ヒロインは七罪   作:羽国

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この作品一番の地獄です。楽しんで行きましょー!


地獄の底の底

 折紙は上手くやっているようだ。今初めて天使を扱うはずなのに、長年連れ添った相棒のように使いこなしている。

 君を選んでよかったよ。戦士としても姉としても、君は素晴らしい人間だ。

「さあ、私も準備を始めよう」

 

 改めて状況を確認する。

 私とあの子の相性はあまりよくない。特に不殺という条件を加えるなら、最悪と言ってもいい。

 万物を殺め得る万象聖堂(アイン・ソフ・オウル)とあらゆるものを消し去ってしまう   (アイン)。そんなものをあの子に振るうわけにはいかない。

 私はあの子を殺したいわけじゃない。生きて、真っ当に育ってほしいだけなのだから。

 

 使えるのは領域内の全ての法則を書き換える輪廻楽園(アイン・ソフ)だけ。普通の相手ならこれだけで戦闘など成立しない。

 けれど、あの子相手にはきっと通じない。

 私の全盛期と同じ力を持った始原の精霊。そして、あらゆる生物の情報を書き換える天使、断罪覇王(アズラエル)

 どう考えてもあの子自身の法則を捻じ曲げるなんて不可能。正に天敵と言ってもおかしくない相手だ。

 

「だからどうしたというのだろう」

 私が不利?相性最悪?

 それが家族を見捨てる理由になるだろうか。少なくとも、折紙はそんなこと一切考えていない。

 私よりも遥かに弱い力で愛に立ち向かっている。死を覚悟して痛みをこらえながら、それでもあの子に手を伸ばしている。

 

「私があの子を助けたい。理由なんてそれだけで十分だ。輪廻楽園(アイン・ソフ)

 私の呼び声に応えて大樹が召喚される。神話を再現するような、大きな大きな樹木だ。

 枝葉の一つ一つが人よりはるかに大きく、根は全てを破壊する鞭となる。

 しかし、この異様な姿もおまけでしかない。その本質は世界を書き換えることにある。

 

 大樹が世界に根を張り、空間そのものを侵す。領域の中にいる抵抗力のない者を私の思うままに変えてしまう。

「やはり効かないか」

 私の作った隣界。私の随意領域(テリトリー)の中。

 それでも書き換えられない穴がぽつりと存在する。それが何かなんて考えるまでもない。

 

 天使の力は直接及ばない。それでもやりようなんていくらでもある。

「例えば、折紙の力を最大限に引き出してあげる、なんてのはどうだろう」

 折紙に力を注ぎ込む。君が戦いやすくなるよう、力を尽くそう。

 折紙はさらに速く。さらに力強く戦場を駆け抜ける。この世界に降り立った熾天使(してんし)のように。

 

「さあ、私も前に出ようか」

 輪廻楽園(アイン・ソフ)が枝葉を揺らし、根をしならせる。子供へのお仕置きにしては、少し強すぎるかもしれないね。

 

♦♦♦

 

 身体が羽のように軽い。身体が想像を超えて自由自在に動く。

 想像した行動を次の瞬間には再現できている。間違いなく今この瞬間、人生で最高の力を出せている。

 与えられた霊結晶(セフィラ)だけじゃない。それ以外にも力が注ぎ込まれている。

「令音さん、ありがとう」

 あの人が力を貸してくれている。だからこその力。

 

「はぁはぁはぁ」

 愛は既に人の言葉を発さなくなっている。ただただ荒い息を吐いている。

 それはつまり、もう余裕がないということ。限界がすぐそこまで迫っている。

 あと一押し。

 

「これは何?」

 植物の枝葉や根のようなものが周囲を覆う。真っ白な景色が森のように変わっていく。

 愛の逃げ道をなくすように根が包囲する。そして愛に向けて根が伸ばされる。

「あがっ、があっ」

 身体に巻き付いて締め上げる。愛は長い髪を振り乱して獣のような唸りを上げる。

 

「折紙、礼を言うよ。君のおかげで捕らえることができた」

「令音さん」

 後ろに大きな大樹を控えさせながら、令音さんが現れる。

「このまま締め落とす。少し痛いだろうけど、我慢してくれ」

 令音さんが手をかざすと、根がより一層愛を締め上げる。これでようやく――

 

「ああ、あああ」

 愛の天使が再び輝き始める。まだ何かしようって言うの?

 そんなこと、させるわけにはいかない。

絶滅天使(メタトロン)

 その天使を弾き飛ばす。能力を使うよりも早く。

 

 愛は絶滅天使(メタトロン)の砲撃を無防備に受ける。それでも天使は輝きを止めない。

 そして、遂に新しい形に変わってしまった。

 その姿は機械仕掛けの巨大な時計。時間を操る時崎狂三の天使、刻々帝(ザフキエル)

 短針が『Ⅳ』の方向を向いている。その能力だけはダメ。

 

 間に合わない。『Ⅳ』の刻印から力が溢れ、愛の持っている短銃へ注ぎ込まれる。

 そしてそのまま愛は自分のこめかみに向けて弾丸を撃ち込んだ。

 刻々帝(ザフキエル)第四の能力、【四の弾(ダレット)】。その能力は対象の時間回帰。

 

「愛……」

 全てが無駄になってしまった。

 愛は自身の時間を巻き戻した。霊力を使わせる前にまで。

「あなたはおかしくなっている。一人で抱え込まず、対策を考えるべき」

 もう一度話し合いを試みる。自分がおかしくなっていることを自覚させれば或いは。

 

「そうだね。僕はおかしくなってたみたいだ。『あいつ』は味方でも何でもない。身勝手で世界を滅ぼす始原の精霊だったんだ」

 よかった、話が通じている。これなら説得できる。

「だったら……」

「だからこそ、ここで全部終わらせる。僕という異物が作り出してしまった全てを清算する」

 

 顔を見て思わずぎょっとしてしまった。怒りに支配された、恐ろしい顔をしていたから。

 さっきまでの諦めたような絶望した顔とは違う。攻撃対象を見定めた目。

刻々帝(ザフキエル)――【十二の弾(ユッド・ベート)】」

 刻々帝(ザフキエル)が針を回し、短針と長針の両方が真上を向く。時計が十二時を刻んだ。

 そして闇のように輝く力が再び愛の持つ銃に流れ込む。

 

「待って、愛!」

 このまま行かせたら、もう二度と会えない気がする。そんな顔をしている。

「さようなら、姉さん」

 引き金は引かれた。愛は吸い込まれるようにどこかへ消えてしまった。

 

♦♦♦

 

 空を飛んで少しの距離を移動する。懐かしい景色が見えるはずの場所へ。

 目的地に着くと予想通りの光景が見られた。

 めらめらと豪炎が上がり、街が地獄と化している。人々は我先にと逃げまどい、怪我をする者すらいる状態。

 空に浮かぶ精霊()が気づかれることすらない。

 

 初めて使う能力だけど、成功したようだ。五年前の天宮市南甲町。

 琴里が精霊の力を暴走させ、街を丸ごと焼き尽くした事件の最中。そして、僕たち家族の大きな転機となった日だ。

 

『いったい何をする気だ?』

 霊結晶(セフィラ)に宿る人格はうるさく吠えている。でもさっきと違って行動を縛ってこない。

 いや、縛ろうとはしているのか。身体の動きがイメージより遅い。

 僕の体力が戻ったから支配力に抗えてるってところか?

 

「姉さんに言ったとおりだ。僕は僕自身の手でお前に始末をつける」

 あやふやな記憶を探りつつ、目的地へ向かう。たしか、家の近くの公園で遊んでいたはずだ。

十二の弾(ユッド・ベート)を使ったのはあの空間から逃げるためじゃないのか?』

「それもある。ただ、それはおまけに過ぎない。本命はなるべく姉さんや七罪への影響が小さいタイミングで、僕自身を殺すことだ」

 公園が見えてきた。聞き覚えのある鳴き声もするし、間違いないだろう。

 

『自分を殺す気か?』

「ああ、そうだ。お前を信じた僕がバカだった。なんで気づかなかったんだろうな?身体を改造されてるなら、思考も弄られている可能性があるって」

 こいつは長い間、僕の身体を弄繰り回してきた。精霊の力に身体を馴染ませるため、強敵たちと戦えるようにするため。

 七罪や姉さんを守るには必要だと思って黙認していた。僕自身の死すら、受け入れいていた。

 その思考自体が捻じ曲げられている可能性を考慮せず。

 

「よく考えたら不自然だったんだよ。なんでお前みたいなぽっと出に、大事な七罪や姉さんを預けようとしたんだ?僕らしくないだろ」

 わがままで子供っぽくて感情のままに動く力だけの存在。それが僕のこいつに対する印象だ。

 到底命より大事な人を預ける対象じゃない。

 

『だからって殺すのか?自分ごと?』

「ああそうだ。お前を殺せる機会なんて、この先もう二度とないかもしれない。お前みたいな化け物は今殺すんだ」

 この手足が自分の意思で動かせている間に。

『七罪はどうするんだ?あの子は私がいないと死んでしまう』

「お前じゃなくて僕だ。……だからこの時代に来たんだ。七罪に出会う前の僕を殺して、出会ったことを……なかったことにするため」

 わざわざただの自殺じゃなくてこの時代を選んだ。それは始原の精霊が殺しにくいからじゃない。

 

「火災で死んだ。それなら姉さんもショックが少なくて済むだろう」

『お前、そこまで考えて⁉』

 霊結晶(セフィラ)に宿る人格が驚いている。僕も舐められたものだな。

「うわ~ん」

 公園の中で一人泣いている昔の僕を見つけた。一人で何もできずに泣いている。

 昔の自分を見るのはいつでも嫌なものだ。さあ、決着を着けてしまおう。

 

「さて、どの天使がいいか」

 断罪覇王(アズラエル)のライブラリにアクセスする。そして、記録した天使の情報を確認していておかしなものに気づく。

絶滅天使(メタトロン)!あの戦闘の中、記録してたのか?」

 こいつの姉さんに対する執着は異常というか狂っているというか。まあ、丁度いいか。

「折角だし。これで終わらせよう」

 姉さんが介錯してくれるような気分になる。本人は絶対そんなことしてくれないけど。

 

『やめろ、もう七罪にもお姉ちゃんにも会えなくなるだぞ』

「覚悟の上だ。……僕みたいな異物には過ぎた幸せだった」

 七罪と、姉さんと、みんなと過ごした日々はかけがえのない宝物だ。この思い出だけで、十分満たされている。

 

『嫌だ!死にたくない!こんなところで!

 まだやりたいこといっぱいあるんだ!外に出て遊びたいんだ!終わりたくないんだ!』

「だとしても、お前はやり方を間違えた」

 こいつの欲望は至極単純で幼い。幼い精神で莫大な力を持ってしまったから、この世界の害悪となった。

「一緒に地獄へ堕ちてやる。お前は大人しく消えろ」

『嫌だーーーー!』

 

 子供のような癇癪を無視して断罪覇王(アズラエル)絶滅天使(メタトロン)に変える。光の天使が集結し、太陽のように輝き始める。

「さようなら、みんな」

 幼い僕に狙いをつける。後悔が残らないうちにさっさと終わらせてしまおう。

絶滅天使(メタトロン)――【砲冠(アーティリフ)】」

 絶滅天使(メタトロン)最大の必殺技を展開する。目を閉じて痛みに堪えるように力を解き放つ。

 何があっても耐えられることのない絶大な光が、人間だった僕を焼き焦がす。

 

 目を開けて地上の様子を確認する。地面が大きくえぐれて、クレーターのようになっている。

 これじゃあちゃんと死んでるか確認できないな。まあ、死んだら歴史が変わるから別に確認する必要なんてないんだけど。

 目を閉じてそのときを待つ。しかし、そのときはいつまでも訪れなかった。

 

 代わりに聞こえるはずなない声が聞こえた。

「うわ~ん」

「は?」

 意味がわからない。どうして幼い僕の声が聞こえるんだ?

 改めて地上を確認する。えぐれた地面のすぐそばに幼い僕が座り込んでいた。

 

 目を閉じた一瞬の間に避けたのか?ちっ、あんな状況で避けることなんてないって思ってしまった。

 まあ別にいい。もう一度攻撃をすれば――そのときだった。

 小さな女の子がクレーターに向けて走ってくる。小学生くらいの白い髪の女の子が。

 僕はその姿から目を離せなくなった。その子をよく知っていたから。

 

「姉……さん?」

 その女のことは間違いなく姉さんだった。服も昔姉さんがよく着ていたものだ。

 一人でいた僕を探しに来たのか?厄介だな。このままでは()()()()()()()()()()()()()

 

「当たってしまうかも?」

 ちょっと待て。似たような光景が原作でなかったか?

 可能性に気づいたら勝手に頭が働いていく。今まで見向きもしていなかった小さなヒントが繋がって、一つの仮説を組み立てる。

 

 原作だと姉さんが過去に戻って自分の両親を殺してしまった。自分の両親の仇を取ろうとして、自分自身が両親の仇になっていたのだ。

 でも、この世界の姉さんがそんなことするか?僕を止めようとした姉さんが、時崎狂三の手を借りてまで過去に戻るか?

 

 姉さんは父さんを殺した『天使』を憎んでいるはずだろ。どうして一番近くにいた僕が『天使』という言葉を一度も聞いていない?

 

「はぁ……はぁ……」

 呼吸が荒くなる。視線が勝手に定まらなくなる。

 考えるな。そんなこと考えても意味なんてない。

 わかっていても思考は止まらない。

 

 姉さんは過去に戻らない。でも、父さんは精霊に殺されている。

 だったら、いったい誰が殺した?この火災で事を起こそうとする精霊がどこにいる?

 

 小さい姉さんがクレーターの前でつまずく。そして、そのクレーターの中を見て顔を歪める。

「お父……さん?」

 その中には墨のような『何か』が残っていた。生物が燃え残ってしまったような『何か』が。

 空中に身体を縫い付けられてしまったようだ。身体が動かせない。

 

「嘘だろ……」

 姉さんの呟いた言葉で全身の血が凍ったみたいだった。

 小学生の子供を親が探しに来た。なんでそんな当たり前のことに気づかなかったんだ?

 

「ま……じょ?」

 姉さんが顔を上げてこっちを見る。呆然としていた顔が強い感情に染まっていく。

 『天使』じゃなかった?姉さんが恨んでいた相手は、姉さん自身ではなかった?

「お、まえ、が……」

 いやだ。そんな目で見つめないで。そんな感情を向けないで。

 身体が震える。風邪をひいたときみたいに頭が痛い。

 

「許、さない……!殺す……殺してやる……っ!私が――必ず……っ!」

 姉さんは視線だけで射殺さんとしていた。父の仇を。意味のない殺戮を振りまいた、愚かな『魔女』を。

 

「はは、はは、ははは」

 乾いた笑いがこみ上げる。面白くもなんともないのに、口だけが笑っている。

 全身から力が抜けていく。どうしてこうなったんだろう?

 僕はただ、大切な人を幸せにしたいだけだった。そのためなら死ぬのも惜しくないと本気で思っていた。

 

 思考が墨で塗られたように真っ黒に染まっていく。思考がまとまらず、浮かんでは消えていく。

 どうして姉さんは教えてくれなかった?そうすれば少しはおかしなことに……。

 いや、気づける要素なんて他にいくらでもあった。どうして目を向けなかった。

 姉さんの状況が違う時点でどうして気づかなかった?整合性が合わないなんて、すぐに気づけただろ。

 

 そんな、そんなことって。父さんを殺したのが、姉さんの人生をぐちゃぐちゃにしたのが、僕だったなんて。

 

 後悔をしても遅い。

 既に父さんは死んでしまったのだから。僕が手ずから殺してしまったのだから。

 ここから歴史は紡がれた。父さんは死んで、姉さんは精霊を憎んで、令音さんは去ってしまった。

 全ての元凶は僕だった。浅知恵で動いた結果、最悪な方向に転んでしまった。

 

 

 全ての行動が裏目に出る。最善を選んだつもりが、思考停止より酷い結末に辿り着く。

 七罪を閉じて何か意味があったか?姉さんと本気で争って何か得られたか?

 二人とも傷つけただけだ。意味なんてあるはずもない。

 

「嫌だ、もう何もかも嫌だ」

 もう何も見たくない。何も聞きたくない。何も考えたくない。

 こんなことになるくらいなら初めから存在しなければよかった。異物が存在したこと自体間違いだったんだ。

 

 思考が闇の底に沈んでいく。何も考えなくていい、底の底へ。

『後は私がやっておくよ』

 もうそれでいい。ただ、消えてしまたい。




魔女の正体。昔から愛くんじゃないかって考えてた人がいましたね。本当、初めて見たとき辿り着けるのかよってびっくりしました。

ええそうです。魔女の正体は愛くんでした。最初にお話しした通りです。折紙編は本当の地獄です。

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