全部、思い出した。令音さんは
困っていたら助けて、寂しかったら抱きしめて、間違えたら優しくたしなめる。そんな相手だった。
「君が言うことも否定しない。始原の精霊である君は私にとって唯一の強敵だ。無論懐柔したいと考えている」
令音さんは正直に心根を明かす。隠しておいた方が都合いいだろうに。
「ただ、打算だけで君の前に立ったと見なされたくなかった」
ひどく人間らしくて不器用なやり方だと思った。この人が上手なやり方を知らないわけがないのに。
「七罪のことは何とかして見せよう。七罪と折紙は何があっても守ってみせる。だからこの手を取ってくれ」
令音さんは再び手を差し伸べる。かすかに震える手が僕に伸ばされる。
「愛……」
姉さんが心配そうな顔で見つめる。二人が
「どうしてだ。どうして僕たちを捨てたんだ」
口が意思を介さず勝手に動いた。感情が突き動かすままに。
「五年前の大火災。父さんが死んだあの日、あなたは急にいなくなった。一緒に過ごした記憶を奪って」
だから今日まで思い出すことがなかった。令音さんと一緒に暮らしていただなんて考えもしなかった。
「僕たちがどうでもよくなったからか?士道が、シンが大切だからか?九年一緒に過ごした家族よりも、男の方が大事だったからか?」
理由を探すと嫌な考えばかり出てくる。口から勝手に醜さがあふれ出る。
「その通りだ。私は君たちよりもシンを取った」
「な……んで。九年も、一緒だったじゃないか。あなたにとってあの時間は無意味だったのか?」
令音さんは少しうつむく。そして、意を決して再び語り始めた。
「情が移り過ぎたんだ。君に天使を向けるのが、怖くなるほどに」
令音さんは拳を握り、寂しそうな目をする。
「それの何が悪いんだよ?いいことじゃないか」
「よくない。よくないんだよ、愛。そうなれば私は、シンも君も取れない半端者になってしまう」
令音さんは首を振っての僕の言葉を否定する。
「あ……」
そうか、令音さんは僕を愛していたのか。親友すら殺した手が鈍ってしまうほどに。
「だからこそ次、君の前に現れるときは君を殺すときだと思っていた」
「っ⁉」
思わず息を呑む。令音さんの顔がとてもつらそうに歪んでいたから。
「でも、君が私の前に現れて覚悟が揺らいでしまった。君が精霊として覚醒した後も、何とか生かす理由を考える自分がいた」
そんな想いを抱えていたのか。気づきもしなかった。
「シンか君か。どちらかを取り切れず両方に手を伸ばしている不甲斐ない私だ。それでも君が許してくれるなら、私は強欲に二兎追うことができる」
本当に誠実な人だ。心情を全部つまびらかにして僕に許しを乞うている。
「この手を取ってほしい。私と君の願い。両方叶えることは、できないだろうか?」
「令音……さん」
差し伸ばされた手。その手を取ろうと躊躇いがちに手を伸ばす。
『そんなの許されるわけない!』
「うっ!」
頭の中で声が響いた。どす黒い怨嗟を乗せた声が。
『そいつは私を捨てたんだ。お姉ちゃんを傷つけたんだ』
声で頭を殴り続けられてるみたいだ。こんなのを聞き続けていたら、頭が割れてしまう。
『お前なんか家族じゃない。私の家族は七罪とお姉ちゃんだけで十分だ!』
視界が揺れて、目が回る。呼吸するだけでも辛くなる。
まともに立っていられない。
その隙でも突いたように右手が勝手に動く。天使を握って、令音さんに向けようとする。
『村雨令音だか崇宮澪だか知らないけど、お前なんか死ねばいい!』
その怒りに呼応するように天使が輝く。こいつの腹の底でも見てるみたいに真っ黒に。
「令音さん、逃げて」
『
自分の意思とは関係なく必殺技が放たれる。相手をこの世界から完全に消し去る、最低最悪の必殺技が。
令音さんのいる場所に小さな闇が生まれる。全ての光を呑み込む、ブラックホールのようなおぞましい闇が。
「そんな、そんなことって」
殺す覚悟はしていた。僕が手を下さなきゃいけないんだと思っていた。
でも、こんな結末は望んでなかった。崇宮澪は、令音さんは存在ごと消えて欲しい存在じゃなかった。
『あはは、死んだ死んだ。いい気味だよ。私たちに酷いことした報いだ』
相変わらず趣味の悪い笑い方をする僕の中の精霊。その高笑いに怒りがこみ上げる。
「ふざけるなよ、お前。なんであんな勝手なことを」
『はぁ、何言ってるの?君が絆されそうになったから助けてやったんじゃん』
とにかく僕を馬鹿にしたような声で話す精霊。小学生でも相手にするような態度だ。
「お前何を言って……」
『あいつの口車に乗っても士道は助けられない。そしたらお姉ちゃんが悲しむ。少し考えればわかることでしょ』
呆れた声で話す中の精霊。本当に僕を馬鹿にした様子だ。
「…………」
でも、何も言い返せなかった。その言葉通り、士道命の姉さんが士道をシンにされることを受け入れられるはずがない。
士道が消えたらどうなるか。その末路なんて想像もしたくない。
「だとしても、あんなことするなんて」
『あーもう、うるさいうるさい。器ごときが私に意見しない。君は私の代わりをしていればいいんだから』
僕の考えを聞く気は一切ないようだ。会話を終わらせようとしている。
僕も、僕の中の精霊も完全に会話に気を取られていた。だから攻撃に気づかなかった。
「
涼やかな声と同時に、光の雨が降り注ぐ。とっさに反応できず直撃する。
全身が太陽に焼かれたように痛む。じゅうじゅうと肉を焦がす音が身体から聞こえる。
ただ、そんなことはどうでもよかった。
「その力は……その天使は……」
間違いないと思いつつ攻撃のしてきた方角を見る。そこにはやはり姉さんが浮いていた。
「愛、今度こそあなたを救い出す」
天使のような純白のドレス。花嫁のような薄いベール。
その周りを守護するように展開する、無数の羽のような天使
「そんな、姉さん精霊に……」
姉さんに精霊の運命を背負わせる気なんてなかったのに。そのために動いて来たのに。
「それがあなたを救う代償ならば、喜んで受け入れる」
姉さんは覚悟を秘めた瞳で迷わず答えた。
最後の
♦♦♦
「令音さん、逃げて」
愛の意思を無視しているように輝く
あの技は一度天央祭で見た。あんなものを食らったら、私でも無事では済まないだろう。
「折紙、少し失礼するよ」
「令音さん、何を」
折紙を抱きかかえて少し離れた場所へ転移する。発動の遅い技であったことが救いだ。
上手く誤認させるタイミングで移動することができた。これで少しは時間を稼げるだろう。
ここは私の創り出した疑似的な隣界だ。幸い、愛はそのことに気づいていない。
ここなら私は有利に戦える。例え、不殺のハンデを背負っていようと。
「令音さん」
折紙は私のことを見つめている。純粋な子供の目は、汚れてしまった大人に突き刺さる。
折紙は責めているわけじゃない。ただ、私が罪悪感でそう見えてしまっているだけだ。
「振られてしまったようだ。やはり、私のような罪人には過ぎた願いだったのかな?」
「……あなたが何をしてきたのか、少しは聞いている。恋人のために死体の山を築き上げたと」
耳の痛い話だ。後悔はしていないけど、一人一人の命の重みを考えると胸が痛む。
「君も私を罵倒するかい?」
「私も同じ立場に立ったらきっと同じことをする。そんな人間に石を投げる権利なんてない」
折紙は変わらぬ表情で答える。そこには変わらぬ優しさが宿っている。
「私があなたの敵になるとしたら、愛か士道の敵になったとき。それだけ」
「……そうか」
だとしたらいずれ敵になるな。シンと士道は両立し得ないのだから。
私も愛も、そして折紙も。つくづく恋人への愛が重すぎるようだ。
「それで、どうするの?あの子は何かに苦しんでいるように見えた。まるで天使が自分の意思に反して動いているようだった」
「天使は持ち主の願いを叶えるものだ。そんなこと、普通ならあり得ないけれど……」
一つだけ可能性がある。愛以外にも天使に持ち主がいるとしたら。
「君の中に、もう一人いるのか」
「一度あの子を気絶させる。私の天使を使えば、何か方法が見つかるかもしれない」
あらゆる法則を書き換える
戦闘中、あの子に効くとは思えない。だけど、気絶させて抵抗をなくせば。
私はあの子を救いたい。例え、自ら敵を助ける行為になろうと。
「つまり、私がやろうとしていたことをやると?」
「そういうことになるね」
そう言えば、折紙も愛を力づくで連れ戻す気だった。いつの間にか似てしまったかもしれない。
「私が陽動になる。令音さんは隙を見て攻撃を」
折紙はCR‐ユニットを展開して飛び立とうとする。始原の精霊同士の戦いの中で。
「待つんだ折紙。そんな装備でこの戦場に出たら死んでしまう」
「初めからその程度は覚悟している。リスクを許容できないなら、あの子を助けられない」
ずいぶん弟想いの姉に育ったようだ。いい成長なのかはわからないけれど。
「ならせめて、これを君に託そう」
「それは」
純白の輝きを放つ結晶。幻想的な雰囲気を宿す、その正体は――
「
「知っていたか」
愛もいろいろ知っているようだし、折紙も詳しくなっているのかもしれない。
「人を精霊に変える霊力の塊。その認識で合っている?」
「ああ、間違いない」
愛に一切の嘘を吐かなかったのは正解だったようだ。あの子は下手な嘘をつけば看破していたかもしれない。
「普通なら精霊になれるかどうかは五分五分だけれど、君に限ってはその心配が一切ない」
「どういうこと?」
折紙はいぶかしむ。自分だけリスクがないというのは、詐欺でもないと不自然だろう。
しかし、君にはそうなった理由があるんだ。
「君の身体は
折紙の家に通ってる間にこっそりと診させてもらった。精霊になるため、生み出されたような身体だった。
「それってまさか⁉」
「君の想像通りだ。愛が何かしたんだろう」
現在進行形で愛は自身の身体を霊力へ適応させている。その経験を折紙に転用したと考えれば納得できる。
「こうなることでも予感していたのだろうか?全く、用意周到なことだ」
敵に塩を送られたようなものだが、これを利用しない手はない。
「折紙、君は人を捨てる覚悟はあるかい?精霊には過酷な運命が待ち受ける」
世界のほぼ全てから非難される運命だ。この先の人生、全部茨の道と言っても過言ではない。
「その運命を既に愛は背負っている。姉である私が逃げるわけにはいかない」
折紙は迷いのない手で
折紙の身体が再構成され、精霊として新たな生を受ける。身に着けていたCR‐ユニットはどこかに消え去り、霊装に置き換えられる。
ウェディングドレスのような白い霊装。乙女の顔を隠す白いヴェールと金の王冠。
とてもきれいだ。君が昔あこがれたお嫁さんのようじゃないか。
「これが、精霊の力」
折紙は調子を確かめるように手を握ったり開いたりする。霊力による全能感が溢れ出ていることだろう。
「気分はどうだい?」
「……正直悪くない」
精霊のことを嫌っていた折紙としては複雑な気持ちだろう。自身が精霊となるのは。
「ただ、これでようやくあの子と同じ目線に立てた」
「……そうだね」
ずっと力不足を嘆いていた君だ。だからこそ、私も少しうれしく思う。
「さあ、
たまには姉弟でデートと言うのも悪くないだろう?
♦♦♦
「そんな、姉さん精霊に……」
痛々しい表情で私を見つめる愛。どう見ても私が精霊になったことを歓迎していない。
「それがあなたを救う代償ならば、喜んで受け入れる」
あなたと同じところまで行かないと、見えない景色がある。知れない苦しみがある。
「ぐっ、うぅ」
愛は歯を食いしばりながら頭を抱える。令音さんの言う通り、何かに操られているみたい。
今そこから救い出してあげる。
「
「くっ」
アレは四糸乃の天使。確か氷を操る能力があったはず。
氷が大きな傘を作り出し、
しかし、その前に逃げられてしまった。今度は風を操る天使、
長い髪をなびかせながら、空を駆けて私と同じくらいの高度までたどり着く。
どう見ても好調とは言えない状態でようやく互角程度。
これが始原の精霊の力。やはり凄まじい。
だけど問題ない。順調に愛を誘導できている。
『君の予想は正しい。愛は自分の霊力に身体が耐えられない。霊力を使い続けていれば、いずれ戦えなくなる』
思い出すのは令音さんの言葉。あの人は愛を倒す方法を教えてくれた。
愛は休む間もほとんどなく戦い続けている。みんなが食い下がったのは、決して無駄じゃなかった。
私はただ霊力を使わせ続ければいい。愛が戦えなくなるそのときまで。
「
翼が一回羽ばたくごとに光の砲撃が放たれる。愛は
見ていてとても痛々しい。攻撃の手が緩みそうになる。
『
令音さんの言葉を思い出す。
攻撃の手を止めてはいけない。半端な覚悟はかえってあの子を傷つける。
「もう一度言う。あなたを無理やりにでも家へ連れて帰る」
もうね、なんなんだこれは。どうして第二部で始原の精霊vs始原の精霊やってるんだ?すごく楽しいけど。
今回の裏話は折紙の身体について。
愛くん、折紙を精霊にしたくなかったんですよ。でも万が一のことを考えてゆっくり改造してました。改めてこの子やべーわ。
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