ヒロインは七罪   作:羽国

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遂にこの作品も百話を迎えました。

小説投稿を始めて約一年。感慨深いものがあります。

これからも完結に向けて努めますので、お付き合いいただければ幸いです。


私の『声』

 何とか美九とのデートをこぎつけることができた。最低限、美九を攻略する糸口を掴まないといけない。

 最初に訪れたのはおしゃれなカフェだ。令音さんに頼んでピックアップしてもらった。

『その店のふんわりスフレは最高の逸品なんだ。

 昨今、スフレはとにかく柔らかくしておけばいいという風潮がある。とけるような柔らかな食感こそスフレなのだから大きく外れてもいない。

 しかし、私はほどよい芯の食感も必要だと思うんだよ。ほんの少しとけ残る生地が素晴らしい後味を醸し出す。

 その店のふんわりスフレなら自信をもってオススメできる』

「そ、そうですか」

 

 珍しく令音さんが熱く語っている。この人甘いもの大好きだもんな。

 とにかく令音さんお墨付きの店なら美九も嫌がらないだろう。

「美九、この店のおすすめはふんわりスフレらしいぞ」

「ちっ!……わかりました。それにします」

 今舌打ちしなかったか?機嫌はあまりよくないみたいだな。

 

 運ばれてきたスフレを不機嫌そうに食べる美九。一切こっちを見ようとしない。

「琴里、どうだ?」

『好感度、感情値ともに低空飛行中よ。見てのとおりね』

 不機嫌そうに見えながらも実は、みたいなのを期待したんだけど。やっぱり、いい印象を持たせないとダメか。

 

「美九、他にも好きなのあったら頼んでいいぞ。今日は全部俺持ちだから」

 正確に言うならラタトスク持ちだけど。

「アイドルだから高カロリーなものは管理してるんです。事情も知らないのに余計な口を挟まないでください」

「す、すまん」

 完全に頭になかった。そうだよな、体型維持の努力をしないといけないよな。

 

 気まずい雰囲気が続く。店のBGMだけがよく聞こえる。

 何とか話題を作らないと。

「なんでそこまで頑張るんですか?」

「え?」

 美九はスフレを口に運びながら問う。意味がよくわからなかった。

 

「確かにアイドル、誘宵美九を手に入れられたらいい気分になれるでしょう。でも流石に努力に見合ってないじゃないですか」

「いい気分って、俺はそんなの考えてないよ。ただ、美九が普通の人間として過ごしてくれたらそれで」

 アイドルを彼女にできたらステータスと感じる人種もいると思う。でも、そんなアクセサリみたいに扱うのは違うと思う。

 

「ふん、あなた士織さんなんですね。そういうまっすぐなところは変わっていません」

「そ、そうかな?」

 自分のことを改めて言われるとちょっと恥ずかしい。

「男の時点で無限のマイナスなので意味ないですけど~」

「……上げて落とすなよ」

 本当に気難しい女王様だ。

 

♦♦♦

 

 近所のカラオケボックス。そこで俺は歌っていた。

「~~~!」

 マイクを持ってかつてない緊張感の中、全力で歌いきる。一番慣れ親しんだ曲を歌ったけど、自信は欠片もない。

 何せ聴いてるのは現役アイドルだ。今からどんな評価が飛んで来るか、気が気でない。

 

 美九は目を閉じて淡々と拍手している。感情が動いた様子は全くない。

「素晴らしい歌声でしたね。まるで一か月放置したケーキを見ているような気分でした」

「それ腐ってんじゃねーか」

 案の定酷評が待っていた。俺の歌は腐敗した食品レベルだそうだ。

 

「あなたの歌声なんか聞いていたら、私の耳がどうにかなってしまいます。そこで黙って座っていてください」

「はぁ、わかったよ」

 俺もプロにそこまで言われて楯突く気は起らない。大人しく観客に徹するとしよう。

 

「はぁ、何か考えないとな」

 このままじゃいいとこなしでデートが終わっちまう。折角のチャンスなのに。

『そうね。ただ一つだけ気になることがあるのよ』

「何があったんだ、琴里?」

 

『美九の好感度が上がってるのよ。マイナス百がマイナス九十になったようなものだけど、確実に』

 琴里の言葉は意外なものだった。最初からずっと態度悪いままなのに、好感度が上がっただって。

 どう見たってそんな風には見えないけど。

「理由はわからないわ。士道の行動に関わらず美九の内心で何かあっただけかもしれないし。とにかくアプローチを続けなさい」

「そうだな」

 とりあえず、俺はできることをやるしかない。少しでも美九の心を開けるように努力しないと。

 

「~~~」

 美九の美しい声が狭いカラオケボックスで響く。バラード、ジャズ、ポップス。

 様々な歌が鈴のなるようなきれいな声で歌われる。こんないい歌を聞けて、ちょっと贅沢した気分になる。

「本当に上手いな」

『そうね。いろいろ問題あるけど、歌だけは非の打ちどころがないわね』

「ああ」

 どんな歌も真摯に確かな技術で歌われている。

 こんな場所でも手を抜いてるように見えない。プロの意地だろうか?

 

「ふぅ、ちょっと疲れました。少し休憩しますぅ」

 美九は座ってカバンから水筒を取り出す。そしてコップに注いで飲み始めた。

 フリーのドリンクバーもついてるのにわざわざ持参した飲み物を飲むのか。

「美九、それ何なんだ?」

「……はちみつ入りのお湯です。あげませんよ」

 美九は俺と目を合わせずにもう一度飲み始める。

 

『歌手や声優が嗜むと聞いたことがある。殺菌効果や保湿効果があるそうだ』

「なるほど」

 令音さんが解説してくれた。言われてみると喉に良さそうだ。

 それにしても、そんなもの持ち歩いているなんて。やっぱり喉を大事にしてるんだな。

 

「十分くらい休んだらもうちょっと歌いましょうか」

「まだ歌うのか?」

 もう既に二時間以上歌ってる。俺だったら声が枯れてるだろう。

「今日はボイスレッスンもしてませんし、まだ少し余裕がありますね」

「へぇ、歌うのが好きなんだな」

 まるで歌いたくて仕方がないって感じだ。

 

「……そうですね。私には歌しか、この声しかありませんから」

「へ?」

 どういうことだろうか?そんな卑屈になるような人間には見えないけど。

「時間つぶし代わりに教えてあげます。私の昔話」

 美九は独り言でも語るように話し始めた。

 

「勉強も運動も大して得意じゃなかった私ですけど、歌だけはいつもうまいって褒められたんです。だから、私がアイドルに憧れるのは運命だったのかもしれません」

 美九の言葉には字面以上の重みを感じる。本当にそれ以外自分にはない。

 そういった美九自身を押しつぶしてしまうような感情が見える気がする。

「必死に歌とダンスを覚えて、オーディションに出て、宵待月乃という名前でデビューしました。今と比べると風吹いたら消えちゃうようなちっぽけなアイドルでしたが、楽しかったんです。

 会場の席が埋まるのが、CDが売れるのが、何より私の歌を求めてくれることが」

 その気持ちが俺にはわからない。でも、すごく嬉しいことなんだと思う。

 自分の自信あるものが認められることは。天にも昇るような気持ちなんじゃないかな。

 

「ただ、宵待月乃のアイドル人生はそう長く続きませんでした」

「何が、あったんだ?」

 聞いてしまって後悔した。美九が今まで見せなかった悲しい顔をしたから。

「とある局のお偉いさんから話があったんです。仲良くすればゴールデンタイムのレギュラーをくれるって」

「仲良くって……」

「ええ、そういうことですよ。わざわざ言わなくてもわかりますよねぇ?」

 美九の言葉に何も言えなかった。俺だって、その意味くらいは理解できる。

 これ以上美九の心をえぐるようなことは言いたくない。俺は黙ってうなずいた。

 

「その後待っていたのは転落人生です。根も葉もないスキャンダルが週刊誌に載せられたんですよ。堕胎経験があるだとか、ドラッグパーティーに参加してただとか」

 美九の目がどんどん暗くなる。まるで海の底でも見ているかのような暗い目だ。

「人間って本当に愚かですよね?そんな噂に踊らされて『君のために死ねる』っていった人がいなくなっちゃたんですよ。本当、薄っぺらくてどうしようもない」

 美九がどうして男を毛嫌いするのかわからなかった。人間を見下すのかわからなかった。

 でも理解できてしまった。

 人間に裏切られたから、失望し切ったのだ。だから、美九の方からも()()()()()をしている。

 

「それでもステージの上に立ちました。スキャンダルなんかに負けないって意思を示すために。でも、声が出なかったんです」

 美九は今日一番の淀みを見せる。首元をなぞる指は傷痕をなぞるかのようだ。

「心因性の失声症って診断されました」

 今の話を聞いている限り、美九にとって声は命そのものだ。そんなことになったら。

「わかります?私は失ったんですよ?命よりも大事なこの声を。醜い男どものせいで。」

「それは……」

 美九は矢継ぎ早に言葉を重ねる。自分の恨みをぶちまけるように。

 

「死んじゃったほうがいいって考えましたよ。声しかないのに、生きていても仕方ないって。

 でも、そんなとき私の目の前に『神様』が現れたんです。そして、『声』をくれました」

「かみ……さま?」

 

「ええ、『声』があればだれでも私の言うことを聞いてくれるんです。どんな『お願い』だって命がけで叶えようとしてくれるんです。……もうなくなっちゃいましたけど」

 美九の言葉にしばらく何も言えなかった。あまりに凄惨過ぎて、慰めが陳腐に思えてしまった。

「しゃべり過ぎましたね。歌って気分を変えましょう」

 美九はもう一度歌い始める。悲しい歌が増えたのは気のせいじゃないんだろう。

 

『難敵ね』

「ああ」

 これまでのことなんて、前哨戦でしかなかった。好感度なんて大した問題じゃなかった。

 美九を本当の意味で救い出すには、美九を心の牢獄から解放してやらないといけない。

 

♦♦♦

 

 結局美九は一度も笑顔を見せてくれなかった。いろいろと努力はしたけど、冷たい瞳で返されるばかり。

 そしてとうとうデートも終わりの時間。俺たちは最後のスポットに来ていた。

 夕焼けに染まる展望台は全てを一緒くたにオレンジへと染め上げる。逆光であまり見えないけれど、その顔は不機嫌なままだろう。

 

「ようやく最悪の一日が終わりますねぇ」

 振り返ったその顔は今日嫌というほど見た表情だ。

「本人の前で言うのかよ」

「だって事実じゃないですか。男と一日中ずっと一緒だなんて。耐えきった自分を褒めてあげたいです」

「あはは……」

 美九はツンツンとした態度を見せ続ける。俺はその言葉にチクリと刺されっ放しだ。

 自分の声が勝手にしぼんでいく。本当、どうしたものやら。

 

『……やっぱり上がってるのよね、好感度』

 インカムを通して琴里がつぶやく。目の前の美九からは信じられないような結果が。

「本当か、琴里⁉」

 小声で確認を取る。

『ええ。やっぱりマイナス領域だけど確実に上がってきているわ。

 何か理由があるはずよ。それだけでも探りなさい』

 俺もこのままいいとこなしじゃ終われない。何が何でも爪痕を残さないと。

 

「なあ、美九。俺の印象は最悪なままか?」

「人の話聞いてなかったんですか~?男なんて最悪に決まってますぅ~!」

 美九は語気を強めて嫌悪感をアピールする。確かにそれが強がりに見えなくもない。

「だったらどうして自分の秘密を打ち明ける気になったんだ?」

「そ、それは……」

 美九は明らかな動揺を見せる。踏み込むなら今だ。

 

「さっきの話、そんなに軽々しく話す内容じゃないだろ。少なくとも、最悪なんて言ってる相手には」

「…………はぁ」

 美九は目を伏せてこぶしを握る。そして俺に背を向けて語り始めた。

「何か、期待していたんでしょうね。あなたに」

 秋の冷たい風が美九の髪を揺らす。美九の背中は寂しさを感じさせた。

 

「何かって何だよ?」

「さあ何でしょう?自分でもわかりません」

 美九はつまらなさそうに語り続ける。でも、その言葉を聞き逃せない。

「私は士織さんにならこの『声』を捧げてもいいと思ったんです。命より大事なこの『声』を」

 その言葉はひどく重たく胸にのしかかる。俺は美九の『声』の代わりになれるだろうか?

 

「でもダメですね。今のあなたにはそんなこと思えません。

 これでさよならです。永遠に」

 美九はカバンをもって展望台を去ろうとする。流石にここで引き留めることはできない。

 でも、これで終わりにはしたくない。

 

「なあ、美九。どうしてそんなに人間が嫌いなのにアイドルでいようとするんだ?」

 とっさに思いついた言葉。それは美九を少しの間縫い留めた。

「アイドルなんて男の注目の的だろ?どうしてまだアイドルに拘ってるんだよ」

 好機と見て追い打ちをかける。まだ道は閉ざされてない。

「あの男たちのせいでアイドルを止めるなんて、我慢ならなかっただけです」

 美九は再び歩き始める。まるで動揺を隠すかのように。

 

 そんなわけないだろう。そんな理由であんなに必死に努力できるわけないだろう。

「美九!俺はお前のこと、諦めないからな!」

「……好きにしてください。一生会うことなんてないでしょうけど」

 美九は感情任せに足を速める。その姿はどこか幼く見えた。

 

♦♦♦

 

 家政婦にベッドメイクさせたベッドに転がって天井を見上げます。前より少し寝心地が悪いですね。

 やっぱり折紙さんのベッドメイキングは最高でした。もう一度戻ってきてくれないでしょうか?

「はあ、何なんでしょうあの人」

 目を閉じると浮かんでくるのはあの鬱陶しい顔。どうしてあの男は私の頭に残り続けるんですか。

 あんなのが士織さんと同じだなんて。不愉快で仕方ありません。

 

「ご機嫌斜めですね、美九さん」

 ばっと跳び起きて声のした方を見ます。いつの間にか愛さんが座っていました。

 一番最初に出会ったときと同じ。白と黒の霊装をまとって、悪いお顔をしています。

「愛さん、どうして?」

「焦れったいから後押しをすることにしました」

 愛さんはソファから降りてこちらへ向かってゆっくりと歩いてきます。かわいい女の子が寄って来てくれたのに、なぜか少し引いてしまいます。

 

「美九さん、あなたは承認欲求の塊なんですよ。誰かに褒めて欲しい、自分を認めてほしい、愛してほしい。そんな欲望をアイドルという形に昇華させたんじゃないんですか?」

 愛さんはうっすら笑いを浮かべながら一人で語り続けます。酷く勝手な持論を。

「そんなわけないじゃないですか!私がたかが人間ごときにそんなことを求めるなんて」

「だったらなんで常に、自分の周りをたかが人間ごときで固めようとするんですか?」

 愛さんは目を細めてこちらを見ています。怒りで手が震えてきました。

 

「私はかわいい女の子をかわいがるのが好きなんです。中身なんてどうでもいい。見た目さえ綺麗ならどうでもいいんです」

「矛盾してますね。だったらなんで士織さんの反抗的な態度を嬉しがったんですか?」

「っ…………!」

 とっさに言葉が出てきません。違うって言いたいのに、その理由が思い浮かびません。

 

「あなたは自分が何を求めているかわからなくなっている。

 スキャンダルのせいで人間の薄っぺらさに失望した。それなのに心は他人を求めている。

 だから屈折して意味不明な行動を繰り返している。人の心を操って、形だけ繕ってしまった」

「そんなわけ、そんなわけ……ないじゃないですか!」

 とにかく叫んで否定します。でも、愛さんは全くひるみません。

 

「だから、士織さんに期待したんじゃないんですか?一人で欲求をすべて満たしてくれそうな士織さんに。酷く我儘な誘宵美九を受け止めてくれそうなその度量に」

「ふざけないでください!私が他人に縋らないと生きていけないとでも言うんですか?

 あり得ないです!私は誘宵美九ですよ!」

 私はあんな紙みたいにぺらっぺらで軽い存在じゃないんです。醜い人間とは違うんです。

 

「荒療治が必要ですね」

 愛さんの手に天使が握られました。白と黒の螺旋を描く禍々しい杖。

 見てるだけで鳥肌が立ちます。何とかしないと。

 

「あーーーー!」

 『声』で対抗しようとして、気づきました。

 今の私には『声』が使えません。士織さんに、五河士道に奪われてしまいましたから。

 気づいたときは既に、目の前まで鎖が迫っていました。




そろそろ※主人公ですって表記が必要そうですね。悪役板につき過ぎてる。


さて今回の裏話は愛くんからの影響について。
愛くんがみんなから影響を受けているように、逆もしかりなんですよ。いいのか悪いのかわかりませんが。その内全員が予想できないことするようになったら嫌だな。

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