十一月三日。今日は計画の実行日。
インターホンが鳴り、来客の到来を知らせる。作戦決行の合図。
『鳶一折紙だな、開けろ。素直に開けるのなら、痛い目を見ずに済む』
サングラスをかけたスーツの男たちがインターホン越しに脅しをかける。
私はドアを開けずに小型拳銃を構える。そして、まっすぐ窓に向けて駆け出し、そのまま飛び越える
マンションの壁には大家に内緒で緊急用の足場を設置している。フリーウォークの要領で壁を降り、部屋を脱出した。
「ぐわっ、何だこれは」
「ガス?」
「気をつけろ、毒かもしれない」
窓の向こうからは罠に引っかかったであろう声が聞こえる。随分と演技が上手い。
目立たないように排水路を使って逃げる。しかし、サングラスの男たちは追ってくる。
「おい、いたぞ」
角を曲がって撒く振りをするけど、挟み撃ちにされる。ここまでは予定通り。
あとは魚がかかるまで待つだけ。お願いだから上手くいって。
♦♦♦
姉さんのもとから去って一か月とちょっと。一日の大半は片耳にイヤホンをつけて生活するようにしている。
盗聴器を仕掛けているから、リアルタイムで姉さんの状況を確認するために。
わざわざ荷物の中にダミーを仕掛けて、本命は身体に埋め込んでいる。そこまでバレることはないだろう。
そして、久方ぶりに役立った。つい今しがた、明らかに襲われている声が聞こえた。
「へぇ、まだそんなこと考える馬鹿がいたんだ」
ラタトスクは徹底的に脅しをかけて、DEMのそんな余裕ないくらいに破壊したのに。まあ、非合理なことを考える馬鹿はどこにでもいるってことか。
「こんなときのことも考えて、あの天使を手に入れたわけだし。行こうか」
椅子から腰を上げて天使を召喚する。以前とは比にならないほど莫大な霊力が手の中に集まる。
「
そして白と黒の螺旋を描く、最強の天使が顕現する。
自分自身に天使を向け、姿を最適化する。この強大な霊力に耐えられる、九割方完成した身体に。
「これは……」
姿を変えてみると違和感がある。精霊化時の姿が前と違っている。
腰まで届く、白く長い髪。手でつかみ切れないほどの大きな乳房。
前はこれほどではなかったはずだ。一体どうして?
『成長のお祝いだよ。目に見える形で成長を表した方がいいでしょ?』
聞こえてくるのは私の中にいる『あいつ』の声。無邪気な様子で悪気なく伝えてくる。
まあ別にどうでもいい。特に見た目にこだわりはないから。
「
保存されている天使の情報を上書きして、鍵の天使に姿を変えさせる。
「【
虚空に向けて鍵を差し込み、回す。空間に穴が開き、向こうには見慣れた天宮市の景色が見える。
「さっさと終わらせよう」
窓枠でも飛び越えるかのように、空間の穴をくぐった。
穴を抜けた先では喧騒が聞こえる。すぐ下を見ると、姉さんが黒服の男たちに襲われていた。
すぐさま姉さんに襲い掛かる男の一人に
しかし、実行できなかった。天使が弾かれてしまったから。
私は目を見開く。天使を弾いたのは、先ほどまで襲われていた姉さんだったから。
「かかった」
姉さんはしてやったりという顔で笑っている。意味がわからない。
それと同時に黒服の男たちが消え、別の人物たちが現れる。
士道、十香、四糸乃、耶倶矢、夕弦、美九、真那、美紀恵。フラクシナスのほぼ全勢力が集まっていた。
さらに空間震警報が発令される。確かに霊力は観測されただろうけど、動きが早すぎる。
まるでこうなることがわかっていたみたいだ。
「あなたは愛、で合っている?」
姉さんは私の姿を見て確かめる。また姿が変わったから少し不安になったんだろう。
「合ってるよ。正真正銘、鳶一愛。姉さんの弟。それで、この光景はどういうこと?」
味方サイドのほぼ全員に囲まれている。いや、私はもうその味方サイドにいないんだけど。
「私が協力を持ち掛けて集まってもらった」
姉さんの言葉の意図を図りかねる。何を考えているかわからない。
「愛、戻って来て。あなた一人でやるよりも、みんなでやるべき」
姉さんがその代表をするかのように前に立つ。そして手を差し伸べる。
数秒思考する。そして、だいたいの事情を推測した。
「ああ、そういうことか」
騙されていたんだ。他ならぬ姉さんに。
盗聴器を仕掛けていることを読んで、私をおびき寄せるために罠を張ったんだ。
わざわざ自分が襲われている小芝居までして。用意周到なことだ。
正直そこまで上手い作戦を考えるとは思わなかった。姉さんを舐めていたようだ。
空間震警報が早かったことを考えると、ASTにも手を回しているかもしれない。美紀恵がいるなら、あり得ない話じゃない。
「それで、私が断ったら全員で取り押さえると」
「できればそんなことはしたくない」
周囲を見渡すと全員こちらを見ている。私の一挙手一投足を見逃さないように。
私を逃さないようにするなら、最善の選択だね。不十分だけど。
「断るよ。もう誰も彼も足手まといでしかないから」
「そう、ならば仕方がない。力づくでもあなたを止める」
取り囲む全員が一気に装備を身にまとう。これだけの天使や霊装が一気に揃うと壮観だ。
「やれるものならやってみてよ。どうせ無駄だろうけど」
その言葉と同時に私の身体に鎖が巻き付く。鎖のもとを目で追うと夕弦が
「拘束。これで逃げられません。戻ってきてください、愛」
あまりに自然過ぎて思わず見とれてしまった。
私も既に
「
即座に天使を上書きして箒状の姿に変える。そして自分自身を一枚のカードに変身させる。
鎖の拘束を抜け出し、鎖は地面に落ちる。がしゃんとむなしい音だけが響く。
再び
しかし逃げた先も安全地帯ではない。巨大な氷の矢じりによって囲まれていた。
私を中心に三百六十度全て、半透明の氷で塞がれている。誰がやったかなんて考えるまでもない。
「四糸乃、ずいぶん遠慮なくなったね」
巨大なウサギの怪獣に乗った四糸乃を見る。フード越しに力強い目で私を見ている。
『愛くん強いからね~。悪いけど手加減する余裕はないんだ~』
「大人しくしていてください」
四糸乃は強くなった。それでも、攻撃まで間を開けるのは優しすぎる。
「
その一瞬の隙で天使を切り替える。
天使を持ってぐるっとコマのように一周し、周囲を一気に焼き尽くす。四糸乃の生み出した氷は水を飛ばして蒸気になった。
気化した蒸気が一気に爆発する。急激な体積の膨張が疑似的な爆発を起こしたのだ。
全員そのまま立ってはいられない。残ったのは馬鹿みたいな強度の障壁を作った私だけだろう。
「はぁ!」
しかし、予想外に蒸気の向こうから大剣が振り下ろされる。剣の天使、
ギリギリ
やっぱり霊力での力押しはダメだね。本物には見劣りする。
ちらりと十香の背後を見る。いつの間にか玉座が出現している。
とっさにあれを召喚して盾にしたんだろう。相変わらず十香の戦闘センスは超一流だ。
「愛、お前もこんなことしたくはないのだろう。大丈夫、シドーならきっと何とかしてくれる。お前が一人で背負う必要はない」
天使をぶつけ合いながら、十香が説得を持ち掛ける。その真っすぐ過ぎる瞳は私に届かない。
「お気楽ですね。私もあなたみたいに単純な人間だったらよかったかもしれない」
皮肉と同時に天使へ霊力を注ぎ込む。
「これは⁉」
十香は本能のままにバックして距離を取る。それと同時に
金属を蒸発させ骨を灰燼に帰す地獄の炎。それが私の半径十メートルほどを埋め尽くす。
ただ徒に天使に霊力を込めただけ。それだけで戦闘はただの破壊行為になる。
「さて、これでも戦おうって言うの?」
焦土と化した地面を一人ゆっくりと歩く。
空しいものだ。規格の違いが圧倒的な差を生み出している。
「何これ、強すぎるし?」
「驚嘆。ここまでとは」
耶倶矢と夕弦は目を見開いて驚いている。
流石風の精霊。吹き飛ばされてもすぐに戻って来たのか。
「当たり前だよ。私は――」
♦♦♦
「してやられましたね、アイク」
エレンが一連の事件の資料をテーブルの上に置く。書類の束が机を埋め尽くしている。
《ナイトメア》による二度の本社襲撃。その直後を狙って行われた《アポクリファ》と《ウィッチ》による日本支社襲撃。
そして、資材A《シスター》の奪取。ここまで見事な手際には感服するしかない。
「被害総額など考えたくもありません。そして、それ以外の被害も甚大です」
エレンはリストを手にもって再確認する。何度も見たけれど、これには私も頭を抱えた。
「優秀な
合計十隻の戦闘艦破壊。DEMの戦力は半分以下に低下しました」
もういっそ愉笑いがこみ上げてくる。
「くっくっく。相手があの《アポクリファ》なら、
エレンが私の言葉を聞いて顔を引き締める。相手が何か思い出したようだ。
「これでもう確定しただろう?アポクリファの正体が」
「……ええそうですね」
エレンは目を閉じて肯定する。
「十四年前に起こった世界に存在するマナの急激な減少。私の知る限りそんな現象の理由は一つしか考えられません」
世界に満ちる魔術の源、そして精霊の起源でもあるマナ。
その総量が減ったとして、消えたとは考えにくい。どこかに移ったと考えるべきだ。
「そこから長年候補を探していましたが、見つけられていなかった。どの精霊も、候補としては弱すぎますから」
もし候補に該当するのなら、《プリンセス》や《ナイトメア》など比較にならない力を持っているはずだ。所詮彼女らは分割された欠片に過ぎない。
「《アポクリファ》が初めて観測された瞬間から、最有力候補として挙がっていました。隣界の属性の霊力、今まで普通の人間として生きてきた経歴、《ウィッチ》の天使をコピーした能力。あの精霊は異端でした」
「ああそうだね。初めて見たときは震えたよ」
だからこそ私は彼に期待を込めて《アポクリファ》と名付けた。《デウス》の系譜には連なっていない、新たな
「しかし、今回新たに観測した情報で確定したでしょう。条理を覆す強大な天使と、他の精霊の数倍程に成長した膨大な霊力」
「ああそうだとも。
どこの誰が実行したのか、マナを集める霊脈もない今どうやって術式を行使したのか。わからないことは山のようにある。
しかし、これだけは間違いない」
私たちより先に進んでいる誰かが世界のどこかにいたのか?それともエリオットが何かしたのか?
それはわからないが、今は目の前にある事実だけで十分だ。
「《アポクリファ》は《デウス》に次ぐ――第二の始原の精霊だ」
誰かは知らないが、最高の贈り物に感謝しよう。世界を書き換える力を顕現させてくれたことに。
♦♦♦
「疑問。始原の精霊、なんですかそれは?」
「全然聞いたことないし。てか、なんでそれなら強いんだし」
二人が困惑している。始原の精霊を知らない二人からしたら、ただの理不尽だろう。
「始原の精霊。文字通り、全ての始まりとなった精霊だよ。
現存する精霊の祖であり母。君たちとは比べるのもおこがましいほどの力を持った存在だ」
真っ黒に焦げた地面を歩きながら耶倶矢と夕弦に説明する。ちらほらと他のメンバーも集まってきているようだ。
「それで、その始原の精霊とやらにテメーがなったと言いたいんでいやがりますか?」
いつの間にか背後に迫っていた真那が、レイザーエッジで攻撃をしながら聞いてくる。相変わらず速いな。
「なったって言うのは正しくないね。生まれたときから始原の精霊だった。そう言うべきだ」
でも、その程度の攻撃は
「ぐっ!」
そのまま逆に突き飛ばす。真那はボールのように吹っ飛んでいった。
「だれが何のために生み出したのかは知らない。でも、私は宿命を持って生まれた。精霊を巡る全てを終わらせる宿命を。だから与えられた天使が断罪覇王なんだよ」
きっと私は求められている。始原の精霊、崇宮澪を殺すことを。
そのために与えられたかのような能力だ。そのために造られたかのような存在だ。
「そんなことはない」
声のした方を見据える。姉さんが《エインヘリヤル》を構えてこっちを見ている。
「あなたはお父さんとお母さんに愛されて生まれてきた。ただの人間『鳶一愛』。それ以外の何者でもない」
姉さんは否定する。私に課せられた宿命を。
「あなたは一人で背負わなくていい。あなたの分も私たちが背負うから」
「そんなこと考えなくていいよ。私が一人で地獄に堕ちるから」
それでいい。私は初めから、この世界にいるべき存在じゃないんだから。
遂に『鳶一愛』の正体が明かされました。もうこの設定考えて一年近く立つんですか?長いですね~。
さあ、まだ折紙編はまだ始まったばかり。伏線回収もこれからですよ。楽しんで行きましょう。
今回の裏話は『鳶一愛』の誕生秘話について。
愛くんはとある人物によって精霊術式を行使され始原の精霊になりました。ただ、普通の人間にそんなことしたら一瞬で死ぬのでほぼ同時に天使で霊結晶を不活性化しました。そこからしばらくは不活性化状態でした。
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