ヒロインは七罪   作:羽国

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折紙 vs 愛

 自らを始原の精霊と言い、私たちの手を拒んだ愛。あの子はたった一人でフラクシナス全戦力の前に立ちはだかっている。

 その状態でなお、私たちは押されてしまった。変わってしまった愛は、精霊たちをまとめて蹴散らすほどの力を持っている。

 

 それでも――

「あなたは一人で背負わなくていい。あなたの分も私たちが背負うから」

「そんなこと考えなくていいよ。私が一人で地獄に堕ちるから」

 

 あの子を一人にしちゃいけない。向き合って初めて確信した。

 今も一人で自分の心を押し殺している。

 長い髪の奥に見える暗く冷たい瞳。あんな目のままでいいはずがない。

 

「七罪はどうしたの?」

 こんなときのために彼女がついていたはず。

 あの子が踏み外してしまわないようストッパーになる。これ以上ない相手だと信用していたのに。

 一体何をしているの?

 

「ああ、七罪ね。鍵をかけたよ」

 愛は淀んだ瞳で吐き捨てた。

「鍵?どういう意味?」

 

「この天使は生物、非生物問わず対象の機能を停止させることができる。それで七罪に鍵をかけたんだ」

 愛は自分の天使を巨大な鍵のように変えてみせる。さっき、私のもとへ転移した際に使用した天使。

 おそらくどこかの精霊からコピーしたもの。ただ、重要なのはそこじゃない。

 

「七罪を仮死状態にでもしたということ?」

「その認識で合ってるよ」

「…………」

 信じられない。ほとんど人の言うことを聞かないけど、七罪の言うことだけは聞いていたのに。

「一体何があったというの?」

「……意見が割れたんだよ。この力をどうするかについて」

 愛は自分の手のひらを見ながら自嘲している。その姿はとても痛々しい。

 

「この力が完全なものになったら、七罪も姉さんも精霊のみんなも士道さんも、全員救うことができる。すごいでしょ?」

 愛は力を誇示するように手を広げる。とてもらしくない。

  

「……その代償は何?」

 そんな力に代償がないわけない。おそらく七罪と意見が分かれた理由もそこにある。

 

「……察しがいいね」

 愛は再び機嫌の悪そうな顔に戻る。

「答えて」

霊結晶(セフィラ)に宿る人格へ明け渡すことになる」

 愛は胸に手を当てて、あっさりとそう言った。朝食のメニューでも伝えるように。

 

「そのとき、あなたはどうなるの?」

「私の人格は消滅する。初めからこの世界にいなかったことになる。

 私のポジションには『あいつ』がいたものとして、世界が書き換わる」

 

 ふわりと風が吹き、愛の長くなった髪を舞い上げる。顔に光が当たり、表情がよく見えるようになる。

 その顔はとても穏やかだった。自分の死について語っているとは信じられないくらい。

 

「あなたはそれを、許容するとでも……言うの?」

 声が自然と震えてくる。ただ言葉を紡ぐことが難しい。

 どうして目の前の張本人がこんなに落ち着いているのか理解できない。

 

「するよ。私一人の消滅でこの世界にハッピーエンドが訪れる。代価としては安すぎるくらいだ」

 ああそうだ。この子はこういう子だった。

 人の命に重みをつけて、容赦なく天秤にかける。例え、それが自分自身であろうと。

 

「これ以上の問答は意味がない。あなたを無理やりにでも家へ連れて帰る」

 この子は自分が正しいと思った道を何が何でも突き進む。

 

 人の言うことなんて聞かない。私と同じで一度決めたら譲らないから。

 初めからそのつもりでみんなに集まってもらった。……言葉だけで終わるのが最善だったけれど。

 

「できると思ってるの?大方、数の暴力で叩けばどうにかなると思ってたんだろうけど、当てが外れたね」

 愛はぐるりと周りを見渡す。精霊を始めとした総勢八人の実力者が囲んでいる。

 そして、フラクシナスも近くで待機している。それを理解してなお、愛は笑った。

 

「始原の精霊を相手にするにはこれでも足りない。存在の格が違うんだよ」

 始原の精霊がどういったものか詳しくはわからない。でも、さっきの戦闘を見ただけで圧倒的な力を有していることは理解できた。

 

 ただ、愛は嘘をついている。それが愛を攻略する鍵になる。

「愛、あなたは真っ向勝負を避けていた。格が違うというのなら、どうして同じ天使をぶつけ合わなかったの?」

 おそらく、愛はここにいる全員の天使を使える。なのに、敵と同じ天使は必ず避けていた。

 

「それは非効率的な戦い方をしたくなかったからで……」

「私の知ってるあなたなら、力の差を見せつけて相手の心を折りに行く。その方が効率的」

 敵をすべて倒すよりも、相手の戦意をくじく方が効率的。この子はそういうやり方を好む。

 

「それに、そもそも霊力を効率的に運用しようという考え方が不自然。膨大な霊力があるなら、少々の効率など無視して戦えばいい」

 愛の顔が一瞬固まる。私にとってはそれだけで確信するのに十分。

 

「あなたは自分で言っていた。『この力が完全なものになったら』と。つまり、今は始原の精霊の力を完全扱い切れてないということ。

 少なくとも今、ここにいる全員を簡単に倒せるような力は持っていない」

 

 愛の顔が険しくなる。間違いなく図星を突いた。

「あなたは自分を大きく見せようとしている。ブラフで戦意を削ぐのが目的。違う?」

 

 《エインヘリヤル》を向けて、愛に問う。愛は苦虫を噛み潰したような顔となった。 

「……厄介なものだね。性格を知っている人が敵に回るのは」

「今まであなたがしてきたこと。真似事くらいなら私でもできる」

 よく知っている家族限定だけれど。今はそれが役に立つ。

 

「あなたは強い。それでも、勝ちの目は十分にある」

「本当にそう思うの?真那にも劣る魔術師(ウィザード)の分際で?」

 

 愛は私を口汚く罵る。でも、私の心には波一つ立たない。

「あなたが憎まれ口を叩くときは強がっているとき。追い詰められて余裕がないとき」

 今の愛は見ていて痛々しい。弱っている心をさらけ出しているようにしか見えない。

 

「それにあなたは前提を間違っている」

 確かに、私は愛が軽くあしらった真那未満の実力しかない。でも、それは諦める理由になっていない。

 

「私があなたに勝つ必要はない。私()()が勝てば十分。行って、八舞耶倶矢、八舞夕弦」

 手を下ろして二人に指示を出す。誰よりも速い精霊は空を駆ける。

「かかか、今回は命令を聞いてやろうではないか」

「了承。マスター折紙の指示に従います」

 

 二人は愛に攻撃を仕掛ける。流石の愛もあの二人のコンビネーションには苦しい顔を見せる。

 風を自由自在に操って戦う二人は単体でも十分に強い。しかし、二人が揃うことで本来の実力が引き出される。

 

「愛よ。我らが八舞を格下と愚弄したこと、後悔させてやるぞ」

「同意。始原の精霊など知ったことではありません。耶倶矢と夕弦は無敵です」

 アイコンタクトもなしで息の合った攻撃を繰り広げる。無敵を自称するのも理解できる。

 息も吐かせぬ攻撃は愛を追い詰めている。

 

「誘宵美九、支援して!」

「ああん、折紙さんクールで素敵ですぅ。いいですよぉ、破軍歌姫(ガブリエル)――【行進曲(マーチ)】!」

 誘宵美九が手元の鍵盤を操り演奏を開始する。戦士を鼓舞するような勇ましい音楽が奏でられ、力が湧いてくる。

 身体が羽のように軽い。脳にかかっていた負担も和らぐ。

 これが誘宵美九の能力。味方の戦力を向上させることができる。

 

「全員、攻撃準備!」

「ああ!」

「うむ!」

『わかりました!』

「やってやろーじゃありませんか!」

 このままで終わるわけがない。きっと二人の包囲網を抜け出してくる。

 その瞬間を逃さないように。

 

「【(ラータイプ)】」

 愛は二人の攻撃の合間を縫って鍵の天使を空中に差し込む。そして、穴の中に逃げ込んだ。

 八舞耶倶矢と八舞夕弦も追いかけようとしたけど、すぐに穴は閉じてしまった。

 恐らく空間を飛び越えるためのもの。だったら次にすることは。

 

 目を閉じて随意領域(テリトリー)に意識を集中する。そして、その瞬間はすぐに訪れる。

 私のすぐ後ろで何かを感知した。すぐさま横に避ける。

 それとほぼ同時に空中から鍵が現れる。

 

「へぇ、反応が早いね」

 空間に空いた穴から愛が現れる。七罪を閉じたその鍵の天使を持って。

 

「あなたの行動が読めないのは、その発想について行けないから。逆に言えば、ついて行けるのなら読むのはそれほど難しくない」

 この中で一番厄介なのはあなたの行動を読める私。愛は真っ先に私を狙うと考えた。

 あの子は効率を突き詰めた戦術を取る。目的が同じなら、必ず同じ結論に辿り着く。

 

「本当に厄介だね。でも、完璧に読み切れるわけじゃないでしょ」

 愛は再び空間に穴を開けてその中に消えた。おそらくまた転移して攻撃してくるつもり。

 私に効かなかった場合、次に攻める相手は。

 

「誘宵美九、避けて!」

「わ、私ですか?」

 誘宵美九は自分に指を向けて驚いている。しかし、回避行動を取っていない。

 このままでは間に合わない。

 

「ぼさっとしねーでください」

 真那がその背中を庇って押し倒す。誘宵美九はうつ伏せで地面に倒れた。

 

「もう、真那さんったら乱暴なんですから」

「そんなこと言ってる場合じゃねーですよ。ほら」

 ふざけたことを言っている誘宵美九を見て、真那が立っていた場所を親指で差す。そこには鍵が突き立てられていた。

 

 後少し遅かったら誘宵美九は戦闘不能になっていた。真那のファインプレー。

 誘宵美九はこの中で一番反応速度が遅い。そして、全員の戦闘力を向上させるから影響力が大きい。

 私の次に狙うなら彼女だと思った。

 

「こんなにも読まれるなんて。流石に予想外だよ」

 愛が再び穴から出てくる。明らかに不機嫌そうな顔をして。

 

「長年家族をやっているのは伊達じゃない。あなたの行動くらいお見通し」

 ここまでは対応できている。ただ、いつまでこの状況が維持できるかわからない。

 こちらが想像もしていないような手を切られたら対応できない。

 

「攻撃して、またあの転移を使われる前に!」

「任せろ!」

 夜刀神十香が私の指示と同時に駆け出す。剣を振り下ろすと同時に――

「それじゃあ、読まれても意味のない対象を攻撃しようか」

 また穴に逃げられてしまった。夜刀神十香の天使はむなしく宙を斬る。

 

 考えないと。あの子が次に狙いそうな場所を。

 あの子は何度も行動を読まれて焦ってる。きっと、次は大きく趣向を変える。

 

「読まれても意味のない対象……」

 ここにいる誰が狙われても対処できる。だとしたら、私たちから離れた対象。

「フラクシナス……」

 琴里たちが危ない。

 

♦♦♦

 

 フラクシナスの艦橋は炎に包まれていたわ。誰かさんが派手に壊してくれたおかげで。

「あなたたち以外は適当な場所に移動させました。あなたたちもどうぞ逃げてください」

 身体だけ大人っぽくなった愛は空間に穴を開けて待っている。フラクシナスを撃墜した張本人が。

 

「随分と優しいのね。敵になっても私たちは殺したくなかったのかしら?」

「意味のない殺しはしない主義だよ、琴里。フラクシナスがないなら、ラタトスクは戦力にならない」

 少し煽ってみたけど愛は全く動じてない。絆されたっていうのは少し違うみたいね。

 

「総員、その穴を使って逃げなさい。私はここに残るわ」

「司令はどうされるおつもりですか?」

 椎崎が心配そうな顔で問いかける。

 何よその顔は。私は緊急時にそんなことしろって教えた覚えはないわよ。

 

「私は最後の抵抗をするわ。少しでも折紙たちの助けになれるように」

 精霊の力を取り戻したら少しくらいは抗える。一太刀だけでも浴びせてやるわ。

 

「だったら私たちも――」

「あなたたちが一緒にいても巻き込まれて死ぬだけよ!さっさと逃げなさい!これは命令よ!」

 全員顔を見合わせて悩んだ様子を見せる。でも最後は一人ずつ穴の中に逃げて行った。

 

「いいの、琴里?爆弾持ちなのに」

 愛はこんなときに私の弱点を気遣う。霊力を使い続けていたら暴走する私の弱点を。

 

「あんたには言われたくないわね。私なんか比べ物にならない爆弾抱えてるじゃない」

「……それもそうだね」

 精霊の力を振るい続けていたら、いずれ自分の存在が消えてなくなる。どうしてそんなリスク背負って力を使い続けているか、意味がわからないわ。

 

「それに、前々からあんたを一発ぶん殴ってやりたいと思ってたのよ。折角あんたを殴れる大義名分を得たんだから。こんな機会、逃せるわけないじゃない」

 霊装を身にまとい、灼爛殲鬼(カマエル)を顕現させる。燃えているフラクシナスの中、更なる炎が荒れ狂う。

 

「歯を食いしばりなさい。お仕置きしてあげるから」

「強がっちゃって。負けるってわかってる癖に」

 

 そう、私は愛にきっと負ける。折紙たちが一丸となって勝てない相手に、私一人で敵うわけがない。

 それでも私は退けない。士道たちに命を賭けさせたんだから、私もしないと示しがつかないじゃない。

 ラタトスクの司令官として、おにーちゃんの妹として。意地を見せてやるわよ。

 

♦♦♦

 

 ぱちぱちと炎を噴き出すフラクシナス。私たちが辿り着いたときには、もうすべて終わっていた。

「強いね、琴里。君の炎は熱かったよ」

 琴里を横たえてから立ち上がる愛。顔と腕には火傷が残っている。

 琴里がただでは負けなかった証拠。だけど、そんな証拠も消えてなくなる。

 

断罪覇王(アズラエル)

 天使を本来の状態に戻して、白と黒の螺旋を描く杖となる。

 そして混沌とした輝きを放つ。光は愛の身体の傷を跡形もなく消してしまった。

 勝てると思っていたのが幻想のように思えてくる。

 

「さて、姉さん。まだやる?」

「まだ負けていない。私はあなたのことを……諦めない」

 震える手で武器を握り締める。

 

「そう。じゃあその心を、へし折ってあげるよ」

 勝ちの目は十分にある。その言葉を自分自身へ言い聞かせる羽目になった。




愛くん相手ならガンメタできる折紙さんです。頭いいキャラはこういうときに輝くから大好きです。

今回の裏話は霊結晶に宿る人格について。
愛くんは七罪と折紙を助けてくれるよう取引しました。自分の身体を明け渡す代わりに二人を絶対に幸せにすると約束させています。

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