折紙 vs 十香
「だ~りん、あなたの美九がやって来ましたよ~」
美九を封印してから一か月。そろそろ十一月に入ろうという頃、美九はすっかり我が家に馴染んでいた。
最初のうちは耶倶矢たちから何かするんじゃないかって身構えてたけど、今は受け入れられてる。すぐに抱きついたり胸を揉もうとしたりするから、別の意味で警戒されてるけど。
「ああ、美九。久しぶり」
「寂しかったですよ~。ツアーのお仕事でしばらくお会いできませんでしたから~」
美九は顔出しNGを止めて普通のアイドルとして売りなおしている。元々大人気だったけれど、見た目やダンスも注目されて、人気が爆発している。
そのおかげで大忙しだ。今やテレビをつけたら勝手に美九が映っている。
「よく頑張ってるな。偉いぞ~」
「えへへ~、だ~りんがそう言ってくれると頑張れますよ~」
俺は美九に懐かれて、今では『だ~りん』と呼ばれるまでになった。アイドルがそんな呼び方して大丈夫か少し心配だけど。
「十香さんもいい匂いがしますね~」
「止めんか美九。私はぬいぐるみではないぞ」
美九は流れるように十香に抱きつく。運動神経は十香の方が遥かに上なのに、なぜか奇妙な身体能力を見せる。
「あれ、だ~りん今からお出かけですか?」
美九は俺が荷物を持っているのに気づいた。丁度出かけようとしていたところだった。
「ああ、ちょっと折紙のところに」
「……そうですか。折紙さんのこと、元気づけてあげてくださいね」
美九は一瞬顔を硬直させ、優しげな顔になった。
「悪いな、折角忙しい中来てくれたのに」
「いえいえ、私は耶倶矢さんたちと仲良くしてますから。むしろ、こんな美少女パラダイスを堪能できて感激ですよ~」
美九は手をワキワキさせながら瞳を輝かせる。半分本気なんだろうな。
ちょっと目つきが危ないんだよな。アイドルがしてはいけない顔っていうか。
「ほどほどにな」
「ええ大丈夫です!だ~りんは気にせず行ってきてください!」
美九はぐっと親指を立てて精霊マンションの方へ向かっていく。美九はもう大丈夫そうだ。
♦♦♦
自動扉を開けて中に入ると、荒野を模したフィールドが広がっている。少し離れた山肌を再現したものらしい。
そしてそこでは激しい戦闘が繰り広げられていた。双方の武器が何度もぶつかり合い、金属の擦れる音が響く。
部屋の中央でひと際衝撃が巻き起こり、二人が距離を取る。
一方は白い髪が首元をくすぐる少女、折紙だ。クールな表情で俺が入ったことにも気づかず、相手をじっと見つめている。
白銀の兵装をまとい、光り輝く槍《エインヘリヤル》を低く構えた体勢だ。すぐにでも特攻する気なんだろう。
もう一方は俺と同じ青色の髪を一括りにした女の子、真那だ。真剣な顔で折紙の方を見ている。
狼のような流麗なフォルムの兵装をまとい、レイザーエッジをまっすぐ構える。折紙を迎え撃つつもりだ。
しばらくの沈黙の後、爆発するような音で戦闘が再開される。二人はまた目にも留まらぬ速さでぶつかりあった。
剣戟の火花だけがかすかに見える。
「もう一時間戦い続けていますよ」
「神無月さん」
神無月さんが頭にヘッドギアのようなものをつけて現れた。このフィールドの
「毎日、活動限界を使い切るまで訓練していますね」
神無月さんは真剣な顔で折紙の方を見つめる。
「そんなことして、折紙は大丈夫なんですか?」
「大丈夫なわけありません。このままじゃ折紙さん、いつか本当に倒れちゃいます」
神無月さんの代わりにミケさんが必死な顔で訴える。
折紙の元同僚で現役AST隊員の岡峰美紀恵さん。本人の要望で『ミケ』と呼ばされている。
「だから俺が呼ばれたってわけか」
「はい、私たちが何度言ってもダメで。士道さんならもしかしたらって」
ミケさんが期待のまなざしで見つめている。そんなに期待されると少し困る。
「やるだけやってみるよ」
「お願いします」
ミケさんは身体を九十度に曲げて最敬礼をした。この子、どうしてか俺に凄い信頼を寄せてるんだよな。
そしてしばらく経って休憩時間になった。折紙と真那は水分補給をしながら身体を休めている。
「折紙、ちょっといいか?」
「どうしたの、士道?」
折紙はドリンクを置いて俺の顔を見上げる。心なしか顔がやつれているように見える。
「訓練の頻度、もうちょっと下げた方がいいんじゃないか?あんまり疲れた状態でやっても身が入らないだろ?」
「忠告には感謝する。私の身体を気遣ってくれたことはとても嬉しい。
だけど心配いらない。活動限界は破らないようにしている」
折紙は静かに、でも確かな口調で俺の提案を断る。自分は問題ないと。
「でも、一緒に訓練した真那は結構疲れてるように見えるぞ」
真那の方をちらりと見る。真那は一瞬考えた後、わざと両腕をくたっとさせる。
「いや~、結構疲れましたね~。折紙さんかなり強くなっていやがりますから。活動限界ギリギリまでは戦いたくねーです」
真那は疲労をアピールするように自分の肩を揉んでみせる。俺の妹は二人とも気も利く。
「どうだ、折紙?真那もああ言ってるし」
折紙に目を合わせて問いかける。
「……私は弱い。だから、私は愛に置いていかれた」
その言葉は俺たちの動きを止めた。誰も何も言えなくなる。
折紙は愛に面と向かって『足手まとい』と言われた。その言葉がどれだけ心に刺さっているかなんて俺自身よくわかっている。
折紙はしばらく家に籠ってずっとうずくまっていた。最低限の食事だけして、いつか本当に死んじゃうんじゃないかって思ったくらいだ。
令音さんやミケさん、夕弦と協力して何とか立ち直らせた。でも、その傷は未だ癒えていない。
「私は何が何でも力をつけないといけない。あの子にあんなことを言わせないために」
折紙は心の傷を埋めるように訓練をしている。今の折紙の生活は学校、訓練、睡眠でほとんどを占めている。
「ミケ、今度はあなたが相手をして」
「え、でも折紙さん」
ミケさんは戸惑っている。折紙を気遣う気持ちと折紙の要望を応えたい気持ちの間で。
「いい加減にしろ、鳶一折紙」
そんな雰囲気を壊したのは十香だった。最近は見せなかった鋭い目で折紙をにらんでいる。
「皆お前の心配をしているのだ。どうしてそんな気持ちを無視する?」
「時間は有限。
折紙は十香の言葉を真っ向から切って捨てる。
「そんなに訓練がしたいのか?」
「無論。それ以上に今求めるものなんてない」
喧嘩を買うように折紙が肯定する。空気がミシリと嫌な音を立てた気がした。
「そうか、だったら私が相手になってやろう」
「……望むところ。最強の武闘派精霊《プリンセス》。相手にとって不足はない」
折紙は少し考えて十香の言葉を肯定する。二人の視線がより一層鋭くなる。
「おい、十香……」
「案ずるなシドー。少し灸を添えてやるだけだ」
十香は俺の言葉を制した。その顔は意外にも冷静だった。
「昔の私とは違う。今度こそ、あなたを倒してみせる」
「やれるものならやってみろ。今の貴様に負ける気はしないぞ」
こうして折紙と十香。因縁の戦いが再現された。
♦♦♦
折紙と十香は持ち場につく。折紙は既に兵装を身に着けて、武器を構えている。
「
十香は一瞬目を閉じ霊力を解き放つ。紫電が十香の周囲で弾ける。
やがて霊力は形を成し、十香を守る城となる。甲冑のような鎧、神々しいレースのスカート。
これこそ十香が本来の力を取り戻した姿だ。
「
十香が脚を上げて大きく地面に踏み下ろす。震脚と共に地面が輝き、幅広い剣が召喚される。
大地そのものを鞘とする天使を王者のように引き抜く。剣の精霊《プリンセス》の再誕だ。
十香は天使を少し斜めに構え、折紙の方を見据える。
「いつでもいいぞ。来い、鳶一折紙」
その言葉を合図に、闘いの火蓋は切られた。
最初に動くのは折紙。風のように疾く鋭く、十香との距離を消し去る。
放たれた折紙の突きが会場中に鈍い金属音を響かせる。十香の鎧に、刃は突き立てられなかった。
十香は剣の刃先から根元まで滑らせ、捌いた。折紙の攻撃を完全に見切ったんだ。
それで諦める折紙じゃない。崩された体勢を一瞬で立て直し、再び突きを繰り出す。
しかし、またもや十香は反応する。剣先で折紙の槍をひっかけるように持ち上げ、あらぬ方向へ向けさせた。
折紙は槍を手放さなかったが、代わりに胴体が無防備になる。そこへ十香が強烈な蹴りをお見舞いする。
たまらず距離を取る折紙。脇腹のあたりを軽くさすっている。
十香はそこを攻め立てようとしない。それに折紙は歯ぎしりをする。
「夜刀神十香、私を舐めているの?どうして明確な隙で追撃しようとしない?」
「言っただろう、少し灸を添えるだけだ。わざわざ攻め立てる気はない」
折紙の言葉を十香は柳のように受け流す。しかし、その態度こそが折紙を激怒させる。
「そう、私はあなたの敵ではないということ。……その認識、改めてもらう」
折紙は再び十香との間合いを詰める。今度は直線ではなく、不規則に曲がりながら。
十香は剣を構えたまま目を閉じる。そして折紙と十香の距離がゼロになった瞬間、再びガキンと音が鳴る。
十香は折紙の一撃を肩の甲冑で滑らせる。先ほど剣でやったのと同じ要領で。
そして折紙にできた隙を突く。剣の腹で折紙の身体を横から叩いた。
「がはっ!」
折紙は声にならない声を上げて吹っ飛んでいく。そしてフィールドの壁に強く叩きつけられた。
一方的な試合だ。十香が常に折紙の数歩先を行っている。
「ずっと折紙が攻めてるのに、折紙の方が辛そうだ」
闘いの動きは常に折紙から始まっている。折紙が攻撃して十香が捌くという形が繰り返されている。
「もっと正確に言うなら、『十香さんが攻めさせている』って言った方が正しいんじゃねーでしょうか?」
「真那……」
真那が俺の呟いた言葉に補足を入れる。素人を卒業したばかりの俺に、プロの視点から。
「十香さんは一瞬わざと攻めやすい隙を作って折紙さんを誘導しています。そこに引っかかった折紙さんへ十香さんが手痛い一撃を加えてるって感じでいやがります」
真那は脇を開くようなポーズをとって手刀で攻撃のモーションを見せる。しかし手刀は脇腹に届く前に肘鉄を食らっている。
今の十香たちの戦闘の再現だろう。
「十香ってそんな器用なことできたんだな」
「別に意識してねーと思いますよ。半分感覚でやってますね」
そう言われるとしっくり来る。とても十香らしい。
「だから、実際のところは見た目以上に圧倒的ですよ。あれは今の折紙さんに合わせてるだけですから」
「そうか」
それが本当なら、間違ってる子供に間違いをこっそり促しているようなものだ。かなりの実力差が垣間見える。
そしてとうとう決着がついた。
折紙の槍が空中に投げ出され、地面に突き刺さる。折紙は地につけられながら、首に刃先を添えられている。
「勝負あったな」
「くっ」
十香が面白くなさそうな顔で折紙を見ている。元々戦いが好きな性格じゃないけど、今回はそういう理由じゃなさそうだ。
「弱くなったな、鳶一折紙。まだえーえすてぃーにいたころの方が強かったぞ」
十香は
「そんなわけない。
強力な兵装を手に入れた。最高の環境で訓練を行った。
弱くなるわけがない」
十香に対して必死にかみつく折紙。しかし、十香の表情は一切変わらない。
「弱くなったではないか。心が」
「は?」
折紙は意味がわからないという顔をする。その顔を見て、十香は続ける。
「昔の貴様は私を殺そうと必死だった。共感も理解もでないが、そのひたむきさだけは見るべきものがあった。
今の貴様にはそれがない。ただ苦しみから逃げようとしているだけだ」
「っ!」
折紙は十香の言葉に声を詰まらせる。図星、だったんだろうか。
「そんな奴に負けることなどない。顔を洗って出直せ」
十香は折紙に背を向けた。戦う相手じゃないと断ずるように。
「あ、ああ、ああああああ!」
折紙が地面に手をついて叫んでいる。誰もが目を背けてその場で立ち尽くした。
♦♦♦
十月中旬
天宮市から少し離れた都市の廃屋。そこが狂三との合流地点となっている。
「今回もうまくいったみたいだな、狂三」
「ええ、愛さんはあまり上手くいかなかったようですが」
狂三が若干ヘマした僕に嫌味を言って遊ぶ。事実だからあんまり強く反論できない。
「別にいいじゃない。一番必要なものは私も愛も手に入れてるんだし」
七罪が狂三の嫌味に反論する。七罪の言う通り、オリジナルはダメだったけどコピーは手に入った。
それさえあれば十分に役割を果たしてくれるはずだ。
「構いませんわよ。少し愛さんをからかって遊んだだけですわ。そう怒らないでくださいまし」
「ふん、相変わらずの性悪ね」
七罪と狂三は未だあまり仲が良くない。相性の問題かもしれない。
「それで、これが?」
「ええ、お願いしますわ」
狂三と二人で毛布にくるんである人物をよく見る。灰色の短い髪をした女性、本条二亜。
二亜に向けて天使を振るった。これで問題なく力を借りることができるだろう。
起き抜けに状況説明をして適当に買っておいた食料を与える。そして現状を理解した第一声がこちらだ。
「いや、マジでありがとございます。このご恩は身体で返させていただきますぜ、旦那」
七罪と狂三が冷たい目で見ている。どうしてこの人はいきなり三下風コントをするんだろうか?
「いや、そんなものいらないので。あなたの天使の力さえ貸していただければそれで十分です」
きっぱりと断って天使の力を要求する。そのためにわざわざDEMから救い出したんだから。
全知の天使
情報戦で右に出る存在などない絶大な力を手に入れる。そのための一連の作戦だ。
「そんな固いこと言わないで、おねーさんの身体を堪能していこーぜ、愛くんよー」
二亜は肩を組んで僕のことを物理的に揺さぶる。そんなことされても、七罪以外に手を出す気はない。
それになんとなく別の意図を感じた。
「本条二亜さん、僕たちに何をさせたいんですか?あなた利用しようとしてるでしょう?」
言葉を聞いて二亜はピクリと反応する。予想は当たってたみたいだ。
「ええと、その」
二亜は目をきょろきょろさせて動揺している。
「嘘はおすすめしないわよ」
「風がよく通る穴を開けられたいのなら話は別ですが」
七罪と狂三が天使を二亜に向けて脅迫している。なんで君らこういうときだけ仲いいの?
「ええと、私の漫画業を手伝ってほしいです。マジでお願いします」
二亜は非常に素早く土下座した。なんて軽い頭だろう。
こんなに悲しい再戦になるだなんて。頑張れ折紙、君は立ち上がれる。
今回の裏話は折紙の現在の生活。
平日:学校→訓練→学校の課題→食事入浴→睡眠
休日:訓練→勉強・情報収集(精霊や顕現装置関連中心)→食事入浴→睡眠
ほとんどこんな感じです。作者だったら一日目で逃げ出しますね。
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