リリカルなのはW.C.C   作:さわZ

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第五十三話 さらば邪神様。また会う日まで。

 邪神が作り出した巨大な建造物。その中には『夜天の書』を改悪した『闇』が文字通り封印されていた。

 キューブ状の唯我独尊の周りをシャマルのクラールヴィントがグルグルと旋回しながら警戒を解かなかった。

 

 何の異常もない。このままいけば。摩訶不思議な現象を引き起こす邪神が言うように五十年維持すれば『闇の書』は処理される。

 管理局の重鎮。リンディやクライドを含めた管理局員の殆どがそう思っていた。

 

 邪神の作り出した建造物。唯我独尊(マッシュ)から機械的な触手が飛び出すまでは。

 

 『っ!?まさか、俺のWCCを学習して対抗したというのか?!』

 

 バキバキと唯我独尊を打ち破るように鋼色の触手が飛び出すと同時に周りにいたクロノやアリアといった管理職員。守護騎士達やプレシア達にも迫った。

 

 『させん!』

 

 そう言った邪神が腕を振るうと触手か光り、次の瞬間には枯れた葉の様に地面に粉となって落ちたが触手は唯我独尊を呑みこみ、もはや巨大な毛玉の様になっていた。

 その浸食スピードはじりじりと邪神のWCCでも追いつかない程で、その触手は既に邪神の足元にまで近づいていた。

 

 『裕君!今助け』

 

 『来るな!今、俺が手を離せば爆発してお前らまで巻き込まれるぞ!』

 

 邪神の一喝により裕に手を伸ばしかけた手を引っ込めたはやて。

 周りの人間も同様に差し伸べようとした手を止めた。

 WCCで分解を試みている物の光り輝き朽ちていくはずの触手は光の内側から新たな触手を生やし、邪神の足首に絡みついた。

 

 『ぬかったわ。・・・湖の騎士。そして、ギル・グレアム。クロノ・ハラオウン。見ての通りだ。『闇の書』の闇の部分は俺が抑えておく。今ならまだ、俺ごとあの闇を宇宙に転移させてアルカンシェルとやらで吹き飛ばせ』

 

 『何、馬鹿な事を言っている!諦めるな!お前は神を語るんだったらこれぐらいの事を脱してみろ!』

 

 クロノは仮面の下から聞こえた邪神の諦めの声に抗議する。

 

 『諦めろ執務官。もう、間に合わぬよ。・・・まっこと、邪神とは難儀なものよ!』

 

 『アユウカス。いや、裕君。何を言って』

 

 『まあ、聞け。『邪神』とは自然現象みたいなものよ。時代が、文明が停滞した時に発生する現象だ。それは時に異形の怪物だったり、お前達がいう所のレアスキルという特殊な能力を持つ人間。それらを発展させたり衰退させたりする現象だ』

 

 邪神は淡々と語る。

 その間にも触手は下半身を覆いつくし裕の首元にまで伸びていく。

 

 『恨み言は、後でいくらでも』

 

 『・・・転移』

 

 『・・・悪い。はやて』

 

 『ザフィーラ!シグナム!ヴィータ!待っ』

 

 ザフィーラとシグナム。ヴィータはこれ以上はやてに裕が触手に取り込まれていく姿を見せたくない。この場に居させてはいけない。そう判断して、主であるはやての意図も聞かずにその場を転移する。

 

 『こうなったらデュランダルで』

 

 『やめなさい、執務官。それを使ったらアユウカス。邪神が『闇の書』の闇よりも先に砕け散ってしまう』

 

 『じゃあ、どうするんだ!!』

 

 『・・・』

 

 『執務官。これは邪神の役目だよ。そして、『闇の書』の闇という時代を終わらせる。役目を果たした邪神はそこから去るのが俺の役目だ』

 

 プレシアがデバイスを起動させたクロノを手で制する。

 もう既に裕の首から下はWCCで光っている触手に包まれていて直視できない。

 それは邪神に縁がある人間が見たくもない現象だろう。

 自分達を救ってくれた神が今まさに消滅するかもしれない場面なのだから・・・。

 

 『ここで終わるのがお前の役目だというのか!僕の家族を!あの少女の家族を救ってお前がここから消えるのが役目だなんて認めないっ。認められるものか!』

 

 クロノの説得に狐の面の下から苦笑する気配を感じた。だからこそ声を荒げて彼を力づくでもそこから引きはがそうと近寄ろうとした瞬間。後ろに回り込んだリーゼ・ロッテの手刀で意識を刈り取られた。

 

 『・・・後は任せた』

 

 『最後まで見ている。それが私を救ってくれた神に対するせめてもの礼だ』

 

 『・・・見守ってあげるわ。あなたの最後を。私の娘を救ってくれた神の最後を』

 

 『待機している船に命じる。五秒後に指定した座標にアルカンシェルを撃ちこめ』

 

 銀髪の女性は触手に飲み込まれていく邪神の姿を最後まで見守っていた。

 そして、邪神が完全に光輝く触手に呑みこまれる直後にシャマルは俯きながら邪神と『闇の書』の闇を取りまく一帯を宇宙空間に転移させた。

 

 『・・・転、送』

 

 いざという時は邪神ごと吹き飛ばすように事前に話し合った事だ。

 それは誰もが覚悟。承知している事だった。

 

 シャマルが転送を行うその瞬間、『闇の書』の闇を吹き飛ばした超重力砲のアルカンシェルが放った光が辺りを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 地球に帰ってきたなのは達はそれらを貸し切り状態の翠屋で聞かされた時、愕然としていた。

 はやてとクロノはずっと下を向いたまま顔を上げようとしなかった。

 彼女を気遣って守護騎士達は二人にどう声をかけて良いのか分からなかった。

 守護騎士だけではない。

 アルカンシェルが撃ち込まれる場面を見ていた。ギル・グレアムやリーゼ姉妹。ハラオウン夫妻。プレシア・テスタロッサ。

 現場を見ていた誰もが二人に声をかけることが出来なかった。

 

 「・・・どうして、どうしてなの」

 

 「・・・なんで。なんで裕がそんな事になったっていうのに」

 

 「裕君は、裕君は」

 

 邪神の事の顛末を聞かされた幼馴染の三人の少女は体はプルプルと体を震わせながら叫んだ。

 

 

 

 「「「どうしてここにいるの?!」」」

 

 目の前で暢気に煎餅を齧っている邪神に向かって。

 

 「だって、嘘だもの」

 

 実際のところ『闇の書』の闇は裕が作り出した唯我独尊を打ち破る事など出来なかった。

 あの時の光景は≪WCCでも『闇の書』の闇が抑え切れていないと思わせるために辺り一帯をWCCで変形変化させた物≫であり、転移される手前に裕はWCCを使い、地下百メートルあたりシェルターを作り、そこにシフトムーブ。

 予め、ギル。プレシア。シャマルと打ち合わせていた『邪神消滅』を思わせる茶番を行っていた。

 真実味を出す為。そして、それがばれないように子ども組やシャマルを除く守護騎士達には知らせていない。

 ギル・グレアムはリーゼロッテ・アリアに通信を一時的にきらせていたが、その間にシャマルやプレシア。そして裕に予め予定していた茶番『プランF』を始動。

 守護騎士達やはあの時必死になって邪神を助けようとしていた二人が羞恥で顔が上げられない様子をただただ見守る事しか出来なかった。

 

 『最後まで見ている。それが私を救ってくれた神に対するせめてもの礼だ』

 

 「どうしてここでリプレイ画面を出す?!」

 

 「いや、主である『うっかりはやてえ』が羞恥に悶えているのにお姉さん。リインフォースさんが悶えていないのはどうよと思って」

 

 「そんな水戸黄門に出てきそうな名前で呼ばない方がいいよ」

 

 銀髪美人ことリインフォースは邪神である裕が回収されるまで失意の彼女達が二度とこんな事にならないようにと名付けた事だが、三時間もしないうちに再び会いまみえようとは思わなかっただろう。

 はやてを擁護するかのようにすずかが裕の言葉に突っ込みを入れるが、はやてにも非がある。

 

 「そもそもはやてさんが口を滑らせなければこんな事にはならなかったのよ。プランAからEまでは邪神の存在を隠匿する。もしくはゲッターという偶像に押し付けて処理しようとしたのに裕の名前なんか出すから」

 

 「まったくだ。これだからクロノ君やうちのアリアやロッテ。ハラオウン家まで巻き込まれて騙されたんだ」

 

 ギル・グレアムの言う通り。特にクロノはもの凄いとばっちりを受けた。

 当事者でもある裕も思い出すのもはばかられる茶番に付き合わせてしまったのだから。

 

 「・・・うう、だって、裕君やで。いままではっちゃけていたからそのままの勢いでつい」

 

 「あのな、俺だって命の危険があるのにはっちゃけるわけないでしょ。それに前々から言っていたでしょ。厄介事や危険な事には極力関わりたくないって言っていたでしょ」

 

 「・・・そうやけど」

 

 「ちなみにどれくらいの割合ではっちゃけていたの?」

 

 「八割くらいかな」

 

 「ほぼ本気ではっちゃけているやないか」

 

 裕の傍にいると命の危険があるとはわかっていても時々訳が分からなくなることがある。

 しかも自分が苦しめられていた『闇の書』の闇が裕を襲い掛かっていると思わせる場面を見れば焦る。

 その焦りが管理局やはやて達を騙すことになるという事に繋がった。

 敵を騙すにはまず味方から。とは、よく言ったものである。

 

 「だけど、これも一時的なものよ。すぐにでも管理局の調べがついてあなたの素性が割れるわよ?」

 

 「その間にプレシアさんとリンディさん。グレアムさんに俺の身元。その周りを保護してくれる環境を作ってくれればいいよ」

 

 「あんたが管理局に入局してくれればそんなこともしないで済むんだけど」

 

 「いやでござる、いやでござるっ。拙者働きたくないでござる!」

 

 まるで子供の様に。というか子どもなのだが邪神は駄々をこねる。

 というか、先程まで命懸けの事をやり遂げた後なのだ。

 いくら邪神の力を持っているとはいえ、十歳の裕に管理局で働けと言うのは酷だろう。

 しかもJS事件に始まり、『闇の書』事件という命の危機があることを二つもこなせば働きたくないと駄々をこねるのも仕方ないかもしれない。

 

 「ちなみにどれくらいはっちゃけるのを我慢したの?」

 

 「・・・一割くらいかな」

 

 「もう毎日はっちゃけているじゃないか!」

 

 クロノが羞恥と騙されたという怒りで顔を赤くしながら裕に食ってかかる。

 

 「まあ、いろいろな意味で原因ははやてなんだから責めるならはやてにして」

 

 『夜天の書』の主であり、邪神の正体を滑らせた少女であり、茶番をせざるを得ない状況を作り出したのもはやてだ。

 つまり、はやてが悪い。

 

 「うう、裕君はこんな病弱な美少女に色んな罪を課されていくんやね」

 

 「もう病弱(笑)じゃね?」

 

 「なんやとー!・・・確かに足の感触は戻りつつあるけどまだ歩けないから病弱はまちがっとらへんわ」

 

 「微少女(笑)」

 

 「酷いで裕君。うちの、うちの初めてのキッスを奪ったくせに。そんな言い方って・・・」

 

 はやては口元を押さえながら裕から目を逸らす。と、同時に邪神の後ろから三人の少女の腕が伸ばされ肩を掴まれた。

 ここはいつから振り向いてはいけない道になったんだろう?

 JOJOならぬ邪邪の奇妙な冒険?

 

 「裕君、今の話なんだけど」

 

 「はやてがピーピー言うから止める為に」

 

 「無理矢理したんよね・・・」

 

 「・・・裕君?」

 

 「反省も後悔もしていない」

 

 「・・・ユウ。他に言いたいことはある?」

 

 はっはっはっ。そうですな、しいて言うなら・・・。

 

 「嫌がるはやての表情に興奮を覚えました」

 

 「「「ギルティ」」」

 

 幼馴染トリオに連れられて話し合いの場となったお客様用の一室から出ていく邪神。

 彼の顔にはやり遂げたから悔いはないという潔う笑顔があったという。

 

 

 

 邪神はこの後滅茶苦茶セッカンされた。

 

 

 

 もし、邪神のその後を聞くような人たちがいたのなら伝えて欲しい。

 彼は精一杯悔いの無いように生きたと。

 

 

 

 後日、バニングスや月村の家からも、イエーガーズが主催のクリスマスパーティに参加することになった。八神一家とハラオウン親子も含め、参加するために騒がしいパーティー準備が行われることとになった。

 部屋の隅っこで燃え尽きた邪神を無視しながら。

 




 邪神「まだ続くんじゃよ」


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