願いの物語シリーズ【奇跡へ繋がる物語】   作:とーふ@毎日なんか書いてる

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第10話『兄様を! 兄様を助けて下さい!』

神社である我が家に、呪いの人形が投げ込まれ、それを偶然拾ってしまったばかりに私は視力を完全に失ってしまいました。

 

もう三年も前の話です。

 

あれからお祓いもしましたし、高名な霊媒師の方にもお願いしましたが、祓える呪いではないと首を振られてしまいました。

 

私は命にかかわる様な事でも無いのだから、諦めましょうと言ったのですが、父様も兄様も諦める事なんて出来ないと知り合いの知り合いなど、遠くの人にまでお願いをしに行ったり、何とか呪いを消そうとお祓いをしたりしていました。

 

しかし、やはりどうする事も出来なかったのです。

 

そして事態はより最悪な方向へと進んでゆきました。

 

ある日、兄様がようやく連絡が取れたと喜びながら私の元へ来ました。

 

その相手というのが、我が国で最も古く、最も力のある家の一つ『東篠院家』でした。

 

彼らは千年以上も昔から国の守護を帝より託されており、今では東側の管理をしているとの事でした。

 

そんな家の直系であり、歴代でもトップクラスに力を持つとされる次期当主である『東篠院神楽様』が清めて下さるとの事でした。

 

その様な家の方が手を差し伸べて下さるという事で、私も父様も母様も驚いていましたが、やはりというべきか条件がある様でした。

 

その条件は、兄様が大規模な妖掃討作戦に参加する事。

 

私は反対しました。

 

私の目が見えずとも命を落とす事はありません。

 

確かに嫁入りをするには難しいでしょうが、それでも相手はいます。

 

これでも高部家の直系ですから、力はありますし。霊媒師の家に嫁げば子を成す事で貢献出来るでしょう。

 

しかし、そんな危険な場所へ向かえば命がいくつあっても足りません。

 

「兄様……どうか、どうか、お考え直し下さい」

 

「千夜。私は大丈夫だ。作戦には高名な方も参加されるし。何よりも神楽様が参加される。失敗などはあり得ないし。危険も少ないよ」

 

「ですが」

 

「それにね、千夜には愛した者と共に生きて欲しいのだ。力ある子を産むために嫁ぐなど、認められん。可愛い妹を嫁がせるのだ。お前を愛し、お前の為なら命を捨てる事すら出来る覚悟のある者で無ければな」

 

「……兄様」

 

「安心して待っていてくれ。私は必ず無事に帰るよ」

 

「約束。約束です」

 

そうやって結ばれた約束が……果たされる事はありませんでした。

 

妖掃討作戦の数日後、兄様はまるで打ち捨てられたゴミの様に境内に転がっていたと、母様が仰っていました。

 

見るも無残な酷い有様であったと。

 

この時ばかりは私の目が見えず、良かったとさえ。

 

私は深く絶望しました。

 

こんな事になるのなら、兄様をもっとしっかり止めるべきだったと。

 

いえ。私が不用意に呪われた品に触った事が原因。

 

いっそこんな目が、この命が無くなれば良かったのにと。

 

私は悔やみました。

 

しかし、どれほど悔やんだとて兄様が笑うことはもうありません。

 

それどころかもう目を覚ます事さえ無いかもしれない。

 

そう、父様も父様のお知り合いの方も言っておりました。

 

辛い。悲しい。

 

私の心は負の感情で満たされてゆきます。

 

そして更に不幸は続きました。

 

「なに……? そんなバカな話があるか!! それでは秋晴は何のために危険な場所へ行き、この様な状態になったというのだ!!」

 

「あなた……」

 

「例え、東篠院家といえど許せぬ!!」

 

兄様が任務に失敗したという事で、私への治療は無かった事になったという使者の言葉に父様と母様は怒りに震え、東篠院家に向かってゆきました。

 

しかし、私は既にそのような事どうでも良かったのです。

 

この目など見えずとも良い。

 

ただ、兄様が目を覚ましてくれれば、それで……。

 

それだけが私の希望でした。願いでした。

 

もしも叶わないのであれば、こんな理不尽な世界を呪ってしまいそうになるほどに、私は追い詰められていました。

 

 

 

そして、父様と母様が出かけた昼下がり、私は兄様の傍で全身に受ける日差しを浴びながら、終わっていく日常にただ身を投げうっておりました。

 

柱に身を預け、兄様を目覚めさせてほしいと。でなければ世界よ滅びてしまえと、願っておりました。

 

私の膝の上に乗った高部神社の主祭神であるお狐様は、私が悪しき願いを心に浮かべる度に指を甘噛みして首を振っておりましたが、段々とその気持ちが抑えられなくなっている様な感覚があります。

 

このままゆけば、いずれ私も妖に堕ちるのでしょう。

 

ですが、それで世界と引き換えに兄様が目覚めるのなら、それで……。

 

「……お前か」

 

「っ!?」

 

不意に私と兄様しか居ない部屋で誰かの声が聞こえました。

 

私は体を震わせながら、唸り声をあげているお狐様を抱き上げて、その声の主から離れようと兄様が寝ている付近に移動しようとしました。

 

しかし目が見えず、焦っているせいか上手く移動する事が出来ません。

 

「願いの中心点近くで、妙なノイズが混じるなとは思っていたが、余計な事をしてくれた奴が居るようだな」

 

「あ、あなたはいったい」

 

「俺は天野だ。過去にも会った事があるだろう」

 

私はその名前を聞いて、思い出しておりました。

 

かつて私が自身の力に翻弄されていた際に、助けていただいた方の事を。

 

「天野様……? はい。覚えております。その節は大変お世話になりました」

 

「いや、それは構わないんだが、今度はどうした。尋常でない様子だが」

 

「それが……」

 

かつて救ってくださった方という事もあり、私は堰を切ったようにここ数日で起こった事を天野様に吐き出しておりました。

 

もしかしたら天野様に兄と似たような雰囲気を感じていたため、気持ちを抑えきれなかったのかもしれません。

 

その理由は分かりませんが、天野様は嫌がらず最後まで聞いてくださいました。

 

そのお陰か、私は少しだけ気持ちが軽くなった様に感じておりました。

 

「そうか」

 

私の言葉を聞いて、天野様はそう小さく呟くと私の腕の中に居るお狐様に触れた様でした。

 

お狐様は少しだけ嫌がっていたようですが、すぐに落ち着かれ、天野様に応える様に私の肩に移動して、天野様に了承したという様な声を上げられました。

 

何が起きているのか私にはまるで分かりませんでしたが、その説明は天野様がして下さる様でした。

 

「一週間後、12月28日の早朝。ここで待て。お前の願いは叶う」

 

「天野様……? それは、いったい」

 

「大丈夫だ。お前も兄も。みな元通りになる。だから、もう憎まなくていい。ガラじゃない事をするな」

 

「……」

 

気が付いたらあふれ出していた涙を、天野様が拭ってくださった様な感覚がありました。

 

そして、天野様は外に向かって歩み、最後に一言だけ残して去ってゆきました。

 

「お前の神を信じてやれ。そいつはお前が幸せになる様にと、願っている」

 

 

 

天野様がお帰りになられてから、私は帰宅した父様と母様に先ほどあったお話をしました。

 

少々信じがたいという様な雰囲気でしたが、お狐様の説得もあり、父様と母様は信じて下さったようです。

 

そして、天野様が仰った十二月二十八日。

 

この日は非常に奇妙な日でした。

 

神社の中心だけでなく、まるで世界の全てが神域に入ったかの様な不思議な雰囲気に包まれておりました。

 

力が内側から溢れてくる様な感覚まであります。

 

かつて六年ほど前にも同じ様な事がございましたが、あの時よりもずっと深く濃く神域は広がっておりました。

 

そして、それは父様と母様も感じているらしく、今なら兄様を治せるかもしれないと意気込んでおりました。

 

しかし、残念ながら力が足りない様で、私たちは約束の時間を待つことになりました。

 

ですが、深夜というだけで時間の指定はされておりません。

 

果たしてその時間とはいつなのだろうと、父様と母様と話しておりました所、遠く離れた場所で一つの大きな気配が消え、やがて先ほど消えたものよりも大きな気配が世界に生まれました。

 

「……っ!」

 

「どうした!? 何かあったのか!?」

 

私は黙って首を振りながら、必死に消えた場所を探します。

 

しかし、あの方の気配はどこにもありませんでした。

 

一筋の涙を流しながら、私はあの方が最後に示して下さった、兄様を救ってくれるかもしれない方の気配を探し続けました。

 

そして、その時は急に訪れました。

 

遥か遠い空を駆けていた大きな力の集団が、私の膝の上に座っていたお狐様の声に反応してこちらに向かってきたのです。

 

「おぅおぅ。なんじゃ。妾を呼ぶのは。お主か!?」

 

「お前は……!」

 

「なんじゃ、人間。妾と殺し合いでもするか……あだっ! 何するんじゃ!」

 

「少し黙ってなさい狐。そんなんだから貴女達は社会性が無い嫌われ物なんですよ」

 

「なにおう! ハジメを未だデートにも誘えぬ臆病者がよぅ吠えるわ!」

 

「おすわり」

 

「あだっ!!」

 

お狐様と同じ様な気配を持った方と、その方よりもずっと強大な力を持った方が部屋に降り立ち、私たちは震えながら抱き合っておりました。

 

しかし、その方々は何も気にした様子はなく、会話を続けておりました。

 

そして、先ほどの強大な力を持った方に私は話しかけられました。

 

「そこの、狐の神を抱いた子。何か私に願いがあるとの事ですが」

 

「……っ!」

 

私はその言葉を聞いて、母様に抱き着いていた体を起こし、姿勢を正して頭を下げました。

 

この御方なら兄様を救えると、核心を持って。

 

「兄様を! 兄様を助けて下さい!」

 

「はい。分かりました。えっと、こちらの方ですよね?」

 

次の瞬間、強大な気配が部屋に起こり、それが兄様の寝ている付近に吸い込まれてゆきました。

 

そして、どれくらいぶりでしょうか。兄様の声が私の耳に届きます。

 

「ん。ん? 私は……」

 

「秋晴!」

 

「あぁ、ありがとうございます。ありがとうございます!」

 

私はその御方に頭を下げようとしました。しかし、顔を掴まれてしまい、動く事が出来なくなってしまいます。

 

「な、何を!」

 

「千夜をお放し下さい!」

 

「千夜? なるほど。貴女が高部千夜ですか。悪趣味な事をする輩も居るものですね」

 

「それが人間じゃろ」

 

「やかましいですね。狐。貴女だって大して変わらないでしょうが」

 

「なにおう!?」

 

「向こうに行ってなさい」

 

「にょおおぉぉぉぉぉ!?」

 

お狐様と同じ気配の方が遠く消えていくのを感じながら、私は近くにいる怖いくらい大きな気配の方を見つめました。

 

「なるほど。目を封じた呪いですか。まぁ、あまり意味は無いようですが、状況を見るに、かなり腐っている様ですね。東篠院は……まぁ、長く続いた家なんてそんなものですか。では消しますよ」

 

驚く暇もなく。凄い力の持ち主が私の瞼を軽く撫でた後、何か蓋の様な物が壊れた感覚がして、私は体が軽くなった様な感覚がありました。

 

そして、瞼の隙間から光が差し込んでいる事に気づき、ゆっくりと目を開きました。

 

「……あぁ」

 

久しぶりに開かれた世界には三年前より、やや痩せた父様と母様と兄様の姿がありました。

 

もう諦めていたというのに、涙が溢れて止まりません。

 

「千夜!!」

 

病み上がりだというのに布団から起き上がり、私を抱きしめて下さる兄様と、温かい言葉をかけて下さる父様と母様に私は涙声になりながら、何度もお礼を言いました。

 

そして、忘れぬようにと、兄様から離れ、縁側に立っている方に向き直りました。

 

「この御恩は決して忘れません」

 

「忘れて下さって構いませんよ。大した事はしていませんから」

 

「ですが」

 

「もしお礼をしたいという事でしたら、あなた方の主祭神に。彼女が助けを求めたから私たちは来ただけです。どうぞ、大切にして下さい。それが私には何よりも嬉しい事です」

 

「……はい」

 

「あぁ。それと、東篠院清二という男には気を付けた方が良いですよ。今回の呪い。おそらくはお嬢さんを手に入れる為のものだ」

 

「え? それはどういう」

 

「呪いは本来お嬢さんを服従させるものだったという事です。それがお嬢さんの力に弾かれて、中途半端な形になったんでしょうね。まぁ、なんでこんな呪いをかけたか。なんて事は分かりませんが、それでも意図は視えます。だから、気を付ける事です。何せ……もう世界の守護者は消えたのですから」

 

その女性の言葉に、私はやはり遠い場所で感じたことは間違いでは無いのだと理解して、心が沈んでしまった。

 

お礼を言う事も出来なかった。

 

それを悔しく思う。

 

「では私はそろそろ行くとしましょう」

 

私たちが女性の言葉に考え込んでいる間に、彼女は姿を消してしまった。

 

気配は既に遥か遠くにある。

 

それを残念に思うが、仕方がない。あの人には行くべき場所があるのだから。

 

 

 

そして、私は縁側に立ちながら、夜明けの光を見た。

 

兄様と共に。父様や母様と共に。

 

その光の中に輝く白き翼を広げる天使を見た。

 

あの純白な翼はこれから多くの願いを受けて空高く飛ぶのだろう。

 

いつまでも、どこまでも……独りで。

 

それが彼女と同じく兄を持つ私にとって酷く悲しいものに見えるのだった。

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