とある学Pの一方通行 作:大内
初星学園には生徒を支援する制度が多く存在する。
プロデュース制度や奨学金制度はもとより、一定以上の成績を収めている生徒を対象にした学費免除、授業免除などの制度もある。
一方通行もその制度の恩恵を受けている人間の一人だ。ただし、恩恵を受け続けるには前述したように一定以上の成績をキープする必要がある。それはプロデューサーとしてだけではなく、専門学校に通っている大学生としても、だ。
つまり、講義を受けてきっちり単位を取得しなければならない。
(面倒臭ェ...)
さまざまな面倒事の末に疲労のせいで泥のように眠りについた翌朝、一方通行は初星学園への道を気怠げに歩いていた。
寝起きが非常に悪いのか、今にも人を殺しそうな目をしながら初星学園に足を運ぶ彼に、命知らずにも話しかける人間が一人。
「おや、奇遇ですね」
そう言いながらその人物は一方通行の横に並んだ。
「チッ...オマエか」
彼こそ一方通行があまり会いたくない人物の筆頭、篠澤Pである。相変わらず眼鏡と仏頂面で感情の読めない男だ。
「凄い嫌そう...プロデューサー、嫌われてる、ね」
「あァ?」
予想だにしない、それも聞き覚えのある声が耳に届き、一方通行は顔を顰める。この今にも消え入りそうなか細い声は、まさか_______。
「篠澤 広。...なンでいンだよ」
篠澤Pの横からひょこっと顔を出す篠澤 広。その顔色は悪く、今にも倒れそうなくらいである。
「昨日ぶりだね、私のプロデューサーと同じくらい冷たい目をする人」
「......」
「凄い...昨日より冷たい」
恍惚の表情で頬に手を当てる篠澤 広に、一方通行は非常にうんざりした。何が悲しくて朝から変人ダブルコンビとエンカウントしなければならないのか。ただでさえ癖の強いアイドルを三人担当しているのだ。無駄なところで体力を使わせないでほしい。
「彼はプロデューサー科の
「うん。昨日人探しをしに教室に来てた。面白そうな人だったから印象に残ってた、よ」
「同感ですね。俺としても彼には非常に興味があります」
「勘弁しろよ...」
一方通行は盛大にため息をついた。 最近、変な連中に気に入られることが多い気がする。
「あぁ、今日から篠澤さんの登校に付き合うことにしたんですよ。なまじ体力がない分、途中で倒れられても困るので」
「どォでもイイが、案の定アイドルの素質はないみてェだな」
「そう、私に一番向いてないこと。それがアイドル」
篠澤 広は一方通行の言葉を一切気にした様子なく、それどころか少し嬉しそうにそう言い放った_______
「...きゅう」
______かと思えば、妙なうめき声をあげて彼女は身体をぐらつかせる。
そして地面に倒れ伏しそうになる直前、間一髪で篠澤Pがその細い体を受け止めた。
「いくらなンでも...って感じだぜ、こりゃァ」
「同感です」
先ほどから顔色が悪いとは思っていたが、まさか登校途中に体力切れで倒れるような人間がいるとは。一方通行はため息をつき、篠澤 広を抱える篠澤Pに背を向けて歩き出した。
「待ってください」
「あのなァ。俺はオマエらみたいな変人どもに構ってる暇はねェンだよ」
「貴方はそうかもしれませんが_______」
よいしょ、と篠澤Pは彼女の体を抱き上げた。そう、ちょうどお姫様抱っこのような形で。そしてそのままこちらに歩いてくる。
「...チッ」
「そう言わずに。せっかくです、このまま一緒に登校しましょう」
「そのままァ?」
「えぇ、このまま。貴方も昨日やっていたでしょう」
「......」
「殺気を向けるのは流石にやめていただきたいですね。勘違いしないでください、たまたま見かけただけですから」
藤田 ことねさんを運んでいたでしょう、と篠澤Pは至って冷静に言う。
「彼女のことです。バイトのしすぎですか」
「そこまでわかってンならいちいち口に出すな」
篠澤Pの頭には、一方通行と同じく初星学園全校生徒の情報が入っているのだろう。そのことにいちいち驚きはしないが、こちらを見透かしたような言動にはシンプルに腹が立つ。
「これでも心配していたんですよ。...一人の友人として、ね」
「誰が」
一方通行の非常に嫌そうな返事を篠澤Pは無視。
「ですが、その様子を見るに上手くいっているみたいで安心しました」
「チッ...どこがだよ」
まったくスカウトした覚えのない三人のプロデュース。一応『ユニット結成』とかいうそれっぽい案は浮かんだものの、案の定困難な道だ。一体これのどこが『上手くいっている』のだろうか。
「アイドルとの信頼関係を築く。俺たちプロデューサーがアイドルをプロデュースするうえで非常に重要なことです」
貴方はそれができている、と篠澤Pは柔和な微笑みを浮かべて言った。
「...それ、本気で言ってンのか」
「もちろん」
即答だった。
なぜこうも自信をもって断言できるのか。つくづく不可思議な男である。
そうこうしているうちに、一方通行たちは初星学園の正門の前に辿り着いた。隙を見て変人コンビから逃げ出そうと思っていたのに結局最後まで一緒にいてしまった、と一方通行はため息をつく。
本当に、調子を狂わせる男だ。
「お付き合いありがとうございました。俺は篠澤さんを教室まで送り届けてくるので、これで」
篠澤Pは一方的にそう言い放つと、篠澤 広を抱えたままアイドル科の棟の方へと歩いていった。周りの人間たちからの好奇の視線を受けても彼がそれを気にする様子はない。
「......」
これ以上彼らと一緒にいると、もしかしたら自分も変人枠として扱われるのではなかろうか。そんな予感に一方通行は(彼としては非常に珍しいことに)悪寒で身を震わせながら、プロデューサー科の棟へと足を踏み出した。
「こら、
爆睡している一方通行に彼の担任_______あさり先生が声をかける。
そう、今は絶賛講義の途中だった。そして、欠伸を噛み殺しながらかろうじて初星学園まで辿り着いた一方通行が座学に耐えられる筈もなく。
「...あァ?」
「先生を睨みつけない!」
あさり先生に肩を揺さぶられ、一方通行はようやく目を覚ました。彼は非常に不機嫌そうに担任の教師に目線を向けると、
「義務教育じゃねェンだから余計なお世話だろ」
「私は君が心配なんです。例の事情もあるし、ちゃんと授業は聞いてください」
記憶喪失の事実を仄めかしつつ(この場には他の生徒もいるのではっきりとは言えないのだろう)、あさり先生は一方通行をジト目で睨み返す。一方通行の冷たく赤い瞳にびくともしないのは、さすが教師と言ったところか。
「...仕方ねェな」
「よろしい。さて皆さん、先ほどの続きですが_______」
あさり先生による講義は続く。
別にその内容に興味がないわけではない。むしろ、記憶を失った一方通行にとって、プロデュース技術の数々を的確に伝える彼女の講義は有用なものであると言ってもいい。
しかし。一度聞いただけですべての内容を完璧に記憶できるのが一方通行だ。どうしても手持ち無沙汰になってしまう感は否めない。
「_______では、本日はここまで」
と、退屈と戦っているうちに講義は終わりを迎えたようだ。あさり先生が教室を出ていく。
(さて、どォするか_______)
初星学園のプログラムは極めて異質である。座学の形で受ける講義は基本午前のうちに終了し、午後からは実践的なプロデュース指導が行われるのだ。まだ担当アイドルのいない生徒、もしくはプロデュース契約の使用を認められていない生徒には教師たちによる特別指導が、一方通行や篠澤Pのように担当アイドルのいる生徒は実際にアイドルをプロデュースすること自体が単位________すなわち成績に直結する。
そのため、アイドル科においてもいわゆる普通の高校生が受けるような授業は午前中のみ行われ(篠澤 広のようにそれさえ免除されている者も存在する)、午後からはアイドルとしてのレッスン、あるいは自分の担当プロデューサーとのミーティングが推奨されているのだ。
つまり、一方通行はこれから例の三人のもとへ向かわなければならないのだが...。
「......」
一方通行はふとスマートフォンを取り出すと連絡用SNSアプリを開き、花海 咲季、藤田 ことね、月村 手毬にそれぞれ同じ内容のメッセージを送信した。
『話がある。プロデューサー科棟の××号室に来い』
××号室は、一方通行がアイドルをプロデュースするうえで事務所として使用することを認められた教室だ。プロデュース契約を使用している者には必ず一室与えられるとのことらしい。
(面倒くせェしこれでイイか、もう)
ユニット結成を三人に納得させない限りプロデュースは進まない。しかしかと言って一人ずつ納得させるのは面倒臭い。ならば三人同時に話して何とかしてしまえ、というのが一方通行の雑なアイデアだ。
(納得...するとは思えねェが)
そう簡単にはいかないだろう、という一方通行の予感はこの後無事的中することになるのだった。