とある学Pの一方通行 作:大内
月村 手毬との通話が切れてからものの数分で、彼女は一方通行のもとへとやってきた。場所はアイドル科の棟のすぐ目の前。別に廊下あるいは教室で待っていてもよかったが、流石に視線が痛いのでやめた。
「それでプロデューサー、何を食べに行くの?」
「開口一番それか...?」
「べ、別にいいでしょ!?」
そう叫んで彼女は頬を染める。
月村 手毬。やや青みがかった黒髪と、大きなエメラルド色の瞳は当たり前だがメモに添付されていた写真とまったく同じだ。黙ってさえいれば相当絵になるだろう。...黙ってさえいれば。
「絶対今失礼なこと考えてますよね?」
「さァな」
話を逸らす一方通行に彼女は不満げだ。
「それはそうと、メシか。どォするかな...」
一方通行が昼食の話題を出すと、月村 手毬の不満げな表情は一転し、
「私、ラーメンがいいです」
ぺかーっとした笑顔を見せる。
「ラーメン、ねェ...」
時刻は午後一時。確かにそのくらいガッツリしたものを食べたい気分でもあるのだが______。
「...却下だ」
「なんで!? も、もしかしてカロリーの心配? それなら大丈夫だから! ちゃんとレッスンで消費するし!!」
キャンキャン、と必死に抗議してくる月村 手毬に一方通行は耳を塞ぐ。
一方通行としてはラーメン屋ではあまり落ち着いて話ができないと思ったゆえの却下だったのだが、彼女の口からは予想外の言葉が飛び出した。
(カロリー。アイドルならそれも管理する必要があるってワケか)
というかそれを管理するのもプロデューサーの仕事だったりしないか?
嫌な予感が頭を掠め一方通行は顔を顰めた。別に管理自体は難しいことではないが、ただ単に面倒臭い。
「ぷ、プロデューサー?」
急に不機嫌そうな表情になった一方通行を見て不安を抱いたのか、月村 手毬が恐る恐る話しかけてくる。
言葉は強い癖に妙に打たれ弱い少女だ。そういうところは小型犬を彷彿とさせるな、と一方通行は思った。
「...ファミレスでイイか? 奢ってやるからよ」
そんな一方通行の言葉を聞いて、彼女はどうやら持ち直したようで、不安そうな表情から一転、
「仕方ないからそれで我慢してあげます」
とドヤ顔で言い放った。
もしかしたら、あまり甘やかすべきではないのかもしれない。
性格に難がある、だけではない。刺々しい言葉が多い割に自身は打たれ弱い。下手に甘やかすと過剰に調子に乗り始める。一方通行は今更ながら月村 手毬に対する認識をそのように改めるのであった。
「私、これにします」
ファミレスに無事到着し席に着いた一方通行たち。月村 手毬は興奮気味にメニューを開いたと思えば、すぐさま注文する商品を指差した。
「ハンバーグステーキか。他は要らねェのか?」
一方通行が尋ねると、彼女はしばらく葛藤し、
「...ライスも欲しい。あとは我慢する」
プロデューサーのくせにアイドルを誘惑するなんて信じられないです、と意味不明かつ誤解されそうな台詞を吐く月村 手毬。
食べるのが一番の趣味、と言い出しかねない雰囲気を漂わせる彼女に、一方通行は内心呆れる。余程腹が減っていたのだろうか。昼前にレッスンをしていたようだしそれも仕方なくはあるが。
タッチパネルを操作し、注文を完了した。
「それで」
商品の到着が待ち遠しいのか、月村 手毬はどことなくそわそわしている。
「...話って何ですか?」
「別に取って食いやしねェよ。ただ聞きてェことがあるだけだ」
失った記憶の手がかり。それを得るために、一方通行は慎重に話を切り出す。記憶喪失については勘付かれないように、あくまで比較的自然な質問をする必要があった。
「俺は春休みにオマエをスカウトした。今更だが、なンで俺の申し出を受け入れたンだ?」
まず優先すべきは、どういった意図で一方通行は『花海 咲季』『藤田 ことね』『月村 手毬』の三人のプロデュースを申し出たのかということだ。
それが分かればこの先のプロデュースがだいぶ楽になる。
ただ、そのためには回りくどい質問をしながら彼女たちから答えを引き出す必要があった。
「変な質問するね、プロデューサー」
月村 手毬は一瞬困惑の表情を見せるが、一方通行の顔を見てすぐにその表情を引っ込めた。冗談でも何でもなく、真面目な話であるということを雰囲気で察したのだろう。
「あの時、プロデューサーはレッスン中なのにいきなり入ってきて、プロデュースさせてくれって言ってきましたよね。私が断ってもすぐに諦めなかったのはあなたが初めてだった」
月村 手毬はやれやれ、と呆れたように息を吐いて、
「まぁプロデューサーが必死になるのも仕方ないよね。私ってほら、歌が誰より上手いし顔もいいから」
「...はァ」
「それはともかく、あなたは私のことをちゃんと調べてきたうえでプロデュースを申し出たみたいだったし、プロデュース制度は私にとっても手助けになるものだから、仕方なく受け入れてあげました」
だから失望させないでくださいね、と月村 手毬はふてぶてしい笑みを浮かべる。
「あっ! きた!!」
注文の商品が届いて、そのふてぶてしい笑みはすぐに無邪気なものに変わった。即座に手を合わせて食べ始める彼女を見て、一方通行はガキみたいだな、と失礼な感想を抱く。
「...なんですかその顔」
一方通行の視線に気付いたのか、月村 手毬の頬は羞恥で僅かに赤みがさしている。がっつきすぎたかもしれない、と今更ながら自覚したのだろうか。
「別に。ただ性格の悪ィだけのヤツじゃねェンだな、と思っただけだ」
「それどういう意味!?」
今度は怒りで赤くなる彼女を無視し、一方通行は思案する。
(話を聞く限り至って普通にスカウトしただけだが、前の俺はコイツにトップアイドルたる才能を見出したンだろう。『中等部トップアイドル』『歌唱力ナンバーワン』。確かにその肩書きは伊達じゃねェ。...ただ、この性格じゃァ、管理するのは一筋縄じゃいかねェだろォな)
そういう意味では彼女をプロデュースするのは悪手とも言える。
さらに、やはりまだ前の自分が三人をプロデュースしようとした理由が分からない。トップアイドルを育てるというだけなら、プロデュースするアイドルは一人に絞った方が効率的だろう。残る一人、藤田 ことねとの会話で答えが見つかるといいが...。
「ままならねェな、まったく」
一方通行はため息を吐きながらフライドチキンを口に放る。
その後もたわいのない会話をして(月村 手毬が一方通行の注文したフライドチキンを一個ねだるなどといった面倒事も起こりつつ)、彼らはファミレスを後にした。
そのまま一方通行と並び歩いていた月村 手毬が唐突に足を止める。
「プロデューサー...その、ありがとう」
でも、と彼女は一呼吸置き、
「ご飯で信用が得れるなんて思わないでくださいね。プロデューサーのことは、これっぽっちも信用していませんから!」
「...メシ奢ったくらいで信用されるとは俺だって思っちゃいねェよ」
そんなことで信用されたらそれこそ驚きだ。今度こそ彼女に『犬』の烙印を押さなければいけなくなる。
と、そうしているうちに彼らは初星学園まで戻ってきた。
「じゃあプロデューサー。私はまだ練習したいから。...送ってくれてありがとう」
月村 手毬は恥ずかしそうにそう言うと、一方通行に背を向けてアイドル科の棟に向かって走り出した。
想像以上の問題児。
彼女と別れた後、一方通行は改めてそう思う。このじゃじゃ馬を制御できる気は現時点だとまったくしない。いや、それは前の自分だってそう感じていたはずで。だとすれば、記憶を失う前の一方通行はどのように月村 手毬を管理しようと考えていたのか______。
そこまで考えて、ついに何かを掴みかけたその直前だった。
「貴方...私のモノになりなさい!!」
文脈をまるっきり無視した自信満々の台詞が、一方通行の耳をつんざく。
あぁ本当に。この学園には、変な奴しかいない。