戦術人形『RPD』、彼女は一人物思いにふけっていた。
「今頃、あの人間はどこで何をしているのだろうな…」
生きていればいいのだが、そう続けようかとも思ったが彼女は思いとどまる。
今は混沌の時代。死ぬときは死んでしまうもの。
だがそれでも無事を祈らずには居られない。
『やれやれ─』
あの青い髪の優男のことを。軍人と名乗るくせに銃の扱いもままならないIFの未来から来た男のことを。
──
半年ほど前、新しい戦術人形と入れ替わる形で前線ではなく、比較的安全な基地に配属されることになったRPD。
配属された基地は酷い有様。基地の人間はまともに働くこと無く、戦術人形は人間ごっこに精を出す。
P.M.Cの功労者の息子が指揮官らしいが、道楽にふける愚か者。彼女は憤るでもなく、ただただ呆れた。
そんな基地に配属されて一月、もうだれも行っていない基地郊外の哨戒に取り組んでいるときだった─
「─どうやら私は幻覚を見ているようだ」
はぐれ鉄血人形に銃を向けられながらも、何故か冷静な男に出会ったのは。
──
「いやぁ、助かったよ。ありがとう…、えっと名前を聞いてもいいかな?」
「…RPDです」
「RPD…コードネームか何かかい?」
「いえ、正式名称です。私は戦術人形なので」
言葉を交えてみた感じ、まず思ったのが男がどこか常識というものを欠落させているというものだ。
戦術人形と言ったのにイマイチ理解が出来ていない様子。戦術人形といえば、大半の人間が忌み嫌う存在であるはずなのだが…。
「私はヤン・ウェンリーだ。一応軍人ということになるのかな?」
そんな私の思考を置き去りにして、男が、ヤンが自分の自己紹介を始める。それによると─
彼は未来世界…、人類が宇宙空間に進出し、争いのスケールが恒星系の取り合いにまで発展した世界の軍人らしい。正直、今でも未来世界のことは信じれていない。それもそのはず。彼らの世界はコーラップスもなく、戦術人形もいない、そんなIF世界なのだという。
最初は狂人かとも思った。しかし、ヤンは嘘をついているふうには見えなかったので一応信じることにする。
そんなふうに彼と話していると、はぐれ鉄血人形が再び、それも十体も現れた。一応民間人ぽかったので、自分を盾にしてでも逃がそうとしたが彼はそれを拒否した。
物陰で身を隠しながら鉄血人形を観察していると─
「その腰にぶら下げた手榴弾、そいつは使えるかい?」
「ええまあ。しかし、全員は倒せませんよ。良くて二体です。それに視認されたらすぐに回避されてしまいます」
「相手に当てるんじゃない。彼女ら? の右側の木を狙って投げてくれ」
「…そこだと手榴弾の爆発が奴らに当たりませんが」
「いいからいいから」
本来ならこんな不審者の指示など聞かないが、久しぶりの指揮だったので従うことにした。
手榴弾を奴らの右側の木に向け投擲。目標に到達後、二秒ほどして爆発が起こる。すると木が根本から折れ、鉄血人形たちの方へと倒れる。
そうして鉄血人形の注意が倒木の方へとそれた瞬間─
「撃て!」
「…サー」
なぜかなれた様子でヤンが発砲命令を下す。
基地の指揮官…、幹部のドラ息子にされたときはどこか反感を覚えたものだが、この青い髪の男の命令はなぜかすぐ受け入れることができる。そんな不思議な感覚は後にも先にもこの一度だけである。
──
「─科学技術が進んでいるからこそ、あんなペテンみたいな小細工が効果を発揮するんだ」
「…そうなんですか」
「…なにやら聞きたいことがありそうだね」
適当に会話を続けていると、ヤンがふと私に疑問を投げかける。どうやら顔に出ていたようだ。
「貴方はなぜ私を指揮し、鉄血人形を倒したのですか?」
少なくとも、基地の指揮官だったりは戦術人形を避け、曖昧過ぎる、指揮とは到底呼べないようなものしか行わない。もし、今回みたいな状況に陥ったのなら、自分を囮にして逃げ出すだろう。そういう確信がある。
そんな中、軍人と自称しているこの男は逃げ出すこと無く指揮を取った。それはなぜなのか。
「軍人だった聞きますし、闘争を生きがいとしているからですか? それともこちらでも名誉を求めてですか?」
「…そのどちらでもないと思うな。簡単な話、前世? まあ、私は元いた世界では民主主義に育てられた。民主主義は対等な友人を作る思想なんだ。友人を守ろうとするのはあたり前のことだろう?」
「友人? 戦術人形である私と人間の貴方が?」
「勿論だ。それに、君は危険を顧みずに私のことを助けてくれた。それなのに私が窮地にある君を見捨ててしまうのは、一個人としてこれ以上無く情ないことだろう」
…少し、IF世界でヤンという男の麾下で働く人達が羨ましく感じる。宇宙で戦うのだからよっぽどの技術があるのだろう。今よりもずっと科学技術が進んだ世界で、彼は否定したが、帝国という敵対国家と絶滅戦争を行うような過酷な世界であったとしても、どこか軍人として欠落していて、しかし、人間として尊敬できる存在のもとで働けたのだから。
──
次にヤンに再会したのはそれから一ヶ月後のこと。
「…お前に新しい任務を与える」
どこか気だるそうな様子で指揮官が私に命令する。
「どのような任務でしょうか?」
「要人警護らしい。失敗だけはするな」
与えられたのは要人警護。いままで何度も経験してきた、極一般的な任務ではある。しかし気乗りはしない。
警護対象は往々にして自分を気持ち悪がる。それでは守ろうとは思えない。
今回はまともだったらいいな、と思っていると─
「また会ったね」
「…」
そこにヤンが居た。
──
「─私はなりたくてなったわけではないけど軍人だ。それも士官学校出身で人を指揮する立場の。それなのにテクノロジーの話をされても知っているはずがないだろう」
「…そうですか」
何やら彼は上層部から色々と質問攻めされたらしい。しかし─
何万キロ…いや、何光年と先の敵の存在を捉えるレーダーに同じく何光年も遠くの味方に連絡できる通信能力。
そしてはるか遠くの鉄の船に致命傷を与えられる高出力のレーザーにそれを防ぐシールド。
あまりにも基礎技術に差がありすぎる。専門家でない男の証言も相まってグリフィンと懇意にしている工房もお手上げらしい。
「ところでヤン殿、貴方が以前まで居た世界ではどのような国家で戦っておられたのですか?」
「私の所属していた国家か…」
専門家でもわからないものを聞く気にはなれなかったので、以前の経歴などを聞いてみる。
「私が所属していた国家は自由惑星同盟といってね。銀河帝国ゴールデンバウム王朝から自由を求めて星海へと飛び出した民主主義者によって建国された民主主義国家だ」
「以前おっしゃられていた、民主主義に育てられたとはそういうことですか」
「ああ。でも私は薄情者でね。愉快な仲間達と一緒に、三十年は慣れ親しんだ自由惑星同盟から飛び出してしまったよ─」
話している様子を見ると、やはり彼は軍人というより、学者のほうが性に合っているように感じる。
軍人が持つ特有の威圧感は全く見受けられず、ひねくれた学者が纏うとらえどころのない雰囲気が彼を包んでいる。しかし…
「民主主義、ですか…」
彼がその民主主義というものを高く評価しているのは伝わってきた。
だが、果たして民主主義とはそんなにも良いものなのだろうか…。
「そんなにも良いものですかね、それは」
「…」
私がソ連製の銃を素に製造されたからかはわからないが、民主主義にはある種の抵抗を感じる。
「貴方がおっしゃる民主主義。それはこの世界でも適用されています。しかし─」
人類の存亡がかかっているのに前線から遠く離れた場所で知識人やそれに選ばれた責任ある政治家と宣う人間が政争に明け暮れ、支援もなしにより多くの戦果を求めてくる。資本主義によって欲の皮を突っ張らせた奴らの増長は留まるところを知らない。それに─
「貴方の世界でも一部の政治家が民主主義の土台である民意を裏切り、対極にある専制政治へと自ら下った。そして資本主義者は数々の謀略を仕掛けて対立を煽り、多くの民衆を戦火に晒した。民主主義は自らを破滅に追いやる制度のことですか? 資本主義とは人間をより醜く貶め、人命よりもお金という俗物に重きを置く考え方ですか? 民衆のための政治と唄いながら資本主義を取り入れる社会というのは恥知らずな嘘つきたちの世界ですか?」
いつも不満を抱いていた。無能のくせしてノルマノルマと怒鳴るだけの指揮官が言うノルマというものは資本主義の産物。
いつも行動に制限をかけてくる法律というものは民主主義の産物。
生き残りたいのではないのか? だから人形兵器などという存在を生み出したのではないのか? それなのに手足に枷をつけて戦わせようとする。
「確かに資本主義には最高の結果があるのかもしれない。しかし最悪の結果も同じように生み出す。民主主義は確かに皆が納得できるものかもしれない。しかし、それがかえって愚鈍さを招き、皆の危険を招く。それが果たして称賛に値するものでしょうか?」
「…だから専制政治のほうがいいと?」
「専制政治とは限りません。他に共産主義でも何でもありましょう。それなのになぜ民主主義に拘るのですか?」
ヤンは一呼吸おき、言葉を続けた。
「民主主義、資本主義は確かに君の指摘した危険な一面を持っている。だけどその最悪な結果はみんなの責任さ」
「皆の責任ですか?」
「ああ。政治家を選んだのは自分たち。破産したりしたのは自分たちの管理能力がなかったから。民主主義、または資本主義は不断の努力があって初めて機能する。それはたしかに大変だけれどもみんなに可能性を与えることができる」
「…」
「専制政治は一部の人間が権力を握っており、多くの人間はその一部によって振り回される。共産主義は誰かの努力は全体に配分されてしまう。そんな希望の持てない政体だ。なんの権利もないのに義務だけ果たせ。そんな社会は狂っているよ」
「しかし…」
「お嬢さん。君はまだ生まれてから数年だろう? それも戦乱という荒んだ時代しか経験していない。それだけで制度の良し悪しを語るというのは少し無理がある。それに人類は石や棍棒くらいしかなかった頃から宇宙に進出するだけの時間をもってしても争いをやめられなかった。民主主義、共産主義、専制主義。そのどれもが誕生してから数世紀くらいしか人類は経っていない。そりゃあ完璧な政治なんかできるはずがない」
「…」
戦術人形として戦うことだけが全てだった自分にはよく理解できていないことばかり。しかし、何万年経っても戦争はなくならない、まして生まれてから数百年の政治というものならなおさら、という意見は自然と理解できた。
彼のお陰でほんの少し、誰がため戦うのか分からなかった自分にモチベーションが湧いた。
この眼の前の男が想像もできないという完璧な政治、主義。そんなものが生まれるのか試してみたい。だから今、許されるのなら六発は殴りたいドラ息子の下でも戦って、人類の可能性を守ってみよう。そう思えた。
──
決意を新たにしたものの、後方組の自分にできることなどたかが知れていた。なので少し燻る思いがあれど普段通り一人哨戒を行うだけ。が、世界は目まぐるしく変動する。人形を尊重するとか言って戦術人形の邪魔をするバカどもが現れ、正規軍だったりパラデウスとやらの勢力のせいでさらに混沌とした世界になった。そんな時だった。再びあの男と出会ったのは。
「久しぶりだね」
「ええ、そうですね」
彼はグリフィンの本部で客人扱いだったが、襲撃やらなにやらのせいで本部は混乱。結局この基地へと帰ってきたようだ。
「…」
まあ、この基地もゴタゴタのせいで客人を迎え入れるような余裕はなかったのだが。
守ってやる代わりに一つ聞いてみよう、そんな軽い気持ちで口を開く。
「ヤン殿、近頃世を騒がせるパラデウスという宗教団体をご存知ですか?」
「まあね」
「パラデウス上層部は大凡人類にとって害悪ですが、パラデウス自体は違います。多くの希望を失った人々に希望を与える。そういう組織です」
「…」
「また、近頃は鳴りを潜めつつありますが私達戦術人形の権利を守るという名目で私達の邪魔をするバカども。行動自体は害悪ですが、思想は私達のことを思ってのこと」
「…」
「私は人類を守る、人間の命令に忠実ということだけ考えていればよかったはずなのに…」
それなのに彼らに銃を向けなければならない。一体どうすればいいのか。
「それは難しい問題だね」
彼は一頻り悩んだ後、普段と変わらずな様子で口を開いた。
「現実と理想は違うんだ。…私の友人に、主義、主張は生きるための方便。生きるのに邪魔になったのなら捨てるまで、と宣った恥知らずがいるんだ」
「酷い言い様ですね。仮にもご友人でしょう」
友人を恥知らずと言うのは…ちょっと…。
「仕方がないじゃないか。だってその男は私を暗殺しに来ていたんだぞ」
「ッ!?」
前言撤回。そんなのを友人呼ばわりとは…。懐が広いのかなんなのか…。わかっていたつもりだが、彼はやはり常識が通じる相手ではなかったようだ。
「それなのに私はそいつを雇い、いくつもの作戦を任せた。それは私が随分と出来た人間だったことと、民主主義という違う意見の人間ともわかり合うことができる考え方があって成せたことさ。…話がそれたね。要するに、たしかにパラデウスだったりは人類のため、君たちのために有益な存在かも知れない。しかし、彼らのせいで無辜の民衆が戦火に脅かされている。だったらこの民主主義の社会に於いては批判されるべきものだ」
「…」
「また、パラデウスは過剰過ぎる軍事力をもっている。これはよろしくないことだ。武器という自衛力が必要なのは知っている。こんな銃声がひっきりなしに聞こえるような世界ではなおさらだ。しかし、自制できる出来ないに関わらず過剰な戦力は他者の疑念を呼び、それを払拭するために戦力が増やされる。そんなことをしていてはこの惑星が武器だらけになってしまう」
「…ではどうすれば?」
「君たちのような平和のために戦う者の出番ということさ。民主主義における軍隊は民衆を守るべき存在だ。なら平和のために、民間人のために戦わなくてはならない」
──
ヤンという男はそれからしばらくして、基地を離れた。なんでも─
『元いた世界ならともかく、私はこの世界で何ら義務を果たしていない。それなのに君たちに守ってくれなんて頼めないよ。私はまだ安全な都市にでも行って、本でも読み漁るさ』
とのこと。
彼との触れ合いは、一ヶ月程度のもの。しかし、私にはそれで充分すぎたように思う。だって─
──
「たった一人で何をするつもりだ」
「さあね? 何をしようとしているのか私にもわからないわ」
白い髪の、どこか精気を失った瞳の戦術人形。M16A1を構える裏切り者の前に唯一人立ち塞がる。
鉄血人形共を引き連れたM16A1の進行方向には多くの人が住む街がある。未だ避難は完了していない。そもそも鉄血人形の接近を知らない人も多い。ならばここで足止めを行い、情報を伝え、民間人を守るための行動をせねばならない。
「長い後方生活で変わったな。蛮勇とでも言うのか? この戦力差がわからないわけでもないだろう」
「ええ。私も驚いているわ。でも─」
友人を守るのは当たり前のことでしょう?