折紙は上手くやっているようだ。今初めて天使を扱うはずなのに、長年連れ添った相棒のように使いこなしている。
君を選んでよかったよ。戦士としても姉としても、君は素晴らしい人間だ。
「さあ、私も準備を始めよう」
改めて状況を確認する。
私とあの子の相性はあまりよくない。特に不殺という条件を加えるなら、最悪と言ってもいい。
万物を殺め得る
私はあの子を殺したいわけじゃない。生きて、真っ当に育ってほしいだけなのだから。
使えるのは領域内の全ての法則を書き換える
けれど、あの子相手にはきっと通じない。
私の全盛期と同じ力を持った始原の精霊。そして、あらゆる生物の情報を書き換える天使、
どう考えてもあの子自身の法則を捻じ曲げるなんて不可能。正に天敵と言ってもおかしくない相手だ。
「だからどうしたというのだろう」
私が不利?相性最悪?
それが家族を見捨てる理由になるだろうか。少なくとも、折紙はそんなこと一切考えていない。
私よりも遥かに弱い力で愛に立ち向かっている。死を覚悟して痛みをこらえながら、それでもあの子に手を伸ばしている。
「私があの子を助けたい。理由なんてそれだけで十分だ。
私の呼び声に応えて大樹が召喚される。神話を再現するような、大きな大きな樹木だ。
枝葉の一つ一つが人よりはるかに大きく、根は全てを破壊する鞭となる。
しかし、この異様な姿もおまけでしかない。その本質は世界を書き換えることにある。
大樹が世界に根を張り、空間そのものを侵す。領域の中にいる抵抗力のない者を私の思うままに変えてしまう。
「やはり効かないか」
私の作った隣界。私の
それでも書き換えられない穴がぽつりと存在する。それが何かなんて考えるまでもない。
天使の力は直接及ばない。それでもやりようなんていくらでもある。
「例えば、折紙の力を最大限に引き出してあげる、なんてのはどうだろう」
折紙に力を注ぎ込む。君が戦いやすくなるよう、力を尽くそう。
折紙はさらに速く。さらに力強く戦場を駆け抜ける。この世界に降り立った
「さあ、私も前に出ようか」
♦♦♦
身体が羽のように軽い。身体が想像を超えて自由自在に動く。
想像した行動を次の瞬間には再現できている。間違いなく今この瞬間、人生で最高の力を出せている。
与えられた
「令音さん、ありがとう」
あの人が力を貸してくれている。だからこその力。
「はぁはぁはぁ」
愛は既に人の言葉を発さなくなっている。ただただ荒い息を吐いている。
それはつまり、もう余裕がないということ。限界がすぐそこまで迫っている。
あと一押し。
「これは何?」
植物の枝葉や根のようなものが周囲を覆う。真っ白な景色が森のように変わっていく。
愛の逃げ道をなくすように根が包囲する。そして愛に向けて根が伸ばされる。
「あがっ、があっ」
身体に巻き付いて締め上げる。愛は長い髪を振り乱して獣のような唸りを上げる。
「折紙、礼を言うよ。君のおかげで捕らえることができた」
「令音さん」
後ろに大きな大樹を控えさせながら、令音さんが現れる。
「このまま締め落とす。少し痛いだろうけど、我慢してくれ」
令音さんが手をかざすと、根がより一層愛を締め上げる。これでようやく――
「ああ、あああ」
愛の天使が再び輝き始める。まだ何かしようって言うの?
そんなこと、させるわけにはいかない。
「
その天使を弾き飛ばす。能力を使うよりも早く。
愛は
そして、遂に新しい形に変わってしまった。
その姿は機械仕掛けの巨大な時計。時間を操る時崎狂三の天使、
短針が『Ⅳ』の方向を向いている。その能力だけはダメ。
間に合わない。『Ⅳ』の刻印から力が溢れ、愛の持っている短銃へ注ぎ込まれる。
そしてそのまま愛は自分のこめかみに向けて弾丸を撃ち込んだ。
「愛……」
全てが無駄になってしまった。
愛は自身の時間を巻き戻した。霊力を使わせる前にまで。
「あなたはおかしくなっている。一人で抱え込まず、対策を考えるべき」
もう一度話し合いを試みる。自分がおかしくなっていることを自覚させれば或いは。
「そうだね。僕はおかしくなってたみたいだ。『あいつ』は味方でも何でもない。身勝手で世界を滅ぼす始原の精霊だったんだ」
よかった、話が通じている。これなら説得できる。
「だったら……」
「だからこそ、ここで全部終わらせる。僕という異物が作り出してしまった全てを清算する」
顔を見て思わずぎょっとしてしまった。怒りに支配された、恐ろしい顔をしていたから。
さっきまでの諦めたような絶望した顔とは違う。攻撃対象を見定めた目。
「
そして闇のように輝く力が再び愛の持つ銃に流れ込む。
「待って、愛!」
このまま行かせたら、もう二度と会えない気がする。そんな顔をしている。
「さようなら、姉さん」
引き金は引かれた。愛は吸い込まれるようにどこかへ消えてしまった。
♦♦♦
空を飛んで少しの距離を移動する。懐かしい景色が見えるはずの場所へ。
目的地に着くと予想通りの光景が見られた。
めらめらと豪炎が上がり、街が地獄と化している。人々は我先にと逃げまどい、怪我をする者すらいる状態。
空に浮かぶ
初めて使う能力だけど、成功したようだ。五年前の天宮市南甲町。
琴里が精霊の力を暴走させ、街を丸ごと焼き尽くした事件の最中。そして、僕たち家族の大きな転機となった日だ。
『いったい何をする気だ?』
いや、縛ろうとはしているのか。身体の動きがイメージより遅い。
僕の体力が戻ったから支配力に抗えてるってところか?
「姉さんに言ったとおりだ。僕は僕自身の手でお前に始末をつける」
あやふやな記憶を探りつつ、目的地へ向かう。たしか、家の近くの公園で遊んでいたはずだ。
『
「それもある。ただ、それはおまけに過ぎない。本命はなるべく姉さんや七罪への影響が小さいタイミングで、僕自身を殺すことだ」
公園が見えてきた。聞き覚えのある鳴き声もするし、間違いないだろう。
『自分を殺す気か?』
「ああ、そうだ。お前を信じた僕がバカだった。なんで気づかなかったんだろうな?身体を改造されてるなら、思考も弄られている可能性があるって」
こいつは長い間、僕の身体を弄繰り回してきた。精霊の力に身体を馴染ませるため、強敵たちと戦えるようにするため。
七罪や姉さんを守るには必要だと思って黙認していた。僕自身の死すら、受け入れいていた。
その思考自体が捻じ曲げられている可能性を考慮せず。
「よく考えたら不自然だったんだよ。なんでお前みたいなぽっと出に、大事な七罪や姉さんを預けようとしたんだ?僕らしくないだろ」
わがままで子供っぽくて感情のままに動く力だけの存在。それが僕のこいつに対する印象だ。
到底命より大事な人を預ける対象じゃない。
『だからって殺すのか?自分ごと?』
「ああそうだ。お前を殺せる機会なんて、この先もう二度とないかもしれない。お前みたいな化け物は今殺すんだ」
この手足が自分の意思で動かせている間に。
『七罪はどうするんだ?あの子は私がいないと死んでしまう』
「お前じゃなくて僕だ。……だからこの時代に来たんだ。七罪に出会う前の僕を殺して、出会ったことを……なかったことにするため」
わざわざただの自殺じゃなくてこの時代を選んだ。それは始原の精霊が殺しにくいからじゃない。
「火災で死んだ。それなら姉さんもショックが少なくて済むだろう」
『お前、そこまで考えて⁉』
「うわ~ん」
公園の中で一人泣いている昔の僕を見つけた。一人で何もできずに泣いている。
昔の自分を見るのはいつでも嫌なものだ。さあ、決着を着けてしまおう。
「さて、どの天使がいいか」
「
こいつの姉さんに対する執着は異常というか狂っているというか。まあ、丁度いいか。
「折角だし。これで終わらせよう」
姉さんが介錯してくれるような気分になる。本人は絶対そんなことしてくれないけど。
『やめろ、もう七罪にもお姉ちゃんにも会えなくなるだぞ』
「覚悟の上だ。……僕みたいな異物には過ぎた幸せだった」
七罪と、姉さんと、みんなと過ごした日々はかけがえのない宝物だ。この思い出だけで、十分満たされている。
『嫌だ!死にたくない!こんなところで!
まだやりたいこといっぱいあるんだ!外に出て遊びたいんだ!終わりたくないんだ!』
「だとしても、お前はやり方を間違えた」
こいつの欲望は至極単純で幼い。幼い精神で莫大な力を持ってしまったから、この世界の害悪となった。
「一緒に地獄へ堕ちてやる。お前は大人しく消えろ」
『嫌だーーーー!』
子供のような癇癪を無視して
「さようなら、みんな」
幼い僕に狙いをつける。後悔が残らないうちにさっさと終わらせてしまおう。
「
何があっても耐えられることのない絶大な光が、人間だった僕を焼き焦がす。
目を開けて地上の様子を確認する。地面が大きくえぐれて、クレーターのようになっている。
これじゃあちゃんと死んでるか確認できないな。まあ、死んだら歴史が変わるから別に確認する必要なんてないんだけど。
目を閉じてそのときを待つ。しかし、そのときはいつまでも訪れなかった。
代わりに聞こえるはずなない声が聞こえた。
「うわ~ん」
「は?」
意味がわからない。どうして幼い僕の声が聞こえるんだ?
改めて地上を確認する。えぐれた地面のすぐそばに幼い僕が座り込んでいた。
目を閉じた一瞬の間に避けたのか?ちっ、あんな状況で避けることなんてないって思ってしまった。
まあ別にいい。もう一度攻撃をすれば――そのときだった。
小さな女の子がクレーターに向けて走ってくる。小学生くらいの白い髪の女の子が。
僕はその姿から目を離せなくなった。その子をよく知っていたから。
「姉……さん?」
その女のことは間違いなく姉さんだった。服も昔姉さんがよく着ていたものだ。
一人でいた僕を探しに来たのか?厄介だな。このままでは
「当たってしまうかも?」
ちょっと待て。似たような光景が原作でなかったか?
可能性に気づいたら勝手に頭が働いていく。今まで見向きもしていなかった小さなヒントが繋がって、一つの仮説を組み立てる。
原作だと姉さんが過去に戻って自分の両親を殺してしまった。自分の両親の仇を取ろうとして、自分自身が両親の仇になっていたのだ。
でも、この世界の姉さんがそんなことするか?僕を止めようとした姉さんが、時崎狂三の手を借りてまで過去に戻るか?
姉さんは父さんを殺した『天使』を憎んでいるはずだろ。どうして一番近くにいた僕が『天使』という言葉を一度も聞いていない?
「はぁ……はぁ……」
呼吸が荒くなる。視線が勝手に定まらなくなる。
考えるな。そんなこと考えても意味なんてない。
わかっていても思考は止まらない。
姉さんは過去に戻らない。でも、父さんは精霊に殺されている。
だったら、いったい誰が殺した?この火災で事を起こそうとする精霊がどこにいる?
小さい姉さんがクレーターの前でつまずく。そして、そのクレーターの中を見て顔を歪める。
「お父……さん?」
その中には墨のような『何か』が残っていた。生物が燃え残ってしまったような『何か』が。
空中に身体を縫い付けられてしまったようだ。身体が動かせない。
「嘘だろ……」
姉さんの呟いた言葉で全身の血が凍ったみたいだった。
小学生の子供を親が探しに来た。なんでそんな当たり前のことに気づかなかったんだ?
「ま……じょ?」
姉さんが顔を上げてこっちを見る。呆然としていた顔が強い感情に染まっていく。
『天使』じゃなかった?姉さんが恨んでいた相手は、姉さん自身ではなかった?
「お、まえ、が……」
いやだ。そんな目で見つめないで。そんな感情を向けないで。
身体が震える。風邪をひいたときみたいに頭が痛い。
「許、さない……!殺す……殺してやる……っ!私が――必ず……っ!」
姉さんは視線だけで射殺さんとしていた。父の仇を。意味のない殺戮を振りまいた、愚かな『魔女』を。
「はは、はは、ははは」
乾いた笑いがこみ上げる。面白くもなんともないのに、口だけが笑っている。
全身から力が抜けていく。どうしてこうなったんだろう?
僕はただ、大切な人を幸せにしたいだけだった。そのためなら死ぬのも惜しくないと本気で思っていた。
思考が墨で塗られたように真っ黒に染まっていく。思考がまとまらず、浮かんでは消えていく。
どうして姉さんは教えてくれなかった?そうすれば少しはおかしなことに……。
いや、気づける要素なんて他にいくらでもあった。どうして目を向けなかった。
姉さんの状況が違う時点でどうして気づかなかった?整合性が合わないなんて、すぐに気づけただろ。
そんな、そんなことって。父さんを殺したのが、姉さんの人生をぐちゃぐちゃにしたのが、僕だったなんて。
後悔をしても遅い。
既に父さんは死んでしまったのだから。僕が手ずから殺してしまったのだから。
ここから歴史は紡がれた。父さんは死んで、姉さんは精霊を憎んで、令音さんは去ってしまった。
全ての元凶は僕だった。浅知恵で動いた結果、最悪な方向に転んでしまった。
全ての行動が裏目に出る。最善を選んだつもりが、思考停止より酷い結末に辿り着く。
七罪を閉じて何か意味があったか?姉さんと本気で争って何か得られたか?
二人とも傷つけただけだ。意味なんてあるはずもない。
「嫌だ、もう何もかも嫌だ」
もう何も見たくない。何も聞きたくない。何も考えたくない。
こんなことになるくらいなら初めから存在しなければよかった。異物が存在したこと自体間違いだったんだ。
思考が闇の底に沈んでいく。何も考えなくていい、底の底へ。
『後は私がやっておくよ』
もうそれでいい。ただ、消えてしまたい。
魔女の正体。昔から愛くんじゃないかって考えてた人がいましたね。本当、初めて見たとき辿り着けるのかよってびっくりしました。
ええそうです。魔女の正体は愛くんでした。最初にお話しした通りです。折紙編は本当の地獄です。
投稿日はいつがいい?
-
月曜夜
-
火曜夜
-
水曜夜
-
木曜夜
-
金曜夜
-
土曜昼
-
土曜夜
-
日曜昼
-
日曜夜