ヒロインは七罪   作:羽国

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おりゃ、連続投稿開始だー!

今日から17話連続投稿です。折紙編の最後まで突っ走ります。

そしてお誕生日おめでとう、折紙!


折紙復活

 インターホンが鳴り、暗い部屋が少し明るくなる。おそらく、誰かが来たのだろう。

 ふらふらとインターホンへ向かい、通話ボタンを押す。予想していた人物の一人が顔を映す。

『やあ、折紙。少し話をしないかい?』

 優しい声で話しかけてくれる村雨先生。

「……どうぞ」

 追い返す気にはなれず、部屋の中へ促した。

 

「久しぶりだね、折紙。元気……とは言い難いかな」

 村雨先生は私の顔を見て困った顔をしている。数日鏡を見ていないけれど、きっと酷い顔をしているのだろう。

 数日前に夜刀神十香に負けて以来、何をしていいかわからなくなった。わかったのは私が間違っていたという事実だけ。

 今は立ち上がることすら難しい。身体が重くて、意思通りに動いてくれない。

 

「村雨先生はどうしてここへ?」

「教師として連日休んでいる生徒の様子を見に来た……というのは建前だね」

 村雨先生はテーブルの上に提げていたレジ袋を置く。中にはスーパーで購入したと思われる食材が入っている。

「少しキッチンを借りていいかい?その様子だとまともな食事はしていないのだろう?」

 

 慣れた手つきで食材を切って鍋に入れていく。炊いていたご飯を混ぜ、最後に溶き卵を回し入れて蓋を閉じる。

「卵雑炊だ。口に合うといいのだけど」

 机の上には私の分の食事が置かれている。椀からは湯気が立ち、かぐわしい香りがする。

 

 カロリーメイト以外の食事は長い間摂取していない。非効率だから。

 でも、流石にこれに口をつけないほど非礼にはなれない。

 

「いただきます」

 胃が久しぶりの食事を拒絶している。一人分を食べるのも難しい。

「無理をしなくていい。食べられる分だけで」

 その言葉に甘えることとなった。

 

「村雨先生は、どうして私を気にかけるんですか?」

「どうして、と言うと?」

「あなたとは深くかかわったことがないはずです。教師としても、ラタトスクの解析官としても」

 村雨先生はここ一か月ほど頻繁に家に来ている。士道やミケ、八舞夕弦は理解できないでもないが、村雨先生はそこまでしてもらうような関係ではなかったはず。

 

「そうか、そうだね。君は……」

 村雨先生は何かを言いかけて止める。そして目を閉じて語り始める。

「私は愛に懐かれていた。だから、あの子の姉である君にも親しみを感じている」

 村雨先生はコーヒーにミルクを注ぎながら微笑む。それがとても優しく感じる。

 

「どうしてあなたに」

 結局私には頼ってくれなかった。甘えはしても、支えになるとは思われなかった。

 

「……そうだね。私があの子に似ていたから、かな?」

「似ている?」

 村雨先生には悪いけれど、とてもそうは思えない。むしろ、冷静な村雨先生は正反対に見える。

 

「私はあの子より隠すのが上手いだけだ。内心ではあの子よりも荒ぶっているかもしれない」

「とてもそうは見えません」

 黙々と仕事をこなす姿と子供の面倒を見る姿しか見たことがない。とても、そんな激情を隠していると思えない。

 

「恋人のためなら何人だって殺してみせる。……本気でそう思ったことがある」

「それは……」

 それが本当なら確かにあの子と似ている。七罪のためなら何でもしてしまうあの子と。

 本人の口から出た今なお信じられないけれど。

 

「昔は私もそういう人間だった。だからこそ、あの子の気持ちは痛いほど理解できる」

 村雨先生はカップに追加のコーヒーを注いでいく。優しい手つきで静かに。

「自分が世間一般から外れていることなど理解している。それでも止まれないんだよ。感情は思い通りにならないから」

「少し、わかります」

 私も士道のことを想うと身体が勝手に動く。非合理だとわかり切っていても。

 

「琴里には内緒にしておいてくれ。少し恥ずかしい話だからね」

「……はい」

 他人に話す気にはなれない。

 

「折紙、君は愛にどうしてあげるのが一番だと思う?」

「わかりません。あの子は私に背中を預けてくれたことはありませんから」

 あの子が心から信じて頼るのは七罪だけ。私は庇護対象としか見られていない。

 私はあの子が時崎狂三と組んで何をしようとしていたかも知らない。それほどまでに何も知らされていなかった。

 

「そうか、君は本当に大事にされていたんだね」

「そんなことが大事にされているっていうんですか?除け者にされて、籠の中の鳥でいることが」

 意味もないのに村雨先生に八つ当たりしてしまう。村雨先生は何も悪くないのに。

 

「そうだとも。誰だって醜い姿を大事な人には見られたくないものさ」

 村雨先生は断言する。私と違って、その瞳には迷いがない。

 

「だったら、七罪はどうだっていうんですか?彼女は愛の全部を見てきた。私と何が違うんですか?」

「不可抗力、とでも言うべきかな。七罪が愛にしがみついて死んでも離さなかった。それだけだ」

 

 少し羨ましいと思えてしまう。

「私にも力があれば……」

 七罪のような天使の力が。そうであれば私も。

 

「……勘違いしているようだから言っておこう。七罪の強さの本質は覚悟の強さだ。天使の力ではないよ」

「覚悟の、力……」

「そうだとも。非力な贋造魔女(ハニエル)と向き合い、戦場で生き残る術を考え続けた。何が何でも愛の戦場へついて行くために」

 言われてみれば、確かに七罪は戦闘に向いている精霊ではない。単純な力押しなら、今の私にも分があるほどに。

 

「君はあの子のために何がしたい?よく考えてみるといい」

「……はい」

 私があの子のためにできること。私の力でできること。

 

♦♦♦

 

「折紙さん、大丈夫ですか?」

「ミケ……」

 ミケは学校やASTの訓練、真那との自主練の合間を縫って部屋を訪れている。休憩の隙間もないような生活をしているのだと思う。

 

「あなたこそ大丈夫なの?」

「大丈夫です。体力と根性だけが私の取り得ですから」

 ミケは元気よく胸を叩く。ドジで泣いてばかりだったあの子が、ずいぶんと強くなった。

 

「折紙さん、何かしてほしいことはありますか?雑用でも何でもしますよ」

「私はもうあなたの先輩ではない。あなたが助ける義務はない」

 ASTは三か月以上前に辞めた。ミケとの今の関係はただの同級生でしかない。

 

「関係ありません。折紙さんは今でも私の憧れです。

 私がしたいから折紙さんの家に来ているんです。迷惑ですか?」

「……そんなことはない」

「ならよかったです。とりあえず洗濯と掃除はやっておきますね」

 ミケはいろいろ言うまでもなく部屋を片付け始める。小さな体を精一杯動かしながら。

 以前とは立場が完全に逆になってしまった。今の私はミケに支えられている。

 

「ミケ、私これから何をしたらいいと思う?」

 半ば無意識で問いかける。その言葉にミケはピクリと身体を止める。

 

「折紙さん、本心を言ってもいいですか?」

 ミケは両手に抱えていた私の服を籠に入れてこちらを向く。見たことがないような険しい顔をしている。

 

「構わない。でないと意味がない」

「では遠慮なく。

 弟さんを止めるべきだと思います。悪いですけど、間違っているようにしか見えません」

「愛が、間違ってる。でもそれは七罪と私を守るために……」

 あの子は常に最善だけを選択してきた。どれだけ卑怯と言われようと、非道だと言われようと。

 

「今、折紙さんはそのせいで苦しんでるじゃないですか!」

「…………」

 何も言い返せない。あの子を肯定する言葉が見つからない。

「天央祭での言葉もなんですか。折紙さんの言葉を全部無視して自分勝手に。私にはわがままな子供にしかみえません」

 ミケは感情を込めて叫び続ける。愛への非難の言葉を。

 

「いろいろ知ってるんでしょう。私なんかよりずっと頭もいいんでしょう。

 でも、一人で何でもかんでもできる訳ないじゃないですか。全部正しい人間なんている訳ないじゃないですか」

「ミケ……」

 ミケは目尻に涙をためて言葉を投げかける。少しずつ、乾いていた心に染み渡る。

 

「間違ってるって言ってやりたい。これが私の正直な気持ちです」

 ようやく何か見えた気がした。霧が少し晴れて、やるべきことが見えた気がした。

 

「ありがとう、ミケ。何をすべきか、ヒントが見つかった」

「わぁ……それじゃあ折紙さん」

 ミケはぱぁっと顔を明るくする。目を輝かせ子供のように腕をぶんぶんと振っている。

 

「今から計画を考える。士道の家に行ってくる」

「はい、是非行ってきてください」

 簡単に荷物をまとめて出かける準備をする。おそらく、五河琴里の協力が不可欠。

 

「……私一人では何もできなかった。あなたにも、感謝している」

「いいえ、私は折紙さんのパートナーですから」

 まっすぐで、不器用で、諦めが悪く、扱いにくい子。だからこそ、助けられた。

 この子が後輩で良かった。心からそう思う。

 

♦♦♦

 

「折紙、大丈夫なのか?」

 玄関のチャイムを鳴らすと同時に士道が顔を出す。その顔は心配に満ちている。

「心配をかけた。もう大丈夫」

「そうか、本当によかったよ」

 士道は私の顔を見てホッと一息吐く。今までそれほどひどい顔を見せていた。

 

「五河琴里に、ラタトスクの司令官に用がある。今会える?」

「わかった、呼んでくる。折紙はリビングで待っててくれ」

 士道は琴里の部屋の方へ向かった。

 先にリビングで座って待っていると、五河琴里が姿を見せた。深紅の髪に黒いリボンを巻いた姿で。

 

「いきなり元気になったわね、折紙」

 五河琴里は口にくわえたチュッパチャプスを上下させながら訝しげな目をしている。

「村雨先生とミケのおかげ。その点は感謝している」

「ふ~ん、令音がねぇ。相変わらず面倒見がいいわね」

 その点は同意する。かなり献身的に面倒を見てもらった。

 

「それで、私に話したいことって何かしら?」

「協力してほしいことがある」

 そう言って手近な紙とペンを取り、重要な内容を綴る。そして、そのまま琴里に見せる。

 

 琴里はその内容を見てピクリと反応する。しかし極力反応を抑えて私と同じように紙とペンを取る。

『この会話は盗聴されている』

 これが琴里に見せた文面。反応を音に出さなかったことは非常にいい対応。

 

「随分偉くなったものね。一度ラタトスクを抜けておいて協力してほしいだなんて」

『どうしてそう思うの?』

 琴里は会話が不自然にならないよう装いつつ本心を紙にしたためる。流石、ラタトスクの司令官だけあって優秀。

 

「わがままは承知している。しかし、愛の行動はあなたたちも無視できないはず」

『私だったら遠くにいる愛を放置しない。盗聴することで動向を確認しておく。おそらくあの子も同じ』

 私も琴里と同じように芝居を打つ。不仲なように見せるのが好ましい。

 これから琴里と協力して騙し討ちをするのだから。

 

「愛を見つけるためにラタトスクの力を貸してほしい」

『私の荷物には仕掛けられていた。この家もきっと同様』

 琴里はあごに手を当てて考えている。愛は一度この家に侵入しているし、何もない方が不自然。

 

「一度裏切った人間を簡単に信用できないのよ。保護はするけど、作戦行動に参加させるつもりはないわ」

『あんたたち、本当に変な姉弟ね。それで、何しようって言うの?』

 琴里は声だけ刺々しくさせながら、顔は呆れている。とても器用なことをする。

 盗聴器は愛している相手の情報を仕入れる有効な手段。一般的な愛情表現だと思うけれど。

 

「ラタトスクは戦力不足。キャリアのある魔術師(ウィザード)を喉から手が出るほど欲している。違う?」

『盗聴を逆に利用する。大まかな流れは後ほど書面で伝える。後で何か伝達手段を用意して欲しい』

 愛はきっと騙される。

 時間効率や見つかるリスクを考えたら、カメラはきっと仕掛けていない。少なくとも私は見つけられなかった。

 声だけ聞いていると、言い争っているようにしか聞こえない。これなら騙されてくれるはず。

 

「獅子身中の虫を飼ってどうするのよ。あんたの《ブリュンヒルデ》はもう取り上げないといけないわね」

『わかったわ。機関員を街ですれ違わせるから渡しなさい』

 琴里は一瞬思案してすぐに提案した。流石、士道の妹。

 

「交渉決裂」

「ええそうね」

 首肯だけで最後の確認を行い、家を出る。ここからが本番。

 

♦♦♦

 十一月一日 天宮市から少し離れた街

 

「それ本当なの?」

 七罪が震える声で問う。その言葉に二亜は珍しく真剣な顔で答える。

「全部事実だよ。あたしに間違いはあっても、囁告篇帙(ラジエル)に間違いはない」

 二亜は黒い洋書のような天使、囁告篇帙(ラジエル)をばたんと閉じる。その言葉は静まり返った部屋の中でよく響いた。

 

「というか、愛くんは気づいてたんじゃないかな?いろいろ前兆あったでしょ?」

 全員の視線は一気に僕へ向く。とっさにポーカーフェイスを意識したけど、このメンバー相手にそれはただの自白だ。

 

「愛、あんたまさか……」

「はぁ、薄々気づいてはいた。自分の正体も、行く末も」

 諦めて内心思っていたことを吐く。その言葉に七罪と狂三は目を見開く。

 

 初めて精霊になったときからその可能性はあると思っていた。そして、力を使う度にその予想は確かなものになっていった。

 

「愛、あんた今すぐ霊力使うの止めなさい」

 七罪が有無を言わせぬ口調で命令する。僕のことを気遣って。

 

「それは聞けない。この力がないと、崇宮澪を倒すことはできない」

 士道に十の霊結晶(セフィラ)が集まらないことはほぼ確定だ。そうである以上、方法はこれしかない。

 

「そのためにあんた自身がどうなってもいいって言うの?」

「いいよ」

 七罪は信じられないものを見るような顔をする。

 だいぶ前からそのつもりだった。覚悟はもうできている。

 

「ふっざけんじゃないわよ!私言ったわよね!あんたが死んだら一緒に死んでやるって!」

 七罪は感情を荒げて叫び続ける。その顔が最後になるなんてしたくなかったな。

 

天使の鏡像(マラー・マラキット)――封解主(ミカエル)

 鍵の天使を顕現させて七罪の頭に差し込む。とっさの不意打ちに、流石の七罪も反応できない。

 

「愛、あんた――」

「ごめんね、七罪。大好きだよ。――【(セグヴァ)】」

 鍵をひねって七罪の機能を閉じる。ドサリとフローリングの床に倒れ込む。

 後には物言わぬ人形のようになった七罪だけが残った。

 

「全部終わったらあいつが鍵を開けてくれる。そのときはきっと世界も書き換わってる」

 わざわざ言わなくても七罪を大事にしてくれるだろう。あいつも七罪のことは妙に拘っていたから。

 

「愛さん……?」

「愛くん?」

 狂三と二亜がごくりと喉を鳴らして僕の方を見ている。

 

「さあ、最終段階だよ。協力してね。死にたくないでしょ?」

 二人は恐怖で肩を震わせた。その瞳にはどう見えているんだろうね?




これでこそ折紙って感じです。逆に愛くんは変な感じになってますね。

今回の裏話は愛くんの行動について。
愛くんは狂三と別れてどこぞの精霊さんに会いに行ってたんですよ。原作を履修しているであろう読者の皆様は誰かわかるでしょう。

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