願いの物語シリーズ【奇跡へ繋がる物語】   作:とーふ@毎日なんか書いてる

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第7話『天使が何の用だ。迎えにでも来たか』

唐突に、お前の人生はここで終わりだと言われた時、俺の胸にあったのは後悔だった。

 

後悔しない様にと必死に生きてきた人生で、最後に俺の心に残ったのは、どうしようもない後悔だ。

 

そんな気持ちが出てきた事にすら悔やんでしまう。

 

だから、俺はその……最後に残った後悔を消し去る為に、医者や家族に相談するのだった。

 

「私は反対です」

 

「お爺ちゃん。そんなんじゃ治る物も治らなくなるよ」

 

「もう……父さんったら、あんまり我儘言わないで」

 

「お義父さん。大丈夫。すぐに良くなりますから。ちゃんと動けるようになってから行きましょう」

 

家族の言葉は他人事のようで、苦しみながら戦えと言われている様だ。

 

それが酷く辛くて、俺はすぐにでもこの痛みから逃げ出したいのに、誰も分かってくれないという孤独感があった。

 

そうさ。自分の体の事は自分がよく分かっている。

 

もう長くは無いのだ。なら、最後に自分の願いを叶えたって良いじゃないか。

 

今日までずっと、俺は家族の為に生きてきたのだから。

 

最期くらい、後悔しないで死にたいのだ。

 

しかし、現実にはベッドの上から動けず、ただ緩やかに死を待つばかり。

 

窓から見える空はどこまでも広く、自由で、そして残酷だった。

 

このままこの気持ちを抱えたまま終わるのか。なんて考えると、年甲斐もなく涙なんて溢れてきそうになる。

 

だが、男として今日まで生きてきた以上、悲しみなんぞで涙を流したくは無かった。

 

これは意地だ。

 

「何やら声がするなと思っていたが、アンタか。爺さん」

 

「……? お前は」

 

「俺は天野って言うんだ。天使をやってる」

 

「ほー。天使か。知らん間に天使もチンピラがやる様になっておったか」

 

「ハハハ。面白い爺さんだ」

 

「それで? 天使が何の用だ。迎えにでも来たか」

 

「迎え? あぁ、まぁ似たようなもんだな」

 

俺は訝しげにその天使を名乗る男を見やるが、天使は何の迷いも怪しさも見せず笑い、口を開いた。

 

「俺はアンタの願いを叶えに来たんだ」

 

「願い」

 

「あるんだろう? その胸の奥にずっと抱えていた願いが」

 

「あぁ……あぁ。俺は、帰りたい。あの山に、あの川に、あの場所に……俺の故郷に」

 

俺は震える手を窓に伸ばして、ここからでは見えない、もう記憶すら薄れてしまった故郷の景色を求めた。

 

そしてそんな俺を見て、天野は深く笑い、俺の手を取る。

 

 

 

次の瞬間、俺は見知らぬ場所に立っていた。

 

いや、見知らぬ場所じゃない。ここは、俺のよく知っている場所だ。

 

ここはカンちゃんと走り回った山道。

 

そして、俺は斜面を滑り降りながら、先ほどから見えていた川の近くに向かって走る。

 

「ここは……やはり」

 

俺が子供の頃に遊んでいた場所だ。

 

もはや帰る事は出来ないと言われた故郷だ。

 

「どうしたシゲちゃん。そんなに慌てて」

 

川の向こうから聞こえてきた声に俺は目線を向けて、目を見開いた。

 

だって、そこには十年前に亡くなったと聞いていたタケちゃんが子供の姿で立っていたからだ。

 

そして横にはカンちゃんも居る。

 

「どうして。二人とも、もうとっくに」

 

「細かい事気にすんなよ」

 

「そうそう。今日は遊ぶ約束だったろ?」

 

当たり前の様に。

 

そう言う二人に俺は胸の奥に熱い気持ちが溢れた。

 

そして、久しぶりに集まった三人で探検隊を結成した。

 

「隊長! 川の上流がどこにあるのか、本日は調べたいと思います!」

 

「よーし! カンタ隊員! 貴様が先頭だ! 行くぞー!」

 

「りょーかいであります!」

 

何が面白いのか分からないが、俺たちは笑いながら川を上流に向かって歩いて行く。

 

途中に拾った木の棒で道を切り開きながら、時に発見したカブトムシに興奮しながら、山道を進んでいった。

 

「お? なんだこれは!」

 

「魚だなー。なんて奴だー?」

 

「知らん! 食えるのかな」

 

「焼かないと駄目だって大人が言ってたぞ。おい。誰か火、起こせるか?」

 

「持ってねー」

 

「ない! が、俺に秘策がある」

 

「なんだ。タケちゃん! 秘策?」

 

「そうだ。この虫メガネでだな。太陽の光を集めると火が付けられるんだよ」

 

「おー! すっげー!!」

 

「タケちゃん、天才かよ!!」

 

「ふふん。それほどでもあるな」

 

「でもよー。タケちゃん。木が高くて太陽が見えねぇよ」

 

「あ」

 

俺は空を見上げながら木が空を覆い隠している事をタケちゃんに告げると、タケちゃんがしまったという顔をした。

 

そして俺たちはこの獲物を食べられないなと、諦めてさらに先へ進むのだった。

 

それからタケちゃんやカンちゃんと山道を突き進んでいた俺達は、遂に川が生まれる場所を見つけ出すのだった。

 

しかし、そこは当初俺達が期待していたモノとは違い、石と石の間からチョロチョロと水が湧き出ている場所であった。

 

周囲には何もない。

 

どう考えてもここが終点だった。

 

だから冒険はここでおしまいなのだ。

 

「むー。思っていたよりも面白くないな」

 

「きっとこの石の奥に水が溜まった場所があるんだろうな。だが、俺たちの体じゃここが限界だ」

 

「しょうがないかー」

 

「そろそろ日も沈むし、帰ろうぜ」

 

「そうだな」

 

俺は二人のそんな言葉にたまらず声を上げた。

 

「別の秘密を探しに行こう!!」

 

「シゲちゃん?」

 

「この山のどこかにさ! 手の平くらい大きなクワガタが居るんだ」

 

「……シゲちゃん」

 

「ほ、他にもさ。山で天狗を見たって奴も居たし。それに、それに!」

 

「シゲちゃん。今日はもうおしまいだ」

 

「そうそう。帰らないと母ちゃんに怒鳴られるぜ?」

 

「俺は、もう駄目なんだ。もう明日は無いかもしれない。今日しか無いんだ。今日だけが」

 

俺はたまらなくなって、もう言葉にならない声で必死に二人に訴えていた。

 

しかし、二人は困った様な顔をするばかりで、頷いてはくれなかった。

 

「シゲちゃん」

 

そんな時、後ろから声が聞こえた。

 

カンちゃんでも、タケちゃんでもない。少し高くて、耳に確かに残る声。

 

ずっと、ずっと一緒に居た声が、俺の耳に届いた。

 

「駄目だよ。カンちゃんとタケちゃんを困らせちゃあ。シゲちゃんはまだ、ここに来るには早いんだから」

 

「サチ……」

 

「大丈夫だよ。例え、離れ離れになっても、私たちはまた会える。そうでしょ?」

 

「あぁ……あぁ……幸子」

 

俺の後ろに立っていた幸子が子供の姿から成長し、やや大人びた姿から、美しい大人の女性の姿に変わる。

 

そして左手の薬指を見せて、微笑んだ。

 

「大丈夫。私は待つ事になれているから。また貴方をここで待ってるよ」

 

その笑顔は、ずっと共にあった笑顔だ。

 

誕生日を迎えた時にも、学校で嬉しい事があった時にも、ボロボロになって戦地から帰ってきた時にも、ずっとずっと一緒に居て欲しいと言った俺の手を取ってくれた時にも、ずっと俺の横にあった笑顔だった。

 

「あらあら。男は涙なんか見せないんじゃなかったんですか?」

 

「やかましい。男はな。嬉しい時には泣いて良いんだ」

 

「あぁ、そういえば嬉しい時はいつも泣いていましたね」

 

いつしか、眠る様に死んだ時と同じ姿になった幸子は俺の手を取りながら微笑む。

 

あの日の朝触れた時とは違い、温かい手を俺は両手で壊れ物を触る様にそっと包み、額に当てた。

 

あぁ。確かにここに居るんだなぁ。

 

そう感じると、やはり離れがたく感じてしまう。

 

「あなた。いずれここにまた来るんですから。他に心残りが無い様にして下さいね」

 

「他だと? そんな物」

 

「あら。じゃあお聞きしますけど。財産の話は子供たちにしていますか?」

 

「ウチにそんな誇れる様な物は無いぞ」

 

「あるじゃないですか。ほら、ご先祖様のお墓がある山とか」

 

「あぁ」

 

「あら。すっかり忘れてましたね。もう。しょうがない人ですねぇ」

 

「仕方ないだろう。俺はお前が居ないと何も出来ないのだから」

 

「ふふ。本当に困った人。あんまり子供たちを困らせてはいけませんよ」

 

「……分かっているさ」

 

「本当かしら。じゃあ、こっちでゆっくりと見させてもらいますからね。後の事はお任せしましたよ」

 

「任せておけ。あー。だが、時間が掛かるかもしれんぞ」

 

「構いませんよ。言ったでしょう? 待つのは慣れているって。あの時に比べれば、いずれ必ず来るのですから、不安などありませんよ」

 

「分かったよ。じゃあ、また」

 

「えぇ。また」

 

俺は幸子に別れを告げ、そしてカンちゃんとタケちゃんにも別れを告げる。

 

そして、空に向かって叫んだ。

 

「天使とやら、ありがとう。もう十分だ」

 

俺の声に返事は無かった。

 

でも、天使が反応したのが分かり、俺は現実世界に戻ってくる事が出来たのだった。

 

先ほどまでとは違い、一気に息苦しくなり、咳き込んでしまう。

 

そして何やら人が大勢いるなと思っていると、周囲に家族が立っているのだった。

 

「お爺ちゃん! お母さん! お爺ちゃんが目を開けたよ!!」

 

「お父さん!! 良かった。お姉ちゃん! お父さん、目を開けたよ!!」

 

「あぁ……そうか」

 

「お爺ちゃん!」

 

「あぁ、心配、かけたな……俺は、まだ大丈夫、だよ。お祖母ちゃんに、怒られちゃった、からな」

 

俺は天井を仰ぎ見ながら、この世界で残された仕事を考えるのだった。

 

いつか故郷に帰る際に、誇りをもって胸を張り、帰れる様にと。

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