ヒロインは七罪   作:羽国

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土日は昼に投稿しますね。12時に投稿します。


鳶一家の過去

「そう。じゃあその心を、へし折ってあげるよ」

 夕日のように燃え上がるフラクシナス。それを背後に歩み寄って来る愛。

 心を奮い立たせていないと敗北を認めそうになる。それでも諦めるわけにはいかない。

 愛を連れて帰る。これだけは絶対に譲れない。

 

『やれやれ、こうなってしまったか』

 

 突如として声が響いた。ボイスチェンジャーでも通しているような、奇妙な声が。

 あたりを見回すと、いつの間にか少し離れた位置に誰かが立っている。モザイクのようなものがかかっていて、男か女かも認識できない。

 

『君たち姉弟が争うのは好ましくないけれど、仕方のないことかな。二人共芯が強い子だから』

 ゆっくりとした歩調でこちらへ近づいてくる。そして私と愛の中央で立ち止まった。

 まるで、仲裁するかのように。

 

『他の子には見せられないね。少し離そう』

 パチンという音が鳴ったその瞬間、景色が大きく切り替わる。白い光に包まれたCGめいた空間。

 そこには私と愛とモザイクの人物だけがいる。

 士道たちはどこへ?

 一体何をされたの?それにこの空間は?

 

「崇宮……澪!」

 愛が目を見開いている。信じられないものでも見たかのように。

 崇宮澪は確か始原の精霊の名前。愛が命を賭して倒そうとしている強大な存在。

 

『おや、昔のことでも思い出したかい?その名前を知っているだなんて』

 モザイク越しに少し驚いた反応をする。

 昔のこと?この存在は愛と関係があるとでも言うの?

 

『いや、その名前を名乗った覚えはない。君は別口で知ったのかな?ウッドマンか狂三辺りから』

 呑気に意味の分からないことを話す崇宮澪。彼女の話す内容は一言一句聞き逃すことができない。

「……どういう意味だ?昔のことって、それじゃあまるで昔会ったみたいじゃないか。あなたと初めて会ったのはほんの一年半前だ」

 愛は震える声で崇宮澪に問うている。あの様子だと、愛もわかっていない。

 

『私の名前も正体も知っているのに、自分の過去は知らないのか。これは思った以上に奇妙な状況だね』

「私の……過去⁉」

 やはり、崇宮澪は愛に関する重大な秘密を知っている。張本人の愛すら知らない何かを。

 

『少し話が逸れてしまった。別にそんな話をしたくて来たわけじゃないんだ』

 崇宮澪は愛に向けて手を差し伸べる。

『君は何か勘違いをしている。私は君と手を取り合いたい』

 モザイクの向こうで優しく笑った気がした。

 

「何を……言って……」

『君とは戦いたくない。君は私にとって、たった一人の弟だから』

 これ以上なく真剣な声色で放たれた言葉。目の前で家族でもない相手に『弟』と語られたのに、何故か不快感がない。

 

「何だよそれ。同じ始原の精霊が怖いから懐柔しに来たのか?よく知りもしない相手に弟だなんて言うなよ」

『知っているさ』

 モザイクが徐々に剥がれて顔が露になる。

 

 紫がかった銀髪。目の下に深く刻まれた隈。

 眼鏡の奥から覗く、相手を想う優しげな瞳。

 

「君は私の弟だ。そう思える君だからこそ愛おしい」

 最近頻繁に家を訪れて励ましてくれた人。間違いなく村雨先生その人だった。

 まさか、始原の精霊の正体は村雨先生だって言うの?

 

「確かに令音さんにはお世話になった。でも、そんなに言われるほどじゃ……」

「むしろ足りないくらいだ。君たちのくれた九年間は私に人らしい心を取り戻させた。ずっとシンだけを追い求めた日々で、君たちはかすかな癒しをくれた」

 令音さんは胸に手を当てながら語る。抱えてきた苦悩を吐露するように。

 

「令音……さん」

 今、私は何を口走ったの?『令音さん』だなんて呼んだことがないのに、なんでこんなに自然に?

 口が別の生き物みたいに勝手に。

 

「九……年。一体いつのことを」

 混乱して足元すらおぼつかなくなる愛。そんな愛の背中に手を回し抱き寄せる。

 そのままの流れで私も令音さんの手の中に抱かれた。

 

「君たちに記憶を返そう」

 令音さんは私と愛に触れる。そして温かい力が流れ込む。

 まぶたに灯が点る。懐かしい景色が脳の奥からあふれ出した。

「やはり私は、君たちの家族であったことを捨てられないらしい」

 

♦♦♦

 

 愛が生まれてすぐに天国に行ってしまったお母さん。私と愛を育てるために必死に働くお父さん。

 そんな二人に代わって私たちを育ててくれた人。それこそが令音さんだった。

 

「あの方には生前お世話になりました。そのお子様に恩を返したいと思っております」

 令音さんはある日突然訪ねてきた。お母さんの知人だと話し、私たちの面倒を見ることを買って出た。

「いや、そんなことをしてもらうわけには。あなたまだ学生でしょう?」

 当時の令音さんは制服が似合いそうな年齢。お父さんが断るのは当然だった。

 ただ、令音さんの意思は強かった。

 

「学業に支障がない範囲でお手伝いします。お金も何もいりません。私がこの子たちに尽くしたいのです。どうかお願いします」

 令音さんはお父さんに手をついて頭を下げた。その姿を見て、お父さんも流石に折れた。

 最初はすぐに音を上げると思っていたらしい。しかし、そんな予想は大きく外れた。

 一年も経つ頃にはすっかり馴染んでいた。特に生まれたときから一緒にいた愛は。

 

「令音さ~ん」

 フローリングの床をどたどたと駆け抜けて令音さんの腰に抱きつく。令音さんは少し困った顔をする。

「折紙、君はもう六年生だ。もう少しお淑やかにしたほうがいい」

 令音さんは膝を曲げて目線を合わせる。そして優しく頭をなでた。

「えー」

 理知的で穏やかで優しい人。そんな令音さんが大好きだった。

 令音さんは紛れもない家族だった。

 

「どうしたんだい、愛?そんなに泣いて」

 ある日、愛は泣き腫らした顔で家に帰ってきた。そんな愛を見て、令音さんは心配して駆け寄った。

「僕、間違ってないもん。悪いのはみんなだもん」

 頬を膨らませながら自己弁護する愛。

 何があったかもいまいちわからない困った状況。それを解きほぐしたのも令音さんだった。

 

「愛、何があったんだい?」

「……」

 不機嫌になって中々しゃべろうとしない愛。そんな愛を相手に令音さんは粘り強く語り続けた。

「私は君が正しいことを言ったんだと思いたい。ただ、何があったか教えてくれないと信じるも難しい」

 時計の長針が一周するまで延々と語りかけ、ようやく愛はぽつりぽつりと話し始めた。

 

「クラスのみんながね、猫さんを飼いたいって」

 愛の語った内容はこう。

 クラスメイトの一人が捨て猫を見つけた。通学路の傍で段ボール暮らしをしていたらしい。

 その話を聞いたクラスメイトの一部が、家の残り物やいらなくなった毛布を持ち寄って世話をしていた。

 愛着が湧いたクラスメイトはクラスで飼うことを提案した。それにただ一人抵抗したのが愛だった。

 

「どうして反対したんだい?」

「みんな何もわかってない。猫さんはじっとしてられない。教室の中をずっと歩き回ってていいの?」

 愛は当時から今の片鱗があった。クラスの誰も気づいていない懸念に一瞬で辿り着いていた。

「それに餌だけやってればいいわけじゃない。お医者さんに診てもらわないといけないし、躾もちゃんとしないと。先生も大人なのに呑気なことばっかり」

 ただ、今よりもずっと不器用だった。一方的に主張を押し付けるだけで、相手の心に寄り添って行動することはできなかった。

 

「そうだね、愛。君の懸念は正しい。生き物を育てるのなら、相応の責任を持たないといけない」

「だよね!僕悪くないよね!おかしいのはみんなだよね!」

 令音さんが同意すると、愛は食い気味にまくしたてた。その態度はひどく攻撃的に見えた。

「ああ、君は正しい。だけど、正しいだけじゃ人は動いてくれないんだ」

 令音さんは愛の肩に手を置いて昂った感情をなだめさせる。まっすぐ目を見て語りかける。

 

「そんなの……意味わかんないよ」

 愛は不満そうに口を尖らせる。

「まだ難しいかもしれない。ただ、このままだと君はひとりぼっちになるよ」

「…………」

 愛は指をこすり合わせながら何か考える。ただ、納得したようには見えない。

 

「少しずつ覚えていこう。君は聡い子だから」

「……うん」

 愛はふくれっ面のまま令音さんに抱きつく。衝突の多い愛が何とかやれていたのは、間違いなく令音さんのおかげだった。

 

♦♦♦

 

 愛の寝顔を観察しながら考える。この家に入り込んだ目的を果たすために。

「……ここまで何もなしか」

 私と同じように精霊術式の核となって生まれた子。それが愛だ。

 私はそんな子を観察するためにこの子の世話係を買って出た。何かあったら即座に対処できるように。

 

「本当に普通の子供にしか見えないな」

 私の能力を以てしても霊力の兆候すら見られない。

 それでもこの子を中心に術式が展開されたのは間違いない。それが負担になってこの子の母親は亡くなったのだから。

 力を振るったら世界が壊れてもおかしくない。始原の精霊はそれだけの力を持った存在だ。

 それに『彼女』の言葉。この子には何かがあるのだろう。

 

 始原の精霊を放置することはできない。かと言って何も起こしていないこの子を殺すのは気が咎める。

 シンのためなら何千何万と死体を積み上げてきた。けれど、我が身かわいさで誰か殺すことはできない。

 そう思ってもう九年も経ってしまった。私は何をしているんだろうね。

 

「案外、この家での生活が心地よかったのかもしれない」

 シンの器たる士道を見守るために創られた偽りの存在。それが村雨令音だ。

 士道がシンと同じくらいの年になるまで私はただの傍観者。ただぼーっと十数年過ごすだけのはずだった。

 だからこそ、子供の成長を見守る日々は悪くなかった。年の離れた弟のことだと思えば。

 

 初めのころは観察対象でしかなかった。だが、今となってはあの子の成長が楽しみで仕方ない。

 あの子が何かを成せるのはずっと先のことだろう。ただ、そのときには偉業を成すと予感させる。

 何せ小学生で猫の飼育マニュアルまで作ってしまったのだから。動物病院での診察まで記載してあるのを見て驚いてしまった。

 

「親バカと呼ばれる人間の気持ちがわからないでもない。大事な子供は本当に宝物なのだね」

 決して育てるのが楽な子ではない。優れている面も多いけれど、我が強く素直ではない。

 ただ、そんなところまで含めて愛おしい。心からそう思っている。

「手のかかる子ほどなんとやら、かな?」

 今になって言葉の意味がわかるようになるとは。人生何があるかわからないものだ。

 

 しかし、あの子にコミュニケーションを教えるよい方法はないだろうか?このままでは折紙にべったりの子供に育ってしまう。

「そういえば、シンを預けた家には同じ年頃の子供がいたな」

 いい練習相手になるかもしれない。少し引き合わせてみようか。

 

♦♦♦

 

 引き合わせるのはそこまで難しいことではなかった。家も大して離れていない。

 士道たちの行動を把握してそれとなく折紙と愛を誘い出すだけ。偶然を装って近くの公園で遭遇させた。

 

「俺の名前は五河士道。君は?」

 男の子らしく元気のいい挨拶をする士道。

「私は鳶一折紙。よ、よろしく」

 緊張した様子で挨拶をする折紙。

「五河琴里……です」

 士道の背中に隠れながら挨拶する琴里。

「鳶一愛」

 折紙の手を握りながら下を向いて挨拶する愛。

 

 それぞれのらしさが出しながら挨拶をする四人。最初、仲良くするのは難しいのかと思った。

 しかし、気難しい様子を見せたのは最初だけだった。一時間後には何の気兼ねもなく遊んでいた。

「士道、一輪車乗れないの?」

「ああ、そうなんだよ」

 優秀ながらも遠慮の一切ない愛。一歩引いて接することのできる士道。

 この二人は案外相性がよかった。

 

「それじゃあバランス取れないよ。頭はまっすぐ動かさない。肩の力は抜く」

「こうか?」

「そうそう、さっきよりマシになった」

 悪いが、士道には練習台になってもらおう。少しずつ人との接し方を学ばせないといけない。

 

「琴里ちゃんお人形さんで遊びたいの?」

「う、うん」

 年下の琴里の興味あるものを聞き出す折紙。それに恥ずかしそうな態度で答える琴里。

 こっちはこっちで上手くやれているようだ。

 

「おにーちゃん、できたよ砂のお城」

 琴里が砂場に作り上げたのはヨーロッパの城を模したもの。子供らしくかわいらしいデザインのそれだ。

「おねーちゃん、僕もできた。猫さん」

 愛が作り上げたのは猫――らしい。ピカソの絵に出てきそうな外見だけれど。

 顔が体積の半分を占めているのは、ホラーに片足を突っ込んでいるかもしれない。そんな作品に愛は胸を張っている。

 

「二人とも凄いな~」

「本当、芸術家みたい」

 若干ひきつった顔で拍手する士道と折紙。決して下手だとか化け物といった言葉は出さなかった。

 ……二人とも早熟だね。




折紙編は当然ながらプロット作ってたんですよ。投げ捨てましたけど。

どいつもこいつも勝手に動き始めています。作者は押さえつけるんじゃなくて自由にさせる方針にしました。着地だけは何とかして見せます。

今回の裏話は幼少期の愛くんについて。
ちょくちょく言ってましたがかなり困った子です。頭はいいけどアホほど輪を乱す。その癖甘えたがりのかまってちゃん。成長して調整が効くようになるまでかなり大変です。

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