ですか?」
不意に声が聞こえた。
気付けば、一方通行が座っている座席の真正面のスペースに見覚えのない女が立っている。台詞から察するに彼女が『あさり先生』とやらなのだろうが、その容姿は一方通行の想像していたそれとはかなりかけ離れていた。
「...若いな」
プロデューサー科の教師ともなれば、かなりのベテランだろうと勝手に想像していたのだが。目の前の女性の見た目はかなり若い。二十代後半...いや、下手をすれば二十代前半にさえ見える。
「きゅ、急にどうしたんですか?」
「えぇ、俺もそのことは不思議に思っていますよ。あさり先生は一見、非常に若々しい」
「プロデューサーくん?」
「し、失礼しました。...コホン。その、とっても若いあさり先生が、なぜプロデューサー科の担任を務めているのか。俺も理由を調査しているところです」
赤くなったり額に青筋を浮かべたり情緒の移り変わりが忙しい女だな、という感想は内心に留めておく。
とはいえ、篠澤 広のプロデューサーが威圧されて珍しく動揺しているのはいい気味だ。
呑気に欠伸をしている一方通行を見て、あさり先生は笑顔から一転、神妙な面持ちで、
「...どうやら、何かあったようですね」
と疑問を呈した。
「それが______」
その疑問に対し、頼んでもいないのに篠澤 広のプロデューサーが事情をかいつまんで説明していく。何を勝手に、と思わないでもなかったが、面倒臭いのでこの際好きにやらせることにした。
あさり先生はそのまま神妙な顔で彼の説明を聞いていたが、その後半信半疑の視線を一方通行に向け、
「記憶喪失、ですか」
「...信じられねェか?」
「その教師に対するものとは思えないふてぶてしい態度、間違いなく君です。記憶を無くしてるとは到底思えませんが...」
あさり先生はそこで一旦言葉を切った。
「
「そりゃ話が早くていい」
せめて敬語くらい使ってください、と呆れたようにため息をつくあさり先生。
「それと、君は確か寮生だったはずです。どの部屋だったかは忘れましたが______調べておくのでまた後で来てください」
初星学園が管理している寮だろうか。何にせよ、自分の住んでいた場所が明らかになったのは助かる。
「俺も寮生なので、何か困ったことがあれば言ってください。力になりますよ」
「それをして、オマエに何のメリットがあンだ?」
「何度も言ってますが、あなたは優秀ですからね。幾らか借りを作っておくのも悪くないでしょう?」
それと人を助けるのにメリットなんて必要ないでしょう、と篠澤 広のプロデューサーは呟く。本心かどうかは疑わしいところだ。
「それにしても、お互い仲良くなったみたいで何よりです。プロデューサー科同士の交流は有益ですからね」
「......」
「な、何ですかその顔は!」
『何ですか』も何も、今のやり取りを見て『仲良くなった』と解釈したことに呆れているだけだ。やはり初星学園には変人しかいないのかもしれない、と一方通行は内心うんざりする。
あさり先生は切り替えるように咳払いをして、
「と、とにかく! 記憶喪失が事実であるなら、本来休学を勧めるところなのですが...」
「必要ねェな。呑気に休学していられるほど余裕があるとも思えねェ」
忌々しい限りだが、今の一方通行に余裕などない。
ならば中退しよう______と一時は本気で考えていた。プロデューサーという職業に興味も固執もない。しかし、これまた忌々しいことに自分の中の知らない感情がそれを許さなかった。知らない自分が、トップアイドルを育て上げろと内で喚いている。
「...不幸中の幸いと言うべきでしょうか、
あまり無責任なことは言いたくないですが、とあさり先生は前置きし、
「今の君なら学費に困ることはないでしょうね」
「見たところ、ねェ...」
「えぇ。私は君の先生なんですから。わかりますよ」
そう言って柔和な笑顔を見せる彼女の言葉に嘘偽りは見当たらなかった。
入学式当日に言われていい台詞ではない。だって、甘く見積もってもたかが春休みからの付き合いだ。『わかりますよ』と言えるほどの関係性ではないに決まっている。それでもそう言えるのは、彼女の教師としての矜持によるものか、はたまた類い稀なる分析力によるものか_______。
いずれにせよ優秀な人物ではある。そのことだけは、一方通行も認めざるを得なかった。
(それにしても...援助、か)
話を聞いて、初星学園を中退しない理由がまた増えてしまった。一方通行がプロデューサーとして優秀な成績を納める限りその援助が打ち切られないのであれば、やはりトップアイドルを育てるのが手っ取り早い。
トップアイドルを育てること。それは、自分の中の知らない感情が今まで騒ぎ続けてきたことだ。その感情の言いなりになるというのは、一方通行としてはやはり非常に不快だったが、今は受け入れるしかなかった。
「記憶があるにせよないにせよ、初星学園は君たちを全力でサポートしますよ」
あさり先生は一方通行と篠澤 広のプロデューサーに改めて向き直る。
「知識、経験、技術、分析。必要なことはいろいろありますが、どれもこれから学んでいけばいいんです。一番大事なのは、
そう言って微笑むあさり先生に対して、一方通行は何も言うことができなかった。
不本意ながら、確かにその心意気らしきものは心の奥の方にある。
だが、果たしてそれは自分が抱いているものであると言えるのだろうか。
プロデューサーの名前は可能な限りぼかしておきたいんですけど、そうすると地の文で非常に長ったらしい呼び方をせざるを得ない、というジレンマ。それはそれとして面倒臭いし読みづらいと思うので次から『篠澤P』に変えようと思います。